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3-13

「成体化というやつですね。前にも話してたやつです。ポイズンアントは、以前から幼体の姿で、今回成長が終わって成体になったということでしょう。最近はいろいろありましたしね」


 気が付けば、俺の周りに黄緑色の火の玉が表れている。俺はカードを投げて、白黒ワシ人のマルメロが、洞窟内に降り立つ。岩のベンチに俺が座り、隣に大きくなったポイズンアントが座っている。


「まぁ、システム的な急激な変化なので……ちゃんとした心があれば、そんな感じの不安定さになるのかも、しれませんね」


 そんな感じ。まぁ日替わりで姿が変わるマルメロからしたら、ポイズンアントの心の揺れは、“そんな感じ”か。ポイズンアントは俺の隣で、俺の腕の服を軽く握って、ぼーっとした様子で座っている。


「一人で出歩くのが不安かい? ポイズンアント」


 彼女は、何を答えるでもなく岩の床を見下ろしている。ポイズンアントは、俺が居なくとも町の中に入って、一人で出歩いていたりもしていた。俺から見れば、ポイズンアントがポイズンアントに変わっただけなのだが、やっぱり本人の中では大きい変化なのかもしれない。


「しばらく一緒に居る?」


 彼女は顔を上げて、ゆっくりと俺の方を向く。


「ここに居るのも、町へ行くのも。しばらく、俺と一緒に行動しようか。ポイズンアント」


 黒髪の少女は、ぼーっとこちらを見つめながら、目をたまに瞬かせる。


「……はい」


 正解を引けたようだ。彼女の目の奥に、小さく安心が宿る。


「じゃあ一緒に居ようね。ちなみに、今から出かける元気はある? 俺は町を歩いて回るつもりだったけど」


「お手を、煩わせるわけには、いかないので。私はあるじ様に付いて回ります」


「ん。じゃ、行こうか」


 ゴールデンちゃんは、空気を読んだのか気まぐれなのか、魔法のポーチの中に戻って寝始めた。ブルーバードはそっちの畳で寝転がってごろごろしている。


「ブルーバードー。出かけるけど、おめーも来るかー」


「私はいいや。お土産よろしく」


「すぐそこだろ」


 まぁ、ブルーバードは、出かけるたびにダンジョン内からお土産やら友達やら拾ってくるか。そうだ、“綿毛鳥のカード”を消失してしまったから、また今度来た時に撮り直さないとな。他のカードも……。


 俺は立ち上がり、ポイズンアントの手を握って引く。彼女が立ち上がれば、俺より一回り大きい姿が横に並ぶ。目線も、俺より上に。俺は彼女を見上げて、彼女が俺を見下ろす。確かに、まだちょっと慣れないかも?


「しかし、ポイズンアントが成体化かー。でも、ブルーバードが先に居たのに、ブルーバードはまだ変化きてないよね? やっぱ、表に出て戦った方が経験値多いのかな? 手を下して倒した数も、ポイズンアントが多そうだし」


 まぁ戦闘関連の蓄積が成長に関わってるとは限らないが。


 青いカッパを羽織った少女は、そっちの畳でうつ伏せになり、足を上げてプラプラと交互に揺らしている。彼女は、顔だけこちらに振り向かせる。


「……? 私は、最初から成体だけど。絆レベルも、もう20なったじゃん」


 ブルーバードは、寝っ転がったまま顔だけこっちに向けており、俺はそっちに寝転がる少女を見下ろしている。ブルーバードはさっきも今も、我が家では最小サイズだ。


「草」


 青いカッパを着た少女がゆらりと立ち上がる。




「あら、どうしたんだい? その顔」


「いえ、ちょっと魔物相手に不手際を。気にしないでください」


「そう……色々あったばかりなのに、大変ねぇ……」


 半球ドームの、家の天井から大きな樹木が突き出た家。扉が開けば、柔らかい雰囲気の、猫のおばあさんが俺たちを出迎えてくれる。


 ぞろぞろと、三人で家の中に入っていく。長老さんは、嫌な顔一つせず家の中に入れてくれて、それからお湯を沸かしてお茶を淹れ始めた。


「すみません、また、突然押しかけてしまって」


「あはは、いいのいいの。私なんて、なぁんにもする事ないんだから。むしろ、日常にサプライズがあって楽しいわ」


 お世辞なのか、それが本心なのかは、今の俺からでは推し量れないが。とりあえずここは素直に受け取っておこう。


 かた、かたと、テーブルに座る俺たちに一つずつティーカップが置かれていく。俺たちも、洞窟の中でよく嗅いでいる、この町で手に入るお茶の匂いだ。


 お茶とお菓子の準備を終えて、長老さんは、テーブルの椅子の一つを引いてそこに座った。マルメロが若干落ち着かなさげに、長老さんの隣に座っている。


「それで? 今日は、いったいどんなご用件でここを訪れたのかしら?」



「改めて、ヴァンピがみなさんに迷惑をお掛けしてしまって。すみません。と、俺の方から言わないといけないなと思いまして」


 長老さんは、俺の言葉に、くすりと表情をほころばせる。手元に置いたティーカップを両手で包んで、その熱を手の平で感じている。


「まるで、自分のことのように、思ってなさるのね」


 長老さんは、静かに語りだす。


「それらをやったのは……ヴァンピちゃん。それは、決してあなたではないし、あなたが謝って回る必要も無かった。そうでしょう?」


 そう言って、長老さんはこちらに目を上げる。


「もちろん……あなたのその行動を、否定しているわけではないのよ? 素敵なことだと、そう思っているわ」


 長老さんは落ち着いた口調で、それからカップを持ち上げ、熱い、濃い色の液体に口を付けている。


「理由なら……大したことじゃないですよ。別に、あの子に特別な情があるわけじゃないです。ただ……ただ、はぐれもの同士、仲良くしようとしてるだけです。あの子が一人で居た状況を、どうしても置いておけなくて……」


 俺は、長老さんから、隣の、白黒ワシ人ことマルメロに目を移す。マルメロは肩を狭めてそこに座っていて、俺の視線の意図が分からず、首を傾げている。


「ただ……俺のそばには、マルメロが居てくれたので。俺も、同じように、あの子の何かになれたらって……そう、思っただけで」


 長老さんに目を戻せば、おばあさん猫は、にこにこと笑みを浮かべている。


「そう。それは、素敵なことね」


「……ありがとうございます」


 俺もカップを持ち上げて、同じお茶を口の中に流し込む。お砂糖は入っていない、お茶の味がそのままのお茶だ。俺たちが洞窟で淹れているものよりも、上品な……気もする。変わらない気もする。


「それだけを、わざわざ話しに来てくれたの?」


「いえ……その。長老さんは、今回の件に関して、どう思われますか? ヴァンピはまだ、この先も、この町に居続けて良いと思いますか?」


 長老さんは、俺がそう問えば、きょとんとした顔をして、目を瞬かせている。それから、くすりと顔を綻ばせる。


「もしかして……勘違いしているようなら、ごめんなさいね。私には、何の力もないのよ? 誰かが、この町に居続けることを許可するような権限も、もちろん出ていかせるような権限も。ちょっと、ただ年の取ったおばさんなのよ? 暇だし、誰かからの相談が流れてくることも、多いけれど……」


 と、長老さんは続ける。


「いえ、あの……単純に、長老さんが、あの子をどう思ってるか聞きたいだけですよ。ヴァンピが、この町で過ごすことになるのなら……誰からも。裏からも、嫌われていて欲しくないなって。ただそれだけです」


 ふっと、長老さんの口が緩む。


「そう。やっぱり、トリジさんは、ヴァンピちゃんのことを、大事に思っているのね」


「まだ、なんですよ。ヴァンピはまだ、自分がやったことの意味を分かってるわけじゃないし、今は俺の言うことに従ってるだけで。だから、彼女を見守る目が、必要なんです。俺が居なくなってまた一人に……なんて、ことには、なって欲しくないです」


 俺がそう言えば、長老さんはテーブルに置いたカップに目を落とし、まつ毛を伏せる。


 長老さんと町の子供。町の大人と町の子供。それを大きく逸脱するほどに、ヴァンピの中にある力は強力で。でも、あの子には……ほかに拠り所もない。はぐれて、一人で歩いていけるような力も、強さも、賢さも。あの子にはない……と、俺は思った。


「そう……そう、ね。私たちは……ヴァンピちゃんの事を、手を出せなかった……」


「もう一度、聞いてもいいですか? ヴァンピのことを、どう思ってるかって」


 静かに、部屋の中に時が流れる。


「……無理に聞いてるわけでは、ないんですけど」


「いえ……」


 長老さんは、そうとだけ言って、長く、息を吐きだした。


「そう……私たちは、どうにも出来なかった。あの子の奪う力に……止めることも、抑えることも……何も、出来なくて。私たちは……」


「ヴァンピのことは、怖いって、そう思ってますか?」


 続けて俺が聞けば、少し長めの沈黙が続いた。マルメロが隣でお菓子の袋を開けて、ぱりぱりと中身を食べている。


「今回の件に関して。ヴァンピちゃんの事を、どう思っているかって。そういう話でしたね」


 長老さんは、テーブルに目を落としながら話している。


「怖い気持ちも、もちろんあった。得体のしれない、制御の利かない。私たちの知らない力……それが、私たちの中から現れて、私たちの一部を侵害して……お互いに、理解も。そう。怖かったから、私たちの方から手を伸ばせなかったの……」


 部屋の壁には十字の格子のはまった窓があって、外には明るい世界が見えている。耳をすませば、どここかから、無邪気で明るい、騒ぐ声が聞こえてくるかもしれない。


「でも……でもね? トリジさん。私は、この町で生まれた子供が、この町で、何の気もなく過ごして、ただ笑っていられるのなら、それはとっても素敵なことだって。私はそう思っているわ」


 そう言って、長老さんは、俺の顔を見上げた。


「だから、トリジさん。私はあなたに。感謝しているの」


 そこまで言って、長老さんの顔が再び綻んだ。


「……ふふ。ごめんなさいね。こういったまじめな話を、面と向かってすることは、あんまりなくて、慣れてないから」


「いえ……こちらも、聞きにくいことばかり聞いてしまってすみません。話していただいてありがとうございます。あと、お菓子美味しいです」


「そうなの! アーシャちゃんが、これも持ってきてくれたのよ? それと……そちらは、ポイズンアントちゃん。よね? なんだか大きくなってないかしら?」


「はい。なんか最近急成長したんですよ」


「そう……子供って成長が早いのね」



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