ー2 霧
「止まってください」
落ち着いた、確かな声音でマルメロが告げる。
「どうし……」
俺はマルメロの指のサインを見て、口を閉じ、それから彼女にならって腰を落とす。
ここはレベルフロントのエリア2、荒野の草原。まだまだ日は高く、空には青空と雲がある。
「近くから、妙な気配がします……」
ポイズンアントとブルーバードを近くに寄せる。二人を魔物シェルに格納して、マルメロを火の玉に戻し、俺が一人伏せれば、ここにほとんど気配はなくなる。まぁ代わりに俺の周りの防御力もなくなる。
マルメロは何に気づいたのだろう。魔物? ここはエリア2だから、大きく強さの逸脱した個体は現れないはず。
それとも、はぐれ個体、いわゆる“トラベラー”という奴だろうか。固定の縄張りを持たず、渡り歩くものは、それなりに高い実力を備えている。ポイズンアントやサラマンダーがそうだ。放浪種ともいう。
ガラ、ガラと音がする。何の音だ。身構えて待っていれば、それはこちらへと近づいてくる。
ギィ、ギィと、規則的に、ぎこちなく回る車輪の音。何かがたくさん吊り下げられ、揺れる音。それを引っ張り歩く、一つの足音。
「あっ」
と、マルメロが声を漏らす。低く屈めていた姿勢を立ち上げて、来ていたそちらの方向を見ている。
「ショップですね」
「……ショップ?」
「“行商人”と呼ぶべきか……とにかく、“外”を練り歩いて、物を売る商人が居るんですよ。安全です」
草原の中の勾配を越え、草むらの下から何かが現れた。
それは大きな荷台、出店に車輪を付けてそのまま歩けるようにしたような、木組みの一つの小さな建物。荷台の屋根から吊り下げられたり、あるいはテーブルの上の木箱の中に、色とりどりの小さな何かが詰まっていたり。
荷台を引いていたのは……これまたカラフルなおじさん。草原の中でとんでもなく目立つ黄色いスーツ、赤い髪に、真っ白なおしろいを塗られた肌。赤い鼻。
「おやおや……こんな所で、奇遇ですな」
歩く店は俺たちの前を横切り、そこで立ち止まり、荷台を引いていたおじさんがこちらを見て、落ち着いた、静かな声で語りかけてくる。
「もし、興味があるのなら……どうですかな? 覗いてみては」
俺は草原に止まった小さなお店に近づいていく。屋根の正面にはのれんのようなものが垂れ下がっており、それをくぐる。
「こんにちはー……こんな所で、こんな大荷物を持って、あなたは、危なくないんですか?」
「はて……この辺は、危ないのですかな?」
と、とんちきな格好のおじさんはとぼけた様子。ここはご存じレベルフロント、魔物がはびこる真っただ中の草原である。
あるいは、この人は全く魔物に襲われないのかも。交戦中のヘイト保護みたいなのが、このお店には常時掛かっているのかもしれない。
続けて、後ろからマルメロ、ブルーバード、ポイズンアントと、のれんをくぐって小さなお店の中へ。
「いらっしゃいまーす」
吊り下がるぐるぐるキャンディー、木箱に詰まった小さな飴や、包み紙の中の、おそらくチョコレート、砂糖のまぶされ、紐の付いた透明なグミ。小さなおもちゃもあるようだ。風車や竹とんぼ、タコ、飛行機の模型に、万華鏡。
「駄菓子屋……みたいな、感じなのかな?」
俺が隣に来た黒牛の魔人ことマルメロに話しかければ、彼女は真っ黒な顔で、神妙な表情をしている。目の中がとげとげしていて、ちょっと威圧感がある。
「……いえ。ここの食べ物は、少し気を付けた方が……」
「ん? なんか良くないの?」
コホン、と店の奥から咳払いが聞こえる。
「おかしなものなんて、入ってはおりませんぞ。おかしだけに」
がはは。
ちょいちょいと袖を引かれ、マルメロが顔を寄せてくる。こわい。
「消費する際に、少し注意が必要なアイテム群です。しかし、購入はお好きになされてください。これらは、ここ以外だと、手に入りくいアイテムなので」
ふーん。
「ブルーバード、ポイズンアント、興味があるものは取っていいよ。俺が買ってあげるからね。ゴールデンちゃんは……」
俺の頭にへばりついたまま動かない。多分寝ている。
「マルメロも、何か好きなのある?」
「私は大丈夫なので、ご主人さまがお好きなものを見られてください」
「そう?」
並んだ木箱には、色とりどりのお洒落なお菓子が入っている。脇から紙袋を取り、木箱に置かれた小さなトングを使って、小さな飴やグミなどを中に入れていく。
「トリジ、これ欲しい」
「なんでも……いいんですよね」
と、右隣から、手前の突き出たカウンターの上に、彼女らが持ってきたオモチャが置かれる。多分、ヨーヨーと……ポイズンアントのは、棒? 光る棒か何か。
「オモチャは、一つずつでいいの? お菓子も、好きなの選んでいいよ」
「違いが分からない。トリジが選んで。気が向いたら貰う」
「私も……あ、でも、上の、大きなキャンディーが……気になります」
と、ポイズンアントの少女は、屋根の木組みから吊り下げられている、棒付きの大きなキャンディーを指さす。
「おっけー、じゃあそのオモチャと、キャンディーと……」
俺は紙袋の中の見下ろす。もう結構取ってるな。
「ほかに、欲しいものはある?」
二人の少女は、揃って首を横に振る。俺は、お店の向こう側に立っているおじさんへと声を掛ける。
「すみませーん、お会計をお願いしまーす」
商品を渡して、懐を漁り財布を取り出す。ごろごろとコインの入った革袋、それから、小粒の金属の粒々が入った袋。
「……あれ? すみません、このコインって、ここで使えますか?」
と、俺は財布の中からコインを取り出して見せる。それは十字の入った金属貨、俺たちの住む町で流通している、“クルスコイン”と呼ばれるもの。
おじさんは紙袋を秤のようなものに乗せながら、こちらをちらと見る。
「お使い出来ますよ」
じゃあ問題ないな。と、マルメロがまた耳打ちしてくる。
「ご主人さま、お釣りを貰うとお得です」
「そう? じゃあ大きいのを渡してみようか」
「あぁ、あんま大きいのじゃなくて大丈夫です」
商品は大きな紙袋にまとめて入れられ、俺はコインを渡し、数枚の銅貨が返ってくる。ん? クルスコインじゃん。てっきり別の種族のコインが返ってくるものかと。
そして、商品の入った大きな袋を渡される。
「良い出会いでした。あなたたちの旅に、幸運が訪れんことを」
「良い出会いでしたね。いっぱい出会えるといいですね!」
俺は紙袋を持って、のれんの外に出る。いつの間にか……いつの間にか、辺りは薄い霧に囲まれていた。これも、このイベントの影響?
みんなが店を出れば、後ろで音がする。おじさんがまた荷台の先頭に戻って、ぎぃ、ぎぃと引っ張りながら、小さなお店が動き出す。俺たちはそれを見送った。
「こんな所で、不思議な出会いだったね」
マルメロは、薄い霧の中に消えていく荷台を見つめながら、答える。
「不用意に食べてはいけませんよ。今買ったお菓子を」
「簡単に言うと、食べると別のマップに行ってしまうんですよ」
ふーんと、俺は、紙袋の中からヨーヨーとペンライトを取り出し、二人に渡す。ブルーバードはさっそく手に付けて遊び始め、ポイズンアントはペンライトを光らせてじっと見ている。
「“トラップマップ”みたいな?」
トラップマップは、ブルーバードを手に入れた時の、ダンジョンの中で見つけた簡易マップ。中を探索して、ある程度課題をこなすと報酬が貰え、脱出できた。
「あぁいえ、そんなレベルではなくて。ワールドごと違う感じですね。かなり広くて、厄介です」
「そうなんだ」
「帰る条件も不確定だったりするんで、ちゃんと時間のある時じゃなければ、使わない方が吉です」
なるほど。少なくとも今は、目を離せない子が居るから、後回しかな。と、俺は紙袋の中に残ったお菓子の類を見つめる。
「保存は効くの?」
「消費期限はありますよ」
「あれ、じゃあ早く食べなきゃじゃん?」
いやでも、食べたら“そっち”に行っちゃうし……。
「ご主人さま、“お釣り”は貰いましたよね?」
「え、うん」
俺は再び懐を漁り、財布を取り出す。銀色のコインを一枚渡して、銅色のコインを何枚か貰ったはずだ。俺は銅色のコインを何枚か取り出して、手の上に乗せてみる。
「でも、同じ奴だったよ? 同じ“クルスコイン”」
「本当に? 何か、違いに気が付きませんか?」
なんか違う奴なんだ。俺は改めて、手の上に乗せた複数のコインを見つめる。コインの中には元々の銅のコインも入っており、だからごっちゃになって入っている。見慣れてはいるが……、
「あ、“逆”?」
二つのクルスコインを並べれば、違いはすぐに気が付いた。そこには、十字路をかたどった紋章が描かれているが、同時に、周りに小さく文字のような粒々も付いている。その小さな文字の並びが、逆なのだ。これまではそうじゃなかったから、こっち、俺はいつもと違う向きのコインを手に取る。
「特定のコインの入手は、それらに関連した、いくつかのイベントの解放に繋がります。そのコインさえ持っていれば、今までより“そちらの世界”に関わるイベントに出会いやすい。だから、最悪、そのお菓子は無くなっちゃっても、大丈夫です」
「でも、消費期限が来たら、食べなきゃ腐っちゃうってことでしょ?」
「それも大丈夫ですよ」
マルメロはごそごそと袋の中を漁り、ぐるぐる巻きの棒付きキャンディーを取り出す。
「これは、鏡に浸して、鏡の向こうからアイテムを受け取れば、それは“私たちの世界の食べ物”へと戻り、転移の効果は消える。ご主人さまが持っているそれは“ミラーコイン”。今私たちの前を歩いて行った彼は、本来なら私たちが出会うはずのない、“鏡の中の存在”です」




