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地面に体を引きずって、カエルの巨体が下りてくる。俺の前に、オオアリの体が立ち上がる。全長では、ポイズンアントが勝っていそうだが、重さはあちらの方が上な気がする。
きなこ餅みたいなオオガエルは、向こうの斜面の下、広場の下で立ち止まった。青い巨鳥がはばたき、空へと飛び立った。
俺の腕にはまった新装備“カードホルダー”には現在、“綿毛鳥のカード”が挿入されている。使用可能になったスキルは、“空中を三歩だけ歩ける”というもの。便利だが、戦局のほとんどには関わらない。地上を這う魔物を一瞬かわせるくらいか。
他には、“センマイウロコ”なら“猫騙し”という近接用の怯みスキルが使え、“フルーツゼリー”なら“体の可動域が増え”、“ファイアライオン”では“火起こし”のスキルが使える。
どれも、何かしら使えそうな気配があるが、俺の戦闘力は大きくは上がらない。カード装備の身体バフで言えば、一番強い“黒牛魔”を装備した時で、筋力が1.1倍くらいになるので、他は誤差。
また、今日はそれ以外にも新装備がある。
俺は手元に、大きな巻貝を持っている。表面は薄いピンク色で、よく見れば、薄く虹の線が掛かっている。
“絆の槍・ラセンの笛”。味方や敵に与えるバフやデバフを操る道具であり、初期段階では“威力強化”、“防御力強化”、“状態異常緩和”の三つが使える状態となっている。バフ効果はどれも数秒程度の変化であり、使い時を正しく合わせなければ、意味なくすぐに消える。
俺は笛を口元に構え、いつでも吹ける準備をする。
向こうの、焼いた餅ガエルは、静かにこちらの様子を窺っている。
黒い背中が走り出し、向こうの餅ガエルへと駆けていく。
そのまま先手をマルメロが取った。思いっきり振りかぶった拳が、カエルの鼻面を正面からぶん殴る。
まるで、砂袋でも殴ったかのような音がした。
カエルは、ひょうきんな表情をして、身じろぎもせず、鼻の先の黒い人型を見つめている。
「マルメロ! いったん引いて!」
カエルが口を開け、中の暗い空洞が見える。
「横に避けろ!」
中から、ピンク色の舌が飛び出してきた。マルメロは体を構え、蹴るか殴るかして、伸びてくる舌を迎撃しようとしていたが、俺の掛け声に横に飛びのく。
舌の飛びつきは、左右への追尾にはあまり強くないようで、横に飛んだマルメロの体を追い切れず、ピンクの舌は地面に落ちて、水を地面にぶちまけたみたいにべちゃあと広がった。
舌の先はぷるぷると不定形であり、あるいはガムのように粘着質で、あれを殴って返そうと手を上げていたら、そのまま体ごと舌の柔らかい肉に飲み込まれ、体を捕らえられていただろう。
舌の伸び切った頭の上から、鈍い衝撃。そこに青い巨鳥の姿と、鉄の付け爪の付いた鳥足が、思いっきり上から叩き込まれる所が見えた。
カエルは、衝撃にわずかに俯いて、それだけだった。ブルーバードは反撃を食らわないうちに空へと飛び立ち、また姿を隠している。
しまった、ラセンの笛を全然使えていない。俺も、味方と呼吸を合わせて協力しなければ。
今の二人の、ほぼ全力の攻撃を受けても、動じないカエル。かなりのタフか、それともやせ我慢しているだけか……まぁ、普通にタフだと考えた方がいいだろう。
「ポイズンアント。いったん行ける?」
ちら、と、俺の前に構えるオオアリが、こちらを振り向く。
「一撃でいい。“岩突進”であいつに突っ込んで、そのあとすぐに離脱して。君の攻撃に、ラセンの笛のバフを合わせる」
オオアリは、物言わぬ瞳でこちらを見つめていたが。
やがて前を向く。
俺たちが気軽に出せる打点の中で、最も威力が高いのが、ポイズンアントが使う“岩突進”。その巨体と怪力で、大抵の魔物は吹っ飛ばせる。
俺は口元に笛を構えた。オオアリの周囲に、白い光が生まれては、ポイズンアントの体の中に吸い込まれていく。
カエルは、まだ最初の立ち位置から動かず、きょろきょろと目を動かして周りを見ている。俺から見て、左奥にマルメロが、空のどこかにブルーバードが居る。
オオアリが、走り出した。地面に足をわしゃわしゃと動かして、風を切って一目散に、オオガエルの元へと向かっていく。
笛は、意思を持って吹いた瞬間に、一定範囲内の味方や敵に効果を与える。笛の吹く長さは関係ないが、俺はみんなに聞こえるように、長めにホラ貝の音を響かせる。
範囲内の“味方”、俺と頭の上の餅、向こうのマルメロ、空の透明な影、そして視線の先を走る、暗い緑のオオアリの体の周囲に、赤いオーラがまとわれた。
過不足なく、バフの効果時間を合わせられたはずだ。直後、オオアリの体が正面から焼き餅ガエルの体にぶつかる。
オオガエルの体が、数歩分、向こうにずれて。
それだけだった。
「退いて!」
“岩突進”は、自身へ防御バフと硬化を与えながら突進するスキルであり、今の体当たりでポイズンアント自体にダメージはないはずだ。ポイズンアントは、ひるまないカエルに驚いたのか、俺の声を聴いてから、少し遅れて後退を始める。
カエルの口が開き、暗い空洞の奥からピンクの舌が飛び出す。ピンクの舌は長く伸びて、オオアリの頭に当たり、広がるが……それだけだ。その舌で絡めとり、引っ張るには、ポイズンアントの体もまた大きすぎる。丸のみなら、あるいはその大きな口に入るかもしれないが、ポイズンアントが距離を取れば、カエルからの脅威はほとんどない。
跳んで距離を詰められでもしたら危ないが、今のところカエルは動かない。もしかしたら、体が重すぎて跳躍力はないのかもしれない。完全な迎撃タイプのカエル。
ポイズンアントの渾身の一撃に、しかし、オオガエルが効いた様子はなかった。
こちらに痛手を食らわないように、マルメロが傍から体に殴り掛かり、空から鳥足が踏みつける。ヒット&アウェイで、着実にこちらから攻撃を通し、そして、相手からの攻撃を避け続ける。
やがて、五分経ち、十五分が経ち、およそ三十分が経過した。
俺たちの視界の先に、最初に現れた時と同じ表情、同じ余裕のカエルが、そこに構え続けている。ここまで……今まで、ここまで一つの戦闘が長引いたことは、なかった。
激しい動きを繰り返し、マルメロの動きに消耗が見え始めている。ブルーバードは姿が見えていないが、ずっと空を飛びっぱなしだ。
ここまで時間を掛けた。しかし、これ以上時間を掛けても、どれだけ殴り続ければ相手は倒れるのか。変わらない顔のカエルの姿からは、想定できなかった。
俺は歯を食いしばる。まだ、足りていなかったか。俺は声を張り上げて、仲間に聞こえるように言葉を発する。
「撤退! 撃破は諦めて一度退くよ!」
俺たちは、奴に背中を見せて広場の入り口の坂へと戻り、下り坂を下りていく。広場の奥で、変わらず動かないまま、こちらを見送るカエルの顔が見えていた。
「火力が足りてないねー」
俺たちは一度、山の下の、溝の手前の、エリア2の草原エリアまで撤退した。俺たちが見上げる先に、今しがた登り上がった所の広場が見えている。
「今までは……」
そうだ。今までの俺の戦略であれば、弱点の補強とか。どうすれば動きやすいかとか。そういうことばかりを考えながら、味方への強化を施していた。そして、安定を取ったから、出せる威力が足りていない。このままでは、戦う上で非効率だ。
安全を取って戦闘時間が二倍になれば、逆にリスクを食らう可能性は高くなる。火力で速攻、とは言わないまでも、もっと、俺たちは効率的にダメージを叩き出す戦法を、取り入れる必要がある。
言いかけた俺の言葉に、マルメロや、人形態のポイズンアントが、俺の顔を見つめている。
「……いったん、取るべき戦略を見直した方がいいかもね。今日で、エリア4到達は無理そうだ。だから……今日は、エリア3で経験値を積んで、それで帰ろう」




