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「今日帰ったら何が食べたいー? ブルーバード」
「ほたて」
世界を照らす光は空の頂点を過ぎ、青空は鮮やかさを失って水色に溶けていく。
今日はそろそろ終わりだろうか。俺たちは、二つの地形に挟まれた溝の道を左曲がりに進んでいく。
「ご主人さま、魔物です」
マルメロの警告に俺たちは立ち止った。
赤茶けた地面、道の先に居たのは……一つの影。暗雲はないからとりあえず“闇のもの”ではない。
人型に見えていた。それから、植物っぽい体……蔓のような、太い茎が何本にも束ねられて、巻き付いて、それが自立して、人の形をとっている。頭部に顔はなく、ただ鎧か兜のような木片を体の上に身に着けている。
言うなれば、植物で出来た騎士。腕には、長く、同じように蔓が巻き付き、先端がねじれて尖った槍が握られている。
「……強そうだね」
マルメロは、戦闘を繰り返しているものの瀕死にはほど遠い。ブルーバードとポイズンアントの二人には、目に見える疲労や怪我は見えない。
「マルメロ、ブルーバード、ポイズンアント、三人で行こう。無理そうなら逃げるよ」
目の前に白煙が上り、巨大なオオアリの体が立ち上がり、横たわる。翼をはためかせ、俺の隣で青い巨鳥が飛び立った。硬い筋肉をまとった黒い背中が俺の前に出ていく。
植物の騎士は、向こうで佇み、俺たちの様子を見ている。
風が吹いている。足元の土埃を巻き上げ、薄く赤に色づいた風が流れていく。
向こうには、立った一匹の鎧の騎士。体の肉は、束ねて捻じれた植物の蔓、体の外を覆う鎧は、よく乾いた茶色い木片。
俺の前にはオオアリの巨躯が、空を大きな翼を広げた鳥が飛んでおり、そして、真っ黒な牛の魔人が、地面を歩いて向こうへと近づいていく。
植物の騎士が、手に持った槍をこちらに構えた。
マルメロがその場で腕を構える、騎士が動いた。槍を掲げて、人型の植物がマルメロへと突進してくる。
こちらは素手、あちらは槍。リーチはあちらに分がある。しかしマルメロは全身武器みたいなものだ、生半可な得物では、あのマルメロの筋肉の上から攻撃は通らない。
向こうの土の上で、二人が交錯する。
十字に構えたマルメロの腕の上を、突き付けられた槍が滑っていく。それはマルメロの右肩の上、頬の右横を過ぎた。ねじれた蔓の槍には、表面にバラの棘のようなものを付いており、突きつければマルメロの肌を棘が引っかく。
大した……ダメージはないだろうが、あの槍の棘は硬い。マルメロの腕や頬に引っかき傷を残している。
槍を引こうとした騎士に対してマルメロが距離を詰めて胴にしがみつく。そのまま力任せに押していき、地面に騎士を倒した。
マルメロはそのまま、騎士の上に馬乗りに。掲げた拳を、地面に横たわる植物の騎士の上体に振り下ろしていく。植物の騎士は、ばたばたと暴れていたが……。
やがて、マルメロが押しのけられた。
マルメロの下から、植物の騎士が体を引きずり馬乗りの拘束を逃れる。騎士はそのまま後ろに退いて槍を構えなおす。
おかしい。“黒牛魔”のマルメロは、短期的な体力もかなりあり、あの状態なら相手が倒れるまで殴り続けるはず。上をとって殴っている時点で、マルメロに状況は傾いている。その状態から拘束を逃れる力は、下に敷かれているならもう無いはず。
「マルメロ!」
彼女は自分の腕を見下ろし、片腕を持ち上げて、ぐっぱーと手を開いている。あの調子なら……多分、力が弱ってる。毒だな。どの時点でだ? 空気感染か? 接触による発動か? 有力なのは――
あの植物の槍に付いている、硬い棘。あれで体をひっかかれると、体にデバフの掛かる毒が与えられる。
「大丈夫か!」
「まだ……戦えます」
「いったん引いて! マルメロはサポートに回って! ポイズンアント、俺の護衛を離れて戦って!」
ポイズンアントがこちらを振り向き、そして向こうへと歩き出す。
ポイズンアントは、毒をもつ魔物。相手からの毒攻撃には耐性がある……というわけではなく、彼女の特性として無効化できるのは自分の毒か、あるいは、それに近い性質の毒のみ。例えば、同じ体液でも、形質の違う、物を溶かすような酸性毒を、彼女の体質で無効化することはできない。まぁ普通よりは効きにくいかも。
だが、ポイズンアントには虫の甲殻がある。身体の肉の上を、硬い甲殻が全身を覆っており、相手の槍の棘が毒を与えるものなら、棘が装甲を貫けなければ毒は通じない。
オオアリの巨体が地を歩いて向こうの槍の騎士へと迫っていく。植物の騎士には、目どころか顔もないが、騎士は顔をマルメロから、迫るポイズンアントへと移した。
オオアリが顎を天に突き上げ威嚇する。それから、オオアリは向こうの植物の騎士に向かって突進を始めた。
相手は小型の人型、俺と同じくらいの大きさで、対してポイズンアントは、俺を横に倒して並べて二‐三人分はある大きな魔物。
体格はこっちに圧倒的に分がある、マルメロと組み合う程度の筋力なら、ポイズンアントの巨体で軽々と跳ね飛ばせるはずだ。
植物の騎士は、ただ槍を構えてポイズンアントの接近を待っていた。オオアリは、頭を振りながら小型の人型へと近づいていき、二つに分かれた顎でその体を捕らえようと近づいていく。
植物の騎士は……跳ねた。軽く地面を蹴って、そしてポイズンアントの頭を踏みつけ、そのままオオアリの、その背中へと飛び乗る。
「ブルーバード!」
揺れる背中に飛びついた植物の騎士は、手に持った槍の先を真下に向けて、そしてそのオオアリの体の間の、継ぎ目の節へと、槍先を振り下ろそうと――
その直前、植物の騎士の体ががくんと横に飛んでいく。何もない場所から鳥の足が現れ、それは植物の騎士の体を掴んで、少しして体を離した。
植物の騎士がごろごろと離れた地面を転がり、そしてすぐに立ち上がる。復帰が早いタイプ。オオアリの背中から植物をさらった鳥の足は、また幻惑の中に隠れ、空のどこかへと飛んでいく。
立ち上がってすぐの所に、マルメロが走って近づいていく。まだ毒は抜けきった様子じゃないが……好機と見たか。無茶は……今は、心配している場合じゃない。
マルメロが片腕を掲げ、ラリアットのようにして腕を植物の騎士にぶつける。立ち上がったばかりで、植物の騎士は槍を構え切っておらず、マルメロの怪力にもう一度体を吹っ飛ばされる。
「ポイズンアント! 追撃を入れて!」
ごろごろと、植物の体が地面を転がっていく。足音を鳴らして、オオアリの巨体が転がるその体を追う。
よろよろと、脇に落ちた槍に手を伸ばすその体を、オオアリの顎が掬い取った。
強力な力が植物の騎士の体を挟みながら、その体が高く持ち上げられる。オオアリは頭を高く掲げて……それから、地面にそれを振り下ろす。ごん、と鈍い音がして、土煙が円状に巻き上がる。二度、三度と続けてオオアリは植物を地面に叩きつけた。
オオアリは疲れたか、いったん顎を開いて体を離し、後ろに退いてそいつから距離をとる。
まだ、植物の騎士には息があった。よろ、よろと、上体をどうにか持ち上げて、傍に落ちていた、その槍に手を伸ばそうとして。
上から強力な一撃が落ちてきた。鉄の爪が付いた四つ又の鳥足が、植物の人型の、肩の上から頭を踏み潰す。
衝撃で、植物の人型の下半身が跳ね、そして地面に落ちた。鳥足に頭を地面に押し付けられたまま、植物のその体は動かない。
緑色だった、人型をなす植物の蔓が、色あせて白っぽく、そして萎びて細く小さくなっていく。それから。
ポンと、その場から体が消えた。あれ? どういう……と、その場にいくつかのアイテムが落ちている。俺たちが見慣れた、赤い粒の真珠のほかに……貝がある。平たい貝だ、あわびのような、二枚合わせでない片側だけの、平たく大きな貝。
俺は、地上に姿を現した、青い巨鳥の元へと歩いていく。彼女のそばにひざまずいて、赤茶けた地面に落ちたその貝を拾った。
穴がある貝じゃなくてもいいのか。今まで巻貝だったけど。これは、魔物から落ちた”貝がら”、つまり、おそらく“魔物シェル”だ。戦闘を経て手に入れるのは……今回が初めてだな。
「マルメロ、見て! 魔物シェルが落ちたよ!」
俺は振り返り、“黒牛魔”形態のマルメロへと話しかける。戦闘中に獲得した状態異常は、戦闘後にも少し尾を引いて残るものの、戦闘中に比べれば急速に回復していく。彼女の力を弱める毒は、すぐに回復するだろう。
「体は大丈夫? マルメロ」
「まぁ……少し疲れた気分です」
「頃合いだね。収穫もあったし、今日はもうお終いにしようか。疲れたのなら、先に火の玉状態に戻っていてもいいよ。おつかれ、マルメロ」
マルメロは、首をふるふると横に振って否定を示す。
「使うんですか? その魔物シェル」
と、マルメロは、俺の手の中の、平たい、虹色の貝がらを指さす。殻の内側は、よくある薄い白ではなく、深い海のような青みがかかった虹色である。
「使うって?」
「そのシェル魔物を、あなたの物として、支配下に置くかってことですよ」
「使わないことがあるの?」
「使用しなければ、売却するなど、他人に譲渡することも可能ですよ。獲得しただけでは、契約はまだ成立していません」
俺は、手元の魔物シェルを見下ろす。綺麗な色合いの、綺麗な貝だ。
「せっかく、俺のところに来てくれたんだし」
ぽん、ぽんと白煙が上がり、少女たちが俺のもとに歩いてくる。すぐ横から、青いカッパを着た少女が俺の腕の服をつかみ、少し引っ張る。
「トリジは、わたしたちだけじゃ満足できてないってこと?」
「いや……そんなことは、ないけど」
と、黒髪の少女も近づいてきて、俺とは目が合わないまま、つたない口調でしゃべりだす。
「わ、私は……その。出来るだけ私を……見て欲しいというか……人が、増えるとその……」
ふむ。ブルーバードやポイズンアントは、これ以上人員が増えることに不安を感じているみたいだ。
確かにまぁ、今の時点でマルメロ、ブルーバードにポイズンアント、手は掛からないがゴールデンちゃんも連れている。ブルーバードやポイズンアントには現在、手間を掛けながら強化を施し、強くしていっている状態。
そこで、今手に入れたこの魔物を仲間に入れても、個々に手が回らなくなる可能性は……ある。今獲得した魔物が、めっぽう強くてみんなをキャリーしてくれる可能性も、もちろんあるのだが。
「マルメロ。今この状態のシェル魔物には、意識があるの?」
「いえ、眠っている状態……シェル魔物としては、生まれてもいない状態ですかね」
ふむ。じゃあ起こすまで、別にこの貝がらの中で閉じ込められ、寂しい思いを……なんてことは、ないわけだ。一度呼んで眠らせるなんてことは、可能であったにしろ、したくはない。
この子を売る気は、あんまりない。せっかく手に入れたシェル魔物だ。属性として、毒を扱う魔物でポイズンアントとは被っているが、体の大きさも違うし、今回は人型。使い方は全然違うだろう。手元に置いておく価値はある。
でもまぁ……起動は、今じゃないか。
「おっけー、分かったよ。俺としては、この魔物シェルは俺の手元に置いておくつもりだけど、今しばらくは、中の魔物を起こして呼び出しはしない。使い道は……まぁ、後で考えよう。他人に譲るにしても、仲間として迎え入れるにしても」
俺は、内側の肌が青い貝殻を見下ろす。少し動かせば、深海のような青が、色を変えて光を返す。




