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「今回も、アストラ先輩を頼ることになってしまって……お礼とかって、何をしたら喜んでくれますか?」
んー? と、俺たちの先を意気揚々と歩いている先輩は、顔半分に俺たちを振り返る。
「べつにー、私はお返し目当てにやってるわけじゃないけどー……そーだね。それは、トリジくんが考えて、トリジくんがやってくれた方が、私は嬉しいかなーって」
まずい、空気読みだ。女心か? 正解はどこにあるんですか?
「ま、ほんとに見返り目的でやってるわけじゃないからね、気にしなくていいよ。こんなのはただの暇つぶしで、私がただ気持ちよくなるためにやってるだけだしー」
「お暇なんですか?」
アストラ先輩が振り返る。歩調を緩め、先輩は、俺の右の隣に並んだ。
「あー、私のこと、気ままでお暇な冒険者だと思ってるでしょー」
「ちがうんですか?」
「こら」
アストラ先輩は、一瞬だけ恐い感じの表情を形作り、しかし、それが自分でも拙いものだと分かったのか、一人でけらけらと笑い出す。
「上に行くほどねー、敵は強くなるし、硬くなるし、面倒になるでしょー? でも、適正レベルで戦った方が、稼ぎは良いしー。下の場所で弱いのをたくさん狩ったって、狩りつくしたら効率が悪いし。ぬるいと、腕も鈍っちゃう」
先輩は、隣でつらつらと思っていることを喋っている。
「そんな時にね! 君みたいな、素直で良い子を助けて、弱い魔物を倒すだけで、いっぱい感謝されて。ほら、楽しいでしょ?」
「ほらと言われても、俺視点だと、まだあまり分かりませんが」
そもそも俺は強い他人を頼って戦うソーシャであるし。強くなっても、それは俺の力じゃなくて、他人を助けるためには他人の手を借りなくてはいけない。
「そーゆーものなのっ」
先輩は怒ってるのか怒ってないのか、つんとした口調で言い放ち、そしてまたくすくすと笑いだす。
「お礼さー」
と、先輩は俺の少し前にずれて、下から俺の顔を覗き込んでくる。
「それって、私が欲しいものを言ってもいいの?」
「なんでもいいですよ」
「ふふ。あんまり、簡単に“なんでも”なんて、言わない方がいいよ」
「俺が持っている範疇のものであれば。どうせ大したものは持っていませんしね。仲間は別ですけど」
じー……っと、先輩は隣を歩きながら、目を細めて俺を見ている。なんだか粘ついた視線を感じる。と、先輩の視線がずれ、そのまま、俺の後ろを歩いているマルメロ辺りに視線が行く。
「まーでも、マルメロちゃんが居るしねー。トリジくんには」
後ろから、マルメロの冷めた声が聞こえる。
「……私は、何も言っていませんよ」
「ふーん?」
じーっと、今度は先輩の目の観察対象が、マルメロに行ったようだ。俺も気になって後ろを見てみれば、マルメロは別の方向、左手の岩柱の景色を眺めている。くすくすと、隣の先輩から笑い声が漏れ聞こえてくる。
「ま、この辺にしときますかー。私の、可愛い後輩“たち”、だからねー」
と、先輩は俺たちに絡むのをやめ、また前を向いて歩きだす。
「アストラ先輩は、なんか好きな食べ物とかありますか?」
俺が聞けば、先輩は威勢よく返事をする。
「層樹林の、新鮮なマスカット! あれ美味しいよね!」
「箱で取ってきます」
「一人じゃ、そんなに食べないよー」
大地から無数に生える、灰色の、天を衝くようにまっすぐと立ち上がった岩柱。柱は、直径だけで中に家がすっぽりと入りきるような大きさで。
俺たちは岩柱に視界を阻まれる中、それらを迂回しながら進んでいく。
と、アストラ先輩が、俺たちの前で立ち上がる。顔を上げて、スンスンと鼻を鳴らしている。
「どうされたんですか?」
「匂いがする」
匂い……何かの魔物のにおいだろうか?
先輩は、その“におい”とやらが気になるようで、どこからか風に乗ってくるそれを頼りに、俺たちは岩柱の間を進んでいく。
「そろそろ近いよ。気を付けて」
「はい」
その先に何かあるようだ。先輩は振り返り、岩柱を回り込んだ奥を指さしている。俺たちは岩の柱の陰に隠れながら、その向こうの覗いた。
向こうの地面に、池があった。しかしそれは水ではない。地形の窪み? 岩の層がめくれあがって、その下に隙間があり、その奥から何やら液体が湧き出してきている。
琥珀色……樹液、よりも、さらに赤い、透明なオレンジ色。ぽこ、ぽこと、それは地面のヒビからも湧き出しているのか、泡が現れては水面を打つ。粘性は高い、水あめのような。熱いのだろうか、液体の溜まった上には、白い霧のようなものが出て、風に吹かれて消えていく。
先輩は俺のすぐ前で、向こうの池を見つめながら、声を潜めて教えてくれる。
「あれは、ここいらの特産品なんだけどね。衝撃を与えると爆発する液体なんだ」
「……あの量が溜まっていて、あの量が一度に爆発したら、とても危険なのでは?」
「うーん、そうはならないかな。例えば、あの池の表面に一つの石を投げたとして、爆発として消費されるのは、お盆一つすくいくらいの量の液体。それ以上の、近くの液体は、爆発を受けた瞬間に固まって、“非活性”な状態になるから」
ふーん。なんにせよ危険なものには変わらないが、あれが今すぐ爆発したとして、この周囲一帯が消し飛ぶほどの事態には繋がらないか。
「でもまぁ、良い予測だね」
「今日は、あれを採りに来たんですか?」
赤服の童女先輩は、俺の視線の下で首を振る。
「精製されてない“あれ”の持ち運びには、特殊な容器とかが要るから。今日は、“あれ”を採りに来たんじゃなくて」
と、先輩が声を止め、頭を下げる。人差し指を、唇の上に当てている。
待っていれば、どこからか足音がやって来る。ぺた、ぺたと、濡れた足音。
現れたのは……ヤツメウナギ? あるいはヒルか。に、二本足が生えて鳥みたいに歩いてる気持ち悪いやつ。
そいつは体から粘液を垂らしながら、二本の足で池のほとりに歩いてきた。中の液体に入る……ではなく、頭を下げ、液体に顔を近づけて、その液体をぴっちゃぴっちゃと飲んでいる。
「不味そう」
先輩がくいくいと手招きをしていて、俺は先輩の口元まで頭を下げる。温かくて、甘い香りがすぐそこまで近づく。
「あそこの池にはね、あの液体を飲むために、いろんな魔物が集まってくるの」
「なるほど、“水場”ですか」
“水場”。ダンジョン[層樹林]には水の溜まるほどの地面がないのでなかなか見かけられないが、通常の自然ダンジョンには水の溜まる場所が点々と存在し、そこには、水分補給を行うためか、近くの魔物たちが集まってくることがある。水を飲む場所でなくても、定期的にキノコだったり果実だったりが生えてくる場所では、同様のことが起こる。
“水場”は、集まってくる魔物を集中的に叩くには効率の良い場所だが、暴れすぎると近辺の魔物がその場所を忌避するようになる。近くに住居区などがある場合は、ほかの冒険者と取り決めなどを共有しておくことが大事である。
まぁ今回は先輩の判断に任せて良いだろう。ここは辺ぴな場所でもあるし。
「じゃ、現れる魔物を片端から狩ろうか」
「了解です。マルメロ、準備はいい?」
振り向けば、顔に、ヘルメットのような黒い甲殻を纏わせたムカデ人は、向こうの池をじっと見つめたまま固まっている。
「どうした? マルメロ」
「あ、え、ぃや、あの……」
「何でも言っていいよ。俺が聞くから」
彼女の顔は、今は口元の白い肌しか見えていないが、若干青ざめているようにも見える。
「ちょっと……見た目が、生理的に……」
なんだ、好みの問題か。俺は先輩に向き直る。
「ここら辺の魔物って、あの二足歩行のヒルみたいなものばっかりですか?」
「う、うん。まぁ他にも何種類か居るけど。あの“ボムヒル”は多いかな」
俺は、再びマルメロの方を振り返る。
「マルメロは、じゃあ、“あれ”の時は下がってていいよ。俺が前に出て戦うから」
「だ、それはだめです。私も戦います」
「あらー、マルメロちゃんはああいうの苦手かー。まぁ女の子だからねー」
アストラ先輩はにまにまと、マルメロの方を見つめている。
「……切り替えました。もう戦えます」
「無理しなくていいよー、今日は、私が助けてあげるから」
「いえ。あなたの居ない時に、ご主人様を守れなくては困るので。むしろ、あなたが居る今この時に、慣れさせてください」
「確かに。そういう考えもあるか。まぁなんにせよ。いっちゃおうー!」
赤服の童女先輩は、岩陰を飛び出し、銀色のハンマーをぶんぶんと振り回しながら、あちらのボムヒルへと駆けていく。




