ー7
ポイズンアントを連れて、町から休憩洞窟へと帰ってくる。
「やほー」
そこは入り口から長く奥に続く岩の洞窟。入り口を過ぎれば穴は膨らみ、何人かがそこで生活スペースがそこにある。
先日、ようやく念願の“冒険観測端末”を購入し、洞窟の左手の壁にはどでかいスクリーンが張られてある。そして、左手もう少し奥、貯まりだしたポイントで買った新しい家具。
淡い黄緑色の四角い床。長方形の敷物が、四枚と小さい正方形を組み合わせて縦横三マスの、タタミの空間。
青いカッパを着た少女が、青いクッションを背中の下において、そこでゆっくりくつろいでいる。また、多脚の黄金機械も畳の上に落ちている。脚を折り畳み、小さくなって隣に座る。
ゴールデンちゃんは、俺の手元から離していったんここに置いて行ったが、大人しくしていたようだった。
と、物音か気配に気づいたか、ブルーバードの片目が開き、俺を視認する。
「よ」
「よっ」
ぴぴぴと、黄金機械の上部に光が宿り、彼女も動き出した。
「そういや新しいスキル覚えてたよ」
タタミの上で胡坐をかき、体の前にクッションを抱えながらブルーバードの少女が言う。
「スキル? 新しいの?」
「ん」
と、ブルーバードは、壁際に置かれた鋼色の筐体を指さす。
俺は端末を立ち上げ、青いウィンドウを操作して、滞在中の魔物の情報を確かめる。ブルーバードのイラストを長押し。すると所有スキルの情報が見えてくる。
人化、毒牙……それから、“ビジョンリンク”?
「なにこれ?」
「やってみる?」
と、そっちに置かれたタタミの上で、ブルーバードの少女は素っ気なく言ってくる。それはここでやっていいやつ? まぁ、名前的に視界系のスキルだろうか。
「それじゃあ、やってみてよ」
と、俺の意識に、何かが接続される。
「お? お?」
向こうに俺が居る、岩の壁のそば、鋼の直方体のそばに立って、なんだかよろけている様子が見える。
でも、向こうにブルーバードも居るのだ。でも、それは“別の視界”。
「これは……ブルーバードの視界が見えてる?」
頭の中に、二つのウィンドウが出来たような感じだ。片方の窓には、“俺から見た景色”が映っており、もう片方には、そこの“ブルーバードから見た視界”が映っている。でも俺の意識は一つ、俺の焦点も一つのままだ。片方の窓のどこかを見ていれば、視界の端に映っているもののように、もう片方の窓の景色は、ただ見えているだけ。
「疲れるからもう切っていい?」
ブルーバードが言って、ぷつんと、俺の中の窓の片方が消え、視界が正常に戻る。
「面白いね。ブルーバードの視界共有スキルか。ブルーバードに俺の視界は見えてる? 疲れるって、戦闘中もこれくらいの時間で途切れる?」
「ん……」
と、表情の薄い少女は、クッションを抱えたまま上を見上げている。
「わたしの目をトリジに分けてあげるだけ、相手は、トリジだけじゃなくても出来る。相手の景色はわたしは見えない。今日は休みの日だから、疲れることしたくないだけ。戦闘中なら、一交戦くらいなら支障なく継続できる……と思う」
ふーん。直接的に戦闘力が上がるわけではないが、ブルーバードは特に空を飛んで視界を広く、違う角度からの景色を見ることが出来る。使い方次第では、かなり使えるんじゃなかろうか。
「成長習得スキルですね」
と、後ろからマルメロが近づいてきて、右手の端末の、同じウィンドウをのぞき込む。今日も、透明な白い肉感のムカデ装備。腕の甲や頭に、鎧のようにまとっている黒の甲殻もかっこいい。
「成長習得スキル?」
「シェル魔物が成長することにより、新たに獲得できるスキルです。今回は、スキル枠も同時に獲得して、自動で装備してるみたいですね。“成長スキル”は、魔物の種に由来する固有のスキル群です。成長の条件は、一概には言えなくて……まぁ、基本は戦闘を繰り返したり、あるいは仲良くなったり、ですかね」
ふーん。つまり、育ててると魔物が覚える固有のスキルか。スキル枠が自動で増えたのもありがたい。
でも、“冒険観測端末”を買った時には、確か覚えていなかったはず。その間に大した戦闘は行っていないし……じゃあ、つまり、仲良くなったから覚えられたのか? ちょうど念願のそれを買えたわけだし。それで絆が深まったとか。スキル内容も、そういう感じだ。
俺はウィンドウから振り返り、そちらのタタミに居る少女を見る。
「……な、なに?」
「これは仲良し習得スキルか」
「は? 違うし」
俺はタタミの方に近づき、靴を脱いで、這ってブルーバードの方に近づこうとする。
と、少女は後ろに体を傾けて、上げた片足で俺の肩を抑えてくる。素足が俺の肩を踏む。
「なに。それ以上近づかないで」
「足を人の体に置いたら汚いでしょ」
「わたしの足は綺麗だから大丈夫」
確かに。洞窟内は土間で土足だが、シェル魔物である所の彼女の足は、汚れた様子がない。綺麗な白い肌の色の素足。
近寄ろうとすれば、ぐいぐいと足の裏で、俺の体が押し返される。
「仲良し習得のあかつきに、ちょっとスキンシップで仲を深めようとしてるだけじゃないか」
「スキルわすれそう」
「スキル忘れるとかはないだろ」
*
「精が出るな」
町の中、丘の上。宿から続く裏手の道を辿ってすぐ。そこには大きな木があり、夜空には月が浮かぶ。ここなら壁の日陰でもなく、月光が十分に降り注ぎ、暗い中でも自分の体が見える。
丘の上で刀を振っていると、丘を登ってくる影がある。丘のすぐ近くに家はなく、声や音は宿まで届かないはずだ。だから、宿から出ていく俺の姿を見ていたのだろう。
マーチャが坂を登り、俺と同じ高さまで上がってくる。彼女の姿も、月光の下に入る。赤茶色の、後ろで一本に括った髪。外に出ているからか、彼女の髪は一本一本が少し荒れている。月光の下で、意志の強い瞳が俺を見ている。
俺は刀を下ろし、いったん手を止める。
「まだ、下手くそなので」
「そうか」
と、マーチャは素っ気なく返してくる。
「……マーチャさんから見ても、俺は下手くそですか?」
マーチャは、一瞬考えるようなそぶりを見せる。
「どうだかな。実際に戦ってみないことには……まぁでも、非力じゃないか?」
非力。確かに。シェル魔物の二人とは、それはもう比べ物にならないほどの馬力の差がある。
「無駄だと思います?」
「なにがだ?」
「この……素振り」
「それを決めるのは、俺じゃないだろ」
まぁ確かに。俺が必要だと思ったからやっている。
「マーチャさんは……俺が剣を握るのには、反対だったんですよね?」
俺が聞けば、彼女(……彼?)は俺から目を離し、隣に立って夜空を見上げる。
「俺には、分かんないな。必要もないのに、あんたがわざわざ前に出て、危険に身を晒してまで戦おうとするのが。前に出てくれる仲間が居るんだろ」
「まぁ……自分でも戦えた方が、みんなも安心かなって」
彼女は、体を空に向けたまま、顔だけ少しこちらに向ける。
「持て囃されて、持ち上げられて。それで、戦場で戦う力が無ければ死ぬだけだ。あたしはあんたにそうなって欲しくはないし、みんなもそうだろ。別に、あんたのやることに反対してたわけじゃない」
まぁ……確かに。
「稽古相手は必要か?」
「いえ……いいです。とりあえず、体を鍛えられておけばいいので。筋肉とか呼吸とか」
「体か。そりゃ大事だな」
どれだけ能力が上がるかは知らないが、なんとなく上がって来ている気はする。体力。
「夜に一人で出ていくんで、ちょっと気になって追いかけてきただけだ。邪魔したのなら、すまなかったな」
夜の静寂に、静けさを埋めるように彼女は言ってくる。
「いえ。なんならそこに座って見て貰って、指導などがあれば……いや、そこまでして貰うわけにもいかないか……」
「いや……まぁ暇ではあるぞ。良いって言うんなら、あたしはそこで座って眺めとくよ」
と、彼女は丘の上に生えた、一本の幹のそばを指さす。
特に言葉もなく、彼女は木の下に座って、それから俺は刀を持ち直し、素振りを始める。これから何を持つにしても、腕の筋力は上げれば良いだろう。
月光の下、風を切る音と、俺の乱れた息の音。終わるまで、彼女からの、特に指摘の言葉はなかった。風が吹けば、少し火照った肌にあたって気持ちがいい。




