第十六話、進む世界、変わる景色
見慣れた草原を渡り、橋の上へ。草原は緩やかな傾斜で奥に向けて落ちていき、奥で一気に持ち上がって壁のような山脈となる。
「今日は、前回試せなかった分も含めて、変更要素の確認と、状況次第でエリア3まで進めたいかな」
頭の上に金色の餅を乗せながら、俺は草原の上を歩いている。
「調子はどうだい? ゴールデンちゃん。今日はよく晴れて、気持ちの良い天気だね」
見上げれば、白い雲の浮かんだ青空がそこにある。頭の上の餅に話しかければ、素知らぬ顔で、金色の餅はそこにまたがったままだ。
俺たちは橋を乗り越え、川の先の荒野に足を踏み入れる。ここからは、そこかしこに見慣れぬ魔物たちが潜んでおり、俺たちの気配を頼りに寄って来る。
と、向こうの地形の窪みから、草原をガサゴソと揺らして何かが現れた。
それはくすんだ灰色のカマキリ。明らかに周囲の草原との保護色ではなく、色が浮いている。どこに生息している魔物だろうか。
今のところ見た目に特異な点は見られない。しかし、エリア2の魔物は何らかの長所を持っていることが多い、意表を突かれぬよう気を付けて対面しなければ。
「ポイズンアント、今回は、相手を頼める?」
「分かりました。……あるじ様の、護衛は……」
と、心配そうな声が俺に掛かる。
「マルメロをそばに付けるから大丈夫だよ、こっちは安心して」
黒髪の少女は不安そうに俺を振り返りながら俺の隣を追い抜き、白煙を吐き、そこで大きな、暗い緑色の装甲を持つアリへと姿を変える。
「ポイズンアント! 今日は“岩突進”のスキルを使ってみようか!」
多分聞こえている、ポイズンアントはがしがしと脚を動かしながら、向こうのカマキリへと歩いていく。こちら側が明らかに大柄であり、サイズ比は子供と大人だ。
スキルカードはスキルスロットを埋めない扱いらしく、ポイズンアントにも問題なく装備できている。スキルカード装備は、それとは別に、装備に適性やコストも関わってくるらしいが、“岩突進”については問題なかった。
ぐっと、ポイズンアントが体に力を込める。それからがしゃがしゃと、勢いよくまっすぐ走りだした。彼女の周囲には、風を弾くような白いエフェクトが発生している。
アリはまっすぐ向かっていき、灰色カマキリは避けもせず、そこで鎌を構えてポイズンアントの突進を待ち受ける様子。
カマキリがオノを振りかぶり、ポイズンアントへと突き立てる。ポイズンアントは勢いを殺すことなく。
カマキリを轢いた。
オオアリが頭を振って、カマキリの体をすくいあげるように突き上げる。カマキリの体は高く舞い上がり、どさと、地面に落ちた。
まだ死んでない、が、かなりの高ダメージを負った様子。灰色のカマキリはどうにか立ち上がるが、その後ろから、巨大な影が迫る。
二つに別れた大アゴがカマキリを挟み、締め上げる。カマキリは力なく暴れていたが……やがて、くたと、全身から力を抜いた。オオアリがアゴを開いて、その中の体が地面の上に落ちる。
戦闘終了。
「おつかれ、ポイズンアント! すごいね、楽勝だ!」
俺は声を掛けながら近づいていくと、オオアリが首をもたげてこちらを見、それから白煙が立ち上る。中から、長い黒髪の少女が現れ、こちらを見つめている。
「どうしたの? ポイズンアント。良い活躍だったよ!」
「その……」
と、少女は目を伏せ、何かを隠しているような様子。
「大丈夫だよ、言ってごらん。ポイズンアント」
俺が促すと、ポイズンアントは口を開く。
「私は……あるじ様のそばから、離れなくてはいけないのでしょうか?」
ふむ。俺は、白シャツ、緑の吊りスカートの少女を改めて見つめる。
後ろから、二人の足音が近づいてくる。ここは草原のただなか。戦闘後には、若干のヘイト保護があり、この状態で新たな魔物が連戦を仕掛けてくることは少ない。
「やっぱり戦うのが、……攻撃することが、嫌だってこと?」
俺が聞けば、少女はしかし首を振る。
「……いえ。そうではなく……後ろにあるじ様を置いて、目の前の相手に集中するのが……どうも苦手というか……怖くて」
ふむ。立ち位置の問題か。俺が貧弱……でもなく、気質的な話だろう。
ポイズンアントの持つパワーは強力であり、うちのチームでも随一の腕力を持つ。その力をそのまま攻撃に転じれば今の通り、強力な攻撃として利用できるのだが。
「役割としては、俺を守るタンク、俺の傍に居る護衛が良い、ってことかな?」
と、黒髪の少女はこくんと頷いた。
「わがまま……でしょうか」
少女は不安げな顔で俺に聞く。
「大丈夫だよ。その前提で、君が十全に動けるように、俺が調整するからね」
俺は、黒髪の少女の頭を、安心させるようにと軽く叩いた。
ポイズンアントをメインの火力として使えれば強いんじゃないかと、今回は“岩突進”のカードを持たせている。でも、そうではなく、彼女のタンクとしての性能を伸ばすなら、防御力、自動回復とか、ヘイト稼ぎ……は数が来ると怖いな、やっぱ防御系の能力を伸ばすべきか。
まぁ“岩突進”自体、ポイズンアントの性能と合っているし、とりあえずそのままでいいか。助走を付ける分、使用ごとに俺との距離が離れてしまうが、どうせその巨体で俺の間近で暴れられるわけじゃない。ほかに良い候補が見つかったら替えよう。
「おっけー、じゃあ次からは、ポイズンアントの基本の役割は、俺の近くでの護衛。ただ、敵の数が多かったり手ごわかったりすると、加勢として戦力として投入するかも。そんな感じでも、いいかな?」
「はい……その、すみません。私が……わがままを、言ってしまって」
俺はポイズンアントの頭を両手で挟み、顔を持ち上げて、俺の顔に向けさせる。
「君が気持ちよく戦えることも、俺の仕事だからね」
「……」
じっと、ポイズンアントは俺の顔を見上げている。事前に用意している理由なわけではないが、別に嘘は言っていない。少女の黒い髪はさらさらとしており、指を差し入れれば触れていて気持ちがいい。
「だから、大丈夫だよ」
「……はい」
ぱっと、俺は少女から手を放す。俺は、二人を振り返る。
「ってなわけで、二人がこれからアタッカーだねー」
後ろには、真っ黒な牛の獣人と、青いカッパを羽織った小柄な少女。頭の上の金色の餅は多分寝てる。
マルメロはもとい、ブルーバードも今回は攻撃寄りに構成を寄せて来ている。むしろ、チームとしては上手くかみ合うんじゃないだろうか。




