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俺たちは草原の上を進んでいく。地形は凸凹としていて、草むらの中や地形の死角に、魔物が潜み、襲ってくる。
ここはレベルフロント。いくつかに分かれたエリアに、それぞれ帯域の違う強さの魔物が出現する。
現在地は、エリア2の草原。もし、今日をエリア2の回遊で終わらせるなら、安全地帯のエリア1からあまり離れすぎない方がいい。帰るまでの距離で、また魔物に出会ってしまうから。
もし、今日エリア2を抜け、エリア3の魔物を倒し、更新するつもりなら、俺たちはまっすぐエリア2に向かった方がいい。出来るだけ体力を温存した状態で、エリア3の魔物と対面したいから。
今日もまだまだ試していない事があるが、それを考えても、俺たちの実力はエリア2には余裕が出て来ている。
とりあえず、最短でエリア3を目指し、途中でまた何か欠点や改善を見つければ、それが早急に直すべきものであれば、撤退してまた直す。でなければ、エリア3に到達して魔物を倒す。
俺たちは今、まっすぐ、向こうにそびえる山の方へと、緩やかに下っていく斜面を進んでいる。
「魔物の気配です」
マルメロの声に俺たちは立ち止まり、各自臨戦態勢へと入る。
やがて、正面から何かが近づいてくるのが見えた。
「トカ……ゲ?」
平たい。頭は、イカの頭みたいに三角に尖って、横に二つの角が突き出している。珍しい形の頭より、何より目を引くのはその平たさ。
草むらの中だから、草を倒して空いた真ん中にそいつが居るから分かりやすいが、例えば泥だらけの地面の上に留まっていれば、俺はそれに気づかなかったかもしれない。
とても平たい茶色のトカゲ。表面は濡れていて光沢がある。
てち、てちと、トカゲは草の上を歩き、向こうで立ち止まった。様子を窺っている。
「マルメロお願い。ブルーバードとポイズンアントは待機」
「了解です」
黒く、硬い筋肉に覆われた背中が、俺の前を走りだす。
俺の前にマルメロが出て、向こうの草の中に居る平トカゲと対峙する。
「あるじ様、あの、私は……」
と、黒髪の少女はおずおずと聞いてくる。
「あの平たいの、ポイズンアントの体で止められるかな?」
ポイズンアントの体は大きく、あっちは、ともすれば、体の真下をすり抜けて襲ってきそうな薄さだ。
「まぁ、でも一応出しとこうか」
「はい」
黒髪の少女が前に出て、白煙を吐き、目の前でオオアリの巨体へと変化している。ブルーバードがごそごそと、俺の懐のポーチをあさり、中にヨーヨーを入れている。
「行きますよー!」
マルメロが、さらに走り出し、向こうの平トカゲへと迫っていく。茶色い平トカゲは、地面の上でじっとマルメロの様子を見ていたが。
「あっ!」
素早い。トカゲが素早く地面の上を駆け抜けた。風が吹くように、トカゲの体は留まることなく地面を流れて動き、マルメロが見ていた正面から、その脇の地面を簡単にすり抜ける。
マルメロが急ブレーキ。振り返り、地面に足跡を付けて、地面の平トカゲへと飛び込む。
「あっ」
またもすり抜けた。トカゲは素早く移動して、それだけだ。マルメロは空いた地面に上半身から飛び込む。
「わたしも、出た方がいいかな?」
ブルーバードが聞いてくる。
「まだ大丈夫だと思うけど……いったん様子を見てみよう」
エリア3に向かう途中だから、出来るだけ消耗は少ない方がいい。かと言って、エリア3に到達すれば、はい終了という旅路でもない。俺たちは、強くなる、そのために来ている。苦戦を経て、マルメロが強くなるのなら、それも大事な過程だ。
マルメロは、お腹に土を付けて立ち上がる。平トカゲは、少し離れた所でマルメロの様子を窺っている。
“黒牛魔”のカードは、高レアな割に特殊な能力は持たないカード。その代わり、体が頑丈であり、筋力が高く、弱点がない。
適当に出して様子を見る。雑に仕事を投げられる使いやすいカード。リーチはないが、強さも手持ちの中ではピカ一で、申し分ない。
特殊な能力はないので、その強さは、マルメロの“動き”に掛かっている。マルメロが上手く攻撃を当てられるなら強いし、そうでないなら不利な相手。
今回の相手の平トカゲは、動きに類型がない相手。マルメロは地面すれすれを動く相手に対応しきれず、ただその尻尾すら掴めずに背中を追うだけだ。
体力も高いので消耗もほぼ見えないのだが、マルメロは一度も触れられないまま、ただ平トカゲの体を追っている。
「どうする? トリジ。何かする?」
マルメロは戦闘中に特に不満などは言わないので、なんなら死ぬまで自分で同じ行動を繰り返す。どうだろうか、このまま続けていけば、マルメロはあのトカゲを倒せるだろうか。トカゲだって走り続ければ疲れるだろうが、あっちにも、いまだ疲労は見えていない。
「ブルーバードなら……楽に倒せるよね」
「まぁ、今はコレがあるからね」
「マルメロー! 自分で倒したいかー!」
と、俺が声を掛けたその時。
トカゲの頭が持ち上がり、こちらを見た。
俺と目が合った。
トカゲが走り出す、まっすぐ、こちらへ。
「ご主人さま!」
マルメロが追うが、恐らく追いつかない。俺との間に、視界に割って入って、巨大なオオアリの背中が見える。
遮られて、平トカゲの体を見失った。ポイズンアントに任せるしかないか。
ポイズンアントが一歩前に出て、頭を地面に打ち付ける。アゴで、土ごと掘り起こすように、トカゲの体をすくおうとしたのだろう。
ぬるりと、そこで頭を回避して回り込む、トカゲの体が見えた。トカゲはそのまま、浮いたポイズンアントの体の下を潜り抜け。
もう、すぐそこに。
「下がってて!」
ブルーバードが飛び出し、巨鳥が空に現れ、銀色の付け爪が付いた大きな鳥足を、地面に打ち付ける。
ぬるりと、トカゲは器用に体をくねらせ、地面を這って、ブルーバードの攻撃をすり抜けた。
俺との間にはもう、誰もいない。
「ご主人さま!!」
あ、まずい。俺は後ろに引きながら、刀の柄に手を当てる。“これ”はまだオモチャだ、俺には使いこなせない。抜いて、振って……でもまぁ、何もやらないよりはマシか。
俺は、刀を握る手に力を込めて。
その時だった。
ぎゅん、と頭が後ろに引っ張られる。違う、俺の頭を足場にして、ゴールデンちゃんが正面に飛び出した。
金色の餅は平たく広がり、俺にまっすぐ向かって来ていたトカゲの進路を塞ぐように、頭から飛び掛かる。
べちゃ、と、地面に金色の餅が落ちた。判定が大きすぎて、トカゲは迂回する事も出来ず、餅の下敷きとなる。
にゅー……と、金色の餅は収縮していき、それはトカゲの足を奪い、また頭を丸ごと覆っている。金色の餅は、見慣れた手順で、その頭の中に染み込んでいく。
金色のべたべたが体の中に吸い込まれ終わって、トカゲの小さな目に金色が宿る。
「ご主人さま!」
と、ポイズンアントの背中に飛び乗って、マルメロがこちらを見下ろしている。
「……と、ゴールデンさんの、乗っ取り状態ですか?」
俺は、まだ目の前に居るトカゲから目を離せない。この状態で、どうするべきだろう。殴っていいんだろうか。
「みたいだね。ゴールデンちゃん、その状態でも喋れる?」
トカゲが頭を横に振った。意思疎通は可能。というか、たった今まで俺に襲い掛かろうとしていた魔物が、その体が今は俺の仲間の支配下にあるのが、事実としてまだ入ってこない。
「その状態で殴ったら、ゴールデンちゃんにもダメージが入るかな?」
トカゲがぶんぶんと頭を縦に振る。殴っちゃダメみたいだ。
「じゃあ……とりあえず、離れた所で解放して、仕切り直し……あるいは、それで乗っ取ったままだったら、戦える手持ちが一匹増える……?」
強い魔物を乗っ取ったら、そいつがそのまま手持ちになる。面倒な手順も経ず。いや、でも戦闘のダメージはゴールデンちゃんにも入る。ゴールデンちゃんがどれくらいの魔物まで乗っ取りできるかは未知数。
まぁ……ゴールデンちゃんはまだ、戦うことにあまり気乗りでない様子。戦力にするにしても、“倒すべき魔物を抱えたまま倒すことを後回しにする”わけだし、考えなしにやればそこに強い魔物を重ねて戦わなければいけない。
ゴールデンちゃんはとりあえず俺の体を守ってくれたわけだし、あまり頼りすぎるのも気乗りがしない。
ということで。
「ゴールデンちゃん、ポイズンアントの向こう側で、その体を解放して、後は戻ってきていいよ。マルメロ、ポイズンアント。俺の間に入って近づくことを妨害して。それから――」
俺は、すぐそこに降り立って、地面に足を下ろしたままこちらを脇目に見つめる、青い巨鳥を見る。首には、緑を基調とした、いろんな色がマーブルに入ったスカーフが巻かれている。
「ブルーバード。行けるね」
こくんと、彼女は頷く。
「じゃあ、指示通りに散開! ゴールデンちゃんが、十分に距離を取ったら攻撃を始めて!」




