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「俺の名前はトリジ。俺のことは知ってる? 最近、この町に流れてきたんだ。精霊を連れ、魔物を撮ってその体を従える、俺はいわゆるソーシャ、って奴らしいね」
小柄で細身な少女は、そちらで膝立ちのまま、じっと、疑い深く俺のことを見上げている。
「君の名前は?」
「……ヴァンピ」
「そうなんだ。ヴァンピちゃん。君の持ってるそれらは、どうやって手に入れたもの?」
少女は、じっと、表情を強張らせてこっちを見ている。
「私の……これは、ヴァンピの……」
「町の中から、他人の物を、勝手に取って来たんじゃないのかな」
じり、と、彼女は下がる。こちらを見つめたまま、手を地面に這わせ、布の端を引っ張り、四隅の端を掴んでまとめて小さく包む。
「良くないね」
「……これは……」
「どうして、人のものを勝手に取って行ったの? それは、他に方法はなかった? 物が欲しかった? それとも人のものを取って、それで他人と何かをしたかった?」
「……これは……ヴァンピの……」
少女は一まとめにした黄色い風呂敷を手前に持ち。
ばさ、と、大きな黒翼がそこに現れた。彼女の背中の小さな翼が、広がって大きくなった。
「私のものだ!!」
ふわりと、背中はぴくりとも羽ばたかないまま、少女の体は宙に吊られて浮かぶ。
すっと、俺の前に腕が差し込まれる。
「ご主人様」
カエル人の鋭い眼光が向こうを見つめている。俺は、懐から“ファイアライオン”の魔物カードを取り出し、彼女の背中に投げる。
「ごめんね。俺のやり方だと無理だったみたい。マルメロ、話の続きを教えてくれる?」
ぽんと、彼女の姿が入れ替わる。飛んできた“グリーンフロッグ”のカードを手で受け取る。
「基本は魔物を撮影する時と同じです。異常存在“カミカミ”は、一定以上弱体させた状態、あるいは同意を得た状態でカード化が可能です。作成された“スパイカード”により、当カミカミへの召喚権、命令権を得ます。今のあの子は、こちらの話を聞かない状態です。まずはカード化を試み、状況を優位に持っていくことを私は推奨します」
「おっけー」
先日のフルーツゼリー狩りで、透明なカードは余分に持っている。なんに使おうかと考えていた所だが、さっそく使い切っていなくて良かった。
俺は黄色いL字のケースに透明なカードを嵌め込み、カードを透かして、十字の照準を向こうの彼女に合わせて構える。
ケースに青い渦が現れ、ケースの色がたちまち青色に変わっていく。変化は色だけ、ボタンは変わらずそこにある。
押した。ぱちんと、空を浮かぶコウモリ羽の少女から、真っ白に迸る光が迸った。
おそらく“弾かれた”らしい。透明な窓の向こうで、彼女はその目つきを一層険しくさせる。
「ヴァンピの自由を奪うなんて……」
「ご主人様! 来ます! 十分に距離を取ってください!」
俺は慌ててそちらに背中を見せ、ぎしぎしと軋む樹木の地面を走っていく。
“目”だ。
巨大な、“目”のイメージが、大きく翼を広げた空中の少女と重なって現れる。
途端に、体が固まった。俺は片足と片腕を挙げたまま、走り切ろうとした状態で俺の体は像になる。いや、動けないだけだ。
マルメロ!
ぐわん、ぐわんと宙を揺れ、少女はそちらで棒立ちになったライオン人に体で突っ込む。
解けた! 俺の体には自由が戻り、慌ててそちらに体を向ける。
「マルメロ!」
動けない状態のマルメロに、空を飛ぶ影が強烈な体当たり。ライオンの獣人は突き飛ばされ、樹層の地面を跳ねて転がる。
彼女はすぐに立ち上がった。マルメロは鋭い爪を地面に立て、四肢を地面に着いて向こうを睨む。
彼女の視線の先には、大きく黒翼を広げた少女が宙に浮かぶ。両の目を見開き、鋭い瞳孔をこちらに向けている。
俺は、懐からアレを取り出した。同じ人型に武器を向けるのは、心理的抵抗があるが……こちらの形勢が不利だ。まずは、俺たちはあの子を弱らせなければならない。
木製と金色の金具、丸々と膨らんだアンティークな銃。それは、ブドウ型の爆弾を打ち出す爆弾銃。
銃を構えて、撃った。
彼女の足元に紫色の弾が着弾、粘着性のある弾はその場にくっ付き、明滅、起爆。
悪魔の少女が爆風に怯む中、樹層の地面をマルメロが駆けて行く。
「あ!」
空中の少女から吊り下げられた、黄色い風呂敷の布。それが爆風に煽られ、中から一つ物が落ちる。落ちたのは、ハサミか何かだ。
彼女は、落ちたハサミを拾うように地面に屈みこむ。足場を駆けて、爪を掲げたマルメロが、その背中へと迫っていき――
「マルメロストップ!」
彼女は樹木の層に跡を残して急ブレーキ。腕を掲げたまま、俺の意思を問うように彼女は鋭くこちらを見てくる。
俺は懐に銃をしまい、そちらへと歩いていく。地面にうずくまり、その“物”を守るかのように、背中を丸めた少女に、上から呼びかける。
「ごめんね。君の風呂敷を破いちゃったみたい」
俺は、魔法のポーチに手を入れて、中からいくつかの素材を取り出した。ゼリー素材で出来た接着剤、仕立て屋で貰った綺麗な端切れ。
俺が傍らに置かれた黄色い風呂敷に手を伸ばすと、少女が体を持ち上げて風呂敷の前で、手で制する。
「穴が開いた所を、修理するよ」
俺は、手に持った布切れと接着剤を見せる。
「……着けるなら、その布がいい」
と、少女は数枚の布切れの中から、宇宙のような模様のものを指さす。黄色いチェック柄にそれは、だいぶ目立つと思うが……まぁ、彼女がそれが良いというのなら、良いのだろう。
俺は地面に膝を付いて、黄色い風呂敷の形を少しずらし、今しがた穴の開いた部分を見る。その穴からハサミが滑り落ちた。爆風が穴の開くとどめになったのか、風呂敷はもともとあまり新しいものではない。
俺は穴の開いた場所に、布切れの周囲に接着剤を付け、穴をふさぐ。アーシャが優秀なアイテムだと言っていたから、多分丈夫な奴だ。
ゼリーは、出した直後はムニムニとしていたが、やがて丈夫に堅く固まる。
「これで、直ったかな」
「あなたは、何を考えているの?」
すぐそこで、うずくまった少女が顔だけこちらを見上げて、問いかけてくる。
「俺は、君のやってる行いが正しいとは思えない。俺たちはそれを正したい。けれど、今の俺たちの実力では、それを君に押し付けることは難しそうだ」
「なんで……直したの?」
「なんでだろうね。そこに穴が開いて、俺が直せると思ったから、じゃないかな」
少女は胡乱な目つきで、体を起き上がらせる。拾ったハサミを、黄色い風呂敷の中に戻して、改めてそれを小さく結んだ。
少女は黄色い風呂敷を掴み、腰の後ろから吊り上げられたような姿勢で、ふわとその体が持ち上がる。
「また君に会いに行くよ」
「……私は望んでない」
「そう。それでも、俺から会いに行くよ」
少女は訝しむような目で俺を見る。ふわーっと、少女の体が水平に宙を移動し、俺たちの元から遠ざかっていく。浮かぶ小さな尻が遠く小さくなり、下の層に消えた。
「いいんですか? ご主人さま」
と、マルメロが後ろから話しかけてくる。
「まだ俺たちのレベルが足りないね。あの子を倒すために、準備をしなきゃだ」
戦闘態勢に入ったとき、今の子からは強大な気配を感じた。それは、あのブドウドラゴンを前にした時よりも、さらに一回り、二回り、大きい威圧感。遊びでもなく本気で来られたら、今の俺たちでは――
「そう……ですね」
俺たちは青空の下、そこは緑の多い[層樹林]の最上層。大地の上に突き出した自然の要塞、その上には、止める者なく風が空を吹いていた。




