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俺たちは岩の屋根の下、広大な空洞を、岩の群れを避けて歩いていく。同じ景色なのでマッピングが難しいが、左手に外の光があるので、方向は常に分かる。岩の位置や地面の模様などを記録しどうにか作っていく。
「魔物が近づいて来ています」
「おっけー」
俺は周りを見渡す。どこかから、風をはばたかせる音が聞こえてくる。
「飛行タイプか?」
音のする方向を見てみれば……黒いコウモリ。でかい、その広げた二つの翼は、俺の頭を丸ごと隠してしまえるほど。
「ブルーバードでも、呼ぶかなぁ」
「私でも対処可能です!」
「それじゃあマルメロにお任せしよう」
マルメロことライオン人はやる気満々。鋭い爪の付いた両腕を構え、口から火の域を漏らしてコウモリの飛来を待つ。
ばさばさと、動きやかましくコウモリが飛んでくる。
「黒い爪が硬そう! 気を付けて!」
「了解です!」
コウモリがマルメロの元まで到達した。
先手はマルメロ、翼を広げれば図体のでかいコウモリの体を、上から鋭い爪で切り付ける。
当たった、だが浅い、コウモリは細かく羽ばたきを繰り返し、その体が不規則に上下している。マルメロの攻撃の瞬間にコウモリの体が引き、傷が浅く入ったのだ。
続けて、コウモリからの攻勢。コウモリは翼の上に付いた鋭い爪を、マルメロの体の上から振り下ろす! マルメロは、両腕を体の前で交差し、防御形態に入ったが――
「いっった!!」
コウモリの翼の上に付いた、小さな黒い爪が、硬く鋭い! マルメロの肌を上から切り裂く!
「マ、マルメロ! 俺の服要る!?」
「いいからそこで見ててください!」
「あ、はい」
俺の服は魔物素材を集めて作った“防具”、着ていれば防御力を上げることが出来、体が丈夫になるが……それは元々、俺が狙われようと安心してマルメロが戦えるようにするもの。
やはり……ここは、一段上のレベルの狩場なのだ。マルメロは……あの体は仮初の姿であり、数時間経てばけろっと治っていたりするのだが……やはり彼女が傷つくのは見ていて心配だ。でも、それで俺が必要な判断を誤るのはもっとダメか。
ライオンの獣人と浮かぶコウモリが、狭い範囲で体を入れ替え殴り合う。あっちのコウモリは遠距離攻撃がなく、また長距離から攻撃を仕掛けてくるタイプでもない。コウモリが攻撃するにも近づくことが必要だから、空を飛ぶタイプではあるが、近接攻撃のマルメロでもやりあえている。
やはり精霊の魔物体は強く、コウモリの方が先に疲弊していく。そのうち、鋭い一撃がコウモリの胴体を捉えた。
きゅうと鳴いて、コウモリの体が地面に落ちる。魔物の体が色あせ、少し体が縮む。
「やりました!」
「おつかれ! さすがマルメロ!」
ふぅ。俺は心の中で胸を撫で下ろし、落ちた魔物の体へと近づいていく。魔物カードとして使うかは分からないが、苦戦した相手だし、透明なカードにも余裕があるので、写影機でその姿を撮っておく。
「なんか良さそうな素材が落ちましたね!」
「お、ほんと? 何が落ちた?」
少し傷ついたクリーム色の獣人の肌。次からの戦闘頻度を少し落としたいな。場合によっては、逃走や一時撤退も視野に入れておこう。
彼女の手の上には、先ほどのコウモリが翼に付けていた、黒くて小さい、硬い爪が乗っている。
「隕鉄コウモリの爪です!」
「隕鉄コウモリ……隕石の、鉄ってこと?」
あの、空から降ってくるの。
「そうですね。なんか齧るらしいです。近くにあるんですかね? 隕石」
隕石も気になるが、そこにある、今手に入れた隕鉄の爪も気になる。量は少ないが、これは優秀な武器の素材になったりするんじゃないだろうか? 攻撃性能が高い。
「これは良いものだね!」
「ですね!」
「マルメロはちょっと疲れてるみたいだから、今から控えめに動こうか」
マルメロは、自分の体を見下ろす。
「疲れてないです!」
「マルメロには、二人分の運命が乗っているんだよ。未知のエリアで、場所の魔物たちの力量も対処法も分からず、無事に帰るまで考えられるかい?」
マルメロは、いったん斜め上を見て考えている。
「ご主人さまにお任せします!」
「そっか。じゃあ俺の指示をよく聞くんだよ」
巨大な岩の空洞の中、群れた岩の地上を歩いていく。
と、空を飛んで横切る影がある。
「魔物だ」
「ですね」
小型……まぁ魔物にしては小型の、両手の平を合わせたくらいの大きな黒い蝶が、空を飛んでいる。きらきらとした鱗粉を落としていて綺麗だ。
「中立型かな?」
魔物の中には、敵対を示さず、俺達が行けば逃げていくようなモンスターたちも居る。出会う魔物がまず敵対型だから、それらの存在感は薄めだが。探せば結構居るらしい。
「こちらに来てますよ」
「じゃあ……倒すやつ?」
先日会ったスーパーハエ……トンボは、防御が低く、俺が一撃当てただけでも撃破できる、みたいな奴だった。今回も虫系だし、サイズも同じくらいだし、俺も戦闘に参加できる的な奴かな。
「まぁとりあえず殴ってみましょう」
「あぁうん」
そう言って、マルメロはそちらへと歩いていく。鋭い爪を掲げ、軽くジャンプ。何もない所で腕を振っている。
「あれ、こいつ意外と素早いですね」
「マルメロ? 何してるの?」
「え、あ、すみません。中々すばしっこくて」
「そうじゃなくて」
黒い蝶は、たった今俺の頭上を回って飛んでいる。マルメロが一人で暴れている所、そちらには何も居ないのだ。
と、黒い蝶がふわふわと羽を羽ばたかせて、俺の手の届く高さへと降りてくる。すぐそこだ。硬い器官は見えておらず、俺でも殴って倒せそう、だが。
俺は拳を固めて、一歩踏み出し、そいつへと殴り掛かる。ふわと、黒い蝶はぎりぎりで軽い身のこなしで避ける。ふわ、ふわと、俺が拳を振り回すたびに、そいつは紙一重で俺の攻撃を避けていく。
「ご、ご主人さま!? どうしました!? 蚊でも出ましたか!?」
「え? ほら、マルメロ、蝶はこっちに居るよ!」
「そこには何も居ませんよ!」
俺は、目の前の黒い蝶の羽ばたきを見つめながら、マルメロの声を聴く。……。
「幻覚だマルメロ! 俺たちは、正しい本体を認識出来ていないぞ!」
「え!? な、何……」
俺は近くの岩に近寄り手で触れる。そこには確かな実感があり、足を乗せても踏めるし登れる。おそらく地形への認識には干渉されていない。
認識がおかしいのは、黒い蝶本体のみだ。俺の周りを黒い蝶が飛び回っているが、それはおそらく幻覚。マルメロの周囲には何も見えず、しかし彼女は腕を振り回してそれを追っているが、やはり彼女も体を捉えられていない。マルメロも幻影を見ているのだ。
「ど、」
どうしよう……。
「ブルーバード! 召喚!」
俺の真上に、ぼふと白煙を吐いて青く大きなカラスが現れる。
「幻影を見せる黒い蝶が、この近くで飛んでる! 本体を見つけて叩いて!」
青いカラスは俺の上で羽ばたき、ホバリングしながら俺を見下ろした後。羽ばたきを強めて、さらに上空へと飛んでいく。
どうだ? ブルーバードには何か見えているか? 俺に効き、マルメロに効いた幻影だから、シェル魔物であるブルーバードにもまぁ効くと考えた方がいい。だが、呼び出してすぐで、まだ効いていない可能性……そもそも俺たちはいつから幻影を見ていた? 最初に視認した時からその姿はまぼろしだったのか?
と、空をはばたく青いカラスは高い所まで飛んで行って、そして翼を閉じて降下を始める。滑空を使い、空を滑って降りてくる先は……俺!?
幻影に、まさか味方への攻撃をさせる効果が……しかし近くに逃げ場はなく、咄嗟に頭を抱えて屈むと。
空を降りてきた青く大きな体が、俺のちょうど真上を通り過ぎるあたりで強いはばたき。風が舞い、砂が飛び散る。髪が暴れて服がはためく。
ブルーバードの強い羽ばたきが生んだ一つの旋風に、よく見れば色が付いている。それは黒い、あるいは青く、深い緑色の、きらきらとした鱗粉のような色……。
俺の周囲を飛んでいる黒い蝶の幻覚が晴れた。同時に、俺の視界の左上、黒い蝶が飛び回り、地上へと、その鱗粉を撒き散らしているのが見えている。
あれが本体。
「マルメロ! こっちに本体が居るよ!」
「え!?」
あ、マルメロはまだ幻覚の方を追っている。一生懸命だ。ひたすら避けるのが得意な蝶、だと思っているのだろう。まぁ、倒すまでは、俺と彼女の認識のどっちが正しいかなんて分からない。
ブルーバードが作った羽ばたきで、掃除できた空中の鱗粉は俺の周囲の一部のみ、それだって、空を飛んでいる蝶がまたすぐに戻すだろう。
爆弾銃は……命中させるのに若干の不安がある。
「ブルーバード、そのまま本体を狙って落として!」
空を飛んで、幻覚の鱗粉域を越えて彼女は悠々空を飛んでいる。久しぶりの広い世界で、飛んでいる姿を見るのも久々だ。
空を飛ぶ青い鳥はこちらをちらと見降ろし、俺の周囲に、また鱗粉を撒こうとしている黒い蝶へと、目を付けた。
青い、大きなカラスが降りてくる。突風が蝶の体を揺らし、過ぎ去る爪がその体を引っ掻いた。
たまらず蝶が落ちてくる。
「マルメロ、来て! こっちの地面を攻撃!」
「はい!」
クリーム色の獣人が飛んで来て、俺が指さした地面を、掬うように、彼女の片手の爪が引っ掻いた。捉えた、蝶の体が吹っ飛び、地面を転がって止まる。ぱたんと、力なく羽を地面に落とす。姿が色あせて、体が若干縮んだ。
「おぉ、こんな所に?」
空から青く大きな鳥が降りてくる。翼を閉じて、俺の隣にその脚が落ちた。翼を畳んでも、その頭は俺の上にある。相変わらずでかいな。
「ありがとう、ブルーバード。君のおかげで、助かったよ」
青いカラスの目は、じっと俺の目を見降ろしていたが、仕事を終えたと思ったのか、何も言わずに青い、宝石のような巻貝の中に帰っていく。
また、帰った時に労ってあげなければ。
と、マルメロは、おそらく突然そこに現れたであろう蝶の体を、不思議そうに見下ろしている。
「幻影を見せる蝶だよ、マルメロ。マルメロが追っていたのはずっと、そいつが見せてた幻の姿だったみたい」
「姑息!」
と、弱体状態の蝶の隣に、何か落ちている。それは、緑色の……玉? 透明な玉だ。軽くて、中に淡い虹のような模様があり、ほんのり光っている。
「なんか落ちてるねー」
「それはー……」
と、隣からマルメロが俺の手元をのぞき込む。
「グリーンオーブですね!」
「グリーンオーブ?」
俺は、手元の軽い玉を見下ろす。
「回復用のアイテムです。疲弊している私……精霊の魔物体や、顕現中のシェル魔物に使うことで、消耗による実体の解除……あー……疲れて、全滅する前に戻らなきゃいけない! ってのを防ぐことが出来るアイテムですね」
「へー、消耗品か」
俺は手元のオーブを見る。これは回復アイテム。今まではマルメロで楽々だったが、たった今新しい大地で苦戦している所である。使いどころはまぁ、今ではないだろうが、無理に今の実力で押し切りたい、って時には使えそうだ。
「やっぱり、新天地だし新しいアイテムが見えるねー」
「そうですね。モンスター固有のアイテムもそうですが、危険な場所で、より強い魔物ほど、より珍しい、有用なアイテムを落とす傾向にあります。また、私たちの実力が上がって相手を圧倒できれば、魔物シェルが落ちやすくなる、なんて効果もあったり」
「へー」
手元の中できらきらと光る戦利品。魔物ドロップ、意外と奥が深いぞ。




