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「どうだ? 痛いのは好きか? 降参しないのなら、俺の手で、介錯してやっても良いんだが」
「ち……ちが……」
黒シャツに黒いホットパンツ。いつも肌の露出が多い手足は、今は熊か何かの獣のように太く、毛が生え、太い爪が生えている。大きく広がった翼は地面に横たわり、彼女の背中から生えた尻尾も同様に、翼の下に敷かれて先っぽがそっちに飛び出ている。
顔はいつも通りだ。小顔で、短い白い髪、頭に二本の小さな赤い角と、同じ色の綺麗な瞳。少女の目は、傍に屈んでいる俺の姿を映している。
「どうした?」
「こ……こんな……わたしが、まけるはずじゃ……」
「俺はお前と遊びに来たわけじゃないし、ましてや、負けに来たわけでもない。言いたいことはそれだけか?」
少女の目は潤み、液体が溢れ、ぽろぽろと、小さな雫が少女の顔を流れ落ちていく。
「こんなはずじゃ……こんなんじゃ……」
「……今言った通りだぞ。俺はお前を倒しに来たんだ」
「……ちがう……ちがうの……」
ぽろ、ぽろと、少女はただ静かに涙を流している。ひくっ、と、少女の喉が上ずる。
広い世界の中で、ここには俺と彼女の二人だけ。俺が彼女に何も言わないのなら、樹層の地面の上、ただ彼女の泣く声だけが静かに聞こえている。
「……何が違うんだよ」
「もういっかい……まだ……まだだから……」
「まだって、じゃあ、俺が今から、この圧倒的に有利な状況を投げ出せって言うのか? お前の麻痺が解けるまで、ただ黙って見てろって?」
ヴァンピちゃんは、ただそこで泣いているだけだ。麻痺が解けなければ、少女は腕一つ持ち上がらない。刀で……この子の首を落とすことも……俺は、選択できる。
はずなのだが。
「あー……わかったわかった! じゃあ、もう一回な! つか俺の仲間を返せ」
俺は立ち上がり、そんなことを口走っている。面倒な方を選んだな。
俺はそのまま数歩、後ろに下がる。麻痺は、最後に攻撃して一分間の発生だ。そろそろ効果が切れる。
黙って、少女の体を見下ろしていれば、ぴく、と、その指が動いた。しゅるしゅると翼が縮み、尻尾が縮み、四肢が元の白い肌に戻っていく。
よろ、よろと少女は立ち上がる。
ぼわ、と、俺の隣で黄緑色の炎が湧き上がった。
「――しゅ人様!! ご主人様!? 接続が回復しました!!」
「お、お帰りー」
俺はカバンに腕を突っ込み二つの貝殻を取り出し、ふるふると降る。どうやらこっちも回復できたようだ。
白煙を吐いて、二人の少女が俺の脇に現れた。続いてカードを黄緑の火の玉に投げる。バッグの蓋をこじ開け、金色の餅が俺の肩にへばり付いてくる。
「ご主人さま!! いったい何が――」
「あー、ちょっと、ヴァンピちゃんと対話してたところだよ。今終わったとこ。今から、ラスボス戦が始まるよー」
「ほ、本当です……か?」
向こうの方で、意気消沈して俯いていた彼女だったが。
ばっと、ヴァンピちゃんが顔を上げた。元の、いつもの澄ました顔に戻っている。
「あんたが悪いのよ! あんたが変に手加減なんてするから! だから、こっちの調子も狂っちゃったの!」
「あれ、一人反省会はもう終わったか?」
「うるさい! 来なさい!」
と、少女は片腕を突き出した。
彼女の後方、空間一番奥の、広い壁の一面が。
真っ暗闇にのまれた。
何か、巨大な何かが引きずられてくる音がする。
向こうの暗闇から、巨大な、白い塊が現れた。重機……? いや、それは生き物のような見た目をして、生き物のような形をしている。頭が現れ、口器が、複数の目が現れ、そして、真っ白で長い脚が現れた。
一つの足が、延ばせばクレーン車ほどの大きさがある。八つの足の真ん中にある巨大な塊は、大きめの建物を複数下敷きに出来そうな大きさで。
「“ジャイアントクイーンスパイダー”!」
ヴァンピちゃんは、おそらく向こうの魔物の名前を叫び、再び大きく翼を広げて空へと立ち上がる。
「あとこれ貰ったから!」
「え? あ!!」
見れば、俺の手元に握られていた黄色い剣が無く、向こうの宙に浮かんだその少女の腕に、間違いなく“マヒマヒソード”が握られている。
「返せ泥棒! お前、俺がなんでこんなに怒ってるかまだ分かってないのか!」
「うるさい! 勝負の間くらい自分の力使ったって良いでしょ! これはお咎めなし!」
と、隣から、“黒牛魔”ことマルメロが俺の腕を掴んで、ぶんぶんと振っている。
「ご主人様! ご主人さまあれ! ダンジョンマスターですよ!」
「え、あ、なに? ダンジョンマスター?」
「そうです! あれは[層樹林]のダンジョンマスターとして設定された魔物です!」
俺は向こうの巨大白クモを見つめる。この空間はひときわ大きかったが、奥の一角を丸々その巨体が占めている。ぶっちゃけどう倒すか分からない。得意げなヴァンピちゃんが、その巨大白クモの頭部の上に着地し、収まった。




