第一話、新たなる目覚め
『Hologram_Storia ~この終わらない迷宮生活で俺は~』
俺の視界は真っ暗な、闇の中から始まった。
“あなたの名前は何ですか?”
頭の中に響く声。……俺の名前? まぁなんでもいいや。
俺はただ“ZZZ”と答えた。
目をぱちくりと開けると、風の音がする。俺の上で、暗い枝葉の天井が風に揺れている。
「ここは……」
俺は、柔らかい土と草の地面の上に横たわっていたようだ。上体を起こすと、そこは暗い森の木陰の地面。
と、目の前にふわふわと何かが横切る。それは黄緑色の光の玉。まん丸い玉は炎のようなオーラを纏っている。
光の玉はふわふわと揺れて、俺の周囲を、何かを主張するように飛んでいる。
「……?」
しかし、何も喋らないため、手足もないその黄緑色の火の玉から、何かを感じ取ることはできない。
手を動かすと、ふと硬い何かに当たる。地面を見てみれば、そこに何か落ちている。
それは……透明な薄い板? カード、それと、カードを嵌める、L字型の黄色いケース。合わせてみれば、虫眼鏡のような形にも見える。拾ってみれば、透明なカードの真ん中には小さく十字があり、そして、ケースには小さくボタンがある。
「なんだこれ?」
光の玉は、俺の周囲をふわふわと漂うだけで、やはり何も答えてはくれない。
と、がさがさと物音がする。
そちらを見てみれば、森の茂みの中から何かが現れた。それは人間大の大きなカエル。緑色の、てらてらとした、目の中が縦に細いあのカエルだ。ただ人を飲み込めるサイズがある。
「ゲコ」
ちろ、ちろと、カエルはピンク色の舌を伸ばしたり縮ませたりしながら、その目で俺のことを見ている。
と、俺の周囲を飛んでいた火の玉が、何やらせわしなく動き出す。もしかしたら、今は危険な状態で、それを教えてくれているのかもしれない。
と、ふわふわと飛ぶ火の玉は、俺の手元に移って、そこを重点的にくるくると回っている。その俺の手の中には。
さっき拾った、透明なカードの装置が握られている。
「これを……使えばいいの?」
俺はそろそろと、向こうのカエルを刺激しないように、座り込んでいた状態からかがみこんだ状態へと移行する。俺の手には透明なカード、ケースと、スイッチ。何に、どうやって使うのだろうか?
俺は何とはなしに、その透明なカードを持ち上げて、俺の見ている景色へと当てはめる。カードの真ん中の十字に、向こうに佇んでいるカエルへと焦点を合わせ。
そして、ケースのスイッチを押した。
パチ、と、手元のケースから音がした。と同時に、透明なカードの中に向こうのカエルの姿が焼き付いた。ずらしても、カードの中にカエルの姿が焼き付いたままでいる。
それから、パチ、と、ケースから透明なカードが外れた。
俺は“カエルのカード”を手に入れた! やったぁ!
で? 脅威はいまだ去らず。
そして。
俺の周囲を飛んでいた黄緑色の光の玉が、ここぞとばかりに、俺の持っていた、そのカードの中へと飛び込んだ。
ぽんと、カードが弾ける、揺らめく白煙の中から現れたのは……同じカエル! ではない。
それはまず、黄緑色のカエルとなって現れた。そこに居るのと同じ、でかい黄緑色のカエル。だが、徐々ににょきにょきと体が縦に伸び、また二本足で立ち上がり、それはどうやら人の形へと近づいていく。
変身はしかし、不完全に止まった。カエルの体色、表皮、体の特徴を残したまま、それは人型の姿を取った。頭から伸びている髪みたいな何かは腰ほどまで長く、また、胸元にあるふくらみは女性のそれのよう。おそらくはメス、なのだろうか。
ぎょろと、カエル人のその子は俺の顔を振り向いた。
「あとは任せてください、ご主人様!」
「え、あ、はい! 任せましょう!」
カエル人はあっちに向き直った。向こうには、まだげこげこと喉を鳴らすくそでかカエルが佇んでいる。
カエル人は、大股開きに屈みこみ、両手を地面において。
ひとっ飛び! カエル人は体でカエルに激突!
そこからはまぁ、なんというか、乱闘というか、カエル人ががむしゃらに手や足を振るって。でかガエルは舌を伸ばしたり、暴れたりして。
勝った。我が陣営の勝利なり。
「ごしゅじんさま! やりました!」
向こうでカエル人は誇らしげにこちらを振り返ってくる。可愛い。得体のしれない見た目だと思っていたが、笑って俺を慕ってくれればそれは可愛いものである。
「おつかれさま! よくやったね!」
「はい!」
俺はそちらへと歩いていく。彼女の立つ傍らには、体を縮こまらせ、若干縮み、若干色合いが薄くなったでかガエルが、まだそこに居る。
と、ぽん、ぽんと、何かがその体から飛び出す。
「あ! ドロップ品です! 拾いましょう!」
ほう、ドロップ品とな?
俺たちは、深く折り重なった木々の枝葉の木陰の中に居る。さらさらとした湿った土の上。ここは森の中。空気の中に、土臭い匂い、緑の匂いがする。
カエル人は明るく笑い、飛び散ったアイテムを拾ってくれる。
彼女が拾い集めた、その手にあるのは……赤く金色に輝く涙滴型の粒々がいくつか。それから、さっきと同じ、まだ何も映っていない“透明なカード”。そして……なんだ? 小さくケースの中に入った……それは、赤く濁ったクリーム。カエルの油? なんで魔物から出てきてケースに入っているんだろう? 親切だなぁ。
「見てくださいご主人様! “透明なカード”も落ちましたよ! レアドロップです!」
レアドロップなんだ。やったね!
「いいね! ところで、そこのモンスターはもう大丈夫なのかい?」
問いかければ、カエル人はにこやかに答えてくれる。
「この魔物ですか? この魔物なら、もう“弱体状態”に入ったので大丈夫ですよ! そのうち、元気になってまた歩き回るようになりますけど、しばらくの間は大丈夫ですね!」
そうなんだ。俺は近づいて、屈みこんでそこのカエルを見つめる。
「もう攻撃は出来ませんよ?」
「しないけど……完全に、息の根を止めたりとかは、しないんだね」
「出来ませんからね」
俺が顔を上げれば、カエル人の目が俺のことを見下ろしている。
「どういうこと?」
「やってみれば分かりますよ。攻撃してみてください」
「攻撃って……どう?」
「ちょっと、殴るようにしてみれば大丈夫ですよ」
ふむ。殴る。俺は目の前のカエルに目を戻す。
動けない所かわいそうだが、これも弱肉強食だ。すまない。
と、掲げた拳を、俺は振り下ろせない。
「……?」
俺は思わず自分の腕を見た。動かせない、攻撃できないのだ。俺の振り上げた拳は、何の意思も通わずただ掲げられたままでいる。
俺は攻撃の意思以外で、拳をほどき、手をおろすと、そこに障害は何もない。
「“弱体状態”中の魔物は、私たちは攻撃できないんですよ。まぁ、攻撃しても死ぬほど硬くなってるので、ダメージなんてろくに通らないですけど」
ふーん。そんなもんかと言われれば、そんなもんかとすんなり腑に落ちる。
「ところで、君は誰だい?」
「あ、名付けですね! 私の名前は何になさいますか?」
え、名前? まぁ何でもいいや。
「じゃあ“マルメロ”で」
「“マルメロ”! 可愛い名前ですね! 今日から私の名前は“マルメロ”です! よろしくお願いします、私のご主人様!」
にこにこと、カエル人は俺のことを笑って見下ろしている。
改めて確かめてみれば、俺の体は少し小さい。男の体ではあるようだ、そして子供か。対して、そこに居るカエル人改めマルメロは、俺より肩も頭も高く、成人女性のような体格をしている。
頭には、髪のように生えている、束の太い、黄緑色と白色の混ざった触手みたいな長い何か。
胸に膨らみはあるが乳首のようなものは見えないし、下半身は裸だが股の間に凹も凸もない。なんだか人間・バージョン0.9みたいな感じ。




