ー5 休憩洞窟と魔物シェル
俺たちは、門番さんの居る小部屋を通り抜けて、いつもの迷宮の中へ。見えるのは樹木で出来た層の狭間の空間。少し暗く、光は遠くから漏れて来ている。
「今日は、さっそく“休憩洞窟のカギ”を使ってみようか」
暗い色の金属質なカギ。それは光の入り具合によって虹色のきらめきを返す。
カギを持って探知機代わりにしながら、俺たちは樹木の地面を歩いていく。深部の途中に置くよりかは、自由に歩ける上層の、素材集めの拠点にしようかと、俺たちは上へと登り、明るいところを目指していく。
カギが、薄い緑色に発光している。ピッと、カギから細く薄い光が飛び出、そこの壁を指している。
「まぁ、ここら辺でいいか。それより、こんな場所に洞窟が作れるんだね」
「カギは、異空間の作成なので。実際に、そこに穴を掘るわけでありませんよ」
隣でマルメロ人ことライオンが……ん? マルメロが、いつも通り説明してくれる。
カギから細い、まっすぐな筋の光が出て、目の前にある樹木の壁を照らしている。樹木の壁もまた、ぼんやりと、縦に長い楕円形に同じ色の光で光っている。
「そこで良いのなら差し込んでみてください」
「ドキドキするねぇ」
カギが、樹木の中に、まるでそこに物などないかのように差し込まれた。
「回してください」
「あいよー」
カギをひねる。かちり、音がした。
同時に、楕円形の光の輪郭の、外側の一回りのふちが、緑の光を強める。すぅぅと、楕円の内側の壁が消えていき。
そこに、暗い穴が出来た。穴の奥には空間が続いている。
「洞窟だ」
「入ってみましょうか」
丸く空いた穴を潜り抜ける。確か、中に居れば、外の魔物から気づかれないんだったか。あるいは、魔物には穴が開いてること自体見えないのかもしれない。
そこは……なんというか、袋状の細長い洞窟。突き当りはすぐ見えた。入口から少しして膨らんで、広がって、まぁ宿屋の一部屋くらいはあるかもしれない。
と、洞窟の壁のそば、部屋の中腹の右あたりに……なんか、つるつるした机がある。鋼色の箱が、地面から直立しておいてある。
「端末ですね。休憩洞窟の中での機能を、いろいろ操作することが出来ますよ」
「機能って?」
歩いて近寄ると、箱の上部は斜めに、こちらが見やすいように傾いている。なんだろう、手の形のマークがそこにある。なんとなくで手をかざすと。
空中に、青く透明な四角の窓が出現する。
「おぉ」
「タッチで操作できますよ」
ウィンドウの中には、いくつかの項目が表示されている。不思議な文字が描かれているが、俺はその意味を読み取ることができる。
俺はとりあえず、“部屋の状態”というのを押してみる。
「この……“居心地”ってのは? ゼロって表示されてるけど」
「あぁー……じゃあ、まずは、私が色々やって見せた方が早いですね。ちょっと“ブルーバードの魔物シェル”を貸してください」
俺は、懐から青い巻貝を取り出し、マルメロの手に渡す。マルメロは俺の隣に近づき、端末をぴっぴと操作している。
「まず、“魔物シェル”の“シェル魔物”について。“魔物シェル”は、各休憩洞窟に紐づけが可能です。紐づけを行うと、“魔物シェル”内部の“シェル魔物”は、追加の休憩場所として、それら休憩洞窟を選ぶことができます。魔物は洞窟内部だけでなく、洞窟外部の近辺への移動が可能です」
なるほど、シェル魔物は、休憩洞窟に預けることが可能。
「魔物の呼び出しは通常通り、シェルへの呼びかけを通して行えます。魔物は、休憩洞窟内部に居なくても呼び出しが可能ですが、シェルの中に戻す際は休憩洞窟内部に帰還します」
つまり、預けた魔物は、休憩洞窟、あるいは洞窟の近辺から、シェルの手元に呼び出すが可能で、魔物を返す際は洞窟内部に帰還する。
「へー。じゃあこの休憩洞窟って、結構魔物のための設備って感じなんだね」
「確かに、魔物のための機能は豊富ですね。主要は、ソーシャのための設備ですが。ではまず、手持ちのシェルを登録なさいますか?」
登録か。まぁ多分、不可逆要素ではないだろうが。
「うーん。一応、ほかにどんな機能があるかも先に聞いていい?」
「構いませんよ。まずは“部屋の状態”。預けた魔物や、魔物から得られる居心地ポイントが見られます」
「その、“居心地ポイント”っていうのは?」
「在籍している魔物が、部屋に対して感じている居心地のポイントですね。洞窟内部をいろいろ豪華にすることでポイント増加が見込めますが、まぁ、獲得量や好みには、個体差があります。獲得したポイントで、ショップで家具などの購入が可能なほか、いろいろな要素に使用できます」
居心地ポイント。ほう。
「ほかには? この端末では、何が出来るの?」
「そうですね。今のご主人さまの進行度では、まず、アイテムを取り寄せられる“ショップ”、所有しているアイテムを出し入れできる“アイテムボックス”、部屋の配置を簡単に変えられる“模様替え”、在籍している魔物の状態の管理や確認、カードの合成。それから……」
と、マルメロがつつつと視線を外す。
「……?」
「私の……精霊の、現在状態の確認も、行えますね」
「マルメロの? 何が見られるの?」
マルメロが、赤い髪を揺らしてこっちを見た。じとっと、ライオンの顔と目が、俺を見下ろしている。
「……見たいんですか?」
何が見られるの?
「見られたくないものもあるの?」
「……別にありませんけど。じゃあ、表示しますよ」
彼女はウィンドウを操作して、画面を切り替える。
“所有精霊の一覧”というのが出た。俺が名付けたマルメロという名前もそこにあり、俺はそこをタップする。
「マルメロ……基本女性、女性レベル5……あんまり情報ないね」
女性扱いしている気もないのだが、着々と女性レベルの方が、上がっているようだ。まぁ魔物カードがメスだしな。男性レベルの表示がないのは、まだ発現すらしていないということだろうか。
「まぁ、今のご主人さまで見える情報は、こんな所でしょう」
「マルメロは、本体のレベルとかはないの? 性別とかじゃなくて、戦闘経験値とか」
「私は成長しません」
そうなんだ。前にも、こんなやり取りやった気がするな。まぁマルメロの場合、カードの強さが上がっていくしな。
「ふーん。じゃあここはもういいや。カードの合成って? 何か出来るの?」
「“カードの合成”ですね。同種の複数の魔物カードを、一定枚数消費し、“スキルカード”を作成することが出来ます。また、大量の同魔物素材で代替して作ることもできます」
作成には魔物カードか、大量の魔物素材が必要。
「スキルカードについては、先日説明しましたね。ご主人さまや私が装備して、特定の魔物のスキルが使えるようになるカードです。シェル魔物に与える時は、カードを消失して習得という形になりますね」
へー。今までは、一種族一枚しか撮って来ていなかったが、それならば、複数枚撮る価値が出て来たな。
「例えば?」
「たとえば? たとえば……そうですね。“グリーンフロッグのカード”では、十枚と少量の居心地ポイントを消費して、一枚の、“カエルジャンプ”のスキルカードが合成可能です。“カエルジャンプ”は、カエル状態の時に見せたような、高い跳躍が可能なカードです」
ふーん。結構いいじゃん。“グリーンフロッグ”は、戦闘性能は低めなものの、俺の身長を超えるような高低差を、俺を乗せたまま軽々跳べるのだ。それは地形の踏破性が高いカードであり、カエル人は、今でもちょくちょく使っている。
また、カエルジャンプがあれば、先日みたいに“ブルーバード”が高所から降りてくるのを待つこともなく、こちらから仕掛けることが出来る。
なかなか強いぞ“カエルジャンプ”。少し欲しくなってきたが……今の手持ちの“透明なカード”は十枚余り。作れるには作れるが、ほかにも、視野を広げてみてから選びたい。
ちなみに、魔物を撮影できるのは、一度に一回だけ。また別の機会に出会った時には、撮影できるらしいから、十枚得るには、十回出会うか倒すかしなければならない。
「なるほど、カード合成についてはよく分かったよ」
「良かったです。これ以外の機能だと……もう、魔物シェルを登録しないと、使用が難しいですね」
「そっか。登録のオンオフは、自由なんだよね?」
「そうですね。休憩洞窟の作成は一度限りですが、魔物シェルの登録は、どの場所へも自由に切り替えることが出来ます」
「じゃあとりあえずやってみようか。ブルーバードは……今何してるんだろ」
貝がらの中身はどんな感じだろう。眠っているのか、聞こえているのか。
片手に青い、丸っこい巻貝を持って、クリーム色のふさふさの獣人が、隣でウィンドウを操作している。
と、隣で、とさ、と音がする。
見れば、そこに、青く大きな鳥が現れている。あいかわらずでけぇ。その頭は、俺より高いところにある。洞窟は結構高さがあり、鳥が歩くに不自由はなさそうか。
「魔物の待機場所を、魔物シェルの中から、休憩洞窟の中に移動しました」
「だって、ブルーバード。言葉は分かるかな? 貝がらの中の事は知らないけど、この洞窟の中なら君の自由に歩けるみたいだよ。ここの方がいいかな?」
巨鳥はくちばしをこちらに向けていたが、やがて、ぷいとそっぽを向いた。まだ仲は深まっていない。
「魔物シェルの登録により、初期登録ボーナスの居心地ポイントを獲得しました。これで、居心地ポイントを消費する要素が、使用可能になりましたが……いかがなさいますか?」
「居心地を上げるために使っちゃおう。ショップで、家具とか買えるんだよね?」
「そうですね。まぁまだ、簡単なものしか買えませんが」
俺たちはウィンドウを開き、そこに並んだいろんなものを眺める。クッションや椅子、マットやテーブル、水差しやボールプールなど、まぁ雑多なものがいろいろ並んでいる。
「なにがあるの」
うぉっ、誰だこの子。隣に知らない顔が現れている。小柄な少女が、脇からウィンドウを見上げている。
青いフード付きの、カッパの様な上着を着た少女。俺はウィンドウの端を掴み、彼女が見やすいよう、ウィンドウの高さを下げる。そっちを見れば、そこに居たはずの巨鳥が居ない。ってことは、
「きみ、ブルーバード?」
「わたしのへやなら、わたしがえらびたい」
「いいよ。好きなの選ぼうね」
隣を見れば、マルメロもまた驚愕の表情で、そこの幼女を見下ろしている。
「こ……この子、“人化”覚えてますよ!」
「どうしたのマルメロ、急に」
「レアスキルです! しかも、休憩洞窟内部では、同居させた魔物同士が互いのスキルを習得することもあるので、めちゃめちゃ……え、こんなに簡単に手に入っていいの……? いやでも、トラップマップ産の魔物シェルか……」
と、マルメロは隣で一人でぶつぶつ言っている。なんだかレアを引いたらしい。すごい。
「これがいい」
幼女が何やら見つけたようだ。青いフードを被ったまま、少女がこちらを見上げて言ってくる。どうやら決定はソーシャである所の俺しか出来ないらしく、購入ボタンを押してはエラーが出ている。
彼女が選んだのは、クッション。彼女と同じ、濃い青色の、まんまるとした変形が可能なクッション。俺がちょうど腰を埋められるくらいの大きさ。使えるポイント的にも余裕がある。
「これがいい?」
「うん」
「じゃあ買おうか」
俺は購入ボタンを押した。“今すぐ設置”みたいな表示が出てきて、それも押す。と、左方向に何かが現れ落ちる。今しがた注文したクッションだ。
青いフードの幼女はそちらにてててと走っていき、現れたクッションの傍らにぺたんと座って、べしばしと固めた拳をクッションに振り下ろしている。破壊的趣味。
「あのクッション、耐久性とかある?」
「一応、破壊は出来ないはずですね。消耗品ではないので」
そう言えば、ブルーバードの魔物カードも欲しかったのだが、魔物シェルの状態では撮影は不可とのことだった。残念。
俺たちは楽しそうにクッションをいじめている幼女から、ウィンドウへと目を戻した。
「あ、居心地レベルが上がってるみたいですよ。これで、恒常的なポイントの獲得が可能です」
「魔物は、ずっとここに居なきゃいけないの?」
「実は、これは部屋への好感度みたいなものでして。登録している魔物自体は、外に居たり、洞窟内に居たり、あるいはシェルの中に居たりしても、ポイントは時間経過で獲得します」
「ふーん。じゃあいいね」
俺は、そちらの少女に呼びかける。
「ブルーバード、今日からここは、君の棲み処。君は、シェルの中に居てもいいし、この洞窟の中に居てもいいし、洞窟の外に出ても良いらしいよ。俺が呼びかけたら、俺の手元に現れて、帰るときはまたこの洞窟に出るみたいだね」
ぺたんと地面に座った少女が、顔だけこちらを振り返る。地面は冷たくないだろうか。やわらかいマットやラグも欲しい所だな。
「もういっちゃうの?」
「今日は、ずっと一緒に居られるよ。何かして欲しいことはある?」
青いカッパを着た少女は、うーんと壁の上を見上げている。
「くだものがたべたい」
「くだもの……何か残してたっけ?」
俺はポーチを開けて中を見るが……売れそうな素材は大体ショップで換金している。果物系のアイテムも……あったが、もう売った後だろう。
「今食べたいなら、その辺で採って来ようか」
[層樹林]の特産品、新鮮なマスカット。ダンジョン内を見て回ればそのうち見つかるし、変わっていなければ、俺はその湧き地点をいくつか把握している。
「わたしもいく」
「そっか。じゃあ一緒に行こう」
ぽんと、幼女は大きな青い鳥に変化する。戦う気だろうか。その大きな翼は、しかし、狭いここの迷宮内の構造だと、あまり発揮は出来なさそうか。




