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黒い獣は、洞窟の低い天井の下、四つ足で這って砂を蹴散らし、ウラヤさんへと突進を始める。
ウラヤさんの戦いは静かだ。ただ刀を構え、前方から迫る巨大な気配を見つめている。
黒い獣が彼の体へと近づいていく。二人の交錯の直前……獣が片手を掲げ、手の平を開いて薙ぎ払う!
彼の体をそのまま掴めるほどの巨大な手の平だ。迫る獣がウラヤさんをしっかりと見ており、手の平の動きはあやまたずウラヤさんを捉える軌道にある。ウラヤさんの体二-三個分ずらすだけでは、その手の平の薙ぎ払いから避けられない。
彼は刀を盾に、そのまま正面から薙ぎ払いを受けた。
「ウラヤさん!」
彼は自ずから後方へ飛んだのか、聞こえた衝突の音は思ったよりも小さい。それでも、彼に与えられたエネルギーは大きく、彼の体は吹っ飛んで、砂の上をゴロゴロと転がり、そこで立ち上がる。
「サラマンダー! 力を貸して!」
「貸したとして、あいつに効くかしら!」
サラマンダーが手の平を掲げ、その手の中に赤く輝く光の玉を作っていく。それは灼熱に光る、赤い溶岩のような、強い熱の塊。
黒い化け物がこちらを見る。
「“星光”!」
彼女が、それを放った。赤き光の玉は、重力にも風にも引かれることなく、洞窟の暗闇を払いながら、宙をまっすぐに飛んでいく。
黒い獣が口を開き、その獰猛に生えそろった牙を露わにした。中から下品に涎を垂らす。
奴は口を、牙を開き、迫りくる灼熱の球体を――
そのまま“喰った”。
光がはじけ、奴の口の中で熱が爆発する。漏れ出た熱波が瞬間的に俺の体を撫でつける……あふれ出た熱が空気を焼き炎となって、黒い獣の顔の周囲に渦巻いているが……。
奴は無事だった。口を開き、炎の中でこちらを見つめる姿は、まるで俺たちの弱さをあざ笑っているようにも見える。サラマンダーが与えた炎は奴に何の損害ももたらさず、すぐに風の中に消えていった。
奴が四肢に力を込める……まずい、こちらに――
と、その側方から、走ってきた水色の羽織りの男が、刀を構えて切りかかる。まるで鋼でも叩いたような音がする。硬い、奴の筋肉に、ウラヤさんの刀の刃が立たなかった。
ぎりぎりと彼は刀を押し込もうとし、脇に切りかかってきた彼を、獣は見下ろす。
「無茶するな! こいつはこちらで処理する!」
獣が乱暴に腕を払った。その腕が彼の体に引っかかって、ウラヤさんの体が軽く飛ばされる。まるで大人と子供……いや、それ以下だ。
ウラヤさんは俺たちに無茶をするなと言っている。しかし、彼一人では分が悪いように見える。サラマンダーの、おそらくは渾身の火力が通じなかった。それ以下のマルメロでは、彼の力の足しにはならないだろう。
四肢の獣が、巨体が、暗い天井の下を這い回る。小さな体躯の彼を追って、砂が乱暴にまき散らされる。
「君は怖がらないね」
向こうで、黒い巨躯と小さな人型が砂の上、駆け回り、力をぶつけ合う。岩の天井が揺れ、砂が舞い散り、小さな人型の方がよく動く。
俺たちは離れたところから、ウラヤさんが戦っているところを見守る。俺たちの目にはまだ、どちらが勝つのかは見えていない。
近くには、溶岩の装甲を持ったトカゲのような少女と、クリーム色の体毛の裸の獣人、それから、長い黒髪と白いシャツ、緑のスカートを着た少女。
俺は隣のポイズンアントへと話しかければ、彼女はこちらを見上げる。
「君は、戦いをいやがる割に、あれだけ強大な魔物を前にして、別に、怖いだとか、震えたりとか、しないわけだ」
「そう……ですね」
目を凝らせば、ウラヤさんの顔には粒のような汗が浮く。呼吸は徐々に乱れ、彼の服は砂にまみれていく。一方で、黒い巨躯の魔物は鼻息荒く暴れており、その勢いが衰える様子を見せない。
ウラヤさんの攻撃がまだ一度も届いていない。だが、おそらくあの黒い魔物の攻撃が一度でも通ったなら、ウラヤさんはまともに立てなくなるだろう。彼の動きは、続けざまの激しい攻撃と苛烈な緊迫により、徐々に鈍り、でかい腕の振り回しも避けられなくなってくる。
ウラヤさんが勝てない? だとしたら、サラマンダーも勝てないし、マルメロも勝てない。じゃあ逃げる? みんなで? どうやって時間を稼ぐ? 普通に走ればあちらが速いし、もう天井は薄い。俺たちが頑張って狭い穴の中を逃げても、あっちは天井の上に登りその上から、俺たちを追うかもしれない。
「あれくらいの魔物なら、勝てそう?」
俺は隣にいる黒髪の少女に話しかける。この子は、あそこに居る脅威を前に、逃げようともせず、怖がろうともしない。
「まさか……もし私に、過剰な期待を寄せているのなら……やめてください。私には、あの魔物を倒す力なんて、ありません」
「じゃああの魔物は、怖くないの?」
あるいは、俺のように、彼我に力の差ががありすぎて、その力量を理解できず、恐怖に至らないだけか。
「……おそろしいとは、思います」
「怖いなら、シェルの中に籠もっててもいいよ。君はマルメロと違って、負ければロストする」
俺はポイズンアントにそう問いかける。少女は、こちらを見上げ、少し苦笑するように笑っている。
「あるじ様を置いて、逃げる道理はありません」
「ここに居て、君に何が出来るの?」
「あるじ様を守る、盾となるくらいなら」
「あの魔物の攻撃を受けられる?」
くん、と、少女は息を飲み、白く細い喉を詰まらせた。
「こわい?」
少女は目を伏せる。それ以上は……何も言えなくなる。
死から逃れたいわけじゃない。強大な魔物が怖いわけじゃない。戦いが嫌だという割に、戦いの場から距離をとるわけじゃない。
しかし、その中の何かに、ポイズンアントの足を止めさせている何かがあるらしい。
まぁいい、それを考えるのはまた後だ。
「何もしないまま、手元にあるものを失いたいか?」
少女は不安げな顔で俺の顔を見上げた。俺はその頭を、わしゃわしゃと撫でる。
「サラマンダー、これ持ってて!」
金色の餅を頭から剥がし、サラマンダーへと放ると、くるりと体が回って尻尾がその餅を地面に叩き落とす。
「そこら辺に置いときなさいよ! 危ないでしょ!」
「マルメロ、戦闘の準備はいい?」
マルメロが、眉をひそめて俺の顔を見ている。
「……ご主人さま。お言葉ですが……」
「ウラヤさんに任せてばかりじゃ、このままだとジリ貧だ。俺たちも加勢するよ」
俺は懐から三枚のカードと、爆弾銃を取り出し、手元に装備する。
「それじゃあ行こうか、マルメロ。たまには冒険しないとね」




