ー3 新顔
俺たちが暗い日陰の岩場の中を歩いていると、どこかから軽快な足音が聞こえてくる。
「魔物です!」
俺は急いで、足音から遠ざかってマルメロの後ろへ。俺は彼女の背中越しに、近づきつつある影を見つめる。
それは、冷えて固まった溶岩のような、煤に汚れたような暗い羽を持つ、二本足で駆ける鳥。ダチョウとかエミューとか、その辺の感じ。
暗い色合いの走る鳥は、こちらに向かって一直線に駆けてくる。俺の前方で、クリーム色の体毛の獣人が、両腕を構えて向こうの到達を待っている。俺は岩陰の一つの裏からそれらを見送る。
鳥は、駆ける勢いのまま……そのまま飛び上がった!
「避けて!」
マルメロは左方向に跳んで避ける。彼女が空けた空間を、鋭い足が飛んで来て地面に着地し、がががと岩の地面を削りながら、走る鳥はやがて止まる。高威力!
「キェェェエエエ!!」
鳥は立ち止まり、マルメロの方を向いて威嚇。攻撃を外したことによるダメージは、鳥にはなさそうだ。
「スピードが付く前に捕まえて!」
「了解です!」
マルメロは鳥に向かって駆け出すが……鳥は、バックステップで一飛び、瞬く間に距離を取られる。
鳥は体を前傾させ……再び駆け出す!
「くっ!」
マルメロの体の横を、鋭いくちばしと体が通り過ぎる。マルメロの体を少し掠ったか、しかし受けたダメージは少ない。
「マルメロ! 体を変えるよ!」
俺はカードを取り出し、彼女へとぶん投げる。くるくるとカードは回転しながら、マルメロへと飛んでいき。
白煙を立てて、彼女の体が変身する。排出されたカードが、まるで意思を持つかのように宙を飛び、迂回して俺の手元へと帰ってくる。
彼女が変身したのは……黄緑色の透明な体、ゼリー人。
「これ弱くないですか!?」
「真正面から攻撃を受け止めて!」
「了解です!」
走る鳥はそのまま走って弧を描き、またマルメロに狙いを付け、一直線に走ってくる。ばきゃばきゃと、鳥が強靭な脚を地面に突き立てるたびに小砂が飛び散る。
走ってくる、煤けた二本足の鳥の体が。そちらに立つ、ゼリー人ことマルメロの体に、正面から突っ込んだ!
柔い衝撃、鳥はくちばしを突っ込みつつ、マルメロの体を持ち上げ、なおも走り続ける。しかしそのうち足がもつれてか、失速して転んでしまう。
マルメロの体が、ゼリーの体が、そのくちばしを捉え、体に埋めて、呼吸の穴ごと完全に塞いでいる。
ぐにゃぐにゃと、黄緑色の体が広がって鳥の体を包んでいる。鳥は転んで足をばたつかせているが、どんどんその体が絡まっていく。
今のマルメロの体の性質はグミに近い。フルーツゼリー形態の時は、何より突進攻撃などの、耐衝撃性に優れている。くちばしは鋭く尖っているが、速度の付いていない状態では、その細い頭による攻撃は大した痛手にはならないだろう。
透明なゼリーの体が、鳥の体を締め、鳥はパクパクと拘束の中でクチバシを動かしている。徐々に暴れる力が弱まっていき。
やがて、ぱたんと、その体が力なく倒れた。色が薄くなり、若干体のサイズが縮んで、ぺぺぺと体からアイテムが排出される。
「勝利!」
「やりました!」
「よくやった!」
「やほー」
俺たちは、[層樹林]の浅い層にある休憩洞窟を訪れた。そこはブルーバードの魔物シェルを登録しているところ。中にはブルーバードが居るか居ないかしているはずだ。
鍵で壁に穴をあけ、中を覗くと、奥にでかい影がある。
「ブルーバードー? 来たよー。お友達が居るのかい?」
休憩洞窟に登録したシェル魔物は、洞窟の内外を自由に歩くことができ、外で出会った魔物を連れて中に戻ってくることがある。洞窟に連れてきた魔物は、洞窟に居る間に限り、居心地ポイントに貢献してくれる。
今までは、その辺に居る“綿毛鳥”みたいな中立の魔物を連れてきていた。しかし、奥に何やらでかい影がある。その辺に、青いカッパを着た少女が床でごろごろしているのが見える。ということは、でかいほうの影はブルーバードではない。
「ブルーバード? やっほー」
「んぅ」
仰向けで、枕に顔を突っ伏していた彼女。こちらに向けたお尻をもぞもぞと動かし、頭を回して、眠そうな目でこちらを見る。
「あぁ……いらっしゃい。まぁゆっくりしていきなよ……」
「平穏な日常にお邪魔するぜー」
マルメロと二人中に進んでいく。奥に見えた影の輪郭がはっきりと見えてくる。
それは……苔むしたような色合いの甲殻。あくまで色合いであり、その甲殻は、マットな質感であるものの、滑らかなものだ。口元にある、両側に分かれた大きな顎。ブルーバードに勝るとも劣らないような大きな体。
「ポイズンアントですね」
背後でマルメロが端末をいじり、彼(彼女?)の情報を確認しているようだ。
「ここらじゃ見ない顔だね」
「放浪種ですかね? おそらく群れるタイプでしょうし、どっかからはぐれて来たんでしょうか」
「ほうろうしゅ?」
「居場所を定めず、エリアを移動して現れる種のことです。強さはまちまちですが、とりあえず生存能力は高いです」
「なんか、用があるって」
と、そこのうつ伏せた青い少女も言っている。
俺は、そちらの苔色アリに向き合い、対話を試みる。
「どうしてここにやって来たの? 迷子かい?」
俺が話しかけると、暗い洞窟の中、アリはプルプルと体を震わせ。
口元から、ペッと何かを吐き出す。ころころと転がり、足元に来たのは――
「魔物シェルだ」
俺は足元のそれを拾う。
「俺と一緒に来たいのかい?」
アリは頭を伏せ、その赤い目で、じっとこちらの様子を窺っている。
「良かろう。今日から君は、俺の仲間だ」
深い緑色の、艶のある細長い巻貝を握り、その子に掲げて見せる。にゅーと、彼の体をなす像が歪み、緑の巻貝へと吸い込まれていく。
「獲ったどー!」
「ゲットだぜとかじゃないんですか?」
俺は緑の巻貝を持って、壁際においてある、端末のそばのマルメロの元へ。
「それじゃあ……あ、ブルーバード。今の新顔を、ここの洞窟に増やしてもいいかい?」
うーん……と、彼女は枕に伏したまま何かしらの返事をする。踏みやすそうなケツ。
「じゃあ登録しようか」
「簡単に仲間を増やしますね」
と、ライオン人ことマルメロが、隣で言ってくる。不服か?
「選別した方がいいの?」
「……いえ」
「仲間が増えても、マルメロのことは大事だよ」
マルメロがあっちを向いた。
俺は端末で今のポインズアントを、この休憩洞窟に登録する。
「出てくるかい? ポイズンアント。君の居場所をここに登録したよ。君は、この洞窟や近くで過ごしてもいいし、俺たちに付いて来て一緒に冒険するのもいい」
緑の細長い巻貝から、にゅるんと大きな影が飛び出し、そこにまた、巨大な苔色アリが降臨。アリはわしゃわしゃと体を動かし、俺の方に頭を向ける。
「君がここに居ることで、君から得られるお給料みたいなものがあるんだ。そのお給料で物が買えるけど、何か欲しいものはあるかい?」
アリは、じっとこちらを見つめている。
表情が分からないし、言葉が通じているのかすら分からない。そもそも初手のブルーバードが人化の術を有し、意思疎通が簡単な方が特殊なのだろう。
ずっとこちらを見ていたが、アリは用がないと思ったのか、またわしゃわしゃと足を動かして、洞窟の奥の方へと歩いていく。奥で体を横たえ、頭を地面に降ろして休みだす。
まぁ今会ったばかりだし、今日は疲れているのかもしれないな。
「あ、この子も何かスキルを覚えているみたいですよ」
と、隣からマルメロが端末を操作し、洞窟に滞在中の魔物の情報を表示している。見れば、確かに。ポイズンアントの有するスキルは――
「“毒牙”か。確か、洞窟に居る間の魔物たちは、スキルを教えあうんだっけ?」
俺はマルメロに聞く。
「教えあうっていうか、まぁ、勝手に追加されてる感じでしょうか」
「それは、どれくらいの期間で覚えるの?」
「定まってないですね。早ければ一日、三日とか。一週間くらいすればまぁ、大体は覚えてるとは思いますけど」
「へー」
気長コンテンツだ。ポイズンアントが人化を覚えてくれれば、また色々分かることがあるだろうか。




