3-8
空から少女が、俺をめがけて落ちてくる。向こうでは、巨大クモと小さな黒い人影が戯れている。
ここは樹木に囲まれた大きな一つの箱型の空間。全力で走り回っても、壁から壁へは、簡単には辿り着かない。
「おいおい、どうした! 俺から盗った黄色い剣は、もう失くしちゃったのか!」
ぐっと、少女の表情がまた歪む。おそらくそれは今さっきの天井の中だ。まぁ有効に使ってはこないだろう、とはいえ、考えから消えるのはありがたい。
「これだから、物を大事にしない奴はな!」
「うるさい!」
刀を盾に、俺はヴァンピの突進を正面から受け止める。少し調子に乗ったか。俺は後ろに体を吹っ飛ばされて、起き上がると同時にグリーンオーブを取り出し体に使って、衣装卵を“キャットパーツ”に入れ替える。
「うるさい! うるさい! うるさいうるさいうるさい!」
少女の体が獣の四肢へと変化した。翼を大きく広げたまま、少女はその熊のような両腕で殴り掛かってくる。刀を盾に攻撃を受け止めるが、両腕に衝撃が走り、刀を掴む手の平に痛みが走る。
「私が! 私のために力を使うのに! なんであんたの顔を一々見なきゃいけないわけ!?」
「別に使えば良いじゃねーか! みんなから嫌われたいのならな!」
「嫌われてなんかない!」
どす、と、少女が振りかぶった腕が、俺の掲げた刀の上で止まる。力が強い、レッドパールで身体能力を強化しているとはいえ、気を抜けば軽く押し負けそうだ。
「言われなきゃ、分かんないのか?」
「……」
「言われたくないから、言われる前に逃げたのか? 自分から、みんなのとこから」
「……ちがう」
「お前がまだ言われた事がないってんなら、じゃあ俺の口から言ってやるよ! お前のことなんか!!」
俺は刀を押して、彼女の獣の腕を押し上げた。少女の顔は固まっていた。少女の目は、俺の顔を見ながら、細かく震えていて。
「大好きだってな!!!」
びくりと、彼女は体を震わせる。
「だから、それ以上にお前の不義理が許せねーんだ!!」
少女の顔は、止まったまま動かない。目は、少し見開いて、こちらを見ている。口は少し開いて隙間が空いている。向こうの白いオオグモと重なるように、少女は俺の前に位置しており、だから恐らく白クモは糸を撃ってこないのだろう。今さっき巻き添えにしたばかりだし。
「すまん、大好きは言い過ぎた。まだ小好きくらいかな」
少女は固まった顔のまま、ゆっくりと腕を持ち上げ。
「死ねっ!!」
「うぉっ! あぶね!」
近距離でかまいたちを撃たれた。俺は横に飛び込み、背中あたりが浅く切られ、俺の居た所から後方の地面が、見えない刃にずたずたと切り裂かれていく。向こうから白い糸が放たれるが、この距離、そして今は“キャットパーツ”だ。俺はそのまま立ち上がって地面を走り、白い糸の奔流を横に避ける。
間に割り入った巨大な糸の束を振り返っていれば、その上を飛んで乗り越え、ヴァンピが俺を追ってくる。
ヴァンピの動きに、疲労が見えてきた。力も弱くなっているし、動きにもキレがなくなってきている。立ち回りもただ俺を追って殴るだけと、スキルも交えず単純に攻撃してくる。
まぁ、消耗しているのはこっちもだ。グリーンオーブはあと一個、なのに少しずつ体力が削られていく。“瞬転”はもうないし、“タイヨク”以外のスキルも使えないし。
「殴りもせず! 当たりもせず! 逃げ回るだけ! いい加減さっさとくたばりなさいよ!」
「殴れるなら殴ってるが!」
「うるさい! 抵抗すんな!」
四肢が獣の腕に変わり、大きな黒い翼が彼女の背中に広がっている。サソリの尻尾への変身はさっきから見せておらず、今はただの黒い逆ハートの可愛い尻尾だ。
“キャットパーツ”は身のこなしが早くなる。ヴァンピが俺に殴りかかってくれば、俺はただ間合いを見切り、避けられる範囲で避けるだけ。
たまに俺を狙って白い糸が飛んでくる。距離があって避けやすいのはヴァンピも同じ。俺が避けて、ヴァンピを巻き添えにも出来ず。ただ地面を次々と横たわって残る白く太い糸が出来ていく。
やがて、ヴァンピが立ち止まった。息が上がっており、彼女の肩と胸が上下している。俺の荒い呼吸の音も聞こえている。
「どうせ、何かを狙っているのよね?」
ヴァンピは俺に話しかけてくる。
「……」
「でも、もういいわ。もう終わりにする。私が、私の方から。何企んでるのか知らないけど、もう遅いわ! ここで、私が! あなたを終わりにするの!」
白髪の少女は、自分の片腕を、顔の前まで持ち上げた。
そして、少女は自分の手の甲を。
噛んだ。




