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ー4

 洞窟を訪れると、今まで感じていたような圧迫感がない。


 奥に気配が居る。俺たちが現れた途端、その子はすくっと立ち上がり、一言。


「こんにちは、あるじ様」


 緑色の吊り下げスカート、白いシャツ。長く艶やかな、光の具合では深い緑にも見える、黒のストレートの長い髪。彼女は体を直立させ、気を付けをして、俺たちを出迎える。


「こんにちはー、新顔くん。君はポイズンアントかい?」


 洞窟内にブルーバードの姿が見当たらないが、今は散歩中かな。


 俺が少女のもとに歩いて行く間も、彼女は、揺るぎもせずまっすぐな姿勢を保ち続けている。


「私はポイズンアント、あるじ様の忠実なしもべです。何なりとご命令ください」


 なんだか生真面目そうな子だ。俺の言うこともよく聞きそう、群れで生きるアリだからだろうか? 緩い雰囲気のブルーバードとは反対だ。




 *



 俺たちは黄緑色の揺れる炎を辿って、ダンジョンを上へと上がっていく。


 辿り着いたのは同じ景色。[層樹林]の一番上だ。最上層に上がって、緑の混じった、樹木や蔓の絡まった地面を見渡す。


 向こうに日陰を作る、数本の木が作る樹木の屋根があり、その下で、背中から黒く小さい羽をはやした少女が寝ている。真っ白な髪、小さな赤い角、黒いカッターシャツとエナメル質な黒のホットパンツ。


 同じ種族が居るかは分からないが、彼女で間違いはないだろう。


「これ以上の接近は危ないですよ、ご主人様」


「そうだね。気を引き締めていかなきゃ」


 彼女は小さな木の屋根の下で寝ている。俺たちが歩いて近づく間も、彼女は寝たままだったが、同じ屋根の下に入りそうな辺りで。


 少女の耳がピクリと動いた。のそり、体を動かして、こちらを振り返る。


「この前のソーシャ。……私の首を、とりに来たの……?」


「そんな約束、したかな?」


 俺は、同じ日陰の中に入る。マルメロはそこで立ち止まっている。俺はカバンの中からお弁当を取り出して、少女の隣に座る。


 ヴァンピはただ、俺の行動を眠たげな目で追っている。


「何しに来たの?」


「ここは風が気持ちいいね。ここで少しの間、過ごしてもいいかな?」


 少女は肯定も否定もせず、隣でペタンと座り込んだまま、俺のことを見ている。


「最近はどう? 変わりない?」


「……どうって?」


「町には、来てないみたいだけど」


 彼女は少し、俺のことを恨めし気に見つめている。


「もしかして、俺が人の物を盗るのはダメだって言ったから、それをちゃんと守ってくれてるの?」


「……気が乗らなかっただけ」


「君もお弁当食べる? 美味しいよ」


 と、俺はお弁当の中身を見せる。


「ミツネ屋の……」


「ん?」


「ミツネ屋の……お弁当……」


 ミツネ屋というのは、商店にお弁当を卸している食堂のお店。食堂に行けば、ほかにもいろんなバフ効果が受けられるメニューがある。これもミツネ屋のお弁当。


「同じものが、もう一個あるよ」


 少女はぽーっとした様子で弁当を見下ろしている。やがて、俺の顔を見た。


「……なんで?」


 少女は小首を傾げる。まだ眠そうだ。目が開いていない。


「美味しいものは、みんなで分け合いたいじゃない?」


「……」


 俺はポーチの中を漁って、同じ木箱を中から取り出し、彼女の方へと差し出す。


「……何か、入ってる?」


「俺が持ってる方を食べるかい? 食べかけだけど」


「……」


 ヴァンピは、俺が差し出している方の、開いてない箱を、おずおずと受け取った。姿勢を戻してあぐらをかいて、足の上にそれを乗せ、蓋を開ける。ほじほじと少しずつ、その小さな口で食べ始める。


 ここは[層樹林]の最上層、木陰の外には、どこまでも広がる、胸の透くような青空。風が吹き、天井に付いた葉っぱや、地面に付いているはっぱを揺らし、過ぎ去っていく。


 マルメロは木陰の外に立ったまま、擦れた目でどこかを見つめている。周りを警戒しているのか。少なくとも、俺が誘わなければ、中に入ってくる様子はない。


 青空の中、風に吹かれながら、俺たちは同じお弁当を食べ進めた。


 俺が先に食べ終わり、箱の上に箸を置く。彼女はまだ食べていたようだったが、手を止めて、こちらを見た。


「ねぇ」


 少女が小さく声を発する。


「なにー?」


「どうして、私の代わりに、謝って回ってるの?」


 少女の方を見れば、ここだけ木陰の中だから、彼女の表情も薄暗い。


「あれ、町の中に来たんだ」


「……」


「なんでだろうね。どう? 君の会ったその人は、もう許してくれた?」


「……」


 じっと、暗い中、二つの目が俺を見ている。


「ほら、戦略だよ、戦略。君を……取り入れるための、ね」


「……そう」


「どう? 俺の仲間になる気にはなった? 戦わずにいられるなら、俺はそっちの方が楽なんだけどなー」


 少女は、俺の顔から視線を外し、お弁当の中身を突く作業に戻った。


 前に出会った、犬みたいな髪の騎士も、最近はその姿を見かけていない。また別の所に行ったのだろうか? そもそも、この子を狙いに来たと、ちゃんと聞いたわけでもない。あるいは他の仕事を見つけたか。


 ここは外は明るい青空の下。二人で過ごす日陰の中。


 [層樹林]の最上層に風が吹いている。


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