第十二話、ぷらすいち
「ただまー」
樹木の壁に空いた穴をのぞけば、そこには素朴な岩の洞窟がある。ポイズンアントが増えた分、使える居心地ポイントも増え、洞窟の中は、少しずつ調度品が増えつつある。
いつもと変わらない様子で、青いカッパを被った女の子が地面に横たわり、大きめのクッションに肩を乗せて、ぷらぷらと上げた足を揺らしている。
「おかー」
ひょこ、と、俺の後ろから黒髪の頭も顔を出す。
「ただいま戻りました」
と、ポイズンアントが丁寧に、ブルーバードの少女へと告げている。
ブルーバードも返事をする。
「おかえりー、ポイズンアント。マルメロさんも、おつかれさまー」
少女は首を傾げて、俺の後ろのマルメロにも目を向ける。
「ただいま、ですね。ブルーバードさんは、おひとりで寂しくはなかったですか?」
「ひとり? その辺歩けばだれかいるよ。それに、わたしは一人でも別にだし」
今は誰も居ないようだが、ブルーバードは縁が多いようで、その辺を歩いている友達(鳥)を適当に連れてくる。滞在中のほかの魔物も、居心地ポイントの加算にもなる。
「やぁブルーバード。俺がいなくて寂しかったかい?」
「まぁ……夕食が、一品少ないくらいの」
「今日はいっぱい構ってあげようねー」
「いーらーなーい」
背中の上からわしゃわしゃとブルーバードを触っていれば、彼女の目が上がって、俺の頭の上で止まった。
「どしたの? 頭のそれ。新しいファッション?」
ネバついた、目立つ金色の、餅みたい生命体。
「“闇のもの”って知ってる? 他人の体を乗っ取る、特殊能力があるんだってー」
「……寄生されてる状態?」
「搭乗を許してるだけだよ。乗っ取られると、こう……目と髪が金色になるね」
俺は、べにゃあと、頭に乗ったそれを持ち上げる。何を考えているのか分からないが、今のところおとなしく俺に付いて来ている。人が多い場所に着いたとたん暴走! なんてことにならないようには注意しよう。
「されてみる?」
「どんな感じなの」
「脱いでた」
「変態」
げしげしとブルーバードの足が俺の足を蹴りつける。
さて。しかしどうしようこの子。俺は、胸の前に金色の餅みたいな一塊の生命体を掲げている。若干ひんやりとしていて、触れていて気持ちがいい。
ほんのり暗い洞窟の中、つり下がったカンテラが洞窟の中を明るく照らしている。洞窟の中には見知った仲間が居る。
「ゴールデンちゃん。この休憩洞窟は、魔物シェルの登録ができてね。魔物シェルって分かるかな? 魔物の入る貝がらみたいなんだけど……うちの子になる気なら、その“魔物シェル”を俺にくれると、いろいろ都合がよくなる感じなんだけど……どうかな?」
俺は、金色の餅を真下に見下ろす。何の反応も帰ってこない。
「通訳、できる人!」
周囲に呼びかければ、
「ご主人さま、おそらくご主人さまの方のレベルが足りてないのではないですかね」
と、後ろからマルメロが言ってくる。
「れべる? 俺にもレベルなんてあったっけ?」
「いえ、実際のレベルではなく。ご主人さまの器的なあれです」
「俺の器が小さい?」
「いえ、あの……強さ的なアレ。ご主人さまには現在、私、ブルーバードさん、それからポイズンアントさんの強さや他所有物が紐づけされていますが、それでも、その子を飼い従えるには足りないのかも知れません。言いましたっけ? 魔物シェルのドロップは、こちらの実力が相手を大幅に上回るとドロップ率が上がります」
俺は、ぽにょぽにょと、抱えた金色の餅を揺らす。そう言えば、この子は俺たちでは逆立ちしても勝てなかったサラマンダーのあの体を軽く乗っ取っている。ウラヤさんも、笠がなければ、もしかしたら危なかったのかも。
つまり、この子は思っているより相当レベルが高い。まぁ、今のマルメロやブルーバード、ポイズンアントも結構強いのだが。
「俺のレベルが足りなくて言うことを聞かない、ってこと?」
「まぁ、そうなりますね」
ふむ。じゃあ今の状態は結構危ないんじゃないか? この子は安易に町に入れてもいい? 今のところ、俺たち相手に、この子は危険な兆候を見せていない。そもそも暴力的な子ではない。むやみに乗っ取りもしない。まぁ、まだ潜伏して騙してるだけの可能性はある。
情報が足りないな。この餅形態では何も伝わってこない。シェルの二人みたいに、人化を覚えてくれれば、一気に対話が通じるのだが。置いた魔物とシェル魔物との間では、今のところブルーバードが呼んだ野良が突然人間に変身していた覚えはない。
シェル魔物でなければ人化になれず、この子はまだ俺のシェル魔物ではなく、所有物でなく、あくまで付き添い扱い。このままの状態で、この子と縁を深めるには――
「ポイズンアント。まだ元気なら、一回この子に、体を貸してみてくれないかな?」
この状態ではこの子はしゃべらない様子だ。なら、一回誰かの体を乗っ取らせて交流するしかない。
そっちの黒髪の少女に声を掛ければ、ポイズンアントはびくと肩を上げて、身を縮こまらせる。それからきょろ、きょろと辺りを見渡している。
「……せめて……二人きりに……」
「なんて?」
俺が聞き返すと、ポイズンアントは声を大きくして言い直した。
「ま……マルメロ様なら、脱ぐものも無いし、いいんじゃないでしょうか?」
「私を何だと思っているんですか? 私だって、最初から服がなかろうが、姿勢や言葉でご主人さまを誘惑できます」
「何の話してるの? 一回、この子と対話したいから体を貸して欲しいんだけど。不安なら、手や足を縛った状態で行うよ」
まぁ、手や足を縛った状態で体を乗っ取らせるのも、外から見たらアレだが。必要な措置だ。
「ご主人さまが信じた相手を、私が疑うことはありません。どうぞ私の体をお使いください」
と、マルメロが言ってくれる。ありがたいが、申し訳ないが、俺も半信半疑。
「あ! 私も別に大丈夫です! 脱いでも構いません!」
ポイズンアントが負けじと前に出てきた。服は脱ぐ必要ない。
しかし、ずいぶんと俺に忠誠心の高い仲間たちだ……俺なんかに。もっといっぱい、俺から返すものもあげないとな。今回の旅路でも頑張ってくれたし。単純に装備品とか強化要素……じゃあ、味気ないだろうか。
俺は、そこで寝転がって、知らん顔をしている青いカッパの少女の背中に話しかける。
「聞いたかい? ブルーバード。彼女たちの素晴らしい心がけを。そう、それは素晴らしい心がけだ。俺の心が感動した」
ブルーバードは、地面に横たわったまま、面倒くさそうに顔だけこちらを振り向かせる。
「なに……? 私は別に、貸さないけど」
「四対一だぞ」
「掛かって来いよ」




