留守を守る者
美羽が本山へ旅立って数年後、
先に修行を終え、水守神社の宮司となるべく励んでいた美羽の兄“頼彦”の元に榛名山にある水守神社から文が届く。
『和田の里に強大な“マ”現る。求む助力』
まだ半人前の頼彦に“マ”との戦いの助力?
頼彦は何かの間違いか、半人前でも人手が欲しいのか思案しながらも君彦へこの事を伝えに向かった。
幸い君彦は縁側で鳥に餌を与えていた所だったので、頼彦は縁側へ座る君彦へ文を差し出すと君彦に報告した。
「父上、私の元にこのような文が届きました。」
君彦は届いた文を読むと
「赤坂庄…和田の里に“マ”現る。
と、先日連絡が有りました。
現地の者が向かいましたが
…どうやらかなり強いようで現地の者達では手に負えなかったようです。
なので、榛名山と赤城山そして妙義山の陰陽師が合同で討伐する事となりました。」
君彦は頼彦に届いた文が間違いでは無く、1人の陰陽師としての参加依頼だと頼彦に伝え
「安心なさい、頼彦の担当は結界の維持です。
現地で狩人達と連携し、結界を守る…それだけです。」
と、頼彦の不安を取り除くべく語る。
「では、父上も?」
「はい、共に行きます…出発は明後日です。」
君彦は前線へ、そして頼彦は後方支援として大規模な討伐作戦へと赴く。
一方、宗則の家では…
「駄目だ、いくらお前が修練を積んだ所で妖刀が無ければ“マ”とは戦えん」
君彦達と同じく大規模な討伐作戦へと赴く宗則は装備の手入れをしながら同行を願い出た宗次の申し出を断っていた。
しかし、
「で、でも俺も何かの役に立ちたい」
剣術に磨きをかけ、宗則からも『武士』として一人前と認められていた宗次は引き下がらずに食らいつく
「ならば、武士としてこの村を守れ
俺が“マ”の討伐に向かっている間に野盗が襲ってきたらどうする?」
近年、朝廷より荘園を賜り赤坂庄を治め始めた武士が統治する地域の荒れ方が酷く、近隣にまで野盗が出るようになっていたのだ。
宗則も昨年は“マ”よりも野盗との戦いをする事の方が多く
宗次も宗則と共に野盗討伐に参加して武勲を上げていたのだ。
「宗次、俺の大鎧を貸してやる
…母さん達を守れ
これは宗次にしか出来無い事だ」
宗則はトヨに目配せをし、大鎧の準備を指示すると宗次の肩に手を乗せ
「頼んだぞ」
真っ直ぐ宗次の目を見ながら宗次に拒否権を与えず、しかしとても大事な事を託す
武士として大鎧を身に着け戦に臨むは武士の誉れである、そして武士として名を上げる事こそモノノフへの近道なのであった…
「わかった、この村は俺に任せて」
宗次も宗則に任された事の重大さを感じ、宗則に答えるのだった。
「また塩を榛名山から運ぶのか?」
篤史は旅支度をする矢作とエミに問いかけた
新たに荘園を任された武士が塩の流通を滞らせ、この近辺が慢性的な塩不足に陥った時も榛名山経由で日本海側から塩を運び村へ届けていたのだが…
矢作は無言で首を横に振る
「和田に“マ”が出たの」
エミは旅支度をしながら篤史に答える
本来なら和田の里は矢作達の管轄外である、それなのに矢作達が向かう
よほど大規模な討伐をするのだと、篤史はその言葉で理解する。
そして、矢作とエミ“だけ”が旅支度をする意味も理解し、
「わかった」
そう言って篤史は自分のすべき事をはじめる
狩人は朝廷からは「守り人」と呼ばれ守り人としての仕事が有る。
“マ”と戦いに向かっている間も誰かが残り、守り人としての仕事をしなくてはならないのだ。
つまり、今回は篤史が守り人の仕事を任され、矢作達は別の仕事をする…そう言う意味なのであった。
明後日
村の出口に大鎧を身にまとい騎馬に乗った宗次が宗則や君彦達を送り出す
儀式的な物だが、この村には大鎧を着れる身分の武士が居る事を知らしめるには効果的なのだ
村人達も立派な若武者の姿に安心しながら君彦達を送り出していた
その光景を村から離れた茂みから伺う人影があった
『武士がいるのかよ』
茂みから村を偵察していた野盗は苦々しく思いながら拠点に戻る…
そして密かに野盗の後を追いかける影があった…篤史である
『…7人か、多いな』
野盗の拠点を探る篤史は思いのほか野盗の数が多い事に毒づくと拠点の近くに身を隠し様子を伺う
「ダメです兄貴、あの村には武士がおりやす」
兄貴と呼ばれた野盗は酒を煽ると
「何人だ?」
と、手下を睨見つける
少し怯えた手下は
「り、立派な大鎧を着た武士が1人でやす」
と、恐る恐る答える
「なら、その武士をワシが倒せばあの村は俺達の物だな…」
兄貴と呼ばれた野盗はニヤリと微笑むと再び酒を煽ると配下の者達に言う
「俺が武士とやり合う時に
…お前とお前が背後から斬れ
そうすりゃ楽勝だ
残りの連中は“塩”と“食い物”を奪え、
女は…好きにしろ」
兄貴と呼ばれた男は何人かを指さし卑怯な戦いをしない武士の戦いを逆手に取る作戦を指示し、残りの者達にも奪う品を指示したのだった。
野盗達が酒を飲みながら明日の事を話終えた頃…
野盗の拠点から一つの影が離れ村へと向かって行った。
トントン…トントン…
居間で就寝の支度をしていた宗次の耳に戸を叩く音が聴こえた
「誰だ?こんな時間に…」
トントン…トントン…
「…俺が出る」
再び戸が叩かれ、宗次は戸に向かおうとしていたトヨを制すると、自分で戸を開ける
そこには、暗がりの闇に溶け込むように篤史が無言で立っていた
「こんな時間にどうした?」
何か必要な物でも貰いに来たのか?
と、思い笑顔で宗次が話かけるが…
篤史は真顔で宗次の目を真っ直ぐ見つめ
「…明日、野盗が来る」
と、言った
更に篤史は部屋の奥から様子をうかがっていたトヨに向かって
「野盗の目的は“塩”“食べ物”“女”、
時は昼頃
数は7人
…男衆を集めれば対応出来る数だ」
と、言うとそのまま宗次の家を離れ闇の中へと消えていく…
「まて篤史!」
宗次が篤史を呼び止めるが、既に篤史の姿は無く、宗次はトヨの方を見ると
「母ちゃん…今の」
「宗次、ちょっと出てくるよ。あんたは明日に備え休みな」
宗次がトヨに篤史の言葉をどう捉えたのかを聞くより先にトヨは村長の家へと駆け出して行った。
トヨは村長の家へと向かう途中で各家の戸を叩き
「村長の家に来て!」
と、叫ぶと次の家へと向かう
そうして数件の家を経由して村長の家へとたどり着いたトヨは村長の家の戸を叩く
「急ぎだよ!野盗が来るよ!」
ドンドンと戸を叩きながらトヨが叫ぶので、就寝しかけていた村長達は慌てて飛び起きると戸を開けトヨを迎え入れる事となった。
その夜の内に
『明日、野盗が来る』
と言う事が村中の知ることとなり、
村長の家で話し合いの場が設けられると、村人達の意見は2つに割れた…
「あんな得体の知れない奴の言う事など信用出来ないな」
矢作達を異端と見る者達が篤史の言葉を疑い野盗の事は嘘だと言い張り
「被害が出た時には誰が責任を取るんだ?」
と、野盗が来る事は真実だと訴える者が反論していた…
結局、長い討論の末に万が一に備え、女子供は神社へ避難し、
戦経験のある男衆が武器を用意し野盗の迎撃をする支度を整える事となった。
そして、村長の家からそっと離れる影は矢作の家へと向かうと、動物用の罠を持ち出し再び森の中へと消える
明日に向けて既に戦いは始まっていたのだが、それを知る者はいなかった…




