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洞窟を訪れると、今まで感じていたような圧迫感がない。
奥に気配が居る。俺たちが現れた途端、その子はすくっと立ち上がり、一言。
「こんにちは、あるじ様」
緑色の吊り下げスカート、白いシャツ。長く艶やかな、光の具合では深い緑にも見える、黒のストレートの長い髪。彼女は体を直立させ、気を付けをして、俺たちを出迎える。
「こんにちはー、新顔くん。君はポイズンアントかい?」
洞窟内にブルーバードの姿が見当たらないが、今は散歩中かな。
俺が少女のもとに歩いて行く間も、彼女は、揺るぎもせずまっすぐな姿勢を保ち続けている。
「私はポイズンアント、あるじ様の忠実なしもべです。何なりとご命令ください」
なんだか生真面目そうな子だ。俺の言うこともよく聞きそう、群れで生きるアリだからだろうか? 緩い雰囲気のブルーバードとは反対だ。
*
俺たちは黄緑色の揺れる炎を辿って、ダンジョンを上へと上がっていく。
辿り着いたのは同じ景色。[層樹林]の一番上だ。最上層に上がって、緑の混じった、樹木や蔓の絡まった地面を見渡す。
向こうに日陰を作る、数本の木が作る樹木の屋根があり、その下で、背中から黒く小さい羽をはやした少女が寝ている。真っ白な髪、小さな赤い角、黒いカッターシャツとエナメル質な黒のホットパンツ。
同じ種族が居るかは分からないが、彼女で間違いはないだろう。
「これ以上の接近は危ないですよ、ご主人様」
「そうだね。気を引き締めていかなきゃ」
彼女は小さな木の屋根の下で寝ている。俺たちが歩いて近づく間も、彼女は寝たままだったが、同じ屋根の下に入りそうな辺りで。
少女の耳がピクリと動いた。のそり、体を動かして、こちらを振り返る。
「この前のソーシャ。……私の首を、とりに来たの……?」
「そんな約束、したかな?」
俺は、同じ日陰の中に入る。マルメロはそこで立ち止まっている。俺はカバンの中からお弁当を取り出して、少女の隣に座る。
ヴァンピはただ、俺の行動を眠たげな目で追っている。
「何しに来たの?」
「ここは風が気持ちいいね。ここで少しの間、過ごしてもいいかな?」
少女は肯定も否定もせず、隣でペタンと座り込んだまま、俺のことを見ている。
「最近はどう? 変わりない?」
「……どうって?」
「町には、来てないみたいだけど」
彼女は少し、俺のことを恨めし気に見つめている。
「もしかして、俺が人の物を盗るのはダメだって言ったから、それをちゃんと守ってくれてるの?」
「……気が乗らなかっただけ」
「君もお弁当食べる? 美味しいよ」
と、俺はお弁当の中身を見せる。
「ミツネ屋の……」
「ん?」
「ミツネ屋の……お弁当……」
ミツネ屋というのは、商店にお弁当を卸している食堂のお店。食堂に行けば、ほかにもいろんなバフ効果が受けられるメニューがある。これもミツネ屋のお弁当。
「同じものが、もう一個あるよ」
少女はぽーっとした様子で弁当を見下ろしている。やがて、俺の顔を見た。
「……なんで?」
少女は小首を傾げる。まだ眠そうだ。目が開いていない。
「美味しいものは、みんなで分け合いたいじゃない?」
「……」
俺はポーチの中を漁って、同じ木箱を中から取り出し、彼女の方へと差し出す。
「……何か、入ってる?」
「俺が持ってる方を食べるかい? 食べかけだけど」
「……」
ヴァンピは、俺が差し出している方の、開いてない箱を、おずおずと受け取った。姿勢を戻してあぐらをかいて、足の上にそれを乗せ、蓋を開ける。ほじほじと少しずつ、その小さな口で食べ始める。
ここは[層樹林]の最上層、木陰の外には、どこまでも広がる、胸の透くような青空。風が吹き、天井に付いた葉っぱや、地面に付いているはっぱを揺らし、過ぎ去っていく。
マルメロは木陰の外に立ったまま、擦れた目でどこかを見つめている。周りを警戒しているのか。少なくとも、俺が誘わなければ、中に入ってくる様子はない。
青空の中、風に吹かれながら、俺たちは同じお弁当を食べ進めた。
俺が先に食べ終わり、箱の上に箸を置く。彼女はまだ食べていたようだったが、手を止めて、こちらを見た。
「ねぇ」
少女が小さく声を発する。
「なにー?」
「どうして、私の代わりに、謝って回ってるの?」
少女の方を見れば、ここだけ木陰の中だから、彼女の表情も薄暗い。
「あれ、町の中に来たんだ」
「……」
「なんでだろうね。どう? 君の会ったその人は、もう許してくれた?」
「……」
じっと、暗い中、二つの目が俺を見ている。
「ほら、戦略だよ、戦略。君を……取り入れるための、ね」
「……そう」
「どう? 俺の仲間になる気にはなった? 戦わずにいられるなら、俺はそっちの方が楽なんだけどなー」
少女は、俺の顔から視線を外し、お弁当の中身を突く作業に戻った。
前に出会った、犬みたいな髪の騎士も、最近はその姿を見かけていない。また別の所に行ったのだろうか? そもそも、この子を狙いに来たと、ちゃんと聞いたわけでもない。あるいは他の仕事を見つけたか。
ここは外は明るい青空の下。二人で過ごす日陰の中。
[層樹林]の最上層に風が吹いている。




