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ー2

 俺たちは町の中にある入り口から続く、暗く細い螺旋階段を下っていく。土の匂い、それからかつて壁に掛けられていた古びた松明の油の匂い。


 一番下まで降りて、置かれた重石を動かして外に出る。


 そこは広い、トンネルのような場所だった。左にも右にも穴はあるが、右の穴はすぐそこで崩れた岩によって塞がれてしまっている。


 トンネルは横にも縦にも広く、天井には俺とマルメロを縦に積んでも届かないし、手を繋いで壁から反対の壁まで届かせるには俺たちが五人は必要だろう。


 上下に余裕はあるが、地上はごちゃごちゃとでかめの岩が生えており、それぞれを迂回しながら進まなければならなそうだ。見通しも悪いので、魔物がどこに潜んでいるかも分からない。


 俺の隣には、クリーム色の体毛をした獣人。先に茶色い房の付いたしっぽが、彼女の腰の裏でゆらゆらと揺れている。


「今日はここの通行路で、ゼリー系の魔物を倒して素材を集めます。岩がいっぱいあって見通しが悪いから、不意の魔物に気を付けようね(俺が)」


「はい!」


 マルメロは、今日も明るく朗らか元気よく。




 先日、“ファイアライオン”の魔物カードを手に入れ、マルメロは新たな体を手に入れた。鋭い牙、鋭い爪、強靭な四肢(獅子だけに)、ついでに吹ける火(火力は低いので一芸)。


 今までの手持ちだった“フルーツゼリー”や“グリーンフロッグ”とは一線を画す強さだ。俺の性能は変わってないので無茶は禁物だが、その辺の魔物なら、今のマルメロはさくさく倒せるようになっている。


 またもや出てきたフルーツゼリー。ピンク色の、今度は台形の透明な体。ゼリーというよりはグミであり、触っても、べたべたというよりぷにぷにだ。マルメロ改めライオン人の爪で体を引っかかれ、ピンクゼリーはみるみる弱っていく。


「倒しました!」


 ぺっぺっと、ゼリーの体からアイテムが排出される。フルーツゼリーの恒常ドロップ枠は、金属の粒々であるメタルドロップと、それから本体素材であるチューブに入ったゼリー。


 お、ゼリーが二個落ちた。ラッキー。先日見かけたが、このチューブはゼリーを出した後、使い終わるとその場で消えていくらしい。不思議。


 レアドロップ枠として、十体に一体程度“透明なカード”が落ちる。それは、俺たちの可能性を底上げする重要なアイテム。あればあるだけ欲しいが、これがなかなか思うように落ちない。今日はまだ一枚も見ていない……。


 付いていくだけご主人さまである所の俺は、地面に落ちたアイテムをせっせと魔法のポーチに入れていく。爆弾銃は、出番すらない。楽な狩り場だ。マルメロが強い。





「マルメロは、敵をたくさん倒すと強くなったりするの?」


「……? いえ、とくには」


 ふーん、じゃあ肉体のレベルや精霊のレベル、あるいは魔物カードのレベルとかは、戦闘をこなしても上がったりしないのかな。


「まぁちょっと慣れたりするんですかね? ご主人さまはどう思います?」


 俺はずっと、マルメロの戦う姿を後ろから見ていたのだ。伊達に傍観者をしていたわけではない。マルメロの動きはもう、俺の脳の中の記憶に焼き付いている。


「あんま変わってないね」


「……」


「筋力や能力は、ね! 動きはこう、なんだか少しずつ洗練されてると思う!」


「ほんとうですか!」


 俺はマルメロのご主人さまなのだ。マルメロが俺にとって都合のいい手下であるように、俺はマルメロにとって、都合のいいご主人さまでいなければならない。いや別に嘘吐いたわけではないし。





 今は使われていない、古びた通行路。かまぼこ型の洞窟を先に進んでいけば、やがて穴の先に光が見えてくる。


 俺たちが今拠点としている住居区[木々の町]は、ダンジョン[層樹林]によって囲まれているが、そのさらに外側は、別の大きな地形によって囲われている。


 外地形(がいちけい)[草原と湿原]。“外地形(がいちけい)”は“ダンジョン”とは異なり、迷宮のような構造をしていない、広く広がった地形だ。ほとんどのダンジョンや住居区が、この外地形内部に含まれるようにして位置している。


 [木々の町]の立地が特殊なだけであって、普通の住居区はダンジョン外、つまり外地形の中に位置していることが多い。


 このトンネルの先は外地形[草原と湿原]。だだっ広い、明るい空の下の草原が広がるのどかな自然の地形。今は、[木々の町]から、[層樹林]の中を通って[草原と湿原]へと繋がる、別の安全な通路が開発されている。だから、魔物が出る、ここのトンネルは廃止されているというわけである。


 突き当たったら後は折り返すだけ。魔物は時間経過で復活するとはいえ、行きと帰りでは回復するにはまだ早い。外で時間を潰すのもいいが、それで足りるだろうか?


 俺たちは外の世界の景色に少し心を躍らせながら、光のさす方向へと、ダンジョンを歩いていけば。


「あぁ? なんだか、こっちから妙な気配がすんなぁ」


 声がする。俺たちの視界の先、影が現れ伸びた影がこちらに届く。


「んぅ? 一般人か?」


「どーも! ソーシャです!」


 歩いて近づいて見えたのは。


 鋼の鎧を纏った女性(両性?)。赤茶けた短い髪、背中に背負った幅の広い、太い大剣。口に見えている鋭い犬歯。


 彼女もこちらを視認している、暗闇の中に目を細め、目を凝らして、光の下に現れる俺たちを見つめている。


「ふーん。男が一匹、それから、お供の精霊が一匹か」


「どちらさま……ですか? こんな所で、そんな立派な武器を持って。あなたも冒険者ですか?」


「ほう、あんたは、“あたしみたいな格好の存在”を見るのは、初めてだと」


 獣のような鋭い牙を見せる彼女は、にやと笑みをこちらに向ける。そればれたらまずいこと?


「いいぜ、もったいぶるようなことでもねぇ。あたしは騎士、騎士団の騎士さ」


 騎士団の騎士。どこかに騎士団があって、この人はそこを離れ、単独でここを訪れている。


「騎士団の仕事ってのは、簡単に言えば、住民に害をなしたり、町の調和を乱したりする異常な存在の排除ってとこかな」


「へー、人々の平和を守る騎士さん! 素晴らしい仕事ですね!」


 俺の言葉に、はんっと、彼女は若干擦れた笑いを返す。


「そうは言うがな。相手が魔物なんかだけとは限らねぇ。世界の秩序のため、平和のために、たまには、血なまぐさい仕事を請け負うのもこの騎士って仕事さ」


「……」


 じっと、鎧の騎士が俺を見下ろしている。え? 俺? 俺ですか? 俺なんもしてないですよ? 俺は一歩、じりと足を下げる。


「あたしは町や場所を流れて、そういう“異常な存在”を探しては倒す騎士なわけだが……どうも、ここらから妙なにおいがしてな。あんたらは何か知らねーか?」


 チャキと、重ねた鎧の金属や背負った大剣が擦れ、金属のかち合う音がする。彼女はただ、洞窟の外からこちらを見つめている。


「いいえ、僕は悪いソーシャではありません。マルメロもそう言っています」


「はい、ご主人さまは悪いソーシャではありません。ご主人さま大好き」


「……まぁあんたらを疑ってるわけじゃねーよ。単に噂かなんか知らないか、聞いてるだけだ」


 噂……ねぇ? 俺は、隣のライオン人ことマルメロと顔を見合わせる。


「ここら辺の[層樹林]の中に、住居区がありますよね? 俺たちも、実は最近になってそこに流れ着いたばかりで、町の中の事情はあんまり知らないんですよ。俺たちも特に聞いていないです。もしかしたら、町の長老さんとかは何か知っているかもしれないですけど」


「町の中か……でも、あたしの勘だと、外に何か居る気がするんだよな……」


 と、騎士さんは上を見上げながら何かを呟いている。


「ま、何も知らないならいいや。あたしが探してるものに、あんたらが出くわす可能性もあるから、外歩くなら気を付けて行けよ」


「あ、はい。ありがとうございます」


 何も知らないものをどうやって気を付ければいいのだろう。


 考えているうちに、鎧の騎士はどこかへと歩いていく。



 洞窟の外に出た。


 盛り上がった土の中の穴から、坂道を上がって外に出てみれば。


 そこは広い草原の世界。たまに青々とした一本の木が生えていたり、あるいは空を映す、きらめく鏡の池があったりする。


 草原の上を風が吹き、波のように草がうねっていく。なんだか久しぶりの外だ。


 振り返れば、山のように盛り上がった何かがある。それは層状に積み重なり、絡み合った樹木。一番外に面している外景には、枝から伸ばした緑が多めに見えている気がする。


 あれが[層樹林]だ。でかい。あの中に町一つを飲み込んで、なおあまりあるほどの巨大な構造物。中央や下層に行くほど現れる魔物が強くなっていったが、最深部にはいったいどれだけの魔物が潜んでいるのだろう。


 そっちに、小さくなっていく騎士の背中が見えている。彼女は、今からあの山のようにそびえたつ内部を探しに行くのだろうか。


「風が気持ちいいですね、ご主人さま!」


 隣を見れば、腕を広げ、体いっぱいに風を浴びているライオン人ことマルメロの姿がある。


「そうだね! 視界が遮られてなくて、空も晴れてる! 世界ってこんなに広い!」


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