ー5
「知らない男がこの辺をうろついてるの」
サラマンダーは、気に入った様子でお弁当の中身をパクパクと摘まんでいる。さすがはミツネ屋、魔物の舌にも効く旨さ。
俺たちは青空の下にシートを広げ、そのままだとお尻が固いので座布団も敷く。マルメロはまだその辺を漂っている。俺とポイズンアント、それからサラマンダー用のお弁当を取り出し、みんなで一個ずつ食べている。
「俺たち以外に?」
「あなたの仲間?」
「知らない男だね」
ふーんと、サラマンダーは口をもごもごとさせながら俺の顔を見ている。
「追い払って来て」
「大枚な注文だね」
「負けたでしょ」
そっけない口調で彼女は告げる。
「確かに。君は、その人と顔を合わせたくないの?」
問い返せば、サラマンダーはうーん……と空を見上げ考えている。
「知らない。何を目当てにうろついてるのか知らないけど、怖そうだったから、近づいてない」
「ふーん」
サラマンダーが怖いというその相手を、今負けた俺たちがどうにか出来るのだろうか。まぁ、俺たちの同属で、俺たちなら話し合いでどうにかなるのかもしれない。
「君は、ここら辺が居場所なの?」
「そう……かも。最近流れ着いてきたの」
「かくれんぼをするには、良さそうな場所だね」
「私は鬼なんて呼んでない」
「景色が綺麗だし、海も綺麗だ」
風が絶えず吹いている。波が寄せては引く音が、岩の下から聞こえてくる。海は陽光の光を集めて散らばらせて、きらきらと水面が光っている。
「しょっぱい風は正直きらい。でも、洞窟の中は居心地がいいの」
「暗くて静かで落ち着いていて、良い場所だよね」
「あなたが来るまではね」
「そのうえ今は俺も居る」
「自己肯定感が高いのね」
一度会話が途切れれば、そこから波の音。静かに、波の揺れる音が、不規則に繰り返される。弁当の中身は少しずつ減っていく。ご飯と、いろんなおかずの詰まった美味しいお弁当。日をまたいで保存は効かないので、お弁当は今日食べる分しかない。
「べつに、私が付いて行ってあげてもいいけど。その男が怖いなら」
と、そちらのサラマンダーの女の子が言ってくる。
「ほんと? じゃあみんなで一緒に行こう!」
「なんで、嬉しそうな顔してるの?」
サラマンダーがポイズンアントに目を向けるが、そっちが知る由もなく、ポイズンアントは首を横に振るだけだ。
「ほら、あの男よ」
洞窟のある黒い岩盤地帯を抜けて、その先には広い砂浜がある。俺たちは岩盤の端近くの上に伏せて、向こうの砂の浜の上を歩いている、一人の男を見つける。
彼はまず、頭に小麦色の、三角の笠を被っていた。また、水色の羽織りを着て、腰元には、一本の長い武器を差している。
アストラのような冒険者だろうか? なら、こっちのサラマンダーはともかく、俺たちが、あそこに居る彼を危険視する理由はない。
俺たちが砂の上に飛び降りると、向こうの小さい人影が立ち止まった。音が聞こえたのだろうか? 向こうの彼がこちらを見ている。
笠の下の顔が見えた。彼はおおらかに笑って、こちらに手を振っている。
「大丈夫そうじゃない?」
「あなたに任せるわ」
俺はサラマンダーとポイズンアント、それから黄緑色の光の玉を連れて、青空の下、砂浜の上をえっちらおっちら歩いていく。
「こんな所でほかの人間に出会うとは! 奇遇でござるな!」
距離が近づいていけば、水色の羽織りの彼からそう話しかけてきた。
「こんにちはー、旅人です」
俺も声を返しながら、砂浜の上を、足跡を付けながら近づいていく。
「わしも、流れの旅人でござるよ。名前は“ウラヤ”と申すものでござる」
立ち止まれば、彼が名乗った。後ろで二人の足音も止まる。
流れの旅人のウラヤさん。俺たちも順に名乗りを済ませる、サラマンダーはそちらを警戒しているのか、俺の後ろから彼を見ている。
「魔物をお供に連れる、旅人……いわゆる“ソーシャ”というやつでござるな」
ウラヤさんは、屈託のない笑みを浮かべてそう言ってくる。悪い人じゃなさそう。
「そうなんですよー、この子たちは俺の仲間なので、安心して貰っていいですよ」
彼を見るに、俺みたいなお供もおらず、一人だけ。職業で言えば、やはり冒険者か。
「俺は、強い魔物のうわさを聞いて、ふらりとこの穴あき海岸までやって来たんですけど……そちらは、何しにこんなところへ?」
俺が聞けば、彼はたははと笑う。
「実はこちらも、とある“探し物”を探しに、ふらふらと歩いてるでござるな」
「あー……被っ……てたり? 俺たちが探してるものと」
彼も、背後のサラマンダーのレッドパールを目当てに、奪いに来てたりするのだろうか。だとしたらこれからひと悶着あるが……。
「おや? トリジ殿も、アラカミを探してこの地に来たのでござるか?」
アラカミ? とりあえず違いそう。
「マルメロ……」
は、今は光の玉で待機中。俺とは思念で会話は出来るのだが、彼女は今はおとなしくしているようだし。せっかくだしこの人に聞いてみるか。
「ウラヤさん、アラカミってなんですか?」
俺が聞けば、こてんと、彼は首を傾げている。
「ふむ? アラカミを知らないのでござるか」
「ソーシャって、実は何も知らないんですよ」
ウラヤさんは、けらけらと笑い出す。
「あはは! 正直でござるな! アラカミとは……そう、ですな。なんと説明したらいいものか……まぁ、なんかすごい感じのやつでござるよ」
なんかすごい感じのやつ。“たった一体で、世界を左右できるほどの力を持つ、きわめて強力な個体のことです”と、隣からマルメロが助け舟を出してくれる。
「その、なんか超やばい感じのやつが、今、この辺に居るんですか?」
「どうでしょうな。正直なところ、どこに存在しているのかも曖昧で。わしも、その所在を追うのに苦労しているところでござる。とりあえず、どこかに何かないものかと、今はふらふらとこの辺を歩いているだけでござるよ」
なんだ、良かった。
右手で海が砂浜に押し寄せ、白く泡立っては引いていく。
「あんたは、このあたしを探しに来たんじゃないの?」
「誰?」
とりあえず、俺たちとの衝突の可能性は低そうだ。
「ちなみに、トリジ殿たちは……その名前すら知らなかったようですが、どうですかな? 何か、心当たりとかは、ないでござるか。今は、藁にもすがりたい気分でしてな」
アラカミについての情報か。初耳だし、俺からは言えることもないだろう。カミカミとは音の響きが似ているが……マルメロから何も言ってこないし、たぶん別物だろう。
「どう? サラマンダーは、何か知ってる?」
俺は、警戒を解いて俺の後ろから出てきた、溶岩の服を着た女の子に問いかける。
「アラカミが何かくらい、あたしは知ってる……けど、具体的に、見たことなんてないわ。そもそもそんなもの見かけたら、あたしはそれから、いの一番に逃げ出すし。世界の終わりみたいなもんでしょ?」
そんな、伝説か、災害か、みたいなものなんだ。
「すみません、何も知らないみたいです。すみませんね、うちのサラマンダーが」
「あんたのじゃない」
「あはは、別に謝るようなことじゃないでござるよ」
彼はカラカラと軽快に笑う。
「それにしても、こんな所で一人で歩いているなんて、相当強い人なんですね」
腕をひかれ、見てみれば、サラマンダーが「ちょっと、失礼よ……!」と小声で諫めてくる。え? 何かダメなの?
「あはは、わしは気にしないでござるよ」
正面に目を戻せば、彼は、羽織りの前に閉じた片方に片腕を引っかけて、何でもない様子で笑っている。
これは……サラマンダーの態度を見るに、俺みたいなのが、その実力を推し量るのが失礼なくらい、歴然とした実力がある人、ってこと?
「ちょっと、戦ってるところを見てみたいです!」
「お? やるでござるか?」
「行け! サラマンダー!」
後ろから、ぼかぼかと背中を叩かれる。俺たちの様子を見て、水色の羽織りの彼はまた柔和に笑う。
「あはは、冗談でござるよ。そこに魔物の巣窟があるのなら、今から一緒に潜ってみるでござるか?」




