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「体力消費でスキルを発動できるアイテム、ですか」
ここは、奥を連山に囲まれた草原の荒野。レベルフロントのエリア2、川を越えた先にも草原が広がっている。俺たちは、前回の到達点である川の上の橋から、その先の景色を見つめている。
俺の隣には、黒い牛の獣人ことマルメロが立っている。
「そ。どうせ俺は後ろで突っ立ってるんだし、多少体力を消費しても、大したリスクにならないかなって」
「……使いすぎると、危ういのでは? ご主人さまは、ただでさえ脆いんですし」
「そこは、体力回復のグリーンオーブのカバーでね」
今回用意した“呪符”は、一枚の発動につき、現在体力の一割消費。グリーンオーブは、最大体力のおよそ三割を回復できるアイテム。呪符を大量に使っても、グリーンオーブ一つあれば、最低三割は体力を確保できている計算になる。体力を満タンに保つなら、三回ごとに一回使えばいい。
「……お気をつけてくださいね。ここは危険な狩り場ですし」
「分かってるよ」
ここは広大な草原。広い荒野は、川を越えて、奥に進むにつれてだんだん降りていき、山の麓に差し掛かると急傾斜で上がっていく。ジャンプ台みたいな地形だ。
俺たちはすでにエリア2での魔物を倒し、その素材を獲得している。今の目標は、エリア2での強さに慣れ、さらにエリア3を目指してそこの魔物を倒すこと。
青く晴れた空の下。風に揺れる草原、明るく輝く白い雲。暖かい陽気に混じって、どこかから花の香りが流れてくる。
一行は俺、マルメロ、ポイズンアント、ブルーバード、俺の手にゴールデンちゃん。今はチーム全体の強化週間中なので、全員を呼び出しての行軍中だ。
草を踏む足音は四つ。ぞろぞろと、広い荒野の上を歩いていれば、どこからか、何かの気配が近づいてくる。
「魔物ですね。私が出ましょう」
「お願い、マルメロ。俺の新しいアイテムの試運転もしたいから、機を見て使ってみるね」
「了解です」
草原の中から出てきたのは……明るい緑の大地には似つかわしくない、黒々とした大きなワニ。今回のマルメロは“黒牛魔”形態なので、エリア2の魔物ならさほど苦労はしないはず。しかし、予想外の事態に危機に陥る可能性はある。
俺が見ていなきゃだ。
口を開けたら、俺が這って丸々入っていけそうな、大きなワニ。体の表面はてらてらと濡れている、どっかの水辺の地形の魔物だろうか。
ワニがマルメロを視認した、体をくねらせ、短い手足を動かして、滑るように草の上を進んでくる。マルメロはその場に構え、動かない。
俺は今回、“雷の呪符”というアイテムを作成し、この場に持ち込んできている。それは作る際にも体力を消費するので、大した数は持って来れていない。まぁどっちにしろ多用する手段じゃないだろうし。
俺はゴールデンちゃんを魔法のポーチの中に押し込み、それから、懐から“呪符”を取り出し、手のひらに握って構える。手のひらくらいの、長方形の紙。そこには俺が描いた文字とも模様とも似つかない何かが描かれている。インクは特殊なものを使い、今は黒い文字だが、俺の呼びかけに応じて文字が光り、発動する。
さて、この“呪符”はどのタイミングで使うかな。マルメロがピンチの時……だと後手かもしれない。マルメロが手こずりそうな、面倒な相手だったら、俺からも一撃入れて削りに貢献する。どうせ消費アイテムだし、使い方はそんな所だろうか。
ワニは短い手足でせっせと地を這い、やがてマルメロの足元に到達した。大きく開いた口には、いびつに並んだ鋭く白い牙の群れが見えている。大きく開いたそのワニの口の上下を。
マルメロが掴み、閉じた。ワニが暴れている。ワニは、噛む力は強力だが開く力は弱い。剛力な今のマルメロ相手には、口を開こうにもその腕力を上回れないだろう。
ぐり、と、ワニが体を捻る。ワニは、頭から尻尾までを芯として、回転する動きも得意である。ああやって、拘束から身を逃れたり、あるいは噛んだ獲物の体を食いちぎったりする。
マルメロの腕からワニの体が逃れる、その前に。マルメロが足を振りかぶり、その下顎からワニの体を蹴っ飛ばした。大きく黒い体が持ち上がり、立ち上がり、逆さにひっくり返る。
体内の水分量が多いのだろうか。だいぶ重いな。ダメージも、まだまだ倒すには程遠く見える。まぁ、おそらく相手は水中が適性の魔物であり、地上戦では大きく強さが劣るように見える。マルメロが負けることはないだろうが。
相手の体力が多く、苦戦しそうだ。俺は、ひっくり返って、今まさに起き上がろうとしているその魔物に向けて。
一枚の“呪符”を抜き取り、指に挟んで構える。呪符教本によれば、発動するために固定の呪文が必要であり――
「“雷よ!”」
俺の指に挟んだ一枚の紙が、そこに描かれた文字が反応し、強く光を放つ。続いて紙が溶け、それは一枚の光の塊となって俺の指をすり抜ける。俺の体から何かが抜け、それと一緒に飛び出していく。
光は変化し、徐々に明るい、黄色のまばゆい、細い光へと変わっていく。それは小さく枝分かれし、何度も折れながら空中を泳ぎ、まっすぐ宙を飛んでいき。
閃光が戦場を駆け抜けた。一筋の雷が、大きな黒いワニの体の側面に当たり、その体を大きく吹っ飛ばす。明るい光に、一瞬だけ目が焼け、景色が白黒に明滅した。ワニは、マルメロが蹴ったよりも大きなエネルギーに飛ばされ、地面には黒く焦げが残り、またワニの体にも大きく黒い焦げ跡が残っている。
あれは“電撃負傷”状態。戦闘が終了するまで引きずり、スキルによっては連鎖して特別な反応を起こすことが出来るが、今は関連するスキルを持っていない。ただ焼け焦げただけだ。
ワニは、大きくダメージを受けたようだったが、まだまだ元気なように見える。再度吹っ飛ばされ、草をなぎ倒しながら体の上下を元に戻し。
その両目がギロリと、俺を向いた。
ワニが草原の中を走りだす。大して速くはない、が、確実に、俺に向かって近づいて来ている。速くはないが……遅くもない。
「ご主人さま! 狙われています!」
「わたしも出る!」
マルメロを置いてこちらに近づくオオワニ、彼女はその体に近づき、尻尾の根本を掴んで止めようとしているが……ワニは、遅くはあるがパワーがあり、そこまで体重の重くないマルメロでは、引っ張っても引きずられている。
俺の後ろから青いカッパの少女が俺を追い抜き、白煙を巻いて大きな青い鳥が空に飛び出す。
大鳥が空を舞い、風を掴んで飛んでいく。ワニに向かって、その体を急降下させて。大きなカギ爪がワニの頭を上から襲う。
ワニの進行が止まった。ワニは鳥の足に地面に押さえつけられ、グルルと低い声で唸っている。
「……!」
大きな青い鳥がバランスを崩した。ワニが、強引に体を動かし、その体がずれた。その隙に、ワニは小さな四つの足を動かし、またも前進を始める。マルメロがいまだその下半身を掴み、止めようと着いているが、ワニは気にせず前進を。
こちらへ。
縦に割れた二つの両目をこちらにまっすぐ向けながら、ワニは近づいてくる。
戦闘放棄。その場から大きく離れ、あるいは魔物から大きく距離を取れば、魔物からのヘイトを回避し、戦闘を終えることが出来る。逃走中は大丈夫だが、逃走が成功した時点で、周囲のほかの魔物に見つかればまた戦闘が始まる。
魔物が多い場所では、逃げても逃げても別の魔物に遭うことになるが、しかし、このレベルフロントなら、クリア後の低レベルのエリアはほぼ安全地帯と言っていい。
橋の上まで戻り、その向こうまで逃げてワニのヘイトを切ったなら、俺はこの魔物から逃れられる。しかし、ワニの足は速い。逃げられる……よりも先に、追いつかれるかもしれない。
逃走は困難。戦闘を続けるなら、俺は――
その時、もう一つの影が、俺の前に遮って現れた。暗い緑色の装甲が、俺の前方の景色を覆って目の前に横たわる。
俺は、彼女の動きが邪魔にならない程度に、数歩下がった。ポイズンアントは正面を向き、近づくワニへと構える。
ワニの体は、俺やマルメロに比べれば、化け物みたいな大きさの魔物である。けれど。
俺の前に立ちはだかったポイズンアントの体は、そのワニの体よりも、さらに二回りは大きい。
大きなアリが体を振る。大きく二つに分かれた顎が、ワニの体に振り下ろされて、挟まれた。
「マルメロ! もういい!」
マルメロがワニの体から手を放し、しっかりと、二つの顎が食い込んだワニの体が持ち上がる。
ポイズンアントは身を反らして、大きなワニを高々と持ち上げた。青空に黒い影が立ち上がり、影が俺の頭を覆っている。
叩き落とした。ワニは頂点から、勢いを付けてそのまま地面の上へと振り下ろされる。鈍い音が、潰れる音がした。重ければ重いほど、その重力と勢いは、その身に大きなダメージを与える。
ポイズンアントの後ろから顔を出せば、そこに、ひっくり返ってお腹を見せて、ぴくぴくと体が震えているワニの姿がある。草の大地は一部土が剥げ、そこに小さなクレーターが出来ている。
「もう大丈夫そうかい? ポイズンアント」
彼女の変身が解け、そこに、白シャツに吊りスカートの、長い黒髪の少女が、白煙の中降り立った。魔物は多分倒せているらしい。
ポイズンアントは俺を振り返る。
「先日は、ふがいない姿をお見せしましたが……もう、大丈夫です。我があるじ様に降り掛かるあらゆる災難は、この私が跳ね返してみせます」
オオワニの瀕死体を脇に、ポイズンアントはそう言った。
俺は、体から力が抜けていくのを感じる。手元を見下ろしたら、残りの“呪符”の紙が、強く握られて、くしゃくしゃになっていた。俺は適当にそれを伸ばして畳み、懐に戻す。
「いいね! さすがは、俺のポイズンアントだ!」




