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広い青空の下、広がる草の大地。足を踏み入れれば、少しだけそこに、俺たちの通った足跡が付いていく。
進んでいれば、目の前から勢いよく近づいてくる影がある。
「ポイズンアント、行ける?」
俺が呼びかければ、隣から少女の頭が出てくる。
「あるじ様を守るためなら」
少女は前傾し、そこから暗い緑の装甲を持った、巨大なアリが現れる。俺が背中に乗れるくらい。アリはわしゃわしゃと足を動かして、向こうから迫ってくる影と俺の間に割って入った。
向こうから現れたのは、大きな牛の魔物。前回みたいな獣人型ではなく、その辺の野原で見るような、いたって普通の獰猛な牛。頭を低めつつ走れば、その先に鋭い二つの角が生えている。
仲間の三人目、ポイズンアント。どこから流れ着いたのかは知らないが、いつの間にかうちの休憩洞窟に現れていた魔物。そのままうちの子になった。
ポイズンアントは、戦うことに関するトラウマを抱えているようであり、最初は戦闘を行うことを忌避していた。しかし、共に連れるにつれて、徐々に戦いに参加できるようになっている。
彼女の強さは、一言で言えば揺るぎがない。前回の旅の行程で最も苦戦していた“黒牛魔”の魔物に対して、その攻撃を特に怖がることもなく受け止めており、顎で挟めば巨人の動きを引き留め、倒せることはないまでも、放っておいても彼女はしばらく戦えそうだった。
おそらく、ポイズンアントは俺の行動範囲の魔物のほとんどの攻撃なら、特に気にもせず受け止めることが出来る。同じく、マルメロと違ってカードを入れ替えての簡単な強化が行えないシェル魔物であるが、この分なら特に強化も施さずしばらくは戦っていけそうである。
大地を走ってきた牛を、ポイズンアントは正面から頭突きをかまし、受け止めた。彼女の顎が動き、暗いまだら模様の牛の体を挟み、そのまま投げ飛ばす。パワーもある。
草の地面の上を跳ね、牛は頭突きの衝撃から目を覚ます。体を振るって土を落とし、後ろ足で土を蹴り、再びポイズンアントへと迫ってくる。
持ち上げたアリの頭が、牛の体を上から叩き潰す。彼女がその頭を外せば、その真下に、地面に伸びた牛の体が見えている。
「お疲れ! ポイズンアント! よく頑張ったね!」
大きなアリが頭をもたげてこちらを振り返る。ポンと白煙を吐いて、中から髪の長い、小さな女の子が現れる。
俺は彼女の体に近づき、その頭をよしよしと撫でる。
「怖い中、よく頑張ったね、ポイズンアント」
「……いえ、今回のは、そこまでは……」
「ご主人さまー! 扱いに差を付けすぎるのよくないですよー!」
と、両頬を挟んでむにむにとしたり、ポイズンアントを可愛がっていれば、後ろからヤジが飛んでくる。
「おいでー、マルメロー! 君もたくさん褒めてあげよう!」
「……今日は大丈夫です!」
「仕方ないなぁ。ブルーバード!」
「いらない」
「この流れで行くのなら、次はあなたか、私の出番?」
ふわふわと、俺のすぐ後ろを、背中に羽の生えた黒シャツの少女が飛んでいる。
俺たちは今、魔物のはびこる草原の上を歩いている。
「俺は自認が戦闘員じゃないからね。俺の体が、弱いことも、出来ることが少ないことも知ってる」
マーチャさんやアストラ、ウラヤさんは、それでも人の身で武器を持ち、体で武器を振るっている。俺も、ああいう風に戦う時が来るだろうか? まぁ、その時は、武器やら防具やら強力なスキルやらが揃ってからな気がする。
一応、今は爆弾銃という武器も、持ってはいる。しかし、マルメロが常に一緒に居ることもあり、俺はそのサポートに回った方が強い。俺の場合は、精霊と比べれば負傷も死のリスクも大きい。俺が前に出て戦えるようになることは、まぁ趣味の範囲内かもしれない。
「じゃあ、次は君が戦ってくれる?」
俺が聞けば、意外にも、少女は微笑みを見せる。
「見たい?」
あるいは、俺たちが戦っているところを見ていて、体がうずうずしていたのかもしれない。少女の疑問に、俺は即応する。
「見たい!」
「じゃあ、少しだけね」
と、ちょうどよく、左前方から近寄ってくる魔物の姿が見えた。
ばさ、と、俺の目の前で大きく翼が広がった。少女の背中にあったものだ。
黒シャツ、黒いホットパンツ、短く白い髪に生えた、小さな赤角。少女は身の丈を超すような大きな翼を広げて、向こうの魔物へと急加速。
翼を閉じた彼女は宙をまっすぐ飛んでいき、ばっと翼を広げて急停止。そのまま広がった翼が先から丸まり、そこに居た、植物で出来たゾンビみたいな人型を包み込む。
そして、少女は魔物の肩の上に飛び掛かり、頭を近づけて……噛んだ。
新鮮な緑だった植物ゾンビは、彼女の口を付けた所に向かって、色が吸われていく。どんどん魔物は真っ白になって、その場に倒れた。大丈夫なんだろうか、あれは。
少女は振り向く。口の端から、滴る何かしらの体液を垂らして、心底楽しそうにこちらを見た。
「つよ!」
俺の賞賛の言葉を聞いた途端、少女は、落胆したように笑みを落とした。しゅるしゅると、少女の背中で翼が縮んでいく。
こちらを振り向き、俺をじっと見つめて、少女はずんずん歩いてこちらに近づいてくる。口を開け、牙を見せて、その開けた口を俺の肩に近づけて――
「お腹すいてるの?」
少女は、俺の肩に手を置いて、もうすぐで牙が肌に入る。そこで動きを止めた。じっと、変わらず、そこで二つの目が、俺のことを見ている。
「少しくらいなら吸っていいよ。手加減はしてね」
あーんと、開けていた口を、少女は引いて戻した。
「つまんないの。怖がり、慌てふためくあなたを想像してたのに」
と、少女は語る。
「次があるなら練習しておくよ」
「そーゆうのじゃないし」
「よく……」
と、流れで俺は少女の頭に手を伸ばそうとして、止めた。誰にでもしていい扱いではない。少女はそれを喜ぶだろうか?
目の前の白髪の少女は、不思議そうに伸ばされ、止まった手を見つめている。
「よく頑張ったねって、褒めてほしい?」
「噛みつかれたいの?」
「どちらかというと、そう」
「変な人」
小さくて可愛い女の子。理性がなければ、俺はその頭を抱いて、撫でていたかもしれない。でも、この子はまだだ。
「強いね、ヴァンピちゃん。まだまだ君の底が見えないよ」
少女は俺の言葉に、ふと何かを考えた。
「わたしの下に、付く気にはなった? そろそろ」
と、さっきの意趣返しのように、ヴァンピはそんなことを言ってくる。
「俺一人だったらいつでも」
「あなただけだったら要らない」
もぞもぞと音がして、腰のポーチが勝手に開く。中からどぅるると、金色の液体が染み出、中からぶわりと溢れ出す。
俺はその末端を掴み、ぐにーんと、ポーチの中から金色の餅を取り出した。結構でかい。
俺はその餅を自分の肩辺りに引っ掛けると、もぞもぞと、餅は俺の頭の上まで移動してくる。
この子はゴールデンちゃん。俺たちの四人目の仲間、ではあるが、俺たちのレベルが足りず、使役まで至っていない。一応野良の付き添いの魔物という扱い。
休憩洞窟の滞在中の魔物のウィンドウで確認したが、この子は“黄金を振りまくもの”という魔物名らしい。商人さんのとこでも聞いたが、“闇のもの”以上の、詳しい情報が見つかっていない。
“闇のもの”の種族特性として、他人に取り付き操ることが出来る。この子も俺たちにも取り付けるが、許可なく暴走することはまだなく、今のところ安全な魔物。
この子はいろいろ不安定な身の上なので、まだ本格的に戦力として運用するのはあれだろう。という事で、とりあえずはレベルアップして、この子から魔物シェルを貰うのがこの子に関する目標だ。
それはそれとして、この子が自由に扱える体なんかがあればいいなと思っている。今はこの子は魔物シェルですらなく、休憩洞窟に置いても、彼女らの“人化”スキルを共有できない。また、魔物状態ではろくに意思疎通ができない。
会話機能がある体ならいい。それに、せっかく操る魔物なんだし、操る体があれば楽しいんじゃないかと思っている。商人さんに聞いたが、“ヒト型の人形”は相当値が張る。今の俺が手の届く道具ではなく、仕入れるとしたら、動かなくなった機械生命体の体くらいだと。
頭の上から垂れるそれを手で持ち上げれば、ひんやりと冷たい。握ればもきゅもきゅと感覚が楽しい。揺らせばプルプルと、日に透けた体が揺れている。抵抗のつもりか、持ち上げたひだの端っこが、俺の額をぺちぺちと叩いている。すみません。
俺たちは草原を歩き、難なく川の手前まで辿り着いた。誰が架けたか、そこに橋が架かっている。
ここまでは楽勝だった。まぁエリアは五つあるし、一つ目で躓いていてもアレか。
「この川の手前がエリア1、向こうからエリア2。エリア2のドロップ品を持っていれば、エリア1ではもう魔物に絡まれなくなる。今日はどこまで進むか分からないけど、とりあえず、エリア2の魔物を一体倒そう」




