ー4 押しかけ冒険者
コンコンと、叩かれた扉を開けてみれば。
「あ、アストラ!」
「ひさしぶり、トリジー、中に入っていいー?」
「どうぞどうぞ!」
アストラはつい先日、ダンジョンの中で出会った冒険者だ。
「でも、急にどうしたの? 俺がここに居ることがよく分かったね」
「いやー、なんか今日の宿、部屋が空いてないみたいでさー、トリジならここに居ると思って」
ここは宿の部屋の中。中には、簡素なベッドと棚、椅子やテーブルが並ぶのみ。奥には壁に窓とカーテンがある。今は、窓は閉まっていて、カーテンは開けている。
と、彼女は背負った荷物をどさと、部屋の奥の隅に置く。あのハンマーはどこだろう? 見当たらない。それとも、カードみたいに体の出し入れが可能なのだろうか?
と、彼女はこちらを振り返る。
「だから……泊めて? 一晩だけでいいからさ!」
「いいよー、困ったときはお互い様だよね! でも、あれ? アストラの性別はどっちなの?」
俺が聞いても、にこにこと、赤服の童女はそこに立ったままでいる。
「……どれなの?」
「気になる? 知りたい?」
住居区の住民たちは両性が多いと聞いている。アストラはどっち? 俺には女性の出で立ちに見えるが、それは両性かもしれないし。そもそも、こういうことを聞くのは失礼であったりするのだろうか?
「それはまぁ……一応?」
「ふーん……」
にこ、にこと、彼女は上っ面に笑顔を張り付けたまま。
こちらへと、ゆら、ゆらと、一歩ずつ近づいてくる。その笑みは、冒険帰りに疲労を隠す笑顔、的なものに見えていたが。
「え、あの、アストラ――」
「逃げるな」
がし、と、両肩を掴まれる。あれだけのハンマーを振り回していたにしては、そこまで剛腕というわけでもない。あるいは、手加減されているか。
「ど……な、何をする気?」
頭身は低いが、彼女はそこそこ大きな体。俺は男とは言え子供の体。目の高さは、あまり変わらないかもしれない。
「知ってる? 住民の両性にはね、どっちもとかじゃなくて、一人一人に、女性優位な状態、男性優位な状態とかあるの。女性優位なら、その人は一般でいう女性に近いし、男性優位なら、その人は男性に近い振る舞いをする。分かる?」
「そうなんだ」
夜の宿の部屋。外から差し込む月明かり。徐々に、彼女の笑みがこちらに近づいてくる。
「でも、私たちには、それらがなんとなく分かるの。どうやって見分けると思う?」
「え? 何が?」
「ほら、知りたいんでしょ? 私が女性か、男性か」
少なくとも、話の成り行きから、アストラは両性であるようだ。
「まぁ、うん」
「じゃあ、来て」
「え?」
引き寄せられた、力のまま、俺は彼女の胸元に飛び込む。
冒険帰りだからか、少ししょっぱい匂いがする。彼女の甘い匂いもする。何より、顔に、彼女の柔らかい肉の膨らみが押し付けられている。
「あ、あの――」
力強い腕が俺を押し込め、体が離せない。その状態で、俺の頭の上から彼女が囁いてくる。やわらかい彼女の肉体と匂いが、俺の頭を包んでいる。
「“匂い”だよ。両性の性別の偏りは、体の匂いとなって現れる。私たちはそれをかぎ取って、なんとなく、この人は男性っぽいなぁとか、この人は女性っぽいなぁとかを判断する。私たちはね。トリジくんには、分かるかなぁ? ほら、あなたは私のことを、どっちだと――」
と、傍らでポンと音がする。
「すとぉーっぷ!」
クリーム色のもふもふの腕が間に差し込まれ、俺はようやく押し付けられていた体から顔を離せた。
「私の! 私のご主人さまですよ!」
「あらマルメロちゃん」
ライオン人ことマルメロが抗議している。アストラは、ぽーっと、間に割って入ったライオン人の顔を見つめている。と、アストラの目線が俺に向く。
「トリジは、マルメロちゃんのこと、大事?」
「もちろん」
「じゃあ、私とも友達になろうね、マルメロちゃん」
「え?」
赤服の少女の腕が伸び、同じように、マルメロの体を腕が掴んだ。その体が彼女の元へとぐいと引き寄せられる。
「ほら、仲良しの、ぎゅー」
「ちょっ、冒険帰りで少し汗臭いですよ! あ! メス! こいつメスですよご主人さま!」
「汗を流すなら、下の階の裏手に水浴び場があるよー」
「おっけー」




