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「“幻霊”……いや、“遺伝子混濁体”か? ずいぶん珍しいもの連れてんな」
暗くなった箱の部屋、空間の向こう側で、ブドウドラゴンが声を発している。
“遺伝子混濁体”。簡単に言えば、異なる二つの種族の間に生まれた、遺伝子の混ざった個体。“遺伝子混濁体”は、両親から異なる二つの体を引き継ぎ、切り替えることができる。
二種間に生まれた子供は二つの体を使い分けられるが、代を重ねるごとに血が薄まる。二つの姿が混ざり合う、のではなく、どちらかの種族の姿だけが遺伝の過程で抜け落ち、どちらか一つの種族の姿だけ血に残る。
俺の所有する魔物シェルの一つである“ゴールドスキャター”。この“ゴールドスキャター”という種族名は“仮面ネーム”であり、本当は“ゴールドレジデント”という闇のもの、“冷たい光”という幻霊、その二つの間に生まれた“遺伝子混濁体”である。
この情報は、魔物シェルを休憩洞窟に登録し、個体情報を調べることで初めて確認できる。
俺の前に浮かぶ、藍色の体、その体に走る黄色い光の線。その人体は、正面から見れば顔もなく、人であるための部位も半ば抜け落ちている。その体は俺より大きいが、縦に長いというよりは豊かな体型であり、胸は流線形に膨らみ、また腰も太ももも太い。左右に伸ばした腕もむちむちとしている。
俺の体は、近くの地面ごと、この黄色い光に照らされている。暗闇の中で、彼女と彼女の周囲と、それから爆破の波だけが明るく光っている。
この体は“ゴールドスキャター”であり、“冷たい光”という幻霊としての体である。この暗闇は、彼女の“集光”という能力、それは周囲の光を奪って自身のエネルギーとする。また、足元の爆発の実が起動しなかったのは、彼女の放つ光が活動を遅延させたものの。
「あなた様。お好きに指示を」
「あのブドウドラゴンに思いっきり光を当てて」
「了解しました」
ゴールデンちゃんもとい発光体ちゃんは、両手を自分の胸の前に組み、手のひらを合わせて三角形の穴を組む。
直後、金色の光のビームが、向こうのブドウドラゴンへ向けて一直線に放たれた。
金色の光が放たれた。一瞬、空間全体が黄色い光に照らされる。彼女が手の平を動かせば軌道が動き、黄色の光が地面を走る。こちらの地面から、向こうの壁奥まで一瞬で到達し、ブドウドラゴンは避ける隙も無い。
冷たい光が地面を焼き、向こうのブドウドラゴンを焼いた。光が止み、空間は暗闇に戻る。向こうの奥で、ぶるぶると彼が体を振るい、その霜を払い落とした。
「こいつは気持ちが良いや! 戦闘合間に、冷気のプレゼントか?」
ブドウドラゴンには、まるで効いてない。
“冷たい光”。これは幻霊形態のゴールデンちゃんの能力である。その力は、光に当たったものから熱を奪い、凍らせ、非活性化させるというもの。ゴールデンちゃんは強力な魔物であり、その能力はここらのたいていの魔物に通じる。
にもかかわらず、あのブドウドラゴンには、ゴールデンちゃんの“冷たい光”が通じていない。
「あなた様。彼とは保有するエネルギー量が違いすぎます。たとえるならそう……“焼け石に水”?」
「おーけー、ゴールデンちゃんは俺のサポートに回って。あのドラゴンを倒す方法は、俺が考えて実行する」
暗い世界、俺の前には、ぼんやりと発光する黄色の人型が浮かんでいる。金色の光が、俺の立つ周囲をほんのり照らし、壁や天井を、連鎖する爆破の波が、音と光をまき散らしながら流れていく。
相手の爆破はゴールデンちゃんで無効化できる。爆発する実のバラマキも、周囲を伝う爆破の波ももう怖くない。残るはあの、くそつよ本体。マルメロを一薙ぎで吹っ飛ばしKOにするあのトカゲを、どうにか俺たちで倒さなければいけない。
俺は地面に屈み、実をもごうとするが、凍った紫色の球体は俺の手では千切れない。地面そのものから生え、それは離れるつもりがないようだ。
移動できる実は、あいつ本体から落ちてばらまかれるあの実だけか。まずは、ブドウドラゴンの爆破能力が相手本体に通じるか確かめたい。方法は二つ、本体を爆破の波が起こっている場所まで追い込む、飛ばしてきた実を投げ返す。
前者は、相手の本体がくそ強いことをさっき見ているので実行が難しい。後者は、相手が爆破の実のバラマキ攻撃を行ってくるかに掛かっており、相手依存だ。
まぁでも、もう他に手もない。もうやるしかない。
「ブルーバード! 相手を爆破の波に巻き込むぞ!」
相手は人語を解する魔物、俺が二人に出す指示は、そのまま聞かれ、相手も理解することになる。しかしまぁ、ほかに二人に伝える手段もなく、言葉なくして組み立てられる作戦もない。
聞かれていることを前提で、二人に指示を出し、相手が反応できないように攻撃を押し込む。
俺は不必要にあいつに近づかない方がいい。なんだか、近づいた瞬間、するりと近づいてきて頭を噛まれ、そのままゲームオーバーな気がする。相手にとっては、俺を落とせばゲームはクリアなわけだから。
俺は、ブドウドラゴンと距離を取りつつ、ブルーバードの動きに合わせた支援をする。
「“ビジョンリンク”!」
とりあえず、姿を隠した彼女の本当の位置を割り出す。ブルーバードの視界が、俺の脳内に新たに現れ、認識できるようになる。
「ゴールデンちゃん! もう一度、あいつに光を当てて! 出来るだけ強く!」
「了解です」
再び、目の前に浮かぶ人型の発光体が手を組み、黄金のまばゆい光を、あちらに居るブドウドラゴンへと解き放った。
「おいおい、またまたサービスか?」
金色の光の束に晒されて、彼は文字通り涼しい顔でそこに立っている。俺は、ゴールデンちゃんの後ろで呪符を構え。
解き放った。水色の光の玉が、彼女の光に隠れて一直線に飛んでいく。
彼が気付いた時には、それはもう、彼の体に直撃していた。
彼の体が、ピキピキと凍り付いていく。
俺が作成できる“呪符”には、いくつか種類がある。まずはダメージの与えられる電撃を飛ばす“雷撃”の呪符、自分の体を瞬間移動させる“瞬転”の呪符、まばゆい光を放って目をくらませる“閃光”の呪符など。
これらは、俺が町の人から譲り受けた本の中に製法が乗っていたものであり、どれも作成時に体力を消費し、そして発動時にも体力を消費する。
俺が今使ったのは“凍結”の呪符。相手を五秒ほど凍り付かせる。現在HPをほぼ半分ほど持っていくので、通常の戦闘ではまず使わないが。
俺が解き放った“凍結”の呪符が、ブドウドラゴンの体を凍らせた。彼は避けられなかった。あるいは“冷たい光”によって体の動きが鈍り、また“凍結”が成功したのも、“冷たい光”によるデバフのかさましがあったのかもしれない。
「ブルーバード!」
彼女の体が、ブルーバードの視界が、急加速する。幻惑の衣が剥がれ、ロケットを吹かせ加速する、左手から地面すれすれを飛行する青い巨鳥が現れ。
それは一直線に飛んで、向こうの凍ったトカゲの体をさらった。一、二、三、四――
右手から伝わり広がる爆破の波に向かって、ブルーバードは掴んだそのトカゲを放った。ブルーバードは青い大きな翼を広げ、急減速しながら空へと舞い上がる。
「うおっ!!」
爆破の波に向かって放られた紫のトカゲ、彼がその波に突っ込む直前、その体が息を取り戻した。ばちん! と彼は尻尾を地面にたたきつけ、高く飛び上がる。
「はっ! 惜しかったな! オイラ相手じゃなけりゃ……」
空中でひねった体がこちらを向いて、目線が俺に向いた。俺は、ただ彼へ向けて。
銃の照準を合わせている。引き金を引けば、ポンと音がして、紫色の球が向こうへと飛んでいく。
「空は飛べるか? ドラゴンさん」
ブドウドラゴンに羽はない、彼の体は天井まで届かず、放物線を描いて地面から飛び上がり、地面へと落ちていく。地面から足が離れた間。彼が、その体を動かせる方法はないのだ。
俺が撃ったのは“爆弾銃”、以前彼と対峙した時に手に入れた、爆弾する弾を放てる銃。威力は、今の狩場に対しては弱めであり、最近は地形破壊くらいにしか使っていなかった。
彼は落ちていく、彼が落ちる軌道を追って、紫色の玉が飛んでいく。それは粘着性の玉であり、玉は先に地面に落ちた。光の点滅を放って、落ちてくる紫トカゲを待っている。
「まずっ――」
彼が地面に落ちると同時に、彼は小さな爆発に巻き込まれた。
爆風の中に、彼の体が見える。紫色の、つやつやとした光沢のある紫の体だ。そこには、無論、傷ついた様子はない。しかし。
爆風の煽りを受けた、彼の首に成る紫色の果実たちが。
一斉に、爆破の予兆となる、光の点滅を放った。
彼は、爆破の波が起こらない安全地帯にこもっていた。彼は、爆破能力を持つマルメロを、問答無用で吹っ飛ばした。天井や地面を伝わる爆破の波は、まず一つが爆発し、その爆風が届く先の実まで起動させ、そして連鎖的に爆発が起こり、爆破の波を作っていく。
つまり、彼の首になる実もまた、爆風をトリガーにして起爆するのだ。そして、彼に成る果実の威力は、この爆弾銃の威力の比ではなく。
ブドウドラゴンの首になるブドウたちが、一斉に光り、ざわめく。彼は、半笑いで自分の体を見守っており。
「ゴールデンちゃん、こっちに飛んできた奴だけ凍らせて」
「がってん!」
俺はゴールデンちゃんの背中に回る。彼の体に実ったブドウの実が。
一斉に起爆した。
ひときわ大きい爆発が起こって、爆風が地面を揺らし、俺の体を吹き付ける。爆破に、こちらに飛ばされた実はなくて、ただ彼の元ですべて爆破したようだ。飛んで行った実がブルーバードを襲った心配もない。
爆風が過ぎ去った後。
つるんと色々なくなった紫のトカゲが、向こうでひっくり返っている。
彼は、笑っていた。
俺の見える視界にひたすら点々と存在していた紫の実が。
一斉にしおれて、消えていく。あれだけうるさく鳴り続けていた爆破の音も、急に途切れて、静かになった。
「あはは、こいつは一本取られちまったなー」
彼はひっくり返ったまま、起き上がりもせず、ただ天井を見上げている。
「今回はオイラの負けだ。もう、通っていいぞ」
と、ブドウドラゴンは顔だけこっちに向け、そう言い放ってくる。
「いいの?」
「おう」
「まだ、戦えるんじゃないの?」
「オイラが戦えなくなるまで戦うんだったら、あんたらに勝ち目なんてないぞ」
確かにそうかも。爆破が彼自身に通ると思っていた考えは、俺の間違いだった。
首元になった実が一斉に爆破し、それを食らった彼は、そこでひっくり返ったままでいるが、まだまだ動けそうで、元気な様子だ。爆破なしでも彼は強そうで、なんなら、俺にまっすぐ突っ込んでくるなら、より危険な状態といえる。
ただ、爆風は彼の体になっていた実を爆破しつくし、すっからかんになった。周囲の爆破の波が消えたのは、そのおかげか、あるいは彼自身が諦めたせいか。その“実がなくなった状態”が、彼にとってどんな意味があるかは分からないが、まぁ、とりあえず負けを認める基準の一つになってくれたらしい。
なんにせよ、今回は、これで通してくれるみたいだ。
「ありがとう、ブドウドラゴン。楽しかったよ!」
俺は、向こうに横たわった彼に手を振る。あの状態なら、まぁカードは撮れないな……。というか、前の部屋からして倒した端から消えていくので、このステージでは写影機ごと使えないかもしれない。
「おう。お互いさまにな!」
彼から、のんきに返事が返ってくる。
「また、次会ったときは、本気でやるか?」
と、ブドウドラゴンは続ける。
「もうやりたくないよー」
からからと彼は向こうで笑っている。暗闇が消え去り、直方体の空間に明るい光が戻る。振り向けば、地面の上に黄金の餅が落ちていて。
彼女はぴょんぴょんと跳ねて、そして肩の上に乗ってくる。
「おつかれさま、ゴールデンちゃん。今回も、君に助けられたね」
と、翼の音が迫ってきて、隣に青い巨鳥も降りて来た。
「ブルーバードも! おつかれさま。ずっと出してて悪いねー」
ポンと白煙が上がり、彼女は人の形態に戻る。
「別に。てか、今回ほぼ空飛んでただけで、大したことしてないし」
ブルーバードは澄ました顔でそう言っている。飛び続けても疲れたりしないんだろうか。
「そんなことないよ。君がいつでも“見えない攻撃”を仕掛けられる状態にあるから、ブドウドラゴンの注意は、常に君に割かれてなきゃいけなかった。相手の視界が広いほど、君はそこに居るだけで、ずっと相手に圧を掛けられるよ」
青いカッパを羽織った少女は、黙って俺の言葉を聞いていた。
「確かに」




