ー6 商店で清算
目が覚めて、俺は真っ白な布団をよけて体を起こす。背後で、窓の外から明るい光が差し込んでいる。左手を見れば、椅子に敷いたタオルの上に、実体のない黄緑色の光の玉が安置されている。
今は、光の玉の周囲を漂う炎のようなオーラが鎮まっている。寝ているのか、それとも待機状態的な。
俺はのそのそとベッドを降り、スリッパに足を差し込んでいた所で、タオルの上の光の玉が起きた。ふぅんと宙に浮かび、ゆらゆらと炎のような黄緑色の光を体から漂わせる。
「おはよう、マルメロ。今日も良い朝だね」
「おはようございます、ご主人さま」
俺たちは宿の一階の食堂で朝食を済ませ、部屋のポーチを持って外へ出る。晴れやかな陽光の下、気持ちのいい風、気持ちのいい空気。朝だからか外に出ている人間は少なく、しかし立ち並ぶ家々の窓の中で、人々が起き上がった活気が宿っているのが窺える。
人気のない涼しい通りを歩いて、俺たちは二階建ての長屋の隣にある小さな建物の元へ。今は、どうや開いているみたいだった。
「おや、先日のソーシャじゃないか! うまく馴染めてるみたいだな!」
「おかげさまでね! この前は親切に教えてくれてありがとう! 俺はトリジって名前だよ、アーシャ! 今日はお客さんとして来たんだけど……今は、忙しいのかな?」
店の前、シャッターはもう開いている。カウンターの中で、一人の明るい少女が店の中に立っている。商品だろうか、カウンターの脇に弁当や水の入った容器のようなものが並んでいる。おそらくは、朝に来て、買っていく人のものだろうか?
「いいぜ! さっき開けた所だ!」
特に気にする様子もなく、商店の少女……確か、アーシャだっけ? アーシャは、明るい笑顔を見せて対応してくれる。余裕があったら、今度は空いている時間に訪ねてみよう。
「今日は、魔物を倒して得られた素材の売買と……」
お昼ご飯はどこで食べよう。昨日は、宿の人がお弁当を持たせてくれたが、おそらく通常のオプションではない。善意に頼り続けたくはない。
「……俺の手持ちで買えそうな商品を、見たいかな」
俺は、カウンター脇に積まれているお弁当を見る。狭い町だし、予約制だったりするのだろうか? 俺もあれを買える? マルメロのと二人分。まぁお金次第か。余裕もないのに贅沢は言えない。
「おっけー、んじゃまずは魔物素材の買い取りな! カウンターの上に出してくれ」
と、アーシャは白い布を広げて、木製のカウンターの上に乗せる。その上に並べればいいのだろう。
昨日の収穫は、フルーツゼリーとの戦闘、そしてブドウドラゴンとの戦闘で手に入ったドロップアイテムと、それから採掘で得られたいくつかの鉱石。
「そっちの石は、うちでは買い取れないな」
と、先んじて、洞窟で拾えた鉱石を指してアーシャは言う。
「あれ、価値がない?」
「ちょっと違うな。価値はあるけど、使うのはどうせ鍛造屋とかでの話だ。そのままの少量だと価値は薄いし、まぁ大量に集めたなら買い取ってもいいけど。どっちにしろ、鉱石を素材として扱う店に持って行った方が、お互いの手間が少なくていい」
「ふーん」
と、俺は黄色いサイコロ石と、虹のかかった青く丸い石をポーチの中に戻した。
白い布の上に残ったのは、フルーツゼリーから落ちたチューブ状のゼリーがいくつか、銅色のしずく型の粒々、まんまる大きいブドウの玉。
「へー、結構取ってきたんだー……この紫のは、“ブドウドラゴン”の素材か? 倒せたのか?」
「倒したというか、向こうの戯れに付き合ったら、満足してアイテムを落としていった感じかな」
「ふーん。なんにせよすげーな。少し侮ってたぜ」
彼女は手に白い手袋をはめて、一つずつ状態を確かめていく。なんで魔物から落ちたゼリーが容器に入っているのだろう。まぁ便利だけど。まぁ体から素材を落としていくのもあれか。気にしすぎないようにしよう。
「特に状態の毀損はないな。いいぜ、全部の買取りが可能だ。メタルドロップも、まとまったお金に換えるか?」
「持ってた方がいい?」
「どっちでもだな。メタルドロップとコインの交換レートは決まってるから、交換を繰り返しても価値が減っていったりはしないぜ。ただ、銅のメタルドロップならコインより小さく価値があるから、小さな金銭の調整に使える。少量は抱えて持っておくと便利だぜ」
「ふーん。ちなみに、全部でおいくら?」
肌色の多い商人は、白い手袋をはめた指先で一つ一つを数えていく。テーブルに置いてあるブドウは特に爆発する兆しを見せない。似ているが、戦闘中に落ちたものと、アイテムドロップとして落としたブドウは種類が違うらしい。
「そうだな。ブドウドラゴンのブドウは一個500ライト、三個で計1500ライト。ゼリーは一本60ライト、十二本で計720ライト。メタルドロップが大体400ライトくらいか?」
金銭価値はどれくらいだろうか。隣を見れば、並んでいる弁当は一個500ライト、飲み物の入った容器が一本100ライト。
うん。窮屈ではないが世知辛いな。まぁマルメロに任せて付いていくだけの分際なので、これからは俺自身ももっと戦闘に参加しなければならないかと決意。貯金が出来たら宿代を払う約束だが、この分ならまだ好意に甘えなければならないか……。
しかし、ブドウドラゴンを倒さなければ一日で大体1000ライト。オコボレを足したら2500ライトか。弁当五個分。たくさん倒せたゼリーを倒すだけだと、弁当二個買うだけで、すっからかんだ。
強い魔物を倒さなければならない。しかし、戦うのはマルメロである。いや、俺も爆弾銃を手に入れたから、少しは戦闘に参加できる。
「どうした、にーちゃん」
「あぁいや……甲斐性をね。上げないとと思ってね」
「あはは、にーちゃんはまだ始めたばっかりだろ。まだみんなに甘えていいんだぜ? 焦ったら、早死にするんだからな」
「……はい。ありがとうございます」
「で、これらはうちで買い取るかい?」
と、彼女は両手を広げて聞いてくる。
「うん。あと、脇にある弁当とかって、俺たちも買える?」
俺たちの視線は、カウンターの上に並んでいるお弁当に向かう。
「おう。まぁ買い占めはちょっと……にーちゃんは食べる方かい?」
「俺と、マルメロで弁当を一つずつ。それから飲み物を一本欲しいかな」
「そんくらいなら大丈夫だな。定期購入するなら安くできるが……まぁ話が早いか。覚えててくれ」
お弁当の定期購入か。基本は毎日探索で外に出るとして、お昼は外でお弁当、朝と夜は宿で出てくるご飯を食べることになる。まぁ行動が安定してきたら数日分予約して頼むとか、そういう風に持っていくか。町の中に、ほかのご飯屋さんもあるみたいだし。
「ご主人さま、私は、ご飯は食べなくても大丈夫ですよ」
と、隣をふわふわと浮かぶ黄緑色の光の玉が思念を伝えてくる。
「そうなの? 食べたくない?」
「食べはします。でもお気遣いなら大丈夫です。空腹も栄養も、精霊は無関係です」
「そっか。じゃあ今日は一緒に食べない? 初めての収入、初めてのお弁当だよ!」
「……貰えることは、私は嬉しい気持ちです」
「じゃあ二つだね」
俺は会話を終えて、商人のアーシャの方へと向き直る。
「それじゃあ、買い取りはキリよく2500ライト。余ったメタルドロップは懐に持っておくといい。で、購入がクリーンウォーター一本、弁当が二個だな。クリーンウォーターは栓を開けるまで腐らないけど、一度開けたらその日のうちに飲み切ってくれ」
彼女はメタルドロップをよりわけ、少量が俺の手元に戻る。それから、白い風呂敷を畳み、丸めてそのまま後ろの方へとしまった。俺は脇に並んだお弁当から二つ、水の容器を一つ取って真ん中に置いた。
「初めてだしな。水の分はおまけで付けといてやる。買取と購入の差し引きが残って1500ライト、500ライト硬貨三つ分だな。それからお弁当二つ、お水が一つ」
彼女はカウンターの下から紙を取り出し、すらすらと文字や数字を書いて、一番上を切り取った。
「ほいよ! もう持ってっていいぜ!」
「ありがとー」
俺は虹色の硬貨を三枚取り、茶色い小袋にしまった。それからお弁当とお水をポーチの底に置く。
「残ったのは1500ライトか。今の俺で買えるようなおすすめはある? アーシャ」
俺が聞くと、少女は顎の下に指先を置いて、空を見てうーん……と考えている。
「駆け出しソーシャっていうんなら、欲しいのはまず“透明なカード”とかだよな?」
「あるの!?」
「あるぜ。一枚2000ライトだ」
高い。買えない。今しがたまけてもらったばっかりだし、あまりわがままも言いたくない。
「貯めてきます……」
「うちが買い取る時は1500ライトだぞ」
結構持ってく。まぁそれは俺で手に入れられるものだから、カードは自分で集めればいいか。
まぁモンスター十匹に一匹落ちるかどうかの奴だ。昨日は一枚も落ちなかったが、その前は初手で一枚引けた、その幸運がある。買うよりもいっぱい倒してドロップを狙う方がお財布にはいいかもしれない。
「あ、ちなみに、この店では魔物カードとかも扱ってる?」
魔物カード。昨日であったマーチャさんが言うには、魔物や魔物カード、精霊には性別がある。昨日確認したところ、フルーツゼリーとグリーンフロッグのカードは二枚ともメス、そしてマルメロには“基本の性別”というのがあって、それが女性だということらしい。
マルメロは女性、入れる器もメスの体。本人に聞いても特に希望はないと言っていたが、まぁとりあえずマルメロは、このままだと女性の“性別レベル”が上がっていくのだろう。
俺が出会う魔物は“異性誘因”という要素でメスが多い、となると、俺がオスの魔物カードを得るには、それ以外の手段を探すということになる。今は必要ないけど。
「あるけど、高いぜ。“透明なカード”より高いぜ」
「あ、うん。俺と同じ性別のカードが欲しいなら商店とかで買うべきって言われたんだけど、商店で扱う魔物カードの性別は、どっちかに偏ったりしてない?」
肌色の多い少女はまた考えている。
「まぁいろいろだな。そもそも入ってくるカードが少ないし、それぞれに性別があるけど、別にどっちが入ってきやすいとかはないな。オスかメスだ。なんだ、にーちゃん、オスの魔物カードを探してんのか?」
首をかしげて少女は聞いてくる。
「いや、手に入るルートを確認しときたくてね。今はマルメロが居るから、選べるなら俺は、メスのカードの方がいいかな」
「ふーん。まぁ覚えとくぜ」
「うん。俺も頑張って稼いでくるよ。いろいろ付き合ってくれてありがとね!」
俺がそう言うと、少女は小さな体で胸をドンと叩く。褐色の肌に、胸に巻いただけの白い布がまぶしい。
「おう! こっちは商売でやってるから好きなだけ来ていいぜ! トリジは、今から“ダンジョン”に行くのか?」
「そうだね」
「頑張れよ。気をつけてな!」
「うん、ありがと!」
俺たちは店を後にした。




