3-16
休憩洞窟にも物が増えてきた。ポイズンアントの文机や、ブルーバードが寝転がっている畳と、畳の上の端に溜まった彼女の雑貨。左手にはスクリーンと、反対側の壁に、情報整理用の棚。俺が座る用の移動式岩ベンチもあるし、みんなのためのお茶やお菓子の入った棚もある。
奥には、彼女らがちらほらと集め始めている素材などの山が出来ている。ゴールデンちゃんは基本俺にくっ付いているので、彼女の私物はここには少ないか。
休憩洞窟の中でくつろいでいると、洞窟の外から、近づく足音が聞こえてくる。
振り向けば、光の先に、小さな二本の角と羽の生えたシルエットが立っている。
「おや、ヴァンピちゃん。いらっしゃい」
木製のテーブルと椅子を引き出し、ヴァンピちゃんはそこに大人しく座っている。俺がお湯を沸かしてお茶を淹れている間も、彼女は静かに俺のことを待っていた。
「好きなものとっていいよー」
俺は、色んなお菓子の包みが入った編み籠を彼女の前に出せば、彼女は籠ごと自分の方へ引き寄せ、一つずつ物色を始めている。
「今日は何か用事があった? ブルーバードやポイズンアントなら、今は外に出てるから居ないけど」
「知ってる。最近はよく居ない」
白髪の少女は、中から金色の包みを摘まんで引き抜いた。確か、少々お酒の入ったチョコレートの生菓子のやつだ。ねっとり甘いやつ。
「ミルクとかの方がいい?」
「よく分かったわね」
「俺がそれを食べたときにね。そう思ったから」
洞窟の奥の方に、こじんまりとした冷蔵庫も置いてある。たまにポイズンアントが外に出て絞ってきた牛乳が、冷蔵庫の中に金属瓶に入れられて置いてある。冷蔵庫は優秀な設備であり、中に食べ物系を入れておくと一週間ぐらい寿命が延びる。
「私はお茶よりミルクの方がいいわ。お茶を飲むと、なんだか気分が変わってしまうの。嫌いじゃないけど、今じゃない」
「目が覚める的なやつ? 次に来た時にも、覚えておくよ」
「奥の瓶のやつね」
ヴァンピがテーブルから言ってくる。奥の瓶のやつ? ……冷蔵庫の中には、金属瓶が二つ。手前が先に取ってきた方で、奥のが、新しく取ってきたやつ。
「手前から消費しないと、ポイズンアントに怒られちゃうよー」
「だって奥の方が新鮮で美味しいもの」
俺はしーらない。新しい方の瓶を取ってきて、テーブルに置いたカップの中に、冷たい金属瓶から真っ白な液体を注ぎ込んでいく。
「話があって来たの。あなたにね。トリジ」
「旅に出たいと思ってる?」
俺もテーブルの席に着いて、同じ種類の、違う中身の液体を啜る。編み籠の中から取ったのも、俺が今食べたいと思った別のお菓子だ。
「そう」
ヴァンピは、俺の問いに短く答えた。チョコレートのお菓子、金色の包みの中はもう空で、俺が準備をしている間に食べてしまっている。
「どうして? ……この町が……嫌になったから?」
「違うわ」
ヴァンピは静かに答える。
「じゃあ……どうして?」
「楽しそうだと思ったの」
短く、内側に巻いた赤い二本の角。黒いシャツ。町の中ではひときわ目立つ白い髪。背中には、何者かも分からない蝙蝠のような羽と、細長い黒いしっぽ。
洞窟の中で、俺と彼女のお茶会。
「あなたたちが……少し、羨ましいって……理由なんて聞いて、どうするの?」
「いや……その。せっかく、町の中に……気兼ねなく入れるようになって、すぐじゃない? って」
「だからよ」
「だから?」
「足元が定かになったから、歩き回ろうって、そう思うようになったの。私の言っていること、何かおかしい?」
なるほど。好的な変化の方か。
「てっきり、また何かやらかしたのかと」
「……私を、疑ってるの?」
「信じてないだけだよ」
じーっと、ヴァンピは俺の顔を見つめている。
「同じよ」
「違うよ。俺はどっちの気持ちもなくて、ただ気になったことは確かめるからね」
俺はカップを持ち上げて、お茶の中身を啜る。一方で、彼女は俺と話し始めてから、次のお菓子には手を伸ばさないし、冷たい牛乳の中身も飲まない。
「マルメロ……さん、も? ブルーバードや、ポイズンアントのことも? あなたは信じてないの? その、気持ちがないって」
「だから成り立つ関係もあるよ。別に、どっちが良いとか悪いとかじゃなくてね」
へー、と、彼女はわかったような、わかってないような返事をする。
「トリジは、思ってるより人間のことが嫌いなの?」
「あはは、どうだろうね」
「私のことも……」
「俺は、一人に対して好きな感情も嫌いな感情もあるし、どちらかと言えば、ヴァンピへのそれは、好意が勝っているかもね」
「それは、好きって、一言で言っちゃいけないの?」
「正確に答えることが、君へ向ける誠意の一つだと思ってるよ」
ヴァンピの頭が、微妙に斜めに傾いていく。
「言わなきゃ自分で考えて辿り着かないだろうから、俺が丁寧に説明してるってわけ」
「ただ好きって言った方が、上手くいく場面もあるわ」
俺は口をカップから離して、テーブルの上に戻しておいた。
「好き」
ヴァンピは、俺のことをじっと見ていたが、やがて焦点がずれ、すーっと横に視線が逸れていく。猫みたいだ。
「ほら、誤解を生んだでしょ」
「誤解だって、良いじゃない。それで成り立つ……関係もあるわ」
「まぁ……確かに?」
俺は手を伸ばして、テーブル中央の編み籠に触れ、引っ張って傾ける。
「私が外に出ようって思ったのは、ここが私の家だって、思えるようになったから。でなきゃずっと、囚われて、でも入れなくて。そうなってたかも。何もかも中途半端に」
「視野が広がったのは、良いね」
「私が、中に入れるようになったのも……あなたのおかげ、だから、だから……」
彼女は、居心地が悪そうに身をよじる。顔は下を向けて、でも、目はどうにか俺を見つめている。
「ありがとうって……言っておくから」
「うん。どういたしまして」
じーっと、ヴァンピは、俺のことを見つめている。
「なんだい」
「トリジは、気にならないの?」
「何が?」
「トリジは、私に好きかどうか、聞かないの?」
聞いて欲しいのだろうか。
「ヴァンピは、じゃあ、俺のことが好きなの?」
「好きよ」
「……」
「だって、トリジは私を愛してくれるもの」
それは用意してきた言葉だろうか。話の流れ的には、偶発の話題だと思うけど。誤解は……解かないままの方が、良いんだっけ。
「何か言って」
と、ヴァンピは急かす。
「最近は……好意の渋滞が起きておりまして……」
「べつに、わたしは何番目が居たって気にしないわ。けれど……」
彼女は椅子を引いて立ち上がる。テーブルの周りを歩いて、俺の、隣まで近づいてきた。
ヴァンピは俺の腕を握り、隣から、上から、俺の顔を覗き込んでくる。
「私が一番。そうよね?」
甘い……感じの奴じゃない……ヴァンピの鋭い目が間近で俺を見下ろしている。俺を射貫いている。捕食者の目だこれは……回答次第では、良い方向でも悪い方向にいっても噛み付かれる気がする。
まぁでも……スゥー……――
いっかぁ! 流されちゃって!
俺は顔を横に向け、ヴァンピの顔を見返して、まぁ、そろそろだよなーと思っていたところで。
「あーーー!!!」
と、洞窟の外から彼女の声が聞こえる。
「また! またやってますよ! またあるじ様が今度は別の女口説いてます!!!」
「や、やぁポイズンアントちゃんおかえり。お外は楽しかったかな?」
と、緩やかに腕を払おうとすれば、ヴァンピは隣で俺の腕をしっかりと掴んでいて離れない。まずい。
「どっちですか!? どっちから行ったんですか!? 状況的にはヴァンピさんの方からのように見えますけど、こうも重なるとあるじ様に原因があるように思えてきましたよ!」
「自明の理じゃん。トリジが悪いよ」
と、彼女の後ろから、青いカッパを羽織った少女も、遅れて入ってくる。
「おいおい。おいおい」
「なんか言い返せや」
「いつまでくっ付いているんですか! 私のあるじ様ですよ! 私を大事にしてくれる私のあるじ様です! 私のですよ!」
と、ポイズンアントが入り口から歩いてくるが。逆に、挑発するように。ヴァンピが俺の腕に体を寄せ、頬を俺の肩にくっ付けてくる。柔らかい。良い匂いがする。理性がマヒしてきた。状態異常か?
「なっ! そ、そんな事していいと思ってるんですか!?」
「うん」
「なにゆえですか!」
「だって。私はトリジに愛されてるもん」
俺の腕に抱き着きながら、ヴァンピはそんなことを言っている。ぎゅううと腕に力が入って、俺の腕が彼女の体に抱き込まれる。人の心を掴むのが上手いやつだ。もう、騙されてたとしても良いかもしれない。俺は逆の手を持ってきて、ヴァンピちゃんの頭を上から撫でてみる。
「わ、私だって愛されてますけど!?」
「じゃあ、はい。もういいよ」
ぱっと、ヴァンピは唐突に手を離した。俺は消えていく感覚を名残惜しく見つめる。ヴァンピは、テーブルを回って自分の席に近づき、コップを手に取りこちらに背中を見せて、そのまま洞窟の奥へと歩いていく。背中の可愛い尻尾と羽が、動きに合わせて揺れている。
「たりない、たりない、たりないざむらい♪」
「あっ! ちょっと! また勝手に牛乳飲んでませんか!? 手前からとるんですよ手前から!」
「奥のやつの方が美味しいわ。私は、ちがいのわかる女だから」
「私が取ってきたやつですよ! 私が歩いて労力かけて頑張って取ってきたやつです!」
「もちろん。分かっているわ。あなたが掛けた労力を、私が飲んで流し込む。その快感を感じているの」
「何を飲んでらっしゃるんですか!?」
ヴァンピは慣れた様子で冷蔵庫を開け、中から銀の瓶を取り出してミルクをコップに注いでいる。
「くっ……あ、あるじ様は、あの子を甘やかしすぎではないですか?」
「良いんじゃない? 別に」
「良いって……その……私もでは、ありますけど……」
ぐぬぬと、黒髪の娘はあちらを見つめている。
「誰一人居ないよりかは、良いじゃんね」
俺がそう言うと、ポイズンアントは、俺の顔と、向こうの丸まったヴァンピの背中とを、交互に見比べて。そして。
彼女は向こうに歩いていく。
「ちょっと! 順番を入れ替えちゃダメですよ! せめて新しい方を後ろに置いてください!」
「あら、あなたに、どっちがどっちだか分かるの?」
「少ない方が古い方ですよ! どうせ、まだ一杯か二杯しか飲んでいないでしょう!」
「そんなの、中身を片方に移してしまったら、分からなくなるわ」
「なんでそんな事するんですか! 意味ないですよ!」
わいわいと、彼女たちは、かしましく騒いでいる。




