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緩やかな坂を下り終わって、草原が剝げる。一段下りれば、そこは別の地面。地面には、少し灰色の砂が入り混じった土が敷かれている。左右に続く草原と連山の間の溝。
ここがレベルフロントのエリア3。エリア3は、左右に続く帯状のエリア。奥行きは短く、左右は、山肌の下に沿って長く続いている。エリア3で留まるなら山の下に沿って左右に歩けばよく、エリア4に行きたいのならすぐそこの山を登り始めればいい。
今日はエリア3達成までが目標、つまり、エリア3の魔物を倒し、そのドロップ品を持ち帰る。これがあれば、エリア2までの魔物たちは近寄ってこない。まぁ、レッドパールを持っているので、高確率でレッドパールがドロップする、それは分けて持っておく。
俺たちは草原を下り終わり、山下の溝の平地へと入ってきた。すぐ脇に、高くまでそびえたつ山の斜面があり、圧迫感がある。
「今日は、ここの魔物を一匹倒して帰ろう。また強さが一段上がるから、気を付けて」
二つの坂の間の窪みの溝を歩いていく。右手側の地面は盛り上がり、山肌となって空へと続いていく。圧迫感がすごい。
「魔物です」
ほどなくして、マルメロの警告が俺たちに下る。
エリア2の草原は楕円の広いエリアであり、その奥を囲う山にそびえたち、その間にエリア3の溝がある。形としては、蹄鉄のような感じであり、道は緩やかに左に曲がっていて、エリア2との間にある背丈ほどの段差が、視界を遮っている。
ひんやりとした風を感じた。
奥から冷気が流れてくる。先に見えたのは、地面を広がる真っ白な……霜。続いて、その本体が現れた。
黒い甲殻、何重も別れた節、体の側面に並んだ多数の足。そしてその体の上には白い雪が被っている。ひときわ大きな頭が、二つの触角を揺らしながら、道の向こうから現れる。
壁の奥から長い体がずるずると現れて、やがてその全身が見えた。長く黒い虫の体と覆う雪。体から冷気が漏れ出、足元の地面を凍らせている。俺たちの進む道の先で大きなムカデが立ちふさがる。誰かが、靴をずらす音が聞こえる。
「さぁ、今日はこいつを狩って帰ろうか」
俺たちの視界の先に佇む、冷気を発するオオムカデ。
体力不明、防御力や攻撃手段も不明。見た目から、おそらく冷気を司る力を持っている。俺のチームの仲間は、全員が接触攻撃だ。
牽制なら爆弾銃でもいいが、削りと防御力を見ることを考慮すると、威力が足りない。俺は懐から呪符を取り出す。一枚消費なら、体力消費は現在の一割。一枚だけなら大差ない。
「マルメロ、ポイズンアント。こっちに来たらお願い」
俺は“雷撃”の呪符を片手に握り、照準を合わせるように片手を向こうのムカデへと掲げる。ムカデはいまだ動かず、こちらの様子を、前半身を持ち上げて窺っている。マルメロと、まだ人形態のポイズンアントが脇で俺の顔を見た。
「空気を切り裂け、“雷よ”!」
雷光が放たれた。瞬間、向こうのオオムカデの頭を弾き飛ばす。反応はしない、瞬発力は遅く、今の攻撃を避けきれなかったか、あるいは脅威とみなさなかったか。
「や、やりましたか!」
「油断しないで」
ムカデは殴られたまま、頭を大きく首を後ろに曲げたが……倒れない。持ちこたえた。
ムカデは、そのまま頭を戻していく。まだ動かず、頭を持ち上げたままこちらを見る。当たった箇所、口の下に黒い焦げが入っているが……それだけだ。
「パワーが足りない! ポイズンアント、メインで戦って! ブルーバードは上空で隙を窺いつつ攻撃! マルメロはいったん俺のそばで待機!」
目の前に大きな影が立ち上がり、暗い緑の甲殻が俺の視界をふさぐ。白煙を巻いて青い鳥が現れ地面を飛び立った。
「ご主人さまは私がお守りいたします」
「相手は一匹、多分マルメロにも増援に入ってもらうよ」
「了解です」
俺の目の前に現れた緑のオオアリは、歩き出す。わしゃわしゃと足を動かし、大きな顎を持ち上げ向こうのオオムカデへと近づいていく。
まだエリア3だ、劇的に敵の強さは変わらないはず。まだ、ポイズンアントでも強さの余裕をもって戦えるはずだ。
音を立ててオオアリが進んでいく。視界の先には、冷気を振りまく真っ黒なオオムカデが構えている。
オオアリは顎を構えたまま突き進み、そのまま顎で挟もうと頭を打ち付ける。オオムカデは……避けようにも体が長い。ムカデはまず頭を進め、その軌道を長い胴体が付いてくる。あるいは、その場で体をくねらせるだけだ。
オオムカデは向こうを向いてポイズンアントの攻撃を避けようとしていたが、長い胴体の間にオオアリが噛み付いた。
アリは胴体を切断する勢いで力を込め、ぎりぎりとその体にダメージを与える。オオムカデが逃れようと体をばたつかせ、地面に大きく引っ搔き跡を残す。ムカデの方からオオアリに噛み付こうとしているようだが、オオアリは頭を振ってムカデの頭を振り落とす。
このまま……行けるか? そう思っていた時だった。
ポイズンアントが……顎を離した。どうして? まだ敵は倒れていない、顎で食いついた状態は明らかにこちらの優位で、それを手放す理由はない。
……っ!!
「ブルーバード! オオムカデの体を掴んで離れた所へ持っていけ! マルメロ! 次はマルメロが相手を頼む!」
空から風を切る音がする。オオムカデは、そちらの地面で体勢を直し、再び頭を持ち上げて……今にも、ポイズンアントの体へ飛び掛かろうとしている。
が、ブルーバードが先だ。奴の後ろ半身が、何かに引っ張られたように持ち上がり、そのまま地面を引きずって遠くまで離れていく。マルメロが走り、向こうの地面で離された、オオムカデへと向かう。
「ポイズンアント! 大丈夫か!」
ポイズンアントは……オオムカデから顎を離したその姿勢のまま、そこで立ち竦んでいた。足も体も一歩も動いていない。体を回って頭を見ると。
ポイズンアントの頭部に霜が降りている。それだけじゃない、霜の降りていない甲殻を上から触れてみると、ひんやりと手を刺す冷気が伝わってくる。
冷やされているのだ、あのオオムカデの能力で。アリは冬眠する生き物だ、体を冷やされるとその場で動けなくなる。ポイズンアントに、冷気に対する特殊な耐性はない。
「無茶させたね、ポイズンアント。先に魔物シェルの中で休んでおいで。後は俺たちがどうにかする」
ゆっくりと、頭の角度が変わり俺を見る。俺は彼女の宿る、緑の細長い巻貝をポイズンアントの顔に近づける。
ポイズンアントの頭が、ゆっくりと落ちていく。
白煙を上げて、彼女の体が消える。空いた空間に風が戻っていく。
さて。俺は向こうのマルメロとオオムカデを見る。
オオムカデの胴体は俺より太く、俺より長い。大きさで言えばポイズンアントが勝っているが、長さで言えばあのオオムカデが長い。マルメロ換算で言うと……三人分くらいの長さがある。体躯は三倍だ。
冷気をまとうオオムカデ、しかしスピードはなくパワーも低い。エリア3の魔物らしくそこそこ頑丈。ポイズンアントも、窮地に落とされたとはいえ、彼女の攻撃は確かに奴にダメージを入れている。
後は、マルメロとブルーバードで削りきるだけ。
マルメロは複雑な攻撃手段を持たない。特に相手が大型だと、小細工も何もなく、シンプルにパワーだけで向かっていくことになる。
マルメロがオオムカデの正面から、その頭を狙って殴り掛かる。黒く硬い拳が、黒いオオムカデへと襲い掛かる。ムカデは体を持ち上げて避けようとしていたが、さらに踏み込んだマルメロの拳が、オオムカデの腹の裏へと突き刺さる。
空気が動いた。何かが、あのオオムカデに引き寄せられているような感覚がある。
「マルメロ! 退け!」
マルメロが飛びのいた。マルメロはオオムカデに向いたまま、背後の地面に滑って着地する。
ほわほわと、水色の光のようなものが集まり、それはオオムカデの体の周りで重なって、より強い、水色の光へと変わっていく。
「ブルーバード、邪魔しろ!」
それはオオムカデの頭の上の空中で、一点に集まり、よりその輝きを強めていく。その輝きが臨界点に差し掛かろうとする、その最中。
オオムカデの頭がガクンと落ちる。ヒット&アウェイだ、風音はすぐにその場を離れた。
一点に集まり、輝いてた水色の光が、急に制御を失ったように吹き出し、わだかまり、ぐるぐると複雑に螺旋を描いて広がり――
ぼふ! と、爆発する。失敗したポップコーンみたいに大量の雪が出てきて飛び散り、ムカデの体の上に落ちる。
再び頭を持ち上げようとしていた、オオムカデの体が、またも急激に落ちる。そこに、ムカデの頭を抑える鳥の黒い足と青い体が現れた。
ポイズンアントも冷気にやられていたが、彼女の“毒牙”スキルが入っていたのだ。オオムカデの動きは違和感があって緩慢であり、頭を押さえられたまま、ブルーバードにクチバシで体を上から突かれている。
「ブルーバード、無茶はしないでいい! 危険を感じたら離れて!」
「私も行きますよ!」
地面に抑えられたオオムカデにマルメロが近づく。そのまま、動きの緩やかなムカデを二人でボコボコに殴っている。
やがて、動かなくなった。ブルーバードが足を離し、マルメロも拳を収める。ムカデの黒い甲殻が、色を失ったように白く抜けていく。ぽぽぽと、中からアイテムが飛び出てきた。
戦闘終了。
「お疲れ、ブルーバード! マルメロ! 次に絡まれないうちに、素材を回収してエリア2に撤退しようか!」




