3-2
ぶわりと、彼女の背中に黒い翼が広がる。音もなく、彼女の足が地面を離れる。
俺は、背中のブースタージャケットを起動して、刀を構え。
一度に、ヴァンピの目の前まで加速する。
「なっ――」
硬いもの同士が擦れ合う音。俺が振りかぶった刀は、彼女の硬くて黒い、長く鋭い爪先に阻まれた。腕の先が獣のように変化し、指を覆うように滑らかに湾曲した爪が生えている。
案の定、正面から仕掛けた初手は防がれた。ヴァンピは一見硬い防具も装備も持っていなかったが、今は硬い爪が現れ、俺の攻撃を防いでいる。次の攻撃からも、見られていればその爪で防がれるだろう。
ヴァンピの持つ属性はおそらく住人のはず、ダンジョン内の魔物のように戦闘保護を持たず、首から上と下を切り離せば終わる。この場所でなら、首を切り落とせば、相手が戦闘不能になるということだ。
呪符を切り、俺はヴァンピの背後へと姿を移し替える。彼女はまだ、背後に回った俺に気づいていない。刀を振れば一瞬だ。俺の前に、彼女の無防備なうなじが見えている。
俺は、刀を持つ腕に力を入れ……力を入れ――
落ちていく風の音に、ヴァンピが振り向いた。黒い翼が強引に薙ぎ払われ、俺の体は絡め取られて、背後に吹っ飛ぶ。
受け身を取りながら、ごろごろと地面を転がり、立ち上がる。そんなに高度も無かったし、ダメージは少ない。
俺は、握りこんだその刀を見下ろす。
「……何をしてるの?」
ヴァンピは、向こうから静かに問いかけてくる。腕は肉食獣のような毛と爪が生え、背中には大きな黒い翼が広がり、目も角も今は妖しく赤く光っている。
「……俺で仕掛けた俺の喧嘩だ。手下ばかり君に仕掛けて、俺が一度も君を殴らなかったら、カッコが付かないなって」
「そんな事は、聞いてない。今、あなたは私に攻撃できた。隙をついて、攻撃できたの。なんで……斬らなかったの?」
俺は、向こうの様子を窺いながら、手元に掲げる刀を見つめる。
「……まじめに、私を倒す気が、なかったってこと?」
「そんな事ないよ。俺は君をここで倒しに来た」
「でも今、あなたは斬らなかった」
「ちょっと手元が狂っただけさ。前に出るのには慣れなくてね」
「あなたが、“間違える”?」
「……」
「今ので……今の一瞬でもう、終わってたんじゃ……ないの?」
刀は……そうだ。刀はやめるか。あっちにしよう。俺は刀を持ち上げ、鞘の中へと納めていく。代わりに、ポーチの中から黄色い剣を取り出した。
「あなたは……」
「戦闘中に、そんなにぺらぺらと話してていいの?」
俺がそう言えば、彼女は口を噤む。
「俺はまだやる気だよ」
黄色い、ぐにゃぐにゃとしたスポンジみたいな刀身。しかし、これでいて中々に高性能な武器である。
「……そう」
彼女は、改めて空へと浮かび上がっていく。
「叩き潰してあげる」




