番外編、サイコロじゃんけん
休憩洞窟の岩穴の中。今日はうちにヴァンピちゃんが訪れてきており、そっちの畳で、ブルーバードと何やら話している様子だ。
「“サイコロじゃんけん”?」
「そう。グーチョキーパーのじゃんけんは、分かるよね?」
ヴァンピはバカにされたと思ったのか、むっとした声音で答える。
「それくらい知ってる。三つ巴の三竦みでしょ」
「うん。だいたいそんなかんじ」
畳の上で座る、青いカッパを羽織った少女。その体面に座る、黒シャツホットパンツの白髪の女の子。今日は特にやることもないので、二人ともくつろいだ様子だ。
今は、どうやらブルーバードがとある遊びの説明をしているらしい。
「グーがチョキに勝つ、パーがグーに勝つ、チョキがパーに勝つ。これがじゃんけんのルール。“サイコロじゃんけん”は、その後にサイコロを加えるの」
そう言って、ブルーバードはお椀と、そこに入った六つ目のさいころを見せている。
「グーとチョキの時は、サイコロを振って1~5が出たらグーの勝ち。6が出たらチョキの勝ち。パーとグー時は、サイコロを振って、1~4が出たらパーの勝ち。5か6が出たらグーの勝ち。チョキとパーの時は、サイコロを振って、1~4が出たらチョキの勝ち。5か6が出たらパーの勝ち」
また、隣に小さなホワイトボードのようなものも出し、ルールをそこに表として書き、ヴァンピに見せている。
出す手 勝敗
A B Aの勝ち Bの勝ち
グー チョキ 1~5 6
パー グー 1~4 5、6
チョキ パー 1~4 5、6
「これが基本ルール。今回は、このじゃんけんを十回繰り返す。あいこはノーカウントね。十回目に同点なら、相性通りの勝利数が多い方が勝ち。それでも同点なら十一回目をやって決める。合計で勝った数が多い方が、最終的な勝ちね」
ヴァンピは、ボードに書かれたその表を見ている。
「……? これは……グーが一番強い? グーを出した時だけ、相性が有利なら5/6の確率で勝てる。逆に、チョキは弱そう」
「そーだね。グーが勝てる期待値は7/12、パーは6/12、チョキは5/12の確率で勝ち。理論上は、グーが一番強くて、チョキが一番弱い」
ヴァンピは、不思議そうに頭を傾げている。
「じゃあ、グーをたくさん出せば勝てるんじゃない? ゲームバランスが悪いわ」
「そう思う? じゃあやってみようか」
と、ブルーバードはホワイトボードを脇に置き、二人の間の畳の上に、お椀の入ったサイコロを置く。
「これ楽しいの?」
「勝ったら楽しいよ」
二人の声が揃って手が出される。ブルーバードがサイコロを摘まんで、お椀の中に放って目を出す。しばし、二人の声と、サイコロの音が続いた。
そして、どうやら十回目が終わったらしい。
「はい。じゃあ合計勝利が私の方が多いから、私の勝ちね」
ヴァンピがあぐらをかいていた足を解き、立ち上がって座ったブルーバードに指をさす。
「おかしいじゃない!!!」
「どうしたの?」
対して、青いカッパの少女は、不思議そうにヴァンピの顔を見上げている。
「どうしたもこうしたも無いわよ! これって運ゲーでしょ!? どうして私が0:10で負けてるのよ!!」
脇に置かれたホワイトボードには、二人の対戦成績が描かれている。
ヴァンピ ブルー サイコロの目 勝者→★
グー ★パー 1(順当)
グー ★パー 3(順当)
チョキ ★パー 5(逆転)
チョキ ★グー 3(順当)
パー ★グー 6(逆転)
グー ★パー 4(順当)
チョキ ★パー 5(逆転)
グー ★パー 1(順当)
パー ★グー 6(逆転)
グー ★パー 2(順当)
ブルーバードは、表ではグーとパーしか出してないように見えるが、5回目以降にあいこを挟んでいるので、一回もチョキを出していないというわけではない。
「ヴァンピ、表をよく見て。私は、相性通りなら6回も勝ってる。さいころを挟むとはいえ相性的に有利な方が有利、確率的に考えて、私の方が勝つのが順当でしょ」
「そうじゃない4回も全部! あんたに都合よく逆転の目が出てるからおかしいって言ってるのよ! それに、いくら順当勝利が多かろうが、6回もやって私に一回も逆転がないのだっておかしいでしょ! しかも、それが同時に起こってる!」
「だから?」
ブルーバードは澄ました顔で座って返す。
「だからじゃないわよ! イカサマしてるでしょブルーバード! こんな勝負無効よ無効!」
「証拠あるの?」
俺は若干苦い笑身を浮かべながら、岩のベンチに座って畳の二人を眺めている。すると、ヴァンピの視線が動いて俺に止まった。
「ちょっと! あんたのとこの手下どうなってるのよ!」
「いや……まぁ、サイコロ振ってたの、全部ブルーバードだしね」
サイコロ? と、ヴァンピは首を傾げる。
「サイコロに……何か仕掛けがあるの? でも、出てる目は結構ばらばらだし……出る目が偏ったとしても、それで勝てるわけでもないでしょ?」
と、ヴァンピは顔を畳に近づけ、お椀の中のサイコロを摘まみ、眺めている。お尻の上で可愛い尻尾が揺れている。
「そっちじゃなくて。ブルーバードは、振って出したい目が出せるんじゃないかな」
「そういうサイコロってこと?」
「そうじゃなくて。技術で」
ヴァンピは尻尾をふりふりと揺らしながら、俺へと答える。
「でも、ブルバードは……普通に、適当に投げてたわ」
「ほら、ブルーバードはロケットで加速しながら、超高速で敵に鉄の爪で一撃を入れるくらいだし。繊細なコントロールや動体視力は、かなり持ってると思うから。多分、出来るよ」
ふーん……と言いながら、ヴァンピはそっちのブルーバードに目を戻し、ビシ、っと指を向けている。
「やっぱりイカサマしてるじゃない! このイカサマ野郎!」
「おんな」
「イカサマ女!」
「やってない」
「嘘よ! 手品の種はもう割れてるのよ! 違うって言うなら、じゃあもう一回やりなさいよ! サイコロは今度はそっちのトリジが振るわ!」
ぼーっと、澄ました顔でブルーバードはヴァンピの事を見返しており。視線がスライドして、ブルーバードの顔がこちらに向く。え? 俺? 彼女は立ち上がり、そのままこっちへとやって来る。
「な、なになに?」
ブルーバードが俺の顔の横に口を近づけ、こしょこしょと囁いてくる。
「……わたしの味方してくれたら、あとでいいことしてあげる……」
そう言って、ブルーバードは畳の上の元の位置に戻っていく。
「ヴァンピちゃん」
「なによ?」
俺はヴァンピちゃんに告げる。
「ブルーバードはイカサマなんて卑劣な行いをする子じゃありません。確率なんだから、偏る日もあるんじゃない? 彼女の勝利は正当だよ」
信じられない、というようにヴァンピの目が見開く。
「なっ……嘘よ嘘! いま何か吹き込まれたんでしょ!? イカサマした上に買収もするとか! 人として恥ずかしくないの!?」
「まもの」
「魔物として恥ずかしくないの!? トリジ、あんたもよ! なに簡単に流されてるの! 何を言われたのよ!」
怒りの矛先が俺に来た。まずい。ばれたら俺が怒られる。
「ヴァンピ、勝負っていうのは、盤上だけで起きてるんじゃないんだ。彼女はただ、自分が勝つために一途だっただけさ。負けたのは君の怠慢だよ」
「ちゃんとしたルール内で戦いなさいよ!」
ヴァンピは畳の上にばっと立ち上がる。
「もう! 知らないんだから! ブルーバードとなんか遊んであげない!」
そう言って、彼女は素足でぺたぺたと洞窟の外に出て行った。あ、やべ……やり過ぎたな……。どうしたものかと、後ろを振り返ると。
畳の上で、青いカッパの少女はにまにまと笑みを浮かべている。
「えへへ……わたしの勝ち」
彼女は満足そうに独りごちている。
「お前それで良いんか」
呆れて見るが、ブルーバードに悪びれた様子はない。彼女は畳の上にゆっくり立ち上がる。
「協力ありがとうトリジ。報酬は、ほっぺにチューとかで良い?」
「罪の味~。んな事よりさっさとヴァンピ追いかけて仲直りしてこい」
「あいあい」
畳を降りて、通りすがりに、ブルーバードが俺の肩に手を置き、ちゅ、と、軽く彼女の口づけが頬に触れる。風が吹いて、すぐに感触は消えてなくなる。名残惜しい。俺からも、ヴァンピに意地悪したことは後で謝らないとだな。




