3-15
俺たちは町をいろいろ巡って、その後。壁の下の扉をくぐり、ダンジョンの中を通って、また休憩洞窟へと戻ってくる。どうせ夜に休むことになるのは宿屋だが……ゆっくり過ごすなら、休憩洞窟の方が向いている気がするから。
「ただいまー。ブルーバード、戻ったよー」
岩の穴をくぐれば、スクリーンに何かを映して食べ物を食べながら、畳の上でくつろいでいた青いカッパの少女が片手をあげる。
「ん」
「“ん”じゃないでしょ」
今日も休憩洞窟を訪れると、珍しく二人が居ない。二人でどこかに、ダンジョン内部を探索だろうか。自分たちだけで狩りに行く日は、事前に申告するように言っているし。
ってことで、町の外。洞窟の中で、振り返ればマルメロが居る。
「二人っきりだね!」
マルメロは、俺からつつつと顔を逸らす。
「そうですね」
「良い機会だから聞いておきたいんだけどさ」
と、俺はマルメロに距離を詰めて問いかける。
「な、なんですか?」
「いやね? ほら、俺と一緒に居る時は、俺がこっちのカードが良いって、今は“タイヨク”のカードを装備させてるじゃん? でも、一番強いのは“黒牛魔”なわけだし、それは、俺のわがままなわけじゃん? だから、嫌と思ってたり……しないかなって」
マルメロは、岩の床に突っ立ったまま、特に表情を変えないまま首を傾げる。静かで細長い岩の洞窟の中。風の音も洞窟の外。ここに居るのは、俺とマルメロの二人だけ。
「なぜ?」
マルメロは短く言って首を傾げる。。
「いや……その。それは、俺が、マルメロに女性型で居て欲しいっていう……わがままの現れなわけで。セクハラとかになってたりしたら……嫌だなって」
そこまで言えば、マルメロも納得したのだろうか。目つきが落ち着く。
「嫌も何も、ご主人様は、私の元の性別タイプの情報を確認できませんでしたっけ? 私は、元々“女性タイプ”の精霊ですよ。女性のカードを押し付けられて嫌とかないですし、それを言うなら、ただ強いという理由で機能的に“男性”を押し付けられる方が嫌じゃないですか? まぁ、私はどっちでも気にしませんけど。所詮はカードの体です」
確かに。
「そもそも……」
と、彼女の目つきがジトっとしたものに変わる。今は白黒のワシの人型。首から下はもふもふの羽毛をまとっているが、顔はほぼ人間のそれだ。
「そんなことを気にしている割に……最近は、それ以外が、目立ちませんか?」
「すみません」
「……いやまぁ、私も気にしてる訳じゃないので、とやかくは言いませんけど……」
と、彼女は空中をポチポチとタップしている。
そして、彼女の背後に、巨大な黄色のウィンドウが現れた。横幅は俺の手を広げたくらいあり、縦はマルメロの背より高い。何より、その中央にでかでかと、大きな“!”のマークが表示されている。
「やり過ぎたら、こうなりますよ」
「……それは?」
「ハラスメント警告です」
「正確にはセクシャルハラスメントへの警告です。軽度のセクハラなら“黄色”のウィンドウが現れ、被害者が承諾を押せば加害者の体が拘束されます。重度のものならば……まぁそうそう起きることではありませんが、“赤色”のウィンドウが現れます。その時、被害者が承諾を押した場合、加害側が即死します」
と、マルメロは後ろを振り向き、背中で何かのボタンを押してウィンドウが消失した。
「へー」
「へーって、他人事ですね」
「でも俺それ出したことないよ?」
「それはまぁ……そうですけど。むやみに、誰でも彼でも踏み込みすぎたらリスクがありますよってことですよ」
まぁ……確かに。俺の周りには、俺に対してやたら肯定的な人間ばかり揃っているというか。まぁ俺が揃えたんだけど。とにかく、俺を甘やかす人たちに囲まれて、俺の意識が少し緩んでいたのかもしれない。
俺は「んん」と、声音を真面目なものにする。
「そうだね。確かに、マルメロの言う通りかも。今後はもっと、特に異性に対しては、触れ合い方を考え直すよ。マルメロも、嫌な気持ちにさせちゃってたならごめんね」
と俺が言えば、彼女は俺の前に立ち、顔を逸らしたまま黙っている。……? 何か対応を間違えただろうか。
「その……私に対しては、今まで通りでいいので」
ん? マルメロは聞き取りづらく早口小声で言っている。
「え? でも、わざわざそんなことを言ってきたって事は、俺に気を引き締めて貰いたい……んだよね?」
マルメロと若干目が合わない。彼女はそのまま喋りだす。
「いやその……私は! ……その。気にしてないので。別に大丈夫ですからそういう事をしても……」
と、ぶつぶつと早口でマルメロの言葉が消えていく。
ふむ。俺は両手を上げて、手の平を開く。わきわきと、指を開いたり閉じたりする。
「なるほどね」
「……ご主人様? なんでしょう、その手は」
「理解したよ」
「理解した、って……」
俺が一歩、マルメロに近づけば、マルメロは自分の足を半歩、後ろにずり下げる。
「俺はマルメロに求められていることをするだけだよ」
「いやあの……ちょ、ちょっと! どこ見てるんですか! ろ、露骨ですよ!」
そう言って、マルメロは自分の胸部を片腕で隠して持ち上げる。マルメロの魔物カード形態では、基本服を着ていないことが前提であり、なので隠すべき部位もなく。胸部には、柔らかい羽毛に包まれた、滑らかな二つの膨らみがあるだけなのだが。
「なるほど。黄色いウィンドウが出ない。つまり、やればいいんだな?」
「ち、ちがっ、あの、ちょ、ちょっとっ……」
否定することを言ってる割に、マルメロはもう足を引かない。背中を見てもやはりハラスメント警告が出ない。ごくり、と、マルメロが生唾を飲みこみ、俺を見下ろしている。良いんだろうかこれ? 俺の魔の手が、マルメロの体に差し掛かった、その時。
洞窟の外から音がする。
「ただいまです我があるじ様!」
洞窟の奥、入り口の光の向こうから、何人かの人影が洞窟の中に入ってくる。どかどかと、黒髪ストレートの女性がこっちに歩いてくる。
「楽しそうなことをしていらっしゃいますね! 私も混ぜてもらってもよろしいでしょうか!」
「あ、おかえりーポイズンアント。今は二人で指の体操をしていたよー。最近運動不足だからね。ポイズンアントも一緒にやるかい?」
と、マルメロは我に返ったようにこちらを指さして叫ぶ。
「嘘ですよ! その人嘘つきです! 私の……胸を……揉もうとしてました!」
と、マルメロがそんなことを。裏切ったな!
「なるほど! マルメロさんはどうやら嫌がっておいでなので、私が交代します! その指の体操には、手の中に胸が必要なんですよね? 私のを、好きなように使ってもらっていいですよ!」
と、俺より大きい背丈が近づいてきて俺の目の前に迫る。俺の視線の前。羽織った茶色いカーディガンの上着の間、白いシャツに包まれ、彼女が胸を張って強調されたふくらみが、俺の目の前に来る。
「お……落ち着きな、ポイズンアントちゃん。落ち着きなね」
今手を出すとまずい。こう……崩れる、バランスが。気持ちは大いにあるが数的不利を取っており囲まれているので気持ちを抑え込む。二人きりならともかく、みんなが居る中はこう……まずい気がする。
「なっ……! やっぱり! やはり私の胸では足りませんか! マルメロさんのような、でっかい胸が良いんですよね! でなければ、私ので良いですよね!」
「落ち着きな、ポイズンアントちゃん。二択じゃないよ」
うぅ、と、黒髪の女性はその勢いのまま後ろにたじろぐ。
「や……やっぱり、私には、異性としての魅力が……」
「ほら落ち着いて。頭を下げて、よしよししてあげようね、ポイズンアントちゃん」
「ぬるいわ!」
ポイズンアントは腕を振り上げ、顔を上げ声を張り上げる。
「そんなスキンシップでは、私はもう満足できませんよ! 私はもう絆レベル34ですよ! そっちのちっこいのは20です! なんで……何でなんですか!? そういう……そういうものじゃないんですか!? 裏でこっそりやってたんじゃないんですか!? やっぱりあっちのちっこいのが好みですか!? 私はやっぱり中途半端な体で――」
ポイズンアントの両頬を両手で挟み、むにむにと動かしてポイズンアントの柔らかい頬をいじる。
「やわらかーい」
「そっ……そこじゃ、ないんですけど……」
いったんポイズンアントの勢いが収まってくる。まぁ、ポイズンアントのこれは、未知への好奇心的なものが、距離感を狂わせてる所があるかも。知らないから、経験がないから、ここまで振り切れる的な。
落ち着いて、この子が考え直して、そして俺が間違えた行動をしていたと思われたら。その時は、普通に俺が失望される可能性もある。この子に対して俺が求められているのは、良識ある大人の振る舞い。ここはあくまで、俺は正しく振る舞う、だ。
もちもちの頬を挟んでぷにぷにといじる。
垂れた黒髪の間、ポイズンアントの目がとろんと蕩けてきているが、彼女の勢いは弱まっているのでとりあえず大丈夫だろう。洞窟の入り口あたりに立っているブルーバードの少女が、すごい冷えた目でこちらを見ている。




