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暗がりに続いていく洞窟。俺たちの頭上は真っ黒な岩盤に覆われ、岩の表面にはポコポコと大小さまざまな穴が見える。波打ち際の近くではまだ、俺たちの頭上を覆うほどの屋根だったのだが、奥に進むにつれ、空まで届く穴はなくなり、それは厚く、深くなっていく。
光源はないものの、薄暗いものの、洞窟の中はほんのり明るい。暗い砂の上に、いくつかの足跡が残されていく。
「ウラヤさんはどうしてそのアラカミ? を、追ってるんですか? やっぱり倒すんですか?」
お互いに何者でもない旅の道連れは、ただ暗い洞窟の中をどこか奥へと進んでいく。
ウラヤさんは俺たちの先頭を歩く。彼が振り向いてこちらを見れば、やはり柔らかな笑みを浮かべているが、なんというか、表情が静かだった。
「聞きたいでござるか?」
「おさしつかえなければ」
「まぁ、隠すようなことでも、ないのでござるが」
彼は前を向く。暗がりの中で、俺たちの進む砂の足音だけが聞こえている。
「アラカミには、永遠の命にまつわる話があるでござるよ」
「永遠の命、ですか?」
一行は、つかず離れず、いくつかの足跡が連なって、暗い洞窟の砂の上を進んでいる。
「そうでござる。いわく、アラカミを倒してのちに得られる、アラカミのミタマを飲めば、永遠の命が手に入ると」
永遠の命。
「永遠の命……って、そんなに珍しいものなんですか? なんか、魔物だって、倒しても死なないし」
「魔物は寿命でそのうち死ぬでござるよ。それに、わしらは魔物にはなれないでござる」
隣から、マルメロが歩いて俺の横に追いつく。
「補足しましょうか?」
「おねがい」
「いわゆる、ダンジョンに紐づけられた魔物たちは、戦闘による負傷やダメージで死ぬことはありません。代わりに、そのままでは交尾・繁殖が出来ない状態となります。一方で、私たち……私を入れるのもあれですが」
こほんと、彼女は咳払いをする。
「ご主人さまや住人たちは、増えることができます。代わりに、減ることができます。ご主人さまには、というか、“ダンジョンの魔物”以外のすべてに、死亡を阻止する保護が付いていません。また、彼の言うとおりに、ダンジョンの魔物たちは時を経て寿命を迎え、活動を停止します」
「だったら、ダンジョンの魔物は減る一方じゃないの?」
「魔物は、“ダンジョンの魔物”以外にも存在します。たとえば、ダンジョン内で見かける“ダンジョンの魔物”の同種であっても、繁殖用の個体たちは表から隠れ、見えないようなところで、争わず、静かに暮らしています」
ふむ。ダンジョンに居る魔物は、俺たちが歩いて出会う魔物がすべてではなかったということか。魔物自体、基本向こうからやってくるしな。戦うリスクが高い個体は、そもそも俺たちの前には居なかったということ。
「“永遠の命”に似たものとして、長寿の種族なども居ますが……そうですね。とりあえず、野に生きる原生種にとって、それは関わりのない概念です」
ともかく、一般の存在は永遠の命を持たないと。
「そんな“永遠の命”が、アラカミを倒しただけで手に入ると」
「譲らないでござるよ」
彼は素早く答える。
「俺は興味ないですけど……しかし、意外ですね。まぁ、ウラヤさんのことだって、詳しく知ってるわけじゃないですけど……にしても、“永遠の命”なんて、求めているようなタイプにも見えなかったので」
俺が彼に話を返せば、彼は振り返る。ウラヤさんは頭に木編みの笠を被り、やはり、その下には柔らかい笑みを浮かべている。
「わしのためのものではござらんよ」
ウラヤさんもサラマンダーも、知らない相手。ポイズンアントも、あるいはマルメロだって、まだずっと一緒に居るってわけじゃない。そんな仲でも、俺たちは暗い洞窟の中、危険な奥を目指して一緒に進んでいる。なんだか不思議な気分だ。
「そんなことより、そろそろ“気配”が近づいている感じがするでござるな」
「やみのものというやつですか?」
俺たちは穴をくぐって、ひときわ大きな空洞に出た。家の天井くらいの高さをずっと這っていた黒い岩盤だったが、ここは高く上まで天井の岩盤は上がっている。
「あ、あそこよ! あそこに居るわ!」
この広い空間には、砂の中に大小さまざまな黒い岩が置いてあり、若干見通しが悪い。と、サラマンダーの指し示した方向を見れば……。
それは、黒い大きな一つの岩の影。
何やら、きらきらと輝くエフェクトのようなものが見えている。それは岩の陰の何かから、一部が散乱……発散されているようであり。金色に輝く、細かい金粉のようなものが何かから発されては宙に浮き、ひらひらと宙を舞って、落ちて空気に消えていく。
「どちらかと言うと“光のもの”じゃない?」
「“闇のもの”は大枠の種族! 一通りの見た目をしてるわけじゃないし、そんなことより気をつけなさい! “闇のもの”は他人の体を奪うわよ!」
「そもそも何しに来たんでしたっけ?」
「闇のものは、そこらに放っておくと何かと問題を起こすでござる。ここで潰して、故郷に帰すでござるよ」
ふーん。魔物界隈では厄介者なんだろうか。
ここは洞窟の中の、一つの広い空洞。地面には変わらず砂が敷かれ、点々と黒い大きな岩が置いてある。
俺たちの視点は、向こうの岩陰の、きらきらとした金粉のようなエフェクトを撒いている何かに集まっている。
そして、気が付かなかったのだ。
どさ、という音が隣からして、そちらを見てみれば。
彼の所だ。水色の羽織りを着た彼の、その頭部に。
金色の、ねばねばとした餅のようなものがまとわりついている。フルーツゼリーのようなプルプルとした感じとはまた違い、餅を水分を飛ばして練ったようなねばねば具合。
「ウラヤさんが襲われてる!」
素早く向こうの岩陰を確認したが、そちらの金粉は消えていた。本体は見えていなかった、それは囮か、それとも二匹居て、今の騒ぎで隠れたか。
ウラヤさんは、まとわりつかれた笠ごと脱ぎ、投げ捨てる。俺たちの手前に、木編みの笠にへばりついた金色の餅がどさりと落ちる。
「頭部を狙っているでござる! くっつかれたら体を乗っ取られるでござるよ!」
「サラマンダー! 悪いけど手を貸して! 君の攻撃が有効かも!」
「あぁもう、仕方ないわね! ここまで来たら付き合ってあげるわよ! 貸しはあんたに付けるからね!」
サラマンダーは、息を吸い、その胸に空気を入れて膨らませる。
その一瞬だった。
笠にへばり付いていた金餅が飛び上がり、広がり。
サラマンダーの頭の上から飛び掛かる。
「な――」
サラマンダーは声も発さず、頭の上からそれにまとわりつかれる。金色の餅が、彼女の頭を捕食する。
「サラマンダー!」
「目を瞑れ!」
俺たちはその言葉に目を瞑り、背後で、ウラヤさんが何かを振りかぶる。
何かが風を切って飛んでいき、それは爆発した。しかし爆風は起こらない、閃光弾だ。強い光を撒き散らす道具。
瞼の裏にも強烈な光が焼き付く。洞窟の壁をまばゆい光が焼いて過ぎ去る。俺は、それが過ぎ去った後に、恐る恐る目を開ける。
そこには、変わらず金色の餅に頭を食われているサラマンダーの姿がある。サラマンダーは手を上げ、餅の表面を引っ掻くが外れない。
「……光への耐性を持つ“闇のもの”? 悪い予感は、していたでござるが……」
「う、ウラヤさん! こっからどうすればいいですか!」
「わしは逃げるでござる」
「え? あ!」
彼はすたすたと来た入り口の方へと走っていく。いやまぁ、有効打がないならウラヤさんが乗っ取られるのが一番嫌だし、それでありがたいけど。
「さ、サラマンダー! 今外すからね!」
「ご主人さま! うかつに近づいてはいけませんよ!」
もごもごと、頭のそれを外そうとしていたサラマンダーの動きが。
止まった。
だらんと、彼女の手が落ち、肩が落ち、全身が脱力する。




