3-12
俺たちは宿屋へと帰り、汗をお湯で流し、ご飯をかき込み、泥のように眠っていった。気が付けば朝で、珍しく、魔物シェルの二人……今は三人か。ポイズンアントとブルーバードが人の姿で現れ、同じベッドの俺の隣に収まっている。狭いし暑い。
ヴァンピの謝罪参りは昨日のうちに全部終わった。ヴァンピとは外で別れたが、今日はどこで何をやっているだろう。そして……俺が直近で掲げていた、レベルフロントの踏破、ヴァンピの撃破。どっちも終わったのだ。
さて……今日からは、何をしようか。いつも通りの時間に起きて、窓に掛かった薄いカーテンの向こうには、朝の光が満ち溢れている。
まぁ……もっかい寝るか。両隣を見れば、長い黒髪の少女と、青いフードが外れた、栗色の髪の小顔の少女が、すやすやと無垢な表情を浮かべて横たわっている。俺はその合間に、収まるように体を倒して戻し。
再び、眠りに落ちていく。
「じゃーん!」
奥から、見慣れない、金髪ツインテールの少女がぺたぺたと走って俺を出迎える。
樹木の壁に穴をくぐれば、そこに広がるのは異空間の岩の洞窟。岩肌が晒した地面の上に足を乗せ、中に入っていけば。
中から、知らない女の子が出てきた。小柄で細身……いや、普通くらいか。赤い線の入った、真っ黒なセーラー服みたいな格好の女の子。スカート。ツインテールの根本は、頭の横というより下めで、かなりうなじに近い位置で結んでいる。
「あれ、“人化”を覚えたの? ゴールデンちゃん」
「覚えましたよ!」
金髪の少女は両腕を広げて俺に差し出している。よく分からないが……いつも通りのスキンシップを望んでいるのだろうか? 少女の両腕の脇に腕を差し込み、胴体を掴んで持ち上げ、体を引き寄せ抱き上げる。きゃっきゃと、少女は肩の上で喜んでいる。
「なんか君、幻霊の時と違わない?」
「おや、あなた様は、幻霊形態の方がお好きですか?」
持ち上げた少女の体は軽……くはないが、まぁサイズ通りだ。ゴールデンちゃんの幻霊形態は先日見かけており、その時は、俺より背丈が高かったし、何より横にふくよかだった。太っているとまではいかないが、抱きしめたら柔らかそうな。
金髪の少女は、やたら近い距離まで顔を近づけながら、にこにこと楽しそうな笑みを浮かべて俺を見上げている。まぁ、いつも餅形態でべったりだし、人に直せばこの距離なのかもしれない。
「どっちもキュートで可愛いねー。ゴールデンちゃんの良さが程よく出てる!」
「あはは、ありがとうございます。キュートと可愛いは同じ意味ではないですか?」
と、奥から眠そうな雰囲気のポイズンアントも歩いてくる。
「ポイズンアントも、やほー」
「こんにちは、我があるじ様」
まだ疲れが抜けきっていないのだろうか……黒髪ストレートの少女の表情はどこか浮かない様子。少女は、そのまま俺のそば、ゴールデンちゃんの真後ろに立ち。
金髪少女の肩を、ぽん、と叩いた。そのまま、ポイズンアントは口を開く。
「ほら、ゴールデンさん。あるじ様が来ましたよ」
「うん? うん」
ゴールデンちゃんは、不思議な様子で、ポイズンアントの方を振り向く。
「いつも通り、脱げばいいじゃないですか」
ぴし、と、空気が固まる。起きているのか寝ているのか、ブルーバードの少女は奥の畳でゴロゴロと体を揺らしている。
「ほら、好きだったでしょう? 胸部を露出するの。私やマルメロさんの体を乗っ取って、よく試そうとしてたじゃないですか。今は自分の体が手に入れられた。もう誰に止められることもない。ほら、存分に、自分を披露なさっていいんですよ?」
ポイズンアントは、あくまで静かに喋っている。ゴールデンちゃんは、自分の体を両腕で抱え、一歩、黒髪の少女から体を引いた。
「いや……自分の体は……その。恥ずかしいっていうか」
がし、と、ポイズンアントの手がゴールデンちゃんの手首を掴んだ。
「あるじ様。あなたが見たいというのなら、私はぜひ協力しますよ」
にこ、と、俺に忠実な少女は、静かにこちらに笑いかける。
「うん……まぁ。復讐は許そう」
「あなた様!!?」
「でも、二人でやってね。俺は外に居るから、終わったら呼んで」
「あ、あなた様! 行かないでください!」
「そうですよあるじ様。見る装置としてで良いので、そこに座っててください。条件は同じですよ」
一波乱あって小休止。単純に人化を解けばいいのだろうが、ゴールデンちゃんは思い至らなかったか、あるいは俺にその姿を見せびらかしたかったのかもしれない。今も人の形態のまま、座った俺の後ろに回って、後ろから首に腕を回して抱き着いている。
「あの……あるじ様。そんな事よりお話が」
「そんなことじゃないよ!」
すっと、ポイズンアントの目が動き、俺の背後に立つゴールデンちゃんが静かになる。
「私からも、お話があります」
「なになにー? 人化第二形態とか?」
ぴく、と、黒髪の少女の顔が一瞬引きつった。すぐに落ち着いて見えなくなるが……適当に言ったのになんか当たった?
「やはり……我があるじ様は何でもお見通しなのですね……」
「う、うん。いや? うん……」
「あるじ様は……」
深く暗い緑色の髪、白いシャツに、肩から紐が下がった緑色の吊りスカート。髪には、透明で青みがかかったもじゃもじゃの紐みたいなのが絡みついている。
少女は俺の前に立ち、じっと、岩のベンチの上に座った俺を見下ろしている。
「わたしの……見た目が変わったとしても……変わらず、私に接してくれるでしょうか?」
「いまさら?」
黒髪の少女は口を噤んだ。
「今までだって、アリと人の体を、行ったり来たりしてるじゃん」
「いや、その……さらに変わります」
「すごい」
「あぁ、あの……じゃあ、変わってもよろしいですか?」
「良いんじゃない?」
少女はもごもごと、口を真一文字に引き結んで。
ふわふわと、白い光が降りてきた。雪のような、舞い散った一つ一つの羽毛のような、薄くて小さな白い光がどこからともなく現れ、それはポイズンアントの少女の体にくっつき、徐々に体が白い光に包まれていく。
少女の体の輪郭が、動いた。にゅにゅにゅと縦に伸び、あるいは一皮大きくなっているのかもしれない。俺は座ったまま眺めてていいんだろうか。
体の変形が終わり、白い雪のような光たちは、徐々に薄れて溶けていく。
中から現れたのは、黒髪の少女……少女というには、少し大きくなったかもしれない。女性……マルメロみたいな、若い成人女性というわけでもなく、娘……小娘? それくらいの風貌。
体は一回り大きくなり、肩というか、全体的なガタイも良くなったかもしれない。身長は伸びて、髪も……伸びて大きくなっている。元々肩の下まで伸びていた黒髪だったが、今は腰の高さまで長く伸び、毛量も増え、切っていた前髪も後ろ髪と同じように伸びて顔の下まで垂れている。
うーん。でかい。俺より大きくなった。うちのメンツで言えば、身長は、マルメロに次いでほぼ変わらないくらいのポイズンアントとなった。ちなみに、その次に俺が来て、今回のゴールデンちゃん。あと最小のブルーバード。今までは、ポイズンアントは俺と変わらないくらいだったが。
変化が終わり、彼女は自分の両腕を見下ろして確認する。服装は白シャツ緑スカートとあんまり変わってないが、上に茶色のカーディガンみたいな上着が増えた。
ポイズンアントの顔は晴れないまま、俺へと、恐る恐る視線を上げた。
「どう……でしょうか」
「大きくなったね!」
びく、と、少女は不安げな顔でこっちを見ている。
「なんでそんな不安そうなの?」
「あるじ様は……小さくて華奢な方が……、軽い方が、お好きですよね?」
「誤解があるね」
「大きくなって……マルメロさんほど、胸が増えたわけでもないですし……」
と、彼女は肩に手を置いて自分の胸を見下ろす。見ていいんですか? 大分しっかりありますけど。少なくとも並未満ではない。
「まぁ、あの。あんま俺から言わない方が良いかもだけど、マルメロはでかい方じゃないかな」
「ただ……ただ背丈だけが大きくなって、子供の姿を捨てた私なんて……何の価値も……」
俺は立ち上がり、彼女の体に近づく。手を伸ばせば、今までより高い頭だ。でもまぁ、ちょっと俯いているおかげで手は届きやすくなったかもしれない。
俺はポイズンアントの頭を撫でる。垂れた髪の間から、ポイズンアントの深い緑色の目が見える。
「体だけが急に大人になって、不安になった?」
「……」
「君が子ども扱いして欲しいなら、いつでも俺に甘えてきな。まぁ、知らない人から見たら、君はもう子どもに見えないのかもしれないけど……ほら」
俺は彼女の頭の後ろに腕を回し、その頭を俺の肩まで引き寄せた。
「ほら、またいつでも、甘えて来ていいからね。ずっとでも。俺には」
ポイズンアントの大きくなった頭が、滑らかな黒髪が、俺の顔の真下にある。今まで通り、愛おしい我が手下。別に、何が変わったわけでもない。
俺は、彼女の気持ちが落ち着くように、黒髪の上からやさしく頭の後ろを撫で下ろす。
「……すみません」
ぽつりと、彼女の口から声が漏れる。見た目が変わるから、しっかりしなきゃって、変わらなきゃって思ったのだろうか。まぁ……やっぱり、俺以外からは変わるのかもしれない。




