3-3 モンスターズキング”ZZZ”
仕切り直し、再びロケットを発動させ、俺は空中をまっすぐ飛んでいく。ヴァンピの体の、それよりさらに上だ。こちらは身を防ぐものがなく、ヴァンピの爪や、硬い部位じゃない翼でさえ、攻撃してくれば俺にダメージが入る。
俺の体は、“そこそこの魔物の服”で防護されているとはいえ、元がそんなに強くないのでダメージを食らえばすぐにダウンするだろう。
攻撃を食らわぬよう、近づきすぎないように。俺は、彼女の真上を取った。向こうに地面が、少し下に、彼女がこちらを見上げる顔がある。
俺は手元に、明るく白い、丸い電気の球を呼び出した。掲げた手の平の方向に、打ち出す。まぁこの程度なら防がれてしまうだろう。
スキルホルダーにセットした“ライジャのカード”のスキル、“高電砲”。ライジャはレベルフロントのエリア5に居た電気のやつだ。電気属性のエネルギー球を打ち出し、敵にぶつけて攻撃する。
彼女は、大きく黒い翼を前に回し、翼の表面に“高電砲”が防がれた。俺は勢いのまま、彼女の頭上を通り過ぎていく。首に巻いた緑色のスカーフから、きらきらときらめく粉が落ちていく。
攻撃を防がれた。“高電砲”には、麻痺を与えるなどの副次的な特殊効果はなく、シンプルな攻撃スキルである。俺は慣性のまま彼女の頭上を通り抜け、そのまま背後の地面に落ちていく。
ロケットは連続で使えない、空中に飛び出して、地面に落ちれば、そのまま俺が落下ダメージを食らう。俺はスキルホルダーのカードを入れ替え、空中を足場にして位置エネルギーだけ相殺し、地面に降りていく。
彼女は俺を見失ったらしい。きょろ、きょろと見渡し、そしてあらぬ方向の地面に、目を付けた。
黒く大きい翼の生えた白髪の少女は、空中で大きく腕を振る。突風が巻き起こり、向こうの地面を駆け抜けていく。ずさずさと、樹木の地面に鋭い斬撃の地形ダメージが刻まれる。あれは、かまいたち的な、飛ぶ斬撃か。遠距離攻撃持ちね。
ブースタージャケットのクールダウンを待ちながら、地面で静かにしていると、ヴァンピは不可思議に首を傾げて、今しがた切り刻んだ地面を見つめている。
そして、彼女の背後に、巨大な瞳の像が見えた。ヴァンピはあっちの地面を向いている、のにもかかわらず、少女の背中に現れたその水色の瞳は。
まっすぐ、こっちに居る俺に対して向いている。
「“真眼”!!」
ばっと、ヴァンピが俺の居る方向を振り向いた。幻覚看破系のスキルだろうか? そりゃブルーバードの手の内はばれているし、見破られるよな。対策スキルまで持っているとは思わなかったが。
「はんっ! こそこそと隠れてないで、正々堂々向かってきたらどう?」
「空飛んでるやつに何か言われたくねーよ!」
「あなただって飛んでるじゃない!」
「こっちは頑張って飛んでるんだよ!」
ブルーバードがいつも装備している“幻惑のスカーフ”。それは体から周囲に鱗粉を振りまき、鱗粉が触れた相手に、自分を異なる位置に映す幻覚を見せるというもの。俺が常に空を飛んでいるならともかく、幻覚を見せるために一々ヴァンピの上まで飛び、またすぐに解除されるとなっては効果が薄い。暴発しても面倒だし、俺はスカーフを外してポーチの中に戻す。
ブースタージャケットの単調な軌道じゃ、そろそろ接近に合わせて何か仕掛けてきそうだな。装備を入れ替えるか。俺は別の衣装卵を取り出し、自分に身に着け、ロケットの方の卵をポーチにしまう。
「……可愛くないわ」
「君なら似合うだろうね。後で貸してあげるよ」
衣装卵“キャットパーツ”。身に着ければ頭に猫耳が生え、背中にしっぽが生える。見た目の変化だけでなく、身体性能面、俊敏性と動体視力が上がる。特に、加速するスピードに頭が反応できるようになる点が素晴らしい。
ロケットを外せば、俺が空中にアクセスできる手段が一つ減る。でもまぁ、他にないわけでもないし。俺はスキルホルダーのカードを入れ替える。
「俺が勝った後でね!」
「勝つのは私よ!」
まだ、ヴァンピの元まで距離がある。俺は、身体能力の向上した体で、樹木の地面を走っていく。
ここに居るのは俺と彼女の二人だけ。広い樹層の大部屋に、彼女が羽ばたく音が聞こえる。俺が樹木を踏みしめる足音が、地面を駆け抜ける。
彼女の真下に来た。白髪の少女が、ただ上から俺を見下ろしている。
少女の背後に再び、大きな眼のイメージが現れる。色が違う……さっきは水色の眼、今は灰色の眼。灰色のは、前回に一度見た。
俺はラセンの笛を呼び出し強く吹く。オレンジのオーラが俺の体を包み込み、
「“邪眼”!!」
ぐっと、重い倦怠感が俺の体にのしかかる。全く動けないわけではないが……“キャットパーツ”の俊敏性を打ち消し、普段の俺より動きが鈍い。
頭上の影が俺に掛かる。大きく翼を広げた彼女が降りてくる、その足もまた、獣のそれのように恐ろしい爪と体毛をまとわせて。
この状態異常は、俺の動きへの阻害であって、おそらくスキル関連にまで効果は及ばない。今もブースタージャケットをまとっていればとりあえず距離は取れたか……いや、そろそろ相手も動きに慣れてきた頃合いだ、ただ追われて劣勢は変わらなかった。
呪符を使うしかないか。しかし、呪符も無限にあるわけでなく、また使うたびに俺の体力が減っていき、消耗した状態を受け入れるか、これまた数に限りのあるグリーンオーブを使うしかない。
いや……俺が彼女を舐めていた。温存した状態でも勝てる、なんて、今この状況で考えてはいけないのだ。
俺は“岩突進”を発動しながら背後に飛ぶ。彼女の獣の足が地面に刺さり、地面を跳ねて退いた俺を追ってくる。“岩突進”の防御バフはまだ続いている、何かを切って避けるべきか、それとも防御バフを信じて攻撃を受けるか。
俺はまた、懐から一枚の呪符を取り出し、発動させる。
「無駄っ――」
まばゆい光が辺りを包んだ。それは“閃光”の呪符。横の地面に身を投げ出せば、翼を広げた彼女が通り過ぎていく。“邪眼”の麻痺が消えた、俺は彼女の背中を追って、その背中を、黄色いスポンジ製の剣で切り付ける。
「いたっ……ちょっと、何よ! ふざけてる気!」
翼のあおりを受けて俺は後ろに下がる。彼女は今は“盲目”状態になっているはずだが……俺の居る方向はある程度ばれており、見えない目が俺の居る方を向き、翼が乱雑に払われている。
「そだよ」
「……どうせ何かあるんでしょ、ろくでもない企みが」
翼を広げ、彼女は地面を飛び立つ。“盲目”を解除するだけの間、空中に飛んで待機するのが安泰。そう考えたのだろうか?
俺は三歩、空中を飛びあがり、彼女の前へと駆け上がる。足音はせず、風音だけで正確に俺を追うのは不可能だろう。でもまぁ、俺が接近したとこぐらいは分かっているようで。
彼女は翼を畳み、俺からの攻撃を阻もうと、両方の大きな翼が彼女と俺の体の間に挟まれる。俺はスキルホルダーのカードを入れ替え。
ぱん、と鋭い音が鳴り響く。ヴァンピの体は硬直し、俺は彼女の足を黄色い剣で叩き、迎撃を受けることなく地面に落ちていく。一応、二人のレッドパール二つとキャットスーツを身に着けた、そこそこの体だ。難なく地面に降りる。
忘れていたが、レッドパールも付けていたのだった。じゃあそこまで回避に振らなくてもいいだろうか……いや、相手の攻撃の効果を正確に把握していない。被弾は避けるに越したことはないか。
今のはスキル“猫騙し”、スキルホルダーに“センマイウロコのカード”を装着することで使えるカード。俺は冷静に、腕に巻き付けたホルダーにセットしているスキルを入れ替える。
あと八回。
「あぁああ!! もう! うっとおしいわね!」
彼女は眼を見開き、瞳を吊り上げてこちらを睨み、見下ろす。
「どしたの? まだ本気は出さないの?」
彼女は表情をしかめ……背中の尻尾が立ち上がり、ぽこ、ぽこ、ぽこと関節でくびれて膨らんでいく。立ち上がり……変質したそれはサソリのしっぽ。重くなったからか、彼女は地面に落ちてきて着地した。
両腕両足が変わり、翼は大きく広がり、尻尾も太く巨大になった。どんどん人離れしていくな。高く持ち上がったサソリのしっぽの、その棘先から、緑色の液体が垂れてきて、地面に落ち、ふしゅふしゅと樹木を焼いていく。
「せっかく、じわじわと時間を掛けてなぶってあげる予定だったのに! もう手加減してあげないから!」
単純な力押しに切り替えてきたか。
両手両足が獣になった少女は、四つん這いで地面を掴んでこちらに向かって跳躍する。背後の尻尾がしなって彼女の体に付いてくる。相当な重量がありそうだ。毒液はもちろん、薙ぎ払いでも体が吹っ飛びそう。
俺は“凍結”の呪符を発動して、彼女の体にぶつける。凍って動かなくなった彼女に二回、往復して黄色い剣をぶつけ、溶け始めを察知して素早く後ろに後退する。
俺の目の前を、大きな質量と風が通り過ぎる。尻尾の先から飛び散った毒液が目に掛からぬよう、顔を腕で覆い、同時にグリーンオーブを砕いて呪符による消耗を軽減する。
「怯んだわね」
地面を蹴って、ヴァンピがこちらに詰めてくる。俺は頭上を見上げて確認し、“瞬転”の呪符を切った。
ヴァンピの瞳の中から、俺の姿がかき消える。
「それはもう……見たわよ!」
彼女は体を捻り、強引に翼を振り回した。彼女の背後、俺が直前に見上げた空中に。
もちろん俺は居ない。地面を這うように走り、少女の横から反対側へと、一撃を入れて駆け抜ける。
さっきみたいなスキルを使わず、単調に攻撃を繰り出してくる。危ないが、さっきよりも御しやすい。
地面を駆け抜けた俺を、ヴァンピの顔が睨んでいる。
速い!
目の前に、彼女の顔があった。ただ獣の腕を振り上げ、彼女が襲い掛かってくる。
どうする? まだ麻痺を発生させるには回数が足りない、避けられない、防げない、軽減が間に合わない、せめて返しに一太刀――
黄色い剣が彼女の肩に当たり、ヴァンピの獣の腕が俺の腹をとらえ、俺の体を強引に、投げ飛ばした。
俺の体が宙を浮く、強く押し付けられ、引っ張られた体が鋭く痛む。景色が流れ、次に衝撃、俺は地面をゴロゴロと転がっていく。
地面を滑りつつ“飛翔”を発動、俺の体が宙に浮く。俺を追って来ていたヴァンピが俺の真下を通り過ぎていく。俺はグリーンオーブを消費し、減った体力を補填する。
ヴァンピはすぐ真下で急ブレーキ、空に飛びあがった俺を見上げ、にやりと笑う。飛び上がり、ごつい腕を振り上げ再び襲い掛かってくる。
“強化爪”の発動、腰に黄色い剣を差し込み、両腕から生やした白い爪を交差させ、彼女の獣の腕を受けるが……体へのダメージは軽減し、俺は空中を突き飛ばされた。再び景色が流れ、ゴロゴロと転がり。地面を起き上がった頃には。
目の前から降ってくる、ヴァンピの姿が見えている。
“猫騙し”を彼女の正面に叩き込む。次いで“岩突進”を発動させ、彼女の体と真正面からぶつかり勢いを殺す。黄色い剣を抜き取り一撃かませば、もう相手の硬直が解けている。俺の体は少女の腕に引っかかれ、体の上を裂傷エフェクトが飛び散る。
グリーンオーブを使いたいが、目の前から、サソリの尻尾が突き出てくる。それは俺の頭を貫くだろう。両腕が今の一撃で損傷し、動きに阻害が出ている。道具を使えず、もう目の前から。
俺の鼻先に、鋭く突き出されるサソリの尻尾が見えている。
「はははははは!!!」
俺の視界は彼女の後方に飛んだ。グリーンオーブを使う暇がない。少女は尻尾を突き出したその姿勢のまま、上空に移動した俺を見上げる。
俺は黄色い剣を握ったまま、ただ重力に引かれて空を落ちていく。
初手は、腕を掲げ振り回す、獣の腕の薙ぎ払い。攻撃の軌道は横の線、“飛翔”を用いて、彼女の背中側に落下点をずらす。
彼女がこちらを振り向き、それに続いて、生えた尻尾や翼が彼女の体の回転に引っ張られる。黄色い剣で薙ぎ払って彼女の胴に一撃。
間合いは、お互いの腕を伸ばせば触れる程度。広がった翼の長さの、中間くらいの位置であり、この距離なら、翼や尻尾を振り回したとしても威力が足りない、腕を振り回しても足りない、飛び掛かってくるには距離が近すぎる。
彼女は次の攻撃に迷った。俺は懐に手を入れて、おそらく彼女は呪符を警戒したのだろう。
彼女の背後に、灰色の巨大な目が浮かび上がる。あれは麻痺を与える“邪眼”というスキル。立ち上がって発動されるまでに少しの間タイムラグがある。
俺は少女へと肉薄し、剣を振るった。少女はとっさに両腕で体をかばうが、別にダメージを与える剣ではなく、ただ軽い音が腕の上から響くだけだ。
ダメージのない剣に、少女はすぐに対応する。白髪の少女は両腕を広げ、俺の方に掴み掛かる。後はあっちは“邪眼”を発動させるだけでいい、俺の動きを止めれば、すぐにチャンスタイムが来る。
俺は少女の胴に剣を突きつけ、柔らかい黄色い剣は触れて折れる。少女の両腕が俺の肩の上を通り過ぎ。
「捕まえた」
獣のような両腕が俺の体に回る。少女の肩と俺の肩が正面からぶつかり、体が重なり、きつく腕で締められる。くひひと、少女の笑いが耳元で聞こえる。彼女の背中にあった、灰色の目が光り。
「“邪眼”」
俺の体が縛り付けられ、動かなくなった。
「これで、私の――」
ぺち、と、少女の頭の上に何かが落ちてきた。
それは黄色い剣。それは“マヒマヒソード”、十回の攻撃を経て、相手を麻痺状態にするという、能力特化の強力な武器。
俺の手によって真上に投擲されたマヒマヒソードは、空中を回転しながら空を飛んで、そのまま真下に落ちてきて。
そこに居た、ヴァンピの体に触れた。
俺たちの体は地面に倒れる。俺が下で、彼女が上だ。先に、俺に掛かった“邪眼”の麻痺が解け、俺は俺の胸元の上に倒れこんだ、赤角の生えた白髪の頭を見下ろす。
「これで俺の勝ちだな、ヴァンピちゃん」
俺は少女の体の下から這い出て、側に落ちた黄色い剣を拾う。でかい翼やら尻尾やらが生えた少女の体を、ごろんと転がしてどうにか仰向けに変える。
「どうだ? 動けないだろ」
俺は少女の頭のそばに屈みこみ、黄色い剣を揺らしながら、地面に横たわったヴァンピちゃんへと話しかける。
「これがこの“マヒマヒソード”の能力。動けなくなったお前はもう、俺に倒されるだけだ」
マヒマヒソードの隠された能力。マヒマヒソードが与える“麻痺”は、実現に必要な手順の面倒さから、約一分間とそこそこ長い効果時間が与えられている。とはいえ、一分過ぎれば麻痺は解除され、再びヴァンピは動けるようになる。ならば、悠長に話している暇などないのだが。
ぽん、と、彼女の体の上に、もう一度黄色い剣を振り下ろす。
マヒマヒソードは“十回目に麻痺を引き起こす”状態異常剣、ではない。“十回目の攻撃直撃時に麻痺を引き起こし、その後は一回攻撃を与えるごとに再び麻痺状態にする”という状態異常剣だ。麻痺は、二回目発生以降も一分間の効果時間が与えられる。
つまり、この剣は十回当てられた時点で、単体相手ならほぼゲームセット。きわめて強力な“ウェポンアーツ”であり、一方で、“ウェポンアーツ”でありながら他の武器に合成できないという欠点があった。
また、これまでの状態異常の発生への観察から、おそらく状態異常成功率は、彼我のレベル差が決定する。マヒマヒソードは、エリア4程度の魔物相手までなら、俺でもほぼ確実に十回で麻痺を引き起こせる。しかしそれ以上となると、必要回数が微妙にぶれて増えるようになった。
ヴァンピ相手に、十回で麻痺を起こせる確証はなかったが。
まぁ、どうにかなったらしい。思うに、ヴァンピの強さが低かったわけではなく、おそらく麻痺抵抗みたいな耐性値が無かったのだと思う。あるいは、成功は確率的に決まり、十回とも成功を引くことが出来たか。
ヴァンピの目が、弱弱しく動いて、俺の居る頭上を見上げた。




