ー6 バフ玉
「にーちゃん、また新しい防具作んのか?」
鍛造屋から階段を下りて、そのまま通りを歩いていると、商店の中から声を掛けられる。
「俺の新しい防具を作りたくてねー。今のはまだ使えるんだけど、性能が足りなくなっちゃって来てね」
俺は道の上を逸れて、商店のひさしの下へ。
「ふーん。そのうち乗り換えんのなら、また後での方がいいか?」
と、店の中の少女は続ける。
「ん? 何のはなしー?」
「いや、ちょっと取り寄せてたんだけどよ。装備用の強化アイテムだ」
防具用の強化アイテム。商店で買えるのか。
「見せて見せてー」
「つっても、大したもんじゃねーぞ」
と、褐色の肌の少女はこちらに背中を向けて、店の中の、奥に置いてある木箱の一つを両手で抱える。アーシャは、上半身を胸元の高さに白い布を巻いているだけであり、背中を見せれば、その褐色の背中の素肌がほとんど見えている。下も、腰に広い白布を巻いているだけだ。健康的で引き締まった褐色の太もも。
振り返り、彼女は木箱を持ってきて、カウンターの、店の内側で一段低くなっているテーブルの上に木箱を乗せる。
木箱の蓋を外し、中から見えたのは……カラフルな色のボール。
「これは“バフ玉”っつってな。装備に使うと、一個の能力が宿る。二個目を使えば一個目のは消えて、新しい能力が宿る」
「取り返しの付かない要素は?」
「取り返し? 特にないんじゃないか?」
アーシャは箱の中のボールを一つ手に取り、手をまわしてボールを見ている。
「まぁ、宿る能力自体は微小なもんだが、たまにな。すごい能力が宿る。本当にたまにだけどな。やってみるか?」
「一個いくら?」
「一個500ライト。まとめて買うなら安くするぜ」
安い。弁当一個分……まぁおもちゃとしては安いか。本当に大した力がないのかもしれない。
「宿る能力は、どうやって確認するの?」
「あたしが鑑定の能力持ってるから、ここでやるならあたしが教えてやるよ。ソーシャなら、多分“休憩洞窟”とかに機能があるんじゃないか?」
ふーん。
今の手持ちの防具は、俺のお古の防具、それからブルーバードの付け爪と、幻惑のスカーフ。手元にはないが、今から作るつもりの俺の新防具。ちなみにブルーバードの付け爪は右足と左足で二個あるが、これは一度に作って生成されたものなので、アイテムとしては一個扱い。俺の刀は……まだ練習用のだし、良いか。
手持ちは三つ、作るつもりが一つ。
「とりあえず三個ちょーだい」
「あいよ」
俺は財布を出して、1500ライト分の金属の小粒を渡す。アーシャが木箱を持ち上げ、カウンターの台の上に乗せる。
「選んでいいぞ」
「違いがあるの?」
「見た目にはないが、使う前に中身は決まってるらしいな」
ふーん。どうやってか中身を見る方法は……まぁズルか。
俺はカラフルな玉の箱の中から、三つの玉を取り出し手前に置いた。それから、俺は魔法のポーチの中から、金属製の付け爪を取り出す。
金属の輪っかと、伸びる三本の鋭く太い爪。爪に固定する固定具。でかいブルーバードの付け爪なので、でかい。カウンターの上に、ごとり、ごとりと二つ乗る。
「じゃあ使ってみていい?」
「おう」
「どうやって使うの?」
「カプセルを開けるとふわふわした煙が落ちてくる。煙の下に防具があれば、それに吸い寄せられて吸収される」
ふむふむ。ほんとだ、ボールには継ぎ目がある。やけに軽いし、中身は詰まってない。
俺は両手で黄緑の玉の両端を掴み、ねじってこじ開ける。
カパ、と玉が二つに分かれれば、中から、淡い虹色をまとった、ピンク色の不透明な煙が、ふわ、ふわと漏れ出す。風はあるが風になびかず、煙は玉の真下に、そこに置いてある二つの付け爪へと落ちて、そして金属製のそれに吸い込まれていく。
現れた煙は余すことなく付け爪の中に吸い込まれて、終わった。
「どう? 成功した?」
「失敗はないけどな。ちゃんと付いてるぜ」
「教えてー」
アーシャは、そこに置いてある金属製の硬質な付け爪に手を触れる。
「“物理攻撃+2”」
「ぷらすに? それは、どれくらいの?」
「多分だけど、百分率に近い数値。だから+2パーセント、くらいじゃないか」
物理攻撃+2%、1.02倍、51回で倒せていた敵が50回で倒せるようになる。効果は……よく分からない。
「これはアタリなの?」
「よく見る数値だと……そうだなー。“+1”から“+6”くらいまでは、まぁまぁ出るから、数値としては低めかもな。でもまぁ、用途は合ってるだろうし、あたりの方じゃないか?」
ふーん。二個目を使うと一個目は消えてしまう。とりあえず他も埋めるか。
俺はポーチに腕を突っ込み、今度はスカーフを取り出す。暗い緑、闇の中に緑色のオーロラが浮かんでいるような、あるいは極彩色の虹をまとっているような、きらきらとした不思議なスカーフ。
俺は同じ工程を繰り返す。ピンクのカプセルを、防具の上で開けて、煙を防具に染み込ませる。
「次はどうなった?」
「“物理攻撃+3”」
攻撃?
「このバフは、“スカーフの装備者に倍率が乗る”の? “防具に”じゃなくて?」
「いや、この場合は“防具本体に”だな」
なるほど、このスカーフで物理的に攻撃すると、攻撃力が1.03倍になるようになった。防具には用途的なタグが付いておらず、どんな防具でも単一のプールから教科内容を引き出しているのだろうか。それとも、このスカーフが武器として使えるのか?
要らない。やり直したいところだが……残りの玉は一個、別に買ってもいいが。
防具は三つある、まだ俺の服(古い方)が残っている。ポーチの中から、紫色のださめのシャツを取り出す。
また、水色のカプセルを開けて、ふわふわと不思議な色の煙を服に染み込ませた。
「さてどうでしょう」
「“冷気耐性+2”」
「その“+2”は“耐性が上がる”の強化だよね」
「ん? あぁ、そうだな。相手の攻撃が1.02倍じゃなくて、相手の攻撃を1.02で割って小さくする。このバフ玉は、基本的には強化効果しか吐かない。あと、これは使用者本人に掛かるバフ」
俺は、カウンターの上に置かれた、紫色のシャツを見下ろす。
それで、俺の服に付いた効果は“冷気耐性+2”か。まぁ、あってもなくても。これが“物理耐性”に変わった所でそれは同じ。
「その、たまに出る“あたり”ってのは、例えばどんな感じなの?」
んー……と、彼女は上を見上げて考えている。
「例えば、聞いたことあるのだと“冷気攻撃+67”とか。“被弾を一回だけ肩代わりし、一度使えば効果は永久的に消える”とか」
被弾一回無効か。それはまぁ魅力的だな。攻撃の倍率が高くなるのも純粋に強そう。まぁ、手持ちじゃ武器は付け爪しかないけど。
「……一応先に言っておくと、まじで珍しいのは、100回とかそこらじゃ出ないことはざらにあるぞ。お金を溶かしても、あたしは責任取らないからな」
「ふーん。じゃあ、あと二個ちょうだい」
「……二個ね」
俺は財布から1000ライト分を出して、再び木箱の中から二つ玉を選ぶ。
「じゃあやるね」
アイスグリーンの玉を開けて、ピンクの煙がスカーフの上に落ちていく。
「さてどうですか」
「“火炎攻撃+4”」
うちのスカーフは火を吐かない。数値が微妙に高い方なのがむかつく。
さてもう一個。俺は藍色の玉を握り、ねじって中身を開け、下にピンクのふわふわした煙を落としていく。
煙が、あまさずスカーフの中に吸い込まれた。
「今度はどうですか」
「“植物型の魔物の耐性+2”」
うちの魔物は鳥と蟻と……あいつは粘菌、なのか? まぁ植物は居ない。手持ちのカードでマルメロに植物を変えて……も、今の主力カードに植物型はないし、そもそも装備者は鳥である。
耐性、おそらく全攻撃に対して+1.02倍はまぁ良いかもしれない、が今は使わない。
さて、五個全部なくなってしまった。
「オッケー、もういいや」
「……もういいのか?」
と、店の中で、アーシャは少し寂しそうな顔をしている。木箱の中には、まだまだボールが詰まっている。ひょっとして、俺のためにいっぱい取り寄せたのだろうか。
だとしたら、申し訳ないけれど、
「俺の金だったらね。好きに遊ぶんだけど、俺が持ってるお金は、俺の代わりに俺の仲間が戦って、体を張って命を懸けて、それでようやく手に入るお金。実のあるものならまだいいけど、遊び目的に、効果の薄いアイテムに、あまりお金を掛けたくないかな」
俺の言葉を、アーシャは“ふーん”と聞いている。
カウンターの軒先、今はピーク時でもなく、店に来る客も今はなく、どこかでだれかの町の声がしている。ここは高い樹木の壁に囲まれた木々の町。青空の下、向こうで子供たちが走って過ぎていく。
「商売相手として、俺の評価は下がった?」
と、俺は聞いてみる。俺はずっとこの商店を使っているし、アーシャはずっと俺の気を汲んで、あれやこれやと用意してくれている。俺としては懇意にしている相手だ。俺が貰う恩が多い。俺としても、アーシャの気持ちを、あまりむげにはしたくない。
アーシャは、カウンター向こうの椅子に座り、カウンターの上に肘をついて、頬杖をついている。傾いた彼女の顔が、俺をじっと見ている。
「ま、客としての評価は、下がったかもな」
「そっか」
「でもまぁ、身近に居てほしいのは、あんたみたいな人でもある」
アーシャは木箱の中に手を伸ばし、中のボールを手で触っていじっている。
「……なぁ。3個1000ライトで良いからもうちょっと買わないか?」
「なに? 在庫さばかなきゃいけないの?」
「いや……なんか、“あたり”が見たくて……」
おい。人の金でガチャやって楽しんでんじゃねー。
「……まぁ、じゃあ、あと三個だけなら」
俺はまた財布を出して、三つの玉を選んで取り出す。
今度は俺のシャツに“バフ玉”を使ってみる。一個目は、“物理攻撃+1”とかいう使えない効果。そして二回目には――
「お」
と、彼女は声を上げる。後ろで結んだ黒髪のポニーテールが、驚きの動きに合わせて跳ねる。
「あれ、なんか良いの出た?」
「“攻撃時にごく低確率で相手の体の一部に蔓が巻き付き拘束する”、だってさ! こいつは珍しい効果だぜ! あたしは見たことない!」
あ、やべ。新調する古い方の装備にやっちまった。
「……それ、服を使って攻撃したときに効果が出るの? それとも、装備者本人が攻撃した時に効果が出るの?」
「初めて見た効果だけど……まぁ、たぶん装備者本人に掛かる効果じゃないか? レアだし」
ふむ。武器や防具は通常“鍛造屋”にて作成され、その効果も含めて意図して形成される。一方で、バフ玉は武器防具の用途の区別なく、乱雑に効果を引くので、“防具に攻撃バフ”などのちぐはぐな効果が生まれたりする、ということだろうか。
そのバフそのバフによって掛かる対象が決まっているのかも。今回のは、攻撃に掛かる効果だけど装備者本人の行動すべてに掛かる、とか。調べてみないと分からないが。
残りの寿命が短い、そこそこ弱めの防御力の防具に、“ごく低確率で発揮する”効果。想定使用者は俺であり、俺はほとんど前に出て攻撃などしない……呪符や爆弾銃などはあるか。俺の“攻撃行動”にも反応するバフだろうか?
まぁなんにせよ、“ごく低確率”ならあてにする効果ではないし、邪魔になるような効果でなければ考慮しなくていいものだ。
「防具に宿ったバフって、ほかに付け替えできないの?」
「無理だ」
うーむ……これが、これがブルーバードの付け爪に発現していたのなら……。
「なんか、ここの地域の特産品みたいな効果出たね」
「だな。若干影響あるのかもな」
俺は木箱の中を見つめる。ブルーバードの付け爪やスカーフは、かなり良い素材を使っているので当分の間は壊れる心配はない。
「あれ、にーちゃん。なんだ? 興味出てきたか?」
一個一個の値段は低く、大量に使えば高くつくが、そもそもそれでも武器や防具の作成費に比べれば、安い消費である。
いや待て、最初に“レアを引くには100個じゃきかない”って言ってなかったか? 俺が引き続けても、出るのはゴマ粒みたいな効果ばかり、上振れを引かずに終われば、手元に残るのはもちろんゴマ粒だ。当たるまで引くなんてするほど余裕があるわけでもない。
「にーちゃん、にーちゃん、まだ在庫はあるぜ」
「アーシャちょっとうるさい」
「あるじ様、どうされましたか? その……聞いていましたが、私が稼いだ分に関しては、あるじ様のご自由に使われて大丈夫です」
と、通りからポイズンアントが歩いてきて、横からそんなことを言ってくる。
俺はポイズンアントに向き直る。素直な少女はおとなしく俺の顔を見上げており、俺はさらさらとした黒髪の頭を撫でる。
俺はアーシャに向き直る。
「こんな敬虔な子が稼いできたお金を浪費なんてない。アーシャ、バフ玉は終わり。分かったな?」
「にーちゃん、本当はやりたいんじゃないのか? その子は良いって言ってるじゃないか。何を我慢する必要があるんだ?」
俺はポイズンアントの少女に向き直る。
「ポイズンアント、今日は何が食べたい? 食堂行こうか。好きなもの食べようねー」




