第六話、奪うもの、持ち得るもの
すがすがしい朝の空気。樹木の壁や地面に囲まれた人の町。大きな壁の中、人々は静かに、しかし確かな生活をそこに根差して暮らしている。
通りに出てくれば、俺たちは少し、町の中のざわついた空気を感じ取る。
どこかで、言い争うような声がする。
「――うるさいわね! これは、私のものったら私のものよ!」
「そんな、困るよ! それはうちの大事な調理道具なんだ!」
元をたどった歩いていけば、二人の人(?)が向かい合い、言い合っている。
片方は、空にふわふわと浮かぶ、黒く小さな羽を生やした少女。白い髪、短く赤い二本の角、黒いシャツ。背中には尻尾。彼女は空に浮かんで、覗き込むように上からもう片方の人間を見ている。
もう片方は、おそらくそこの食堂の、厨房の中から出てきたコックさんだ。真っ白な長い帽子を被り、白い服を身にまとっている。
空に浮かぶ悪魔のような少女は、手元に、黒光りする大きな鍋を持っている。二つの取っ手が付いた、全体的に真ん丸な鍋。
「そんなこと、知らないったら!」
「あぁ、ちょっと!」
と、悪魔の少女はコックさんの制止を振り切って、空をふよふよ浮かんで逃げていく。誰しも飛べるわけじゃないし、俺は飛べないし、彼もまた飛べないようだった。コックさんは、腕だけを彼女に向けて、追いかけることも出来ずそこに立ち尽くしている。
「まーたあいつか」
うぉ、隣にアーシャ。商店の中に居ないアーシャを初めて見たかも。
露出の多い褐色肌の商人はいつの間にか俺の隣に並び、事の起こった向こうを苦い目で見つめている。
「知り合い?」
「知り合いっつーか……まぁ、この町に、前から居る奴ではあるんだけどよ。名前は“ヴァンピ”って言うんだが」
俺たちは、空に小さくなっていくその背中を見送る。ヴァンピ。向こうを見つめながら、アーシャは語る。
「あいつは、自分の気に入ったものを自分のものにして、持って行っちまうんだ。別に、物を壊すとか、人を殴るとか、そういうことはしないんだけど……なんつーか、悪癖って言うのかな? 何度みんながあいつに言っても、あいつはその行動を止めようとしなくてな」
「悪い子じゃ……ないの?」
「どうかな。にーちゃんにはどう見える?」
その表情から、少なくとも、アーシャはあの子の事を好ましく思っていないみたい。アーシャの、彼方を見つめる目は厳しい。まぁ、アーシャはモノを売買する商人だし、盗みに対しては人一倍厳しいだろう。いやそんな事なくても普通に盗むやつは嫌か。
「にーちゃんも、出会ったら気を付けろよ。取られちゃいけない大事なものは、あいつには見せるな」
「うん。ありがと」
と、アーシャはてとてとと町の中の道を歩いていく。今から商店を開けるのだろうか。
「“カミカミ”ですね」
黄緑色の光の玉が、背後からふよふよと回って俺の前に。
「マルメロも、何か知ってる?」
光の玉に目も鼻もないのだが、光の玉改めマルメロは、向こうを追っていた目から、こっちへと振り返ったような感じがする。
「この世界では人のものを盗むことが出来ません。それは禁忌です」
「そうなんだ」
俺は以前、弱った魔物を前にして、その子をそれ以上攻撃することが出来なかった。要するに、あれと同じようなことが起きるのだろう、か?
「じゃあ……あの子は? 今しがた、人のものを盗んでいたように見えたけど」
俺が聞けば、マルメロこと光の玉は再び、飛んで行った壁の上、空の向こうを見つめる。
「あれは異常存在“カミカミ”。世界のルールから外れた行いをする者。この世界で、あるいはあの子だけが、人のものを盗むことが出来る」
カミカミという存在は、ルールを破れる? よく分からないけど。
「ってことは、とってもやばい存在だってこと? ……見た目は、普通の子にも見えたけど」
「戦闘方向の強さでいえば、まぁ個体によってまちまちじゃないですかね。カミカミはただルールを破れるだけ。周囲が、それをどれだけ脅威に思うかは……まぁ、人次第じゃないでしょうか」
脅威か。人のものを盗む“カミカミ”……いや、待てよ? 異常存在? この前、この前聞いたそれは……そう。
外地形に出る洞窟の出口の、通りすがりの騎士から聞いた言葉だ。確か、騎士は“異常な存在”を探している、見つけて……秩序を守るためには、たまに魔物以外の、血なまぐさい仕事を……。
「ねぇ……あの子、もしかして、この前の“騎士”の言ってたやつじゃない? あの人に見つかったら、やばいんじゃないの? あの人は“異常な存在”を探しているとか言ってたし、そしたら、最悪の場合は……」
俺の目の前で、黄緑色の光の玉が、まとう炎をオーラのように揺らしている。
「あの“騎士”は、今の“カミカミ”を排除するために、来たのかもしれませんね」
「そっ……それはやばいじゃん! 今すぐあの子を追って、言って、やめさせてあげないと!」
背中を見せていた光の玉は、こちらを振り返った。
「ご主人さま。あの子の抱える問題に、首を突っ込みになりますか?」
「当たり前だよ! ほっとけないよ!」
「わかりました。それでは――




