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ー2

 俺たちは岩の屋根の下、広大な空洞を、岩の群れを避けて歩いていく。同じ景色なのでマッピングが難しいが、左手に外の光があるので、方向は常に分かる。岩の位置や地面の模様などを記録しどうにか作っていく。


「魔物が近づいて来ています」


「おっけー」


 俺は周りを見渡す。どこかから、風をはばたかせる音が聞こえてくる。


「飛行タイプか?」


 音のする方向を見てみれば……黒いコウモリ。でかい、その広げた二つの翼は、俺の頭を丸ごと隠してしまえるほど。


「ブルーバードでも、呼ぶかなぁ」


「私でも対処可能です!」


「それじゃあマルメロにお任せしよう」


 マルメロことライオン人はやる気満々。鋭い爪の付いた両腕を構え、口から火の域を漏らしてコウモリの飛来を待つ。


 ばさばさと、動きやかましくコウモリが飛んでくる。


「黒い爪が硬そう! 気を付けて!」


「了解です!」


 コウモリがマルメロの元まで到達した。


 先手はマルメロ、翼を広げれば図体のでかいコウモリの体を、上から鋭い爪で切り付ける。


 当たった、だが浅い、コウモリは細かく羽ばたきを繰り返し、その体が不規則に上下している。マルメロの攻撃の瞬間にコウモリの体が引き、傷が浅く入ったのだ。


 続けて、コウモリからの攻勢。コウモリは翼の上に付いた鋭い爪を、マルメロの体の上から振り下ろす! マルメロは、両腕を体の前で交差し、防御形態に入ったが――


「いっった!!」


 コウモリの翼の上に付いた、小さな黒い爪が、硬く鋭い! マルメロの肌を上から切り裂く!


「マ、マルメロ! 俺の服要る!?」


「いいからそこで見ててください!」


「あ、はい」


 俺の服は魔物素材を集めて作った“防具”、着ていれば防御力を上げることが出来、体が丈夫になるが……それは元々、俺が狙われようと安心してマルメロが戦えるようにするもの。


 やはり……ここは、一段上のレベルの狩場なのだ。マルメロは……あの体は仮初の姿であり、数時間経てばけろっと治っていたりするのだが……やはり彼女が傷つくのは見ていて心配だ。でも、それで俺が必要な判断を誤るのはもっとダメか。


 ライオンの獣人と浮かぶコウモリが、狭い範囲で体を入れ替え殴り合う。あっちのコウモリは遠距離攻撃がなく、また長距離から攻撃を仕掛けてくるタイプでもない。コウモリが攻撃するにも近づくことが必要だから、空を飛ぶタイプではあるが、近接攻撃のマルメロでもやりあえている。


 やはり精霊の魔物体は強く、コウモリの方が先に疲弊していく。そのうち、鋭い一撃がコウモリの胴体を捉えた。


 きゅうと鳴いて、コウモリの体が地面に落ちる。魔物の体が色あせ、少し体が縮む。


「やりました!」


「おつかれ! さすがマルメロ!」


 ふぅ。俺は心の中で胸を撫で下ろし、落ちた魔物の体へと近づいていく。魔物カードとして使うかは分からないが、苦戦した相手だし、透明なカードにも余裕があるので、写影機でその姿を撮っておく。


「なんか良さそうな素材が落ちましたね!」


「お、ほんと? 何が落ちた?」


 少し傷ついたクリーム色の獣人の肌。次からの戦闘頻度を少し落としたいな。場合によっては、逃走や一時撤退も視野に入れておこう。


 彼女の手の上には、先ほどのコウモリが翼に付けていた、黒くて小さい、硬い爪が乗っている。


「隕鉄コウモリの爪です!」


「隕鉄コウモリ……隕石の、鉄ってこと?」


 あの、空から降ってくるの。


「そうですね。なんか齧るらしいです。近くにあるんですかね? 隕石」


 隕石も気になるが、そこにある、今手に入れた隕鉄の爪も気になる。量は少ないが、これは優秀な武器の素材になったりするんじゃないだろうか? 攻撃性能が高い。


「これは良いものだね!」


「ですね!」


「マルメロはちょっと疲れてるみたいだから、今から控えめに動こうか」


 マルメロは、自分の体を見下ろす。


「疲れてないです!」


「マルメロには、二人分の運命が乗っているんだよ。未知のエリアで、場所の魔物たちの力量も対処法も分からず、無事に帰るまで考えられるかい?」


 マルメロは、いったん斜め上を見て考えている。


「ご主人さまにお任せします!」


「そっか。じゃあ俺の指示をよく聞くんだよ」




 巨大な岩の空洞の中、群れた岩の地上を歩いていく。


 と、空を飛んで横切る影がある。


「魔物だ」


「ですね」


 小型……まぁ魔物にしては小型の、両手の平を合わせたくらいの大きな黒い蝶が、空を飛んでいる。きらきらとした鱗粉を落としていて綺麗だ。


「中立型かな?」


 魔物の中には、敵対を示さず、俺達が行けば逃げていくようなモンスターたちも居る。出会う魔物がまず敵対型だから、それらの存在感は薄めだが。探せば結構居るらしい。


「こちらに来てますよ」


「じゃあ……倒すやつ?」


 先日会ったスーパーハエ……トンボは、防御が低く、俺が一撃当てただけでも撃破できる、みたいな奴だった。今回も虫系だし、サイズも同じくらいだし、俺も戦闘に参加できる的な奴かな。


「まぁとりあえず殴ってみましょう」


「あぁうん」


 そう言って、マルメロはそちらへと歩いていく。鋭い爪を掲げ、軽くジャンプ。何もない所で腕を振っている。


「あれ、こいつ意外と素早いですね」


「マルメロ? 何してるの?」


「え、あ、すみません。中々すばしっこくて」


「そうじゃなくて」


 黒い蝶は、たった今俺の頭上を回って飛んでいる。マルメロが一人で暴れている所、そちらには何も居ないのだ。


 と、黒い蝶がふわふわと羽を羽ばたかせて、俺の手の届く高さへと降りてくる。すぐそこだ。硬い器官は見えておらず、俺でも殴って倒せそう、だが。


 俺は拳を固めて、一歩踏み出し、そいつへと殴り掛かる。ふわと、黒い蝶はぎりぎりで軽い身のこなしで避ける。ふわ、ふわと、俺が拳を振り回すたびに、そいつは紙一重で俺の攻撃を避けていく。


「ご、ご主人さま!? どうしました!? 蚊でも出ましたか!?」


「え? ほら、マルメロ、蝶はこっちに居るよ!」


「そこには何も居ませんよ!」


 俺は、目の前の黒い蝶の羽ばたきを見つめながら、マルメロの声を聴く。……。


「幻覚だマルメロ! 俺たちは、正しい本体を認識出来ていないぞ!」


「え!? な、何……」


 俺は近くの岩に近寄り手で触れる。そこには確かな実感があり、足を乗せても踏めるし登れる。おそらく地形への認識には干渉されていない。


 認識がおかしいのは、黒い蝶本体のみだ。俺の周りを黒い蝶が飛び回っているが、それはおそらく幻覚。マルメロの周囲には何も見えず、しかし彼女は腕を振り回してそれを追っているが、やはり彼女も体を捉えられていない。マルメロも幻影を見ているのだ。


「ど、」


 どうしよう……。


「ブルーバード! 召喚!」


 俺の真上に、ぼふと白煙を吐いて青く大きなカラスが現れる。


「幻影を見せる黒い蝶が、この近くで飛んでる! 本体を見つけて叩いて!」


 青いカラスは俺の上で羽ばたき、ホバリングしながら俺を見下ろした後。羽ばたきを強めて、さらに上空へと飛んでいく。


 どうだ? ブルーバードには何か見えているか? 俺に効き、マルメロに効いた幻影だから、シェル魔物であるブルーバードにもまぁ効くと考えた方がいい。だが、呼び出してすぐで、まだ効いていない可能性……そもそも俺たちはいつから幻影を見ていた? 最初に視認した時からその姿はまぼろしだったのか?


 と、空をはばたく青いカラスは高い所まで飛んで行って、そして翼を閉じて降下を始める。滑空を使い、空を滑って降りてくる先は……俺!?


 幻影に、まさか味方への攻撃をさせる効果が……しかし近くに逃げ場はなく、咄嗟に頭を抱えて屈むと。


 空を降りてきた青く大きな体が、俺のちょうど真上を通り過ぎるあたりで強いはばたき。風が舞い、砂が飛び散る。髪が暴れて服がはためく。


 ブルーバードの強い羽ばたきが生んだ一つの旋風に、よく見れば色が付いている。それは黒い、あるいは青く、深い緑色の、きらきらとした鱗粉のような色……。


 俺の周囲を飛んでいる黒い蝶の幻覚が晴れた。同時に、俺の視界の左上、黒い蝶が飛び回り、地上へと、その鱗粉を撒き散らしているのが見えている。


 あれが本体。


「マルメロ! こっちに本体が居るよ!」


「え!?」


 あ、マルメロはまだ幻覚の方を追っている。一生懸命だ。ひたすら避けるのが得意な蝶、だと思っているのだろう。まぁ、倒すまでは、俺と彼女の認識のどっちが正しいかなんて分からない。


 ブルーバードが作った羽ばたきで、掃除できた空中の鱗粉は俺の周囲の一部のみ、それだって、空を飛んでいる蝶がまたすぐに戻すだろう。


 爆弾銃は……命中させるのに若干の不安がある。


「ブルーバード、そのまま本体を狙って落として!」


 空を飛んで、幻覚の鱗粉域を越えて彼女は悠々空を飛んでいる。久しぶりの広い世界で、飛んでいる姿を見るのも久々だ。


 空を飛ぶ青い鳥はこちらをちらと見降ろし、俺の周囲に、また鱗粉を撒こうとしている黒い蝶へと、目を付けた。


 青い、大きなカラスが降りてくる。突風が蝶の体を揺らし、過ぎ去る爪がその体を引っ掻いた。


 たまらず蝶が落ちてくる。


「マルメロ、来て! こっちの地面を攻撃!」


「はい!」


 クリーム色の獣人が飛んで来て、俺が指さした地面を、掬うように、彼女の片手の爪が引っ掻いた。捉えた、蝶の体が吹っ飛び、地面を転がって止まる。ぱたんと、力なく羽を地面に落とす。姿が色あせて、体が若干縮んだ。


「おぉ、こんな所に?」


 空から青く大きな鳥が降りてくる。翼を閉じて、俺の隣にその脚が落ちた。翼を畳んでも、その頭は俺の上にある。相変わらずでかいな。


「ありがとう、ブルーバード。君のおかげで、助かったよ」


 青いカラスの目は、じっと俺の目を見降ろしていたが、仕事を終えたと思ったのか、何も言わずに青い、宝石のような巻貝の中に帰っていく。


 また、帰った時に労ってあげなければ。


 と、マルメロは、おそらく突然そこに現れたであろう蝶の体を、不思議そうに見下ろしている。


「幻影を見せる蝶だよ、マルメロ。マルメロが追っていたのはずっと、そいつが見せてた幻の姿だったみたい」


「姑息!」




 と、弱体状態の蝶の隣に、何か落ちている。それは、緑色の……玉? 透明な玉だ。軽くて、中に淡い虹のような模様があり、ほんのり光っている。


「なんか落ちてるねー」


「それはー……」


 と、隣からマルメロが俺の手元をのぞき込む。


「グリーンオーブですね!」


「グリーンオーブ?」


 俺は、手元の軽い玉を見下ろす。


「回復用のアイテムです。疲弊している私……精霊の魔物体や、顕現中のシェル魔物に使うことで、消耗による実体の解除……あー……疲れて、全滅する前に戻らなきゃいけない! ってのを防ぐことが出来るアイテムですね」


「へー、消耗品か」


 俺は手元のオーブを見る。これは回復アイテム。今まではマルメロで楽々だったが、たった今新しい大地で苦戦している所である。使いどころはまぁ、今ではないだろうが、無理に今の実力で押し切りたい、って時には使えそうだ。


「やっぱり、新天地だし新しいアイテムが見えるねー」


「そうですね。モンスター固有のアイテムもそうですが、危険な場所で、より強い魔物ほど、より珍しい、有用なアイテムを落とす傾向にあります。また、私たちの実力が上がって相手を圧倒できれば、魔物シェルが落ちやすくなる、なんて効果もあったり」


「へー」


 手元の中できらきらと光る戦利品。魔物ドロップ、意外と奥が深いぞ。


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