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潮騒の日陰、大きく穴の開いた黒い岩の天井。大きな岩盤に、ポコポコと乱雑に開いた泡のような穴は、繋がって洞窟のようになって、砂の上を続いていく。右手にある隙間の向こうには、海の青と、空の青が覗いている。
「ここら辺に、今回の目的の、“精鋭”と呼ばれる魔物が居るはずだよ。情報通りなら“面倒な案件”だって言ってたから、目的を達成するまでは、少し手間取るかもね」
俺たちが進むのは日陰の中。砂浜に、上から黒い岩がなだれ込んで天を覆っている、あるいは、空いた黒い岩の中や隙間に、砂や波が入り込んで侵食している。ここには、黒い岩の穴あき洞窟と、波の押し寄せる砂浜が入り混じっている。
暗い岩の中にポコポコと穴が開き、それは一つの道となって、あるいは複雑に分岐した洞窟のように、海の横を続いている。俺たちはとりあえず、波の音から離れないように、連続する穴を進んでいく。
砂を踏む足音は三人分。
「ご主人さま」
静かな日陰の、砂の敷かれた洞窟を歩いていれば、唐突にマルメロの声が掛かり、俺たちは立ち止まる。
ここはダンジョン[穴あき海岸]。人が歩けば魔物に当たる。
「ポイズンアント、俺の近くにおいで」
「私、いつも思ってたんですけど、その呼び名長くないですかね?」
俺たちの前に、ライオン人ことマルメロが出ていく。黒髪ロングの少女は、俺の呼び声に、そそくさとこちらに近づいてくる。
「慣れない狩場だし、気を付けてねマルメロ」
「慣れてる狩場で狩ることこそ慣れてないですよ」
ポイズンアントは俺のそばに来て、俺の少し後ろに立って、俺の服の裾を横から掴む。
「こわい? ポイズンアント」
「……」
「大丈夫だよ。俺たちのマルメロが強いからね。一緒に、戦っているところを見ていよう」
俺が声を掛ければ、ポイズンアントは、こくんと小さく頷いた。
俺たちは、迷わないよう、海の水から離れないように穴の中を進んでいたが、黒い岩盤の中には、左手にも穴があり、それは海から離れる方向に続いていく。
左手の穴の奥から、何やら気配が近づいてくる。
岩穴の奥、暗い影の中から現れたのは、透明な体のクモ。足は鋭く細く、それぞれが鎌のように立って、地面を突いている。足や、胴の大部分が透明だが、目や内臓(?)などの一部が不透明である。人間大。
クモはしゃかしゃかと細い足を動かして、こちらへと近づいてくる。
俺たちの前にはマルメロが居る。
「やっちゃえマルメロ!」
マルメロが腕を構えた。指を突き立てて構えた手の平から……鋭く、爪が長く伸びていく。
白い光が伸びて、マルメロの爪を長く形作った。
あれはスキルカード“強化爪”。一言で説明するのは難しいのだが、一言で説明すると爪を長く強化して戦うスキルだ。
爪を長くしたクリーム色のライオンの獣人が、姿勢を低くして、砂の上を駆けて、向こうの透明クモへと向かっていく。
と、向こうのクモの体が跳ねた。そこそこ大きい体が宙を飛び、天井に張り付く。糸も出さず、吸着能力もないのに、クモは天井に逆さにぶら下がる。八本の足の鋭い先が、岩の間に入り、体をひっかけてぶら下がっているようだ。
しかし、こちらのマルメロも最低限の跳躍能力はある。天井は俺の背丈の二倍ほど、マルメロの脚の強さなら届く。
マルメロは走った勢いのまま、砂の地面をしっかりと踏みしめ。
宙に跳んだ。その体はまっすぐ、天井に逆さにぶら下がる透明なクモへと向かっていく!
スキルカード“強化爪”の効果で伸びた爪のリーチ! 普通に指に棒を括り付けて振りかぶったなら、それは棒の付け根の指にすごい力が掛かって指がぐん! となるのだが、スキルカード“強化爪”は、動きの優先度が高められたスキル攻撃!
振りかぶった、長く白い光の爪が、クモの体を上から切り裂く! 重い一撃!
クモの体が天井から引き剝がされ、地面に落とされる。マルメロはその体を追って、動かない体の上からそのまま追撃を重ねていく。
透明なクモは目立った反撃もできず、やがてひっくり返った。少し体が縮み、透明な体が不透明に曇る。
俺はポイズンアントの腕を引いて、マルメロの背中へと近づいていく。
「お疲れ、マルメロ!」
「ご主人さま! ご無事でしたか?」
「怪我が増えてたら俺がバカだよ」
マルメロの体の先には、ひっくり返って動かなくなった透明グモの体がある。ぽ、ぽとアイテムを体から吐き出している。
「近寄ってくる危険な魔物はこうやって倒すんだよ。実際に見たわけじゃないけど、倒した魔物は時間経過で回復して、また動き出すらしいね?」
俺は、すぐ後ろの、ポイズンアントの少女へと話しかける。
少女は、じっと、ひっくり返ったそのクモの体を見ている。
「どうしたの? ポイズンアント。仲間……意識とか、ある? 同じ魔物として」
「いえ……」
と、ポイズンアントの視線が上がり、そこに立っている、マルメロの方へと向いていく。
「カッコ良かったです、マルメロさん」
「え? あ、私ですか? それはありがとうございます」
ポイズンアントは、口をもごもごとさせていたが、それ以上何を言うのかが分からなかったのか、言葉が続かない。
「ポイズンアント、それは、自分もそうなりたいという“憧れ”? それとも、自分には出来ないことをやってくれるという、“頼もしさ”かな?」
俺が聞けば、黒髪の少女の顔がこちらを向く。視線は合わず、洞窟の背後のどこかを向いているようだ。
「……分かりません」
少女はじっとうつむいて、何かを考えている。
「……でも、私もそうなりたいと……思う、かもしれません」
「戦うのは、怖い? 戦うことが怖い?」
少女は、何かを言おうとしているのか、少し口が開いたままである。
「戦うこと……押しつけ、押しのけあって……」
彼女の声は細々と、彼女の喉の奥に消えていく。
「お互いに、たいしたこと考えてないですよ、別に。戦闘に関しては」
と、マルメロがそちらから口を挟む。
「まぁ、私も魔物にインタビューしたことはないんですが」
黒髪の少女は目を上げ、マルメロの言葉を聞いている。
「……それは楽しい、ですか?」
「私は楽しいですよ」
ライオンの獣人は腕を曲げ、力こぶを作ってそれを見せる。
「私にも……」
遠くで、潮の揺れる音がしている。穴の開いた天井から光が差し込み、そこの地面にくっきりと、砂の上に、丸い形の光が焼き付いている。
「……いえ、なんでもありません」
俺は、少女の頭に手を伸ばし、その髪の上から優しく触れる。艶やかで繊細な細い髪、綺麗な髪だ。俺は頭を上からわしゃわしゃと撫でる。少女は、困惑したような表情で、俺の顔を見上げている。
「……なんでしょう?」
「ここは、静かで落ち着いてて、雰囲気が良いね」
「そう……ですね」
少女は不思議そうに俺の顔を見つめる。
「じゃあ、また歩いて行こうか。美味しい貝でも落ちてないかな? ここの特産素材はなんだろ」
「ご主人さま、ポーチの口、開けてください」
と、マルメロが落ちたアイテムを拾ってくれていた。俺がポーチの蓋を開ければ、マルメロは砂を払い、ぽいぽいと中にアイテムを落としていく。また適当に入れちゃって。まぁ、中身は俺が後で整理すればいいか。




