第二話、“層樹林”の人の町
「私たちの居場所は、現在はフレームマップ“層樹林”の中に位置しています! あなたが何者かと聞かれれば、あなたは、この世界では“ソーシャ”と呼ばれる、少し異質な立ち位置の存在です。私は精霊魂のマルメロ、ソーシャであるあなたに寄り添い、共に歩いていく存在です!」
ここはどこで、俺はだれで、君はだれなのかが返ってきたが、俺が理解できる情報はそんなにない。
「とりあえず……安心したいね。ここに居たら、さっきみたいな“魔物”に出くわす可能性があるんでしょ? 近くに、人の住んでいる場所とかないかな? どう? 分かる? マルメロ」
「探索してください!」
あ、はい。言い切られた。俺が探すんですね。
「この近くに、どうやら一つ以上の“住居区”が存在しているようですよ!」
と、不服な俺を見てか、追加情報を教えてくれる。
「とりあえず進みましょう、ご主人様! 大丈夫! 出てくる魔物は私が相手しますから!」
「君が……その。勝てない相手が居る場合は?」
ふんすと、マルメロは自信満々に答える。
「私は、一般的な魔物には勝てる能力があります! ただし、魔物からの攻撃は私にも通りますし、ダメージが蓄積され続けた場合は、私の変身が強制的に解除され、私はしばらく“魂状態”で回復に徹しなければなりません。そうならないように、ご主人様は私の消耗を抑えながら進むことを推奨します!」
なるほどね。とりあえず、俺の今の目的は、“この周囲を探索して、魔物と戦い、しりぞけつつ近くの安全な人里を目指す。マルメロが倒れたら俺が無防備になる”、という所かな。
「ありがとう。じゃあ、後は歩きながら進もうか、マルメロ。君のことも、詳しく聞きたいな」
*
頭の上を覆う枝葉上には、空があると思っていたが、そうではなく。
ところどころに地面から生えた木々は、枝葉を伸ばして絡み合い、上で一つの層を作る。その層に土が溜まるなどして、地面が出来、そこに木が芽生え、成長し、またいくつもの木々が枝葉を伸ばし、絡み合って、そのまた一つ上に層を作る。
ここはそうやって出来た層状の樹海。上から木漏れ日が降ってくるから、上に空があるのは間違いない。地面は、土が溜まった普通の地面、それから、土の禿げた、むき出しの枝や根が絡まった地面とある。所々で層は破け、上や下に移動できたりする。
俺はマルメロ改めカエル人の背中に乗って、ぴょんと一つ上の階の層に辿り着く。カエル人の肌は常に湿っており、触るとねばねばしていて、俺の服に粘液の跡を残している。
しかし、可愛い手下との触れ合いだ。俺がそれを嫌に思うことはない。
「あ! “扉”が見えますよ! あの先はきっと居住区です!」
ぺたぺたと、カエル人あらためマルメロは、俺の先を、黒い色の枝や根の絡まった地面を歩いて、先へと歩いていく。
見渡せば、先に左右に平らな壁がある。それもまた、木々の根っこだか枝だか絡み合ってできた、しっかりとした壁。そっちには隙間一つなく、空気も光も漏れて来ていない。
中に空間があればきっと、中は安全だろう。
壁の前の扉の前に来た。それは周囲に紛れ込むような同じ質感の、縦に長い長方形の枠の扉。取っ手があるが、回しても開かない。鍵穴が見えているが、もちろん、
「鍵なんて持ってないよね?」
「持っていませんね。しかし見張りがいるはずです! 呼びかけてみましょう!」
カエル人改めマルメロが答えてくれる。なるほど、見張りね。俺はこんこんこんと、扉の上から叩いてみる。
「誰だい?」
扉の向こうからくぐもった声が返ってきた。人間だ!
「こんにちは! 知らない人です!」
俺は元気よく答えた。
「そいつは私の視点に寄り添ってくれてありがとうね……」
ガチャと、扉が開いた。そこに居たのは。
暗い茶色の人。桜の幹みたいな、ぼこぼことした木肌の、人型。
「安全な……人ですか?」
「あんたもそうかと聞きたい所だが、とりあえず中に入りな。他のが入ってきちまうじゃないか」
中は、思ったよりも小部屋、というか、次の場所への扉がまた奥にある。検問所みたいな所か?
俺と、カエル人改めマルメロが中に入ると、木の人が俺たちの後ろで扉を閉め、鍵を閉める。
「ふむ。見たところ、あんたは“ソーシャ”かい」
「俺のことを、知ってるんですか?」
木製の人間さんは、しわがれ、落ち着いた色の声で、俺に答えてくれる。
「別に、あんたのことは知らないさ。あたしが知ってるのは、あんたみたいな“手下”を連れた、何の変哲もない弱そうな人型が、たまに無作法にいろんな町を訪れていること。そして、あんたみたいな異邦人が、“ソーシャ”って呼ばれてることさ」
「見たところ危険はなさそうだね。いいよ、通って町の中に入りな」
俺たちは小部屋を進み、奥の扉を開けて通り抜けた。
そこには。
「うぉぉ……」
「綺麗な街並みですね」
天高くまでそびえた、暗い木肌の枝が絡み合ってできた樹木の壁。高い壁で囲まれた一つの広大な空間には、地面、いくつもの家々、広場、道、建物。
そこには一つの町が出来上がっていた。折り重なる樹木の枝と根の上に築かれた、木造の建物の、静かで落ち着いた町。それは層樹林の中に開かれた安息地。
町の中を歩きだせば、遠くを歩く子供たちが立ち止まり、こちらを見ていたり、道端で話している大人たちも立ち止まってこっちを見ていたりする。みんな、人型を取っているが、背中に羽が生えていたり、植物のような肌をしていたり、あるいは人間にない硬い甲殻を持っていたり。
俺の両手を見下ろせば、俺はそこに居るどの誰かとも、同じ姿じゃない。俺だけが普通。あるいは、俺だけが異常で、みんなそれぞれ個性的に変化した姿をしている。
さて、こっからどうすればいいだろう。誰に話しかければいいだろう。
とりあえず、絡まった根の上を歩いていると、「お?」と、どこかから声が上がる。
「おーい! こっちだこっちー! そこの来訪者さん!」
声のする方を見れば、店の中で手を振る影がある。そっちには道に沿って片側に建物が並んであり、二階建ての一つながりの建物が並ぶ、その隣に、一つ小さめの建物がある。
俺たちは呼ばれるがまま、そちらへと歩いて行った。
おそらくは商店だ。外に面したカウンターの向こう側に、肌の露出の多い少女が立っている。今は開いており、シャッターも上がりきっている。俺たちは、道から店の前へと移動する。
「あんたら“ソーシャ”だろ! 見れば分かるぜ。もしかして目覚めたばっかりか? ここに来てみたものの、どこへ行くにも右も左も分からない、そんな顔をしてるぜ」
商店の中に立つ、褐色肌の、服面積の少ない少女。服はシンプルで、胸元に白い布を巻いたのみ、そして腰に、民族的な幅広の布を一枚、巻き付けているのみである。黒い髪、俺よりも一回り小さい、よく日焼けした肌の女の子。短めの黒髪を、頭の右上で一つ、小さく結んでいる。
何より、彼女は俺と同じ種族らしい。羽もなければ肌も同じで。
「素晴らしい洞察眼だね。その調子で俺をどんどん手助けしていくといい」
「あはは、なんだかえらそうなにーちゃんだな!」
少女は屈託なくけらけらと笑っている。かわいい。
「いいぜ! この町の調子が知りたいのなら、まずは長老のところを訪ねるといい。それから、宿が欲しいなら宿屋へ。宿屋だから、泊まるのにはお金が掛かるけど、にーちゃんたちは素寒貧っぽいし、事情を話したら、ただでも、あるいは後払いでも部屋を貸してくれるかもな!」
なるほど、次の目的地は“長老の家”、あるいは“宿屋”ね。
「ちなみに! うちでは、あんたらみたいに“ダンジョン”の中に入れる人間が持って帰ってくる、ダンジョン産の物品の売買をおこなってるぜ! お金が欲しいなら、ダンジョンで魔物を倒して、拾い集めたものをうちに持ってくるといいぞ!」
魔物を倒して……拾い集めたもの?
「マルメロ、さっき拾ったものは、どこにやったっけ?」
「あ、はい! では、お預かりしていたポーチを、お返ししますね!」
そう言って、彼女は腰に巻いていたポーチを俺に差し出してくる。なんか妙な重さだな。吊り下げられたボーリング玉みたいに、軽いけど引っ張ると重い。
俺は中を開けてそこを覗くと……、
「うぇ?」
なんかでかい。妙に広い。腕を入れると、腕がポーチの中に飲み込まれていく。ポーチの中は、小さな押し入れくらいの広さがある。
俺は手を伸ばして、中に入っていたガマ油と、小袋に集めて入れている涙型の、銅色の粒々を取り出す。
「これ! さっき手に入れたやつ! マルメロ、これは、俺がどうにかしていいの?」
俺の一歩後ろに立つカエル人はにこやかに笑い、答える。
「はい! 私のものはすべてご主人様のものです! ご自身のために使ってください!」
「ありがとう! でも、倒して貰った上にその成果まで貰うなんて、なんだか俺だけもらってばかりで悪いね……」
「いえ!」
と、マルメロは元気よく答えてくる。
「私は……その。世界を漂う、形なき精霊の魂でした。ご主人様が居なければ、私は、こうして自分の体を得ることも、自分の意思で体を動かして歩き回ることもできなかった。楽しいんです! 私、肉体をもって、こうして生きられるのが。地面を踏むこの感覚も、風を肌で感じるこの感覚も、それらはすべて、ご主人様からいただいたものです」
「そっか! じゃあ全部俺のおかげだね!」
カエル人は、にこやかに笑みを浮かべたままそこに立っている。しかし、俺だけ貰ってばかりというのは、やっぱり悪いし。そのうち余裕が出てきたら、マルメロにも何か返してあげたいな。
「すごいな! にーちゃんたちは、もう魔物を倒してきたのか? でもそれだけだと、お金に換えてもちょっと心もとないなー」
と、お店の商人さんは教えてくれる。
ふーん。じゃあまだ持っておくか。もしかしたら、このアイテム自体を必要としている人間が居るかもしれない。
「ちなみに、その“メタルドロップ”は、換金しなくてもそのままお金として使えるぜ」
銅色の粒々がお金ね。
俺たちは、とりあえず町の中を歩いて長老さんのお宅へ。
そこには立派な大樹が生えていて、大樹の根本、幹の部分を囲うように丸太の建物が一つ建てられている。
俺は段を上がって、扉の前に。
「こんにちは! 部外者です!」
俺はコンコンと扉を叩くと、奥で返事が聞こえたような気がする。待っていると、そのうち。
「こんにちはぁ。おやぁ、これは可愛らしいお客さんだねぇ」
現れたのは、しわっしわの老いた灰色の猫みたいなおばあさん。猫とは言うが、二本足で立ち、手には明るい木材の杖を持っている。
「こんにちは、俺はZZZと……」
名乗りにくいな。トリプルゼット、ぜっとぜっとぜっと……トリジとかでいいか。
「俺はトリジと言います。この町の外からやって来ました。ここら辺のことは、右も左も分からず、町の商人さんから、あなたを訪ねるといいと聞いて……」
「おぉ、そうかい。とりあえず中に入るかい? 美味しいお茶とお菓子を出してあげるからね」
そう言って、灰猫おばあさんは扉を大きく開いた。中には温かい、木材で囲まれた空間が広がっている。
俺は入ろうとしたが、ふと後ろを振り返る。そこにはマルメロ改めカエル人が立っている。
「……?」
「その形態だと……体に触れる所を汚してしまうかもしれないね」
今のマルメロは黄緑色とお腹の白いカエルの子。その肌はうっすら粘液で濡れている。俺は気にしない、だが、それをそのまま、他人にも押し付けるべきではないだろう。今は来客の身だ。
「あぁ……そうですね。では一旦変身を解除しましょうか」
ぽんと、濡れた透明な白い霧が立ち上り、中から黄緑色の光の玉が飛び出してくる。俺の方へと、黄緑色のカエルが写された透明なカードも飛んできて、俺はそれをキャッチする。
「ごめんね。一緒に居られる時は一緒に居ようね」
「構いません、ご主人さま。ご主人さまの行動の障害になることは、私は望んでいません」
何から何まで敬虔な子だ……こんな子を、俺が独占していていいのかね?
「……あれ、その形態でも喋れたんだ」
黄緑色の光の玉から声が聞こえる。最初、魔物カードの中に入る前は聞こえなかった。
「はい! 今はもう、ご主人さまと契約を交わしているので、私の意思は思念となって、ご主人さまのみにお伝えされます」
へー、べんり。
「契約? 契約なんてしたっけ?」
「ご主人さまは私に名づけを行いました。それが契約となります」
いつの間に。まぁ俺に必要だったしな、この子は。別にいいか。
「ふーん。その契約に関して、俺に説明しておくべき条項とかはない?」
「すみません、よく分かりません」
なんで? 急に?
「おや、どうしたんだい? 入らないのかい?」
と、奥からおばあさんの声がする。
「あぁ、すみません! 今入ります!」
暖かい、落ち着いた色の木に囲まれた部屋の中。部屋の壁に埋め込まれたように、さっき家の上で枝葉を広げていた大樹の幹がそこにある。
俺たちは大きなテーブルに通され、二人分の椅子が引かれた。俺は片方に座り、光の玉改めマルメロは、もう一つの隣の椅子の上空に留まる。
長老さんはお茶を淹れてくれて、そのうちテーブルに温かいお茶が出される。
「精霊さんは……その体では、飲めないよねぇ」
と、猫のおばあさんは空いたカップを一つ、トレイの上に残す。
「お気になさらないでください」
「そうかい? じゃあ、あなたの分のお菓子だけでも持って帰ってね」
「お気遣い痛み入ります。それでは、お言葉に甘えて、いただきます」
長老さんはからからと笑う。
「あはは、そんなかしこまらなくたって、取って食いやしないよ」
長老の猫さんは、対面の椅子へと腰を下ろした。
「それで? どうしたって、こんな所に?」
と、おばあさんは問いかけてくる。何から話すべきだろうか? まぁ、今は右も左もわからない状態だ、変に委縮するより、素直に話してしまった方がいいだろう。
「実は……この近くで目を覚ましまして。たまたま、一番近くにあったこの町に」
「おや、それは災難だったねぇ。あんたソーシャだろう? ってことは生まれたてかい」
“ソーシャ”も“生まれたて”もよく分かっていないが、おばあさんには何か通じているのだろう。
「はい。手持ちも知り合いも、ほとんど何もない状態でして……。とりあえず、身を休める宿と、ひとまずの――」
「あぁ、素寒貧ってことだろう? 任せなさい。少しの間なら、宿の方で無料で泊まれるようにしてあげるよ。宿では簡単だけどご飯も出るし、水なら井戸を使えば汲めるからね」
「ほんとうですか! ありがとうございます……」
「その代わり……」
と、灰色の猫のおばあさんは、よく分からない表情で、おそらく笑みの形にくしゃりと顔を歪める。
「あんた、ソーシャってことは、魔物と戦えるんだろう? ちょっと今、困ってることがあってね。出来れば、手を貸してあげてくれるかい?」
「もちろんです。自分にできることなら」
まぁ、おそらく実際にやってくれるのはマルメロである。
俺たちは、言われた通りの道を歩いて一つの大きな建物へと歩いてきた。それは一つの二階建ての建物の木材の塊。
一階の受付で長老のアマカドさんの名前を出すと、確認すらされることなく部屋のカギを貰えた。簡単な説明を受けて、階段を上がり、廊下を歩いて行った先の奥の角部屋へ。
そこは、暗い木材で整えられた一つの部屋。決して大きいとは言えないが、ベッドがあり、傍らに机と椅子、簡素な棚があり、最低限ここで過ごすことは出来るだろう。
水浴びは、建物の裏にある、仕切られた囲いの中で出来るらしい。一つしかないので埋まっていたら順番待ちだ。温かい水も出るというが、湯舟はなさそうだ。まぁ体の汚れを落とせるだけありがたい。服の替えはポーチの中に見つけた、洗濯も、朝のうちに出せばしていてくれるらしい。
入り口で靴を脱ぎ、俺は部屋の壁に荷物を置いて、背もたれのある椅子を引いてそこに座り、ふぅと息を吐いて天井を眺める。
今日はいろいろなことがあったな。
「マルメロ」
「はい、なんでしょう?」
ふわふわと、俺に付いてきた黄緑の光の玉は、空中を揺れてその辺に浮いている。
「明日も、楽しそうだね」
この町は空が開いており、時間が経てば外の景色は暗くなってくる。窓の外を見れば、もう薄暗い。
「はい」
お供の精霊は、丸い玉から炎のようなふわふわとした光をまとい、浮いている。




