ー4 発露
川を越えても景色は変わらないが、草原を行った先に山の始まりの麓が見えている。草原は一度下っていって、窪み、そこからまた上がっていく。
俺たちはぞろぞろと橋の上を歩いていくと、もう、向かいに俺たちを待つ魔物が見えている。
「そう言えば、戦ってるときって他の魔物来ないよねー」
「まぁ、どっちがどっちか分かりませんからね」
橋を渡った先に待っていたのは、真っ白な玉のような胴体を背負ったクモ。足も白く、細く、長い。
その一匹だけが、草原の真ん中で来る俺たちを待っている。
「丁度いい、あの子を倒してドロップ品を手に入れよう。それでエリア1はクリア完了だ」
「私が行きましょうか」
「そだね」
特に理由がなければ、マルメロが俺たちの主戦力である。
「私があるじ様をお守りします」
「ありがとーポイズンアント」
ヴァンピちゃんとブルーバードは橋の上で待機。俺は、マルメロが戦う様子を見るために、少し前に出ている。この辺には隠れられる遮蔽もない。
まぁ、今回の相手は一匹だし、近くにポイズンアントも居るし大丈夫だろう。
目の前に、暗い緑色の装甲を持った大きなアリが現れ、俺はその陰からマルメロの様子を見守る。
俺くらいなら、のしかかられたら動けなくなる、それくらいの大きさのクモ。背中のつるつるの卵みたいなのには、中に何かが入っているのだろうか?
黒い牛の獣人が、草原の上を駆けていく。
エリア1の魔物たちは、今の俺たちの陣営なら楽勝で、特に苦も無く進み続けることが出来た。川を越えたなら、そこから先はエリア2の魔物。ここから一段魔物が強くなる。
黒い獣人が草原を駆け、白いクモの化け物へと飛び掛かる。クモはでかい割に動きが俊敏であり、素早く後ろに跳ね、マルメロが空いた地面に着地する。
クモの口が開いた。
「マルメロ!」
俺の声に、マルメロが飛びのく。開いた口から白い糸が吐き出され、糸もまた、何もない地面に落ちて白い糸だけがそこに溜まっていく。
口から糸出すのか。お尻からも出るんだろうか。
しかし、雑に攻撃が当たらなくなってきたな。増援を出した方がいい? 俺が一つ爆弾銃を撃つだけでも、マルメロの攻撃は簡単に当たるようになる。銃に装填される弾は三つと限りがある、時間経過で回復するがすぐには増えない。
まだマルメロがやる気そう。もう少し見守るか。
黒い皮膚、筋肉質の引き締まった肉体、頭の曲がった二本の角。
“黒牛魔”形態のマルメロが、身を屈めて、あちらの魔物の様子を窺っている。
またも、仕掛けたのはマルメロ側だ。草の大地を蹴って、マルメロは鋭く魔物の傍へと切り込んでいく。
クモが身を引き、それをマルメロが追う。マルメロが脚を掴もうと腕を伸ばせば、クモが脚を引いて距離を取る。しかし今回はマルメロが食いつく。何度かわされても、マルメロは執拗に体を掴もうと飛び掛かる。
そしてついに、マルメロの腕がクモの脚を掴んだ。彼女の並々ならぬ筋力が逃さぬようがっちりと脚を握り、そしてそのまま……持ち上げる。胴部が地面から浮いていく。
投げ飛ばすか、叩き落すか、マルメロの次の動きを見ていれば。
もぞりと、クモの真っ白な、卵のような胴部が動く。
「マルメロ! 何か来るよ!」
もぞもぞもぞと、真っ白な、糸で囲われた繭のような部分が蠢き、波打ち始め――
割れた。ポップコーンのように中身が弾け飛ぶ。オオグモの周囲に飛び散ったのは……両手で持ち上げる程度の、小型サイズのクモの魔物。
小型のクモは、持ち上げられたオオグモを中心に、周囲の地面に散らばっており。
その小さなクモたちの目線が、それを見ていた俺に向いた。こわ。
「ご主人さま!」
「こっちは大丈夫!」
小さなクモたちの中で、マルメロに向かっていくのは二‐三匹程度。残りの群れはこちらを目指して一斉に歩き出している。
「ポイズンアント! 任せるね!」
俺はその場にポイズンアントを残して、少し距離を取る。彼女の巨体では、その体を振り回すだけでも俺が邪魔になるだろう。
大きなアリがこちらを振り返り、そして正面を向いた。今、そこから、小さなクモたちが一斉に向かって来ている。
大きなアリの、暗い緑の装甲を見つめる。相変わらずでかい背中だ。
浮いた胴体と足の隙間から、こちらに近づいてきたクモの群れが見えている。
大きなアリはその大きなアゴを持ち上げ、目の前の一匹に振り下ろした。あの一匹一匹は、まやかしなどではなく一個体のようだ、地面に、ひっくり返って動かなくなった小さな一匹のクモが残る。
次々と、ポイズンアントの体に小さなクモが到達する。クモはそれぞれが小さく糸を吐き、大きなアリの体を絡めとろうとしているようだった。無論、アリの巨体に小さな糸では物足りず、数匹がアリの体に登っても、まだまだ拘束には至らない。
大きなアリは体を動かし小さなクモを払い飛ばす。一匹を顎で捕らえ、強引に押し潰す。ポイズンアントを倒すには、その小さなクモたちでは足りなかった。
そのはずだったのだ。
「……ポイズンアント?」
徐々に、彼女の動きが鈍り始めた。毒? 糸に触れたら、遅効性の麻痺毒があるとか。ポイズンアントは体を落とし、小さく、体を小さくしようと屈んで、動かなくなった彼女の上に、次々と小さなクモが登ってくる。
「ポイズンアント! どうした! ポイズンアント!!」
それが明らかな異常だと分かったのは、その次だった。
ぽんと、その中心で白煙が起きた。俺は一瞬、何が起きたのか分からなかったが、白煙の中に、人の形態であるポイズンアントの姿を見つけて――
「ポイズンアント!!」
俺は動けなかった。足を踏み出そうとした途端、腕が引っ掛かり、振り返ればヴァンピが俺の腕を握っている。
「ちょっと! 何してんの」
ヴァンピは珍しく強い調子で俺をなじる。
「ポイズンアントが!」
「だから、あなたが行ってどうなるの? あの子は魔物でしょ。多少は大丈夫、あなたとは違う」
俺が……そうだ。俺が何か武器を持っているわけではないし、特別力が強いわけではない。彼女は、人の形態でも怪力を見せていた、どれだけ性能が違うかは分からないが、俺みたいに弱いわけでも――
「ブルーバード!」
俺の掛け声が先か否か、声とほぼ同時に、背中から大きな青い鳥が飛び立つ。
青い鳥は地面を草をはためかせながら空を飛び、そこに居た黒髪の少女をさらう。
大きなカギ爪が少女の体を掴み、まとわりついた糸を強引に引きちぎって空中へと連れ去る。勢いに数匹が地面に落ち、ブルーバードが少女を掴んで翼をはためかせ揺り動かし、残りの数匹も地面に落ちていく。
俺は爆弾銃を取り出し、地面に落ちた群れの真ん中へ二発。わたわたとクモは逃げ出そうとしていたが、点滅の後に起爆。五匹ほどが吹っ飛び、ひっくり返って動かなくなる。
「本体やりました!」
と、向こうでマルメロの威勢のいい声が返ってくる。本体ではないが、親玉がそこにひっくり返って、動かなくなっている。親玉が倒れても、散らばった小粒はまだ元気だ。
「ありがと! マルメロ! ごめんけど残党処理をお願い!」
「お安い御用です!」
黒い獣人が走り出し、散らばった小粒のクモを追う。橋の上にブルーバードが戻ってきて、べしゃとそこにポイズンアントを放り出した。ぴょんぴょんと飛んで、ブルーバードの体に上がった、そしてポイズンアントの体に残った三匹のクモをクチバシで突き、足で踏みつぶし、掃除が終わる。
黒髪の少女は、力なく項垂れて、そこに横たわっていた。
「ポイズンアント、体は大丈夫?」
俺は近づき、彼女の傍らに屈みこむ。確認していくが、顔は綺麗だし、肌の出ているところに傷一つ見当たらない。クモが無害だったわけでもなく、小型のクモは爪も鋭ければ噛みつき攻撃も行っているように見えた。
丈夫なのだ、人の形態とはいえ、魔物の体は。
「俺のミスだね。君の来たくない所に、俺が連れて来てしまった。次からはもう――」
「ち、違います!」
と、少女は立ち上がり、俺の足を掴んだ。
「大丈夫だよ。君が戦わなくたって、君の居場所は――」
「ち、違うんです! こわ……怖かったのは、そうだったんですけど……そんな事より、わたし、嬉しくて……ブルーバードさんが、私を助けてくれたことが……」
ポイズンアントは色々あって混乱しているようだ。しかし、今さっき事が起きた時点よりも、今は少し状況が進んでいるのかもしれない。
青いカッパの少女が橋の上を歩いてきて、俺たちの元まで来て。そこに屈みこんだ黒髪の女の子の頭を、ぺし、と軽くはたいた。
「喜んでる暇あったらさっさと立てや」
「す、すみません……」
「まぁ、何かあっても、さっきみたいに、わたしが助け出してあげるから。そんなに怖がらなくてもいいよ」
そう言って、ブルーバードが片手を彼女に差し出した。ポイズンアントの少女はそれをじっと見つめ、控えめに手に取る。まぁまぁ強めに腕が引っ張られ、ポイズンアントはよろけながら立ち上がる。
「もう大丈夫?」
「……うん。ありがとう……ございます」
「わたしには敬語とか要らないよ。まぁ、そっちが楽ならそっちでもいいけど」
と、草原の向こうから足音が返ってくる。
「ご主人さまー、雑魚の掃除終わりましたー」
「ありがとう、マルメロ。いったん休憩取りたいから、とりあえず素材だけ集めといてくれる?」
マルメロは、ポイズンアントの方を気にするように目を向けていたが、
「了解です」
と、素直に離れていく。
戦闘が怖い、しかし強敵が怖いわけではなく、ポイズンアントは、あの“黒牛魔”の攻撃にも果敢に立ち向かっていた。
しかし、今回がダメだった。目につく特徴は、小型、クモ、あるいは――
「ポイズンアント。君は、大勢で囲まれることに、何かトラウマがあったりするのかな?」
ここは木製の橋の上。安全かは知らないが、とりあえず見通しも良いので、その場に座って会議を始めた。
俺が聞けば、ポイズンアントの少女は“うっ”と表情を歪める。ブルーバードが立ち上がり、ポイズンアントの後ろに回って、膝立ちで、後ろから彼女の体に両腕を回す。
「よしよし。大丈夫だよ」
「あ……ありがとう、ございます」
ブルーバードの優しい声に、ポイズンアントは徐々に落ち着きを取り戻していく。
「そう……そう、です」
「今、詳しく聞いてもいいかな?」
俺が聞けば、喉を震わせながら、ポイズンアントは少しずつ言葉を紡ぎだす。
「昔……少し、前の話なんですけど。私は……どこかの群れの、一匹の兵隊でした。それで……その、戦うことが、私の役目だったんですけど……でも、その、ある日」
声を出していく間に、徐々に、ポイズンアントの声も、静かに落ち着いていった。
「私は……囮役だったんです。みんなが逃げる間、私は魔物たちの中に取り残されて、攻撃を引き受けて。私は……そこそこ丈夫だったんで、負けはしなかったですけど。たくさんの魔物に囲まれて、少しずつ傷つけられて、逃げられなくて、どんどん囲まれていって……その後のことはよく覚えていないんですけど。気が付けば、知らない土地で、私だけでした」
アリは大体が群れを作って行動する、社会的な生き物だ。この子も、俺の下に来るまでは、どこかの群れで生活していた。与えられた役割を果たして、疲弊して。
俺は、何を言っていいかを決めかねて、ただ静かに橋の床を見つめていた。
「でも……だから、だからこそ。今日、さっきみたいに、ブルーバードさんが助けてくれたことが……嬉しくて」
そう言って、俯いた黒髪の少女は、自身に回された小さな手に、そっと自分の手を這わせる。ブルーバードがそれに合わせて手を引っ込めた。
「そんなに寄りかかられても困る」
「あ、はい。すみません……」
「まぁ仲間として、できる範囲では、たすけてあげるよ」
くっ、ブルーバードちゃん、優しくするだけしておいて、罪な女……!
ブルーバードは、ひっこめたその手を、ポイズンアントの頭の上に置き、そのままヨシヨシと頭を撫でている。ポイズンアントはされるがままに床を見つめている。
「回収終わりましたよー」
と、マルメロが帰ってきた。
「ありがと! ごめんね、戦ってもらって、その上素材の回収まで任せちゃって……」
「いえ、私はそっち系の機微は分かんないんで。大丈夫そう……ですか?」
マルメロの視線が当然、床にへたり込んでいる、ポイズンアントの元へ行く。
「ポイズンアント。今日はもう休んでおく?」
「あ、い、いえ! むしろ、迷惑かけた分、私に働かせてください!」
無茶して、さっきみたいになっても困るが……。しかし、恐らくこの子は、仕事や役割がないと不安定になるタイプだろう。今日出来なかった所で帰った方が後々まずそう。ということで――
「……とりあえず、対集団以外は、問題なく動けるってことでいいかな?」
「はい! ……その、すみません。やっぱり、囲まれるような時は――」
「うん。様子を見ながら、いったん保留だね」
俺は立ち上がり、そっちに置いたポーチを見れば、中から金色の餅があふれ出てきた。けぷ、と、出てきた黄金の餅は、何らかの息を体から漏らす。またなんか素材勝手に食べたなこの子。後で確認しとくか……。
俺は黄金の餅を持ち上げ、肩の上に乗せる。
「じゃあ、気を取り直して。レベルフロントのエリア2攻略! 続けていこうか!」




