3-11 〆
ヴァンピが隠し持っていた雑多な道具も、数が少なくなり。
俺たちは、いつも通っている、商店の所へとやって来た。
「あ、あの……! すみません!」
アーシャは店の奥にこもっていたようで、ヴァンピが声を上げると、ようやく中から姿を見せる。
「……客か。いらっしゃい。今日は何の用で?」
アーシャは、カウンターを挟んで店の中から、淡白な態度でヴァンピを迎える。
「これ……返しに、来たの」
そう言って、カウンターの上に取り出したのは、黄色い、安っぽいコップ。
「あなたに…………その。謝りたくて」
いつもの軽装のアーシャだ。見慣れた露出の多い褐色の肌に、白い布が胸と腰に巻かれている。見慣れている……はずなのだが。
なんだか、いつもと雰囲気が違う。
ヴァンピが言い終わり、だから、それにアーシャが何か言葉を返す番だろう。しかし、アーシャはじっと、ただ、間のカウンターに置かれた、その黄色いコップを見つめている。
ヴァンピは、それ以上何も言わず。アーシャも、何も言わなくて。
「あっ」
アーシャは、背を向けた。そのまま、商店の奥に戻っていく。奥の扉を開けて。
ぱたんと、音だけが残った。俺たちは通りからそれを眺めていて、町にはいつも通りの賑わいがある。ただ、商店のひさしの下で、ヴァンピは一人残されている。
白髪の少女は俯く。カウンターの上に残された、その黄色いカップを、ただじっと見つめていて。
と、再び扉が開いた。
扉の奥から現れたのは、やっぱりアーシャだ。何食わぬ顔で、何かを手に持って帰ってきた。
「使いかけのコップなんて持ってきて、てめーは何がしたいんだ?」
戻ってきて、開口一番にアーシャはそう言った。
「……謝って、あなたに――」
「どうして、あたしの元から勝手に、黙って持っていったんだ?」
「……私は、そっちのコップの方が、良かったから」
「代わりに置いていったこいつは何だ?」
そう言って、アーシャが手に持った包みから取り出したのは。
ピンク色のコップ。同じ形、同じサイズの、同じシリーズのものだろうか。淡いピンクと、淡い黄色のコップが、色違いで二つ、カウンターの上に並んだ。
「どうして、黙って持ってったんだよ」
「……」
商店の下に静寂が落ちる。空は遠くから藍色が忍び寄り、湿気をはらんだぬるい風が通りを抜けていく。
ヴァンピは、揃った二つのコップを、ただじっと見つめていた。
「……あなたなら」
ぽつりと、少女は呟く。
「あなたなら……何も言わなくても、分かってくれるって……そう、思って」
「わかんねーよ。どんな間柄だろうが、最低限の礼儀は通せ。欲しかったら、交換して欲しいってそう言え。黙ってやるな」
「……ごめん」
はぁ、と、アーシャは嘆息を吐いた。
「おう。つーか、おめーが使ったコップなんて返されても困るよ。持って帰れ」
「……いやでも。返して来いって」
「強情な奴だな……じゃあ分かった。うちに置いとくから、うちに来た時にヴァンピが使え。お前が黄色だぞ? 間違えんなよ」
と、アーシャは、二つのコップの取っ手を取って、カウンターの奥にしまった。ヴァンピは向こうを向いていて、その表情は、こちらからは見えていない。
「ってか聞いたぞ? ダンジョンマスターに会ったんだって? どんなだった?」
「ダンジョンマスター? 確かに聞いたけど……って、その手のメモ帳は何?」
「これか? これは気にすんな」
「ちょっと……それ、聞いたら売る気でしょ? 私の何気ない話に。礼儀とやらはどうしたの」
「あー……分かった分かった。そだな。じゃあ――」
ふぅ、と俺は息を吐いて、商店の下で話す二人の少女から目を離した。
「いやー……ここまで長かったねー。ね、マルメロ?」
隣を見れば、マルメロはまだ、手に入れたヴァンピのカードをためつすがめつ見ている。
「どうしたの? マルメロ」
「いえ……あの。ちょっと、良いでしょうか」
と、彼女は歩いて商店の方へと向かっていく。
「ヴァンピさん」
カウンターの上に肘を置いてアーシャと話していたヴァンピが、マルメロの声に振り返る。
「え……なに」
「お手」
そう言って、マルメロは左手にカードを握り、黒い右腕を差し出した。手の平を、上を向けて。
ヴァンピは、きょとんとした顔で、マルメロを見返している。
「えと……何?」
「お手ですよ」
「お手……」
ヴァンピはカウンターの上から上体を戻し、おそるおそる、マルメロの顔を見ながら、彼女の手の平の上に自分の手を乗せた。
「……これで、いいの?」
「……こういうのじゃ、ないんですよね。三回まわってワンと言ってください」
「え……いや、ここで?」
「早く」
ヴァンピは、マルメロの顔をいぶかしげに見上げながら、くる、くる、くると、その場で回った。
「……わん」
「……出来ることを言っても仕方ないんですよね。じゃあ、両肘を体の背後でくっ付けてください」
「両方の肘を……?」
俺は遅れて、商店の方へと歩いていく。ヴァンピは、マルメロの言われたとおりに素直に従い、体の後ろで肘をくっ付けようとしているが、届かない様子で。
「あ、あの……出来なくて」
マルメロは、鋭い目でヴァンピを見ながら、手元のカードに目を下ろして。
「どしたの、マルメロ。何やってんの?」
俺が声を掛ければ、ばっと彼女は振り向く。足音を立てて、彼女は俺の前に歩いてくる。
「ご主人さま!! これ……これ、違います。これは“スパイカード”ではありません!ヴァンピさんへの命令の強制権も持ちませんし、そもそもこんな見た目のはずでは……」
彼女の、カードを持った腕が、わなわなと震え始める。
「つまり?」
「ご……ご主人さまが何かをされたんではないですか! これは、このカードは! 手に入ったのはスパイカードではなかった!」
「ちょちょちょちょ」
マルメロは大声をあげながら、俺へと詰め寄ってくる。
「ちょっと待ってね。それは、本来はマルメロが握っても使えるようになってたってこと? 所有権のあるソーシャじゃなくて精霊なのに?」
「……それは」
と、マルメロの口が詰まった。
「そもそもの話。スパイカードだの、カミカミだの、俺はほとんどそれが何かについて聞かされてないわけだけど。様子を見るに、それが“スパイカード”じゃないってことは分かるんだけど……っと。つまり? 俺には、何を聞いてるの? 何が違って……どこから、どうすれば良かったの?」
彼女は、目を瞬かせる。口は開いたまま、二の句が継げずぱくぱくと開いて……それから、彼女は手元のカードを見下ろした。
「そもそも……その“スパイカード”? の効果は、召喚と命令権だっけ? ヴァンピは今、俺たちの言うことを素直に聞いてくれているわけだけど……まぁ召喚は出来ないとしても。そのカードが“スパイカード”じゃなかったとして、何か問題があるの?」
「それ……は……」
彼女の語気の強さは、徐々に落ちていく。
「まぁ俺の目的はとりあえず達成されたわけだし、マルメロも、何かヴァンピにして欲しいことがあるなら、頼めばいいんじゃない? 今の状態なら大抵のことは聞いてくれるでしょ。聞いてくれなかったら追加で殴ろう」
黒牛の魔人は、ただ黙って、手元のカードを見下ろしていた。
「……そう……そうですね。最悪、ご主人さまのもとにヴァンピさんが紐付けられているのなら……大丈夫です。こちらとしても、問題はないです」
「そだね。これからも、ヴァンピの事はちゃんとこっちで手綱を握っておかないと。……な?」
そっちを見れば、ヴァンピはふいと、俺から顔を逸らした。今回は俺の言うことを聞いている……とは言え、改心したというよりは、ただ俺に負けて言うことを聞いているだけだろう。
「その……すみません。カミカミには、想定外の挙動が多くて。取り乱してしまったようで」
「俺たちも引っ張られっぱなしだったしねー」
マルメロはまだ、そのカードを見ている。
「俺も見ていい? それ」
と、マルメロに話しかければ、彼女は顔を上げてこちらを見上げる。
「はい、どうぞ」
俺の手に、そのカードが返ってきた。透明なカードに、ヴァンピの、へたりと座り込んだ姿が映った特別なカード。魔物カードは基本、その姿しか映っていないが……このカードには、上から、きらきらと輝く虹色のエフェクトが入っている。
「綺麗だねー。何の役にも立たないみたいだけど、ホログラムのカードだ」
―ルミナコレクト・“ヴァンピ” 結




