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俺たちは再び、エリア3の溝の通路を、右手を山に、左手を草原にして進んでいく。
「魔物……ですね」
と、俺の頭の上に乗っていた黄金の餅が、ぴくぴくと反応している。
「どうした? ゴールデンちゃん」
黄金の餅はそこそこ重い体で俺の体の上を滑り降り、俺が身に着けている魔法のポーチの蓋に引っかかる。彼女はするりとポーチの中に入り込んでいく。なんか……天敵? 怖かったのか? 餅形態だと意思疎通が出来ないので分からない。
まぁそっちばかりに気にしていても仕方がない。今に向こうから敵が来る。
俺が見えたのは……暗雲? 暗い雲。雲、と言っても、天に浮かぶあの雲じゃなくて、まぁそれっぽいんだけど、俺たちでいう日傘とかビーチパラソルとか、それくらいを覆える大きさの、そこに浮いている暗い、雲のような塊。
雲がうごうごと蠢きながらこちらに近づいてきて……その下に、さらに何か居る。どろどろとした、暗い――
と、俺の腰元のポーチが開き、若干空間の歪んだポーチの蓋から、多脚の機械が顔を出した。
「あなた様! 同族の気配がします!」
同族。ゴールデンちゃんの同族ということは、それはつまり“闇のもの”ということだ。
と、隣のマルメロも呟く。
「あの雲は、この開いた地形でも、“闇のもの”が出歩けるようにするためのアシストですね」
「貸し出しがあるの? 親切だねぇ。みんな、いったん警戒」
“闇のもの”は、種族として乗っ取りというスキルを持っている。俺の手持ち一人が相手に乗っ取られたとしたら……それはもう面倒なことになる。
「逃げていい? マルメロ」
向こうの暗雲の下の日陰に居るのは……どろどろとした暗い闇をまとった、みみずのような、軟体で棒状の生き物。それがうごうごと動き、確実にこちらに向かって来ている。
「私たちは、ご主人さまの決断に従いますよ」
余裕はある。逃げる余裕も、戦う余裕も。正直相手をしたくない気持ちだが……逃げられない時に出会ったとしたら、どうする? 戦える時に経験を積んでいた方がいいんじゃないか。
「ゴールデンちゃんは……同族である“闇のもの”に、体を乗っ取られることはない?」
「そうなりますね」
ポーチから頭を覗かせる多脚の機械は、上部の表面をぴこぴこと体を光らせ、電子の合成音声を返す。
「決まりだね。ゴールデンちゃん、出番だよ」
「え? この採集用の機械で、どう戦えと?」
うーん。素の餅形態でも、大したことができるとは思えない。こちらに“乗っ取り”が通じないということは、あちらに“乗っ取り”も通じないということ。まぁ素早いし重いし、突進くらいなら出来そうだけど。泥試合になる。
「……そうだ。ゴールデンちゃんが乗っ取っている体も、相手からは乗っ取れない状態になる、よね?」
ポーチの機械の頭から返事が返る。
「力量の差によりますが。まぁあれくらいの相手なら、この私が支配している体を、奪われることはないでしょうね」
「今から、ゴールデンちゃんに体貸してもいいよーってひとー」
俺は周囲を見渡す。ゴールデンちゃんが操る用の魔物を今から取ってきてもいいが……いや、不確定要素が多すぎるな。
呼びかけて見渡せば、みんなは、若干いやそうな顔で、顔を伏せている。
「……私たちは、ご主人さまの決断に従いますよ」
マルメロは、今は“黒牛魔”の形態。彼女は肉体を用いる格闘戦が主流。マルメロは適当に戦っているわけではなく、格闘技の力量がそこそこあり、それを用いて戦っている。適当に体を振り回しているわけではない。
ポイズンアントは、巨体と剛力が強みで、適当に“岩突進”で突っ込むだけでも強いだろう。ゴールデンちゃんが多脚の機械を難なく動かしている辺り、アリのような体でも問題なく使いこなせる、と思う。戦うのに、マルメロの格闘技みたいな技量も必要なさそうだ。
ブルーバードは強力な仲間だが、役割としては主戦力ではなく、俺たちを囮としながらサポートやサブアタッカーを務めることが多い。まぁ巨体や強力な足技もあるが、ポイズンアントと比べると、単体としての使いやすさに差があるだろう。
よし、決めた。
俺は、黒髪の少女の方に向く。長いストレートの黒髪、白いシャツに、緑色の吊りスカートの少女は、俺が向けばピクリと体を反応させる。
「ポイズンアント。今回だけ、また体を貸してくれる?」
「……わざわざ、私の意思を確認する必要はありません」
「わかった! ありがとうポイズンアント! ゴールデンちゃん、ポイズンアントの体に入って、あの魔物を打ち倒して! 今は、破廉恥な行いはやめてね」
ぴぴぴと、ポーチの口の機械が反応する。
「私だって、場ぐらいわきまえられますよ」
場を弁えられる奴は、どの場面でも他人の胸部を露出させないんだよ。
機械から黄金の餅が滲み出、それから、素早くポーチを飛び出た。跳ねた黄金の餅は、黒髪の少女の頭に取り付き、それから髪を黄金に染めていく。
「乗っ取り完了!」
「今だけね」
まっすぐに長い髪を、金髪に染めた少女が、俺たちの前に走って躍り出る。
「変身!」
ポンと白煙を吐いて、俺たちの前に、頭部の表面に黄金を付着させたオオアリの巨体が現れる。
右手には山肌の斜面、左手には、一段上がって草の野原。ここはその間の地形の溝であり、道のように、緩やかに左に曲がって先に続いていく。
俺たちの前には、頭部に金の色を被った大きなアリが、向こうには、暗雲とその下の、暗いどろどろを体から垂らすミミズもどき。
「やっちゃえゴールデンちゃん!」
ポイズンアントことゴールデンちゃんは、ちらと頭をこちらに振り向かせ、そして、がしゃがしゃと足を動かして向こうへと走っていく。
暗い雲の下の日陰に、うねうねとうごめく、夜の闇を抽出して滴らせるかのような、棒状の軟体。一匹だと思いたいが、雲の下の体は思ったよりも長く、また、体の一部は地面を貫通するかのように地面に潜っている。
今回の敵は“闇のもの”。“闇のもの”は種族的な特性として、任意の相手の体を乗っ取り、操ることができるという厄介な種族。
しかし、俺たちの仲間にはゴールデンちゃんが居る。相手の乗っ取りを考えないのなら、あとは肉弾戦を行うのみだ。こちらはポイズンアントの巨体がある。相手のミミズは、果たしてそれ以上の能力は持っているか。
オオアリはがしゃがしゃと足を動かして前進。向こうの雲の下で、泡立つ沼のようにたたずむ、体の長い闇ミミズに向かって、オオアリが頭を突っ込ませる。
顎でミミズの長い体に噛み付き、地面から引き上げるようにアリは頭を上げる。絡まった麵の一部を取るようにミミズの体が伸び……そして、千切れた。
千切れた体はほわほわと、闇の粉となって空気に溶けていく。ぼとぼとと、体が落ち、地面の残りの絡まった体の上に重なり、分からなくなる。
何度か、噛みついては頭を上げ、噛んでは掬い上げの行動を、オオアリは繰り返している。あれは効いているのだろうか。ミミズの方から目立ったアクションはない。あるいは、エリア3程度でこちらの手持ちの乗っ取りは強力なので、それしか戦う手段がないのかもしれない。
そのうち、地面に出ている体がなくなった。“闇のもの”の体は闇に帰り、地面の上に、暗い泥だまりのように溜まって動かなくなる。ぽぽぽと、そこからドロップアイテムが排出された。
戦闘終了。
「おつかれ、ゴールデンちゃん、ポイズンアント! 帰っておいで!」
ポンと白煙を吐いて、その場に金髪の少女が現れた。少女が、白シャツの腹部に手をかけて、俺はダッシュで止めに行く。




