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「これは釣り竿。ウキが水面に完全に沈んだタイミングで竿を引くと、魚のアイテムが獲得できるよ」
俺たちは草原の中、枯れた木の隣の、池の縁にやってきた。俺たちの手には、それぞれ展開された釣り竿が握られている。
俺が隣で竿を振り、餌とウキを池の中に投げ入れてみれば、隣で、見様見真似で彼女は同じように竿を振る。
ぽちゃんと、池の中にそれが落ちた。
一匹、二匹と、俺が釣り上げる中、隣の少女は魚に逃げられている。魚たちのフェイントに騙されているようだ。
少女は隣で岩の上にあぐらをかいて釣り竿を支え、真面目な顔でじっと水面の黄色いウキを見つめている。
と、魚が来た。ウキが揺れ、水面に小さな波紋を作っている。少女は最初は一揺れで勢いよく竿を振り上げていたが、今はただ、それをじっと見つめている。
ウキが、揺れ、また揺れて。
完全に水面の中に沈んだ。
少女は釣り竿を上げる、ヒットだ。食いついた。あとは糸が引っ張る方向とは真逆に竿を引き、勝手に縮んでいく糸がこちらまで来るまで踏ん張るだけだ。
少女は立ち上がり、体の右に左に竿を引っ張る。張り詰めた糸は順調に水面を割いてこちらに向かってくる。
そして、糸の下は、張り出した池の縁の崖の下まで。圏内に入った、ぽちゃんと、糸を中心に大きな波しぶきが上がる。
「思いっきり引き上げる!」
俺に言われ、少女は竿を思いっきり後ろに引いた。
跳ねた。水面を飛び上がった魚が、ぴちぴちと、岩を濡らして跳ねている。
「あるじ様、釣れました」
少女は静かに顔に笑みを含ませて、釣り竿を掲げたままこちらに言ってくる。
「おめでとうだ!」
ビチビチと魚は跳ね、ぺいっと体から何かのアイテムを吐き出した。ぽぽぽと口の中から糸その他が排出され、ぽんぽんと魚は跳ねながら自力で池の中に戻っていく。中に落ちれば魚影はどこかに消えていく。
俺はいったん竿を挙げて脇に置き、そこにある背負いカゴを手に取る。濃い緑色のロングの髪の少女は、足元に落ちた、白い紙に包まれた魚肉を拾い、俺が掲げたカゴの中に入れる。
「ポイズンアントが釣った魚が、一番大きかったね」
少女はすぐに表情を静かに戻していたが、俺がそう言えば、また口元の端に笑みが綻ぶ。
「あるじ様の方が、くまなく釣れてらっしゃいますので」
「ポイズンアントもやるねぇ」
少女は釣り竿を持って隣に座り、釣り糸を水面にまた投げ入れる。
この子が出来ないというよりかは、俺とマルメロの、色々への順応性が元々高かったのかもしれない。ポイズンアントは、挑戦してみれば、最初は慣れないながらも、泣き言も言わずこなして、一つずつ上達して習得していく。
草原の中に並んだ背の高い、白い花の付いた植物の花畑。手前には、「これを引け」という文字と正しい植物のイラストが描かれた看板が立ててある。俺たちはそれを記憶し、畑に入ってその植物を地面から引っ張る。
当たりなら、下から大ぶりの白い根菜が姿を見せる。外れなら、そこには何もない。
俺たちは目を凝らして植物を見つめ、当たりの花を引き抜いて、根菜を獲得する。
地面の中を進むモグラがいた。モグラはたまに地面に顔を出すが、地面には、地中を進む痕跡はほとんど残らず、たまに穴が開くだけだ。穴の中には数秒だけ白い芋が残されている。穴に耳を近づけて音を聞けば、あるいは進んでいる方向が予測できるかもしれない。
俺たちは二人で穴に耳を近づけて音に耳を澄ませ、多分あっちだと、それぞれ草原の中を進んでいく。マルメロが手持ち無沙汰に後ろを付いてくる。二人で歩いて、俺が穴を見つけたり、あるいは先にポイズンアントが穴を見つけたり。芋を拾ってはカゴの中に入れていく。
空を高く、円を描くように翼の大きな鳥が飛んでいる。その真下まで行けば、うじゃうじゃと湧いている手のひらサイズのウサギの群れを見ることが出来た。ポイズンアントは頭上の猛禽類に、身を竦ませて動けないでいる。
マルメロが群れの中に突っ込んでいけば、ウサギの子は波を引くように散っていく。マルメロの近くには一匹も残らない。しかし、上に鳥が増えてきた。鳥たちは大きめの岩を掴んで飛んでおり、それが上から降ってくる。
群れの中に落ちてきて、石に当たったウサギは、伸びて地面に横たわる。マルメロがそれを掠め取る。鳥たちは俺たちのことをどう思っているかは知らないが、岩はもちろんマルメロにもお構いなく降ってくる。あるいは、大きめの獲物だと思われているのかも。
今回はマルメロに任せて、岩の降る下で、ウサギを拾い集めるマルメロを木の陰から見守った。
草原の上に、大きくて黄緑色の草の塊が、点々と横たわっている。また、離れた所には、白黒のマダラの牛が群れており、あそこまで草の塊を持っていけば、牛から牛乳を取ることができる。
黄緑の草の塊は、どうやらその形で草原から生えているようであり、塊を動かすと、ぶちぶちと地面に繋がる所が切れる。
直径は俺の背丈の1.2倍くらいある。でかいし、何より重い。立ち上げるにも一苦労だ。俺も非力な子供の体だ。
「私がしますよ」
と、吊りスカートの少女に代われば、彼女はひょいと草の俵を立ち上げる。見ていれば、ひょいひょいと円形を転がして、一匹の牛の元まで持っていった。
俺は、草を食べ始めた牛の元まで行き、屈んで見守る。俺が近づけば、牛の真下に不思議と透明な瓶が現れ、俺は乳を搾って牛乳を収穫していく。
ポイズンアントが運ぶ速度のほうが速く、俺の周りに次々と搾乳待ちの牛たちが溜まっていく。マルメロも搾乳側に回った。
「全員に渡しました」
そう言って、少し息の乱れたポイズンアントが報告してくる。真っ白なシャツの胸が、静かに上下している。
「すごいね。力仕事じゃ一番だ。俺だったらこの量、一日掛かっても一人じゃ出来ないかも」
「そうなんですか?」
「どう? タワラを運ぶのは楽しかった?」
俺が聞けば、少女は少し目を逸らして考えている。
「無」
「む」
脳死の力仕事には、彼女は適性があるようだ。しかし、体を動かすのが好きというわけでもなく、仕事ならこなすといった感じだろうか。
「いやー、いっぱい取れたねー!」
日は傾き、そろそろ地平線の彼方に沈みゆく頃合い。背中に負ったカゴの中にはずっしりと、いろんな食材が雑多に詰め込まれている。不思議な力が掛かっており、食材同士は中でお互いにダメージを受けず、またカゴを揺らしても食材は中から飛び出ない。
俺たちは収穫を引き上げ、草原を後にする。
「今日はどうだった?」
俺は隣を歩く、小さな影に話しかける。日は傾き、地面に映る影は長い。
少し薄暗い中、少女は俺の方に顔を上げる。橙の光が、少女の顔の陰影を濃く彩る。
「あるじ様と長く居られて、楽しかったです」
「そう! 良かった!」
収入で言えば、危険なダンジョンを歩くよりも金額は小さくなる。今回仕事を引き受けたのは人手が足りなかったからで。でも、ポイズンアントがそう言うのなら、定期的に一緒に来てもいいかな。
いろんな食材の調達も、いろいろ遊べて楽しかったし……でも、そこには、いつも同じ仕事しかない。回数を重ねれば……あるいは、楽しかった体験も色が落ちてしまうかもしれない。
ポイズンアントの立ち位置は未だ定まらないが……けれど、この子のことは、今日でまた知ることができた。
樹層の地下通路を通って、次に地上に出れば、そこは木材に囲まれた[木々の町]。町の中を歩いて商店へと向かう。増えた俺の隣の新顔に、もしかしたら、ポイズンアントは視線を集めていたかもしれない。
俺は長い建物の隣の商店へと辿り着いた。
「おぉ、にーちゃんたち! こんな遅い時間まで頑張ってくれたのか! お疲れさま! 礼なら弾むぜ!」
「うん。三人で頑張って集めてきたよー」
俺はカウンターの上に背負いカゴを外して乗せ、隣からライオン人ことマルメロも乗せてくる。露出の多い、褐色の肌の少女は籠を持ち上げ店の中へと入れ、ふむふむと頷いて中を覗き込んでいる。
「精算は、掛かりそうかい?」
「そうだな。すこし。そっちは急ぎの用か?」
「いや、時間が掛かるなら、その間に夕飯でも食べてこようかと思ってね」
ふん? とアーシャがこちらを見上げた。
「確かに、そうだな。15分もあればまぁ終わるだろうが、店番しながらだし、30分は見といてくれ」
「おっけー、じゃあゆっくり食べてくるね。みんな、食堂に行こうか。頑張った分、みんなで美味しいもの食べよう」
隣には、新しい顔の少女。緑色の吊りスカート、白いシャツ、黒に近い緑色の長い髪の少女が、特に何を言うでもなく隣に佇んでいる。俺が何も言わなければ、特に何をしようともしないようだ。
「そこの嬢ちゃん、にーちゃんの手持ちの魔物か?」
と、アーシャが店の中から話しかけ、ポイズンアントがそちらを向いた。
「はい」
「あたしはアーシャってんだ。嬢ちゃんも、ありがとな! 人手の足りない時に手伝ってくれて。おかげさまで助かったぜ!」
ポイズンアントは、真顔でアーシャの言葉を受け止める。ブルーバードほど、町の中との交流を断っているわけではないが、ポイズンアントもまぁ、俺の後ろを付いてくるだけ。人見知りの部類ではありそう。
ポイズンアントは、返す言葉を迷っていたが、やがて、「はい」とだけ返した。




