↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
62/126

ー2 霧

「止まってください」


 落ち着いた、確かな声音でマルメロが告げる。


「どうし……」


 俺はマルメロの指のサインを見て、口を閉じ、それから彼女にならって腰を落とす。


 ここはレベルフロントのエリア2、荒野の草原。まだまだ日は高く、空には青空と雲がある。


「近くから、妙な気配がします……」


 ポイズンアントとブルーバードを近くに寄せる。二人を魔物シェルに格納して、マルメロを火の玉に戻し、俺が一人伏せれば、ここにほとんど気配はなくなる。まぁ代わりに俺の周りの防御力もなくなる。


 マルメロは何に気づいたのだろう。魔物? ここはエリア2だから、大きく強さの逸脱した個体は現れないはず。


 それとも、はぐれ個体、いわゆる“トラベラー”という奴だろうか。固定の縄張りを持たず、渡り歩くものは、それなりに高い実力を備えている。ポイズンアントやサラマンダーがそうだ。放浪種ともいう。


 ガラ、ガラと音がする。何の音だ。身構えて待っていれば、それはこちらへと近づいてくる。


 ギィ、ギィと、規則的に、ぎこちなく回る車輪の音。何かがたくさん吊り下げられ、揺れる音。それを引っ張り歩く、一つの足音。


「あっ」


 と、マルメロが声を漏らす。低く屈めていた姿勢を立ち上げて、来ていたそちらの方向を見ている。


「ショップですね」


「……ショップ?」


「“行商人”と呼ぶべきか……とにかく、“外”を練り歩いて、物を売る商人が居るんですよ。安全です」


 草原の中の勾配を越え、草むらの下から何かが現れた。


 それは大きな荷台、出店に車輪を付けてそのまま歩けるようにしたような、木組みの一つの小さな建物。荷台の屋根から吊り下げられたり、あるいはテーブルの上の木箱の中に、色とりどりの小さな何かが詰まっていたり。


 荷台を引いていたのは……これまたカラフルなおじさん。草原の中でとんでもなく目立つ黄色いスーツ、赤い髪に、真っ白なおしろいを塗られた肌。赤い鼻。


「おやおや……こんな所で、奇遇ですな」


 歩く店は俺たちの前を横切り、そこで立ち止まり、荷台を引いていたおじさんがこちらを見て、落ち着いた、静かな声で語りかけてくる。


「もし、興味があるのなら……どうですかな? 覗いてみては」


 俺は草原に止まった小さなお店に近づいていく。屋根の正面にはのれんのようなものが垂れ下がっており、それをくぐる。


「こんにちはー……こんな所で、こんな大荷物を持って、あなたは、危なくないんですか?」


「はて……この辺は、危ないのですかな?」


 と、とんちきな格好のおじさんはとぼけた様子。ここはご存じレベルフロント、魔物がはびこる真っただ中の草原である。


 あるいは、この人は全く魔物に襲われないのかも。交戦中のヘイト保護みたいなのが、このお店には常時掛かっているのかもしれない。


 続けて、後ろからマルメロ、ブルーバード、ポイズンアントと、のれんをくぐって小さなお店の中へ。


「いらっしゃいまーす」


 吊り下がるぐるぐるキャンディー、木箱に詰まった小さな飴や、包み紙の中の、おそらくチョコレート、砂糖のまぶされ、紐の付いた透明なグミ。小さなおもちゃもあるようだ。風車や竹とんぼ、タコ、飛行機の模型に、万華鏡。


「駄菓子屋……みたいな、感じなのかな?」


 俺が隣に来た黒牛の魔人ことマルメロに話しかければ、彼女は真っ黒な顔で、神妙な表情をしている。目の中がとげとげしていて、ちょっと威圧感がある。


「……いえ。ここの食べ物は、少し気を付けた方が……」


「ん? なんか良くないの?」


 コホン、と店の奥から咳払いが聞こえる。


「おかしなものなんて、入ってはおりませんぞ。おかしだけに」


 がはは。


 ちょいちょいと袖を引かれ、マルメロが顔を寄せてくる。こわい。


「消費する際に、少し注意が必要なアイテム群です。しかし、購入はお好きになされてください。これらは、ここ以外だと、手に入りくいアイテムなので」


 ふーん。


「ブルーバード、ポイズンアント、興味があるものは取っていいよ。俺が買ってあげるからね。ゴールデンちゃんは……」


 俺の頭にへばりついたまま動かない。多分寝ている。


「マルメロも、何か好きなのある?」


「私は大丈夫なので、ご主人さまがお好きなものを見られてください」


「そう?」


 並んだ木箱には、色とりどりのお洒落なお菓子が入っている。脇から紙袋を取り、木箱に置かれた小さなトングを使って、小さな飴やグミなどを中に入れていく。


「トリジ、これ欲しい」


「なんでも……いいんですよね」


 と、右隣から、手前の突き出たカウンターの上に、彼女らが持ってきたオモチャが置かれる。多分、ヨーヨーと……ポイズンアントのは、棒? 光る棒か何か。


「オモチャは、一つずつでいいの? お菓子も、好きなの選んでいいよ」


「違いが分からない。トリジが選んで。気が向いたら貰う」


「私も……あ、でも、上の、大きなキャンディーが……気になります」


 と、ポイズンアントの少女は、屋根の木組みから吊り下げられている、棒付きの大きなキャンディーを指さす。


「おっけー、じゃあそのオモチャと、キャンディーと……」


 俺は紙袋の中の見下ろす。もう結構取ってるな。


「ほかに、欲しいものはある?」


 二人の少女は、揃って首を横に振る。俺は、お店の向こう側に立っているおじさんへと声を掛ける。


「すみませーん、お会計をお願いしまーす」


 商品を渡して、懐を漁り財布を取り出す。ごろごろとコインの入った革袋、それから、小粒の金属の粒々が入った袋。


「……あれ? すみません、このコインって、ここで使えますか?」


 と、俺は財布の中からコインを取り出して見せる。それは十字の入った金属貨、俺たちの住む町で流通している、“クルスコイン”と呼ばれるもの。


 おじさんは紙袋を秤のようなものに乗せながら、こちらをちらと見る。


「お使い出来ますよ」


 じゃあ問題ないな。と、マルメロがまた耳打ちしてくる。


「ご主人さま、お釣りを貰うとお得です」


「そう? じゃあ大きいのを渡してみようか」


「あぁ、あんま大きいのじゃなくて大丈夫です」


 商品は大きな紙袋にまとめて入れられ、俺はコインを渡し、数枚の銅貨が返ってくる。ん? クルスコインじゃん。てっきり別の種族のコインが返ってくるものかと。


 そして、商品の入った大きな袋を渡される。


「良い出会いでした。あなたたちの旅に、幸運が訪れんことを」


「良い出会いでしたね。いっぱい出会えるといいですね!」


 俺は紙袋を持って、のれんの外に出る。いつの間にか……いつの間にか、辺りは薄い霧に囲まれていた。これも、このイベントの影響?


 みんなが店を出れば、後ろで音がする。おじさんがまた荷台の先頭に戻って、ぎぃ、ぎぃと引っ張りながら、小さなお店が動き出す。俺たちはそれを見送った。


「こんな所で、不思議な出会いだったね」


 マルメロは、薄い霧の中に消えていく荷台を見つめながら、答える。


「不用意に食べてはいけませんよ。今買ったお菓子を」




「簡単に言うと、食べると別のマップに行ってしまうんですよ」


 ふーんと、俺は、紙袋の中からヨーヨーとペンライトを取り出し、二人に渡す。ブルーバードはさっそく手に付けて遊び始め、ポイズンアントはペンライトを光らせてじっと見ている。


「“トラップマップ”みたいな?」


 トラップマップは、ブルーバードを手に入れた時の、ダンジョンの中で見つけた簡易マップ。中を探索して、ある程度課題をこなすと報酬が貰え、脱出できた。


「あぁいえ、そんなレベルではなくて。ワールドごと違う感じですね。かなり広くて、厄介です」


「そうなんだ」


「帰る条件も不確定だったりするんで、ちゃんと時間のある時じゃなければ、使わない方が吉です」


 なるほど。少なくとも今は、目を離せない子が居るから、後回しかな。と、俺は紙袋の中に残ったお菓子の類を見つめる。


「保存は効くの?」


「消費期限はありますよ」


「あれ、じゃあ早く食べなきゃじゃん?」


 いやでも、食べたら“そっち”に行っちゃうし……。


「ご主人さま、“お釣り”は貰いましたよね?」


「え、うん」


 俺は再び懐を漁り、財布を取り出す。銀色のコインを一枚渡して、銅色のコインを何枚か貰ったはずだ。俺は銅色のコインを何枚か取り出して、手の上に乗せてみる。


「でも、同じ奴だったよ? 同じ“クルスコイン”」


「本当に? 何か、違いに気が付きませんか?」


 なんか違う奴なんだ。俺は改めて、手の上に乗せた複数のコインを見つめる。コインの中には元々の銅のコインも入っており、だからごっちゃになって入っている。見慣れてはいるが……、


「あ、“逆”?」


 二つのクルスコインを並べれば、違いはすぐに気が付いた。そこには、十字路をかたどった紋章が描かれているが、同時に、周りに小さく文字のような粒々も付いている。その小さな文字の並びが、逆なのだ。これまではそうじゃなかったから、こっち、俺はいつもと違う向きのコインを手に取る。


「特定のコインの入手は、それらに関連した、いくつかのイベントの解放に繋がります。そのコインさえ持っていれば、今までより“そちらの世界”に関わるイベントに出会いやすい。だから、最悪、そのお菓子は無くなっちゃっても、大丈夫です」


「でも、消費期限が来たら、食べなきゃ腐っちゃうってことでしょ?」


「それも大丈夫ですよ」


 マルメロはごそごそと袋の中を漁り、ぐるぐる巻きの棒付きキャンディーを取り出す。


「これは、鏡に浸して、鏡の向こうからアイテムを受け取れば、それは“私たちの世界の食べ物”へと戻り、転移の効果は消える。ご主人さまが持っているそれは“ミラーコイン”。今私たちの前を歩いて行った彼は、本来なら私たちが出会うはずのない、“鏡の中の存在”です」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。