ー13 冒険
俺たちは、向こうで砂を蹴って暴れまわる、巨大な黒の雄牛へと近づいていく。ウラヤさんの視界にも俺たちは入っている。
“ブースト”。それは、魔物カードを消費して、一時的に一つの魔物体を強化する手段。基本的には、カードに収められた魔物の強さに強化幅はよらず、その枚数によって強化の量が決まる。
俺は“綿毛鳥”の魔物カードを消費し、“ファイアライオン”の魔物体を強化する。目の前に居るこの魔物は、“逃れられぬ危機”。俺たちは、身を削ってでも、この危機を乗り越える必要がある。
カードを切った。クリーム色の体毛のライオンの獣人は、体に金色の煙のようなオーラをまとい、俺の前方を走っていく。
「加勢します! ウラヤさんは一度、態勢を立て直してください!」
ウラヤさんは、十倍も違う体格の相手と力をぶつけ合い続け、ただ彼だけが息荒く、消耗している。彼は顔をしかめ、苦い顔でただ向こうへと引いていく。
黒い獣に、近づいていく金色の獣に、奴はこちらを向いた。
俺の手持ちは、残りカードが二枚、爆弾銃の弾は三発。それから、“ブースト”した“ファイアライオン”のマルメロ。
体から金色のオーラを漂わせた獣人が砂の上を駆け、大きさが十倍も違う巨大な黒い獣へと迫っていく。俺たちのやる事は、とりあえず消耗したウラヤさんの回復。出来れば倒すまで行きたいところ……ではあるが、体を覆う強靭な筋肉の中に、攻撃が通っている未来が中々見えない。
金色のライオンが砂を駆け、細身な黒牛の巨人へと近づいていく。口から炎の息を吐き、彼女が空中へと飛び上がった。
振るわれた黒い腕、金色の獣は攻撃を受け……そのまま腕にしがみついた。爪を立て、牙を立て、飛びついた腕の先から、ライオンは体を伝って肩へと近づいていく。
黒い牛の巨人は黒い天井の下、四つん這いの体勢で這い回っている。片腕を上げたなら、もう片方の腕は体を支えるために砂の上に付いていることになる。
黒牛は鬱陶しげに体を振るうが、その程度ではライオンは振り落とされない。金色の獣は腕を伝い、肩を蹴り、その顔へと飛びついた。
彼女は目を狙っていた。しかし、その真下には、凶悪に生え揃った尖った牙がある。飛んできた小さな獣に、牛は頭を動かし、その口で捉えようと顎を開いて待ち受ける。
俺は銃を構えて、弾を放った。
金色の獣は、今は金色のオーラをまとっており、その身体能力が格段に向上している。彼女は手を伸ばし、上の白い牙を掴んで体を引き上げ、そのまま顔の上を登っていく。牙が空を噛み、中に紫色の球が入ったのが見えた。
金色の獣は目を狙うが、厚い目蓋が閉じて攻撃は叶わなかった。彼女は諦めて巨人の顔を蹴り離脱する。同時に、顔の上を巨人の手の平が叩いた。
そして起爆。
「……効いた?」
げほげほと、黒い獣が頭を落として息を吐いている。吐いた息だけで、地面の砂が巻き上がり窪地を作る。
黒い獣がこちらを睨んでいる。
サラマンダーは幻霊、彼女の力もまた幻霊という、特殊な存在に属する力だろう。対して、俺の手にある爆弾銃の起こす爆発は、おそらく物理的な爆発を起こす代物。
サラマンダーの火の玉は“力の塊”としてあの化け物に処理され、しかし、爆弾銃の弾が起こした爆発は化け物は食うことができなかった。そんなところだろうか。
黒い獣は、肘をついてうつ伏せ、こちらを強く睨んでいる。これは俺がヘイトを買ってしまっただろうか。
まぁ、丁度いいか。弾は残り二発、カードは二枚。
「ご主人さま! そちらに向かいます! 止められません!」
黒い獣の全身に力が入り、そして。
砂を蹴って飛び上がった。それは一瞬で、予想外だった。
目の前から、黒い巨体が顔をこちらにしてそのまま飛んでくる。着地まで二秒、一――
俺はもう一枚のカードを切った。
俺は、迫りくる巨体へと、逆に突進する。
それは“岩突進”のスキルカード。効果は、一時的に体を硬化させ、相手へと突っ込む。ダンジョン[岩屋根]の岩ガエルの魔物から作成できるスキルカードだ。
衝突の直前に俺の体は硬化しており、黒い獣の体の肩に正面からぶつかる。俺の体の方が圧倒的に軽く、俺の体はやすやすと吹っ飛ばされ宙を舞う。受け身の方法なんて習ってないし、俺の体は無様に砂の上を跳ね、ごろごろと砂の上を転がっていく。
「あるじ様!!」
俺はよろよろと立ち上がる。“おざなりな魔物の服”、プラス“岩突進”による体の硬化。相手はただの突進だが、巨体であり、質量があり、エネルギーがある。俺の体にも、貫通してダメージが入ったようであり、多少頭がくらくらとする。
が、まぁ無事だ。あれの攻撃にも、俺の生身で耐えられることが分かった。収穫だ。
黒い獣は止まり、こちらを睨んでいる。予想外に硬かったから驚いたのだろうか。まぁ止まってくれるのはありがたい。“岩突進”のスキルカードの待機時間は37s、その間、スキルの再発動は出来ず、次というか今襲われたら、俺は保護もなくあの巨体に潰されなきゃいけない。
と、向こうの背後から、金色の小さな獣が駆けて、黒い巨人の腿の裏、尻、背中とよじ登って攻撃を狙っている。
「マルメロ! 降りろ!」
俺の言葉に、咄嗟に彼女は横に飛ぶ。黒い獣は、四つの手足に力を入れて――
そのまま真上に飛び上がる。黒い巨人の背中が、低い岩の天井に当たり、パラパラと破片が落ちる。天井が音を立てて揺れる、天井に大きな十字のヒビが入った。何かあれば、そのまま突き破れそうだ。
危ない、あのままマルメロが背中に居たら、挟まれてぺしゃんこになる所だった。
警戒していれば、黒牛の巨人にとって、マルメロの攻撃は、小さい虫かトカゲかがじゃれついてきているようなものだった。
黒い牛の頭にマルメロが飛びつき、爪やら牙やらを立てているが、奴はそれを意に介さず、まっすぐ俺を見つめている。どうやら俺が気に入られたらしい。
ウラヤさんは何をしているのか、あちらで刀を収めて目を瞑っている。何かを溜めているのだろうか? 必殺技でもあるのならありがたいが。
俺の爆弾銃の弾は残り二つ。体の上からでは、硬い筋肉に阻まれてダメージが通りそうにない、体内に入れれば有効なのはさっき見たが、今のさっきでは警戒され、もう一度口の中に入れられる自信はない。
ウラヤさんは何をしてるんだろう……早く戻ってきて! 時間が経過し、“岩突進”のスキルカードに色が戻り、再使用が可能になったことが分かる。
再び黒い巨人が動き出す。狙いはどう見ても俺だ。砂を蹴り、四つん這いで這って獣がこちらへと近づいてくる。
“岩突進”による攻撃の相殺はあるが、回数に限りがあるし、毎回都合よく成功させられるとも限らない。できれば温存しつつ立ち回りたい、が……。
あの巨体は素早い。俺の足では逃げられず、ただ巨体が振りかざした腕が。
俺の体を捉える。
俺は“岩突進”を発動していた、強力な衝撃に俺の視界が吹っ飛んで、急に砂に足を取られ、体が砂に巻き込まれてゴロゴロと転がる。
よろよろと立ち上がった時には、こちらに迫る黒い巨体が見えた。
あぁ……不味いな。避けられない。痛いかな……まぁ、痛いんだろうな……と、俺は、迫りくる黒い体を、ただぼんやりと見つめていた。
脇から、何かの影が、俺の前に入り込む。それは黒い、あるいは深い緑色の、滑らかに光沢のある甲殻。
黒い巨人が這ってきて、その腕を振りかぶり、俺へと振り下ろす。しかし目の前には俺を覆う影が先にあり、その手の平を。
ポイズンアントの体が受け止めた。
砂埃が巻き上がる。風圧に俺は目を瞑り、目を開けた後も、そこには彼女の背中がある。
緑色の大きなアリが掲げた顎が、黒い巨人の手の平を挟み、受け止めている。
「やっぱり相当やるね、きみ」
アリが顎を振り、自分の体の何倍もあるその腕を投げ返した。ポイズンアントはこちらに背中を向けており、何も言わない。
俺はポイズンアントを置いてその場から走り出す。砂の上は足を取られて歩きづらく、今日は歩き通しでそろそろ疲れてきた。が、泣き言を言っている場合ではない。
ポイズンアントはこちらをちらちらを振り返っている。まぁ俺がじっとしてくれた方が守りやすいのだろう。俺は黒い巨体から距離を取り、弧を描きながら巨人の背後へと回り込むよう、砂の上を走っていく。
「ほら、追って来いよデカブツ!」
「ご主人さま! 無茶はおやめください!」
黒い巨人は、その場に残ったアリと俺とを見比べて、こちらを見た。
俺はただ砂の上をひた走る。もう少し……もう少し!
当然、あっちも俺を置いておくはずがない。俺は奴の後ろ側に回り込み、もう間にポイズンアントは居ない。獣はそのうち動き出し、俺の方を追ってくる。
向こうは足が速く、すぐに、俺の背後に砂を巻き上げ巨人の体が迫る。
その体が、がくんと止まった。
見れば、黒牛の巨人の背中側、奴の足にポイズンアントが噛み付いている。足場もなく、重量差もあるはずだが、噛み付いたアリが黒い巨体を引っ張って止めている。
俺はすかさず銃を天井へと向けて、二発、立て続けに撃った。
「マルメロはもう退いて!」
紫色の玉が、黒い岩の天井へと張り付き、点滅を始める。金色のオーラをまとう獣が、黒い巨人の頭から離れ、こちらへと走ってくる。
「無茶ばかり!」
「文句は後で聞くよ! ポイズンアント! その場でもう少し頑張れる!?」
ポイズンアントからは声が届かないが、彼女は巨人の足に食いついたまま、必死にその体を引き留めている。俺は、黒牛の注意がポイズンアントの体を払う方に行かないよう、その目の前まで逆に近づいて見せる。
二つの爆弾が天井で起動する。爆弾は爆発し、周囲の地形にダメージを与える。黒い岩の天井に入っていたヒビが、さらに広がるが……まだ、破壊には至らない。
その時、風を押しのける、大きな音が聞こえてきた。岩の天井の、十字の隙間の上からだ。
起動していたもう一つのカードが、それを呼び出していた。
天井が音を立てて崩落する。俺の前にマルメロが立ち、飛び散る破片の盾となってくれる。
ポイズンアントに足を引っ張られていた、黒い巨人の胴体の真上から。
黒い岩の天井が落ちてくる。否、十字のヒビを割ってその真ん中から、巨大な塊が、巨人の背中の上から落ちてきた。
それは、緑色の硬いツタのような、葉のようなものが絡まった、大きな塊。それはとあるモンスターが呼び出すことが出来るという緑の隕石。
“グリーンメテオ”のスキルカードが緑の大岩を呼び出し、天井を突っ切って巨人の上から落ちてきた。
「ポイズンアント! 怪我はない!? もう離していいよ!」
「まだです、ご主人さま!」
俺の体をさらって、金色の獣が砂の上を跳び駆ける。俺の視界に、俺の居た砂を叩き潰す、獣の腕が見えていた。
「ウォォォォォォオオオオオ!!!!」
黒い巨人が四肢を地面に付き、空いた天井から差し込む光の下で、落ちてきた多量の黒い瓦礫を体に浴びながら、オオカミのように首を突き上げ、奴は咆哮する。
まだピンピンしてる。こっちは大分カードを切ったぞ。
「随分と、都合の良い姿勢をしている」
戦場に、静かな声が響く。はためく水色の羽織りが視界を横切る。
「待たせてしまったな」
俺の目の前で、彼の片足が、とんと砂を蹴った。彼の体は魔法のように軽く飛び上がり、獣の体の高さを超える。
彼が振りかざす刀に、水色の怪しげなオーラがまとう。天に咆哮していた黒牛の巨人の、首の後ろまで、彼の体は高く飛び上がり。
「“輪月”」
一閃。水色のオーラが獣の首を断ち切り、黒い獣の首に赤い筋がまっすぐ刻まれる。
黒い獣の体が、砂の上に倒れた。力なく巨体が落ち、もう何の反応もない。後ろで、獣の足を噛んでいたアリが顎を放し、黒い瓦礫を押しのけながら後退する。
俺は、黒い巨人への戦いの衝動を失っていた。
戦闘終了。




