それぞれの道
『助けが来る』
篤史は一瞬だけ安堵する
けれど、再び意識を集中し警戒を始める
まだ目の前に“マ”が居るのだから
狼煙の場所に向かって走るエミは懐から小さな笛を取り出し短く吹く
ピッピッ…ピッピッ…ピッピッ
『現地に向かってる』
と言う意味の狩人に伝わる味方への合図である
エミは篤史達を少しでも安心させようと、笛を吹きながら走る
警戒を続ける篤史の耳に小刻みに鳴る笛の音が聴こえた
『現地に向かってる』
エミからのメッセージを受け取った篤史は
「美羽、龍笛を吹いて」
と、美羽に言う
篤史が言うなら何か意味が有るのだろう…
そう思い美羽が龍笛を取り出し口を当てて笛を吹く
いつもの澄んだ音色では無い割れたような音色だが美羽の笛の音が森の中に響く
エミは走りながら篤史からの返事を待つ
篤史にも小さな笛を持たせ、簡単な合図も教えてあるのだ。
『ピーーピピ…』が続くなら篤史達の危険を意味し
『ピー…ピー…ピー…』と鳴る様なら篤史自身が怪我等で動けない事を意味する
しかし篤史からの返事は美羽の龍笛の音だった
いつもの美羽が奏でる笛の音が少し震えていた…けれど、それは美羽が笛を吹ける状況だとエミに伝えている
それらの意味してる事を理解したエミが安心しながらも次の手を考えながら走る
ふと、エミの視界の端で式神が狼煙に向かって飛ぶのが見えた
『ならば』
と、エミは君彦から渡されている簡易結界の護符を取り出す
ちょうどエミの耳に矢作が吹く笛の音が聞こえた
意味は
『情報収集に徹しろ』
矢作はエミが子供達を救うべく貴重な護符を使って“マ”と対峙するのを見越していたのだ。
エミも矢作に向けて笛を吹く
『承知』
と…
そして護符を懐へとしまうと篤史達の元へと全力で駆け出した
美羽が龍笛を吹き続けているが何も起きない事を不安に思い、
笛を吹くのを止め篤史に問いかける
「これで良いの?」
と、
既に矢作とエミの笛でのやり取りを聴いてた篤史は美羽に向かって微笑みながら
「美羽のお父さん達も来てるよ」
と、美羽と宗次に伝えた
「何でわかるんだ?」
宗次は驚き
「良かった…」
美羽は安堵する。
唐突に美羽達の結界を囲んでいる“マ”が弾ける
君彦が放った式神が“マ”に攻撃をしていたのだ
この光景は篤史の言葉が偽りでは無い事を意味し、幼い子供達の心から恐怖を取り除いた。
この日、宗次達は初めて“マ”と戦う親の姿を見た。
篤史は姿こそ見えない
けれど、父と母が近くで動いているのがわかった…
どこに居るかはわからないが、明らかに森の雰囲気が変わったのだ。
『凄い…森が…』
何をしたのかすらわからない篤史はひたすら森を観察していた
美羽は姿が見えない父君彦の祝詞が美しい唄のように聴こえた
そして、なんとなく父が式神に何をさせようとするのかもわかった
君彦が放った式神が“マ”を牽制し、宗則が居る方角へと誘導して行く
式神から逃れようとした“マ”の行く手に茂みから突然現れた宗則が斬りつける
普段着に妖刀を持っただけの父宗則はいつもの優しい父では無かった
宗次は鬼の形相で“マ”を斬る宗則の姿を見た
…これがモノノフ
何も出来ずにいた宗次とは違い“マ”と真正面から戦い、斬りつける宗則の姿は宗次の心を強く打った。
彼らから逃れようとした“マ”を矢作とエミが設置した結界が“マ”を阻み地に落とすと
君彦の式神が“マ”を拘束し
宗則がとどめを刺した…
「どうやら産まれたてで『恐怖』を与える程度の“マ”のようでしたね。」
茂みから歩きながら君彦が宗則に“マ”の説明をしながら護符を宗則に貼る
妖刀からのケガレが少なかった宗則は
「それでも“マ”だ」
と、言い子供達の様子を見ていた
特に、小さな美羽に守られていた宗次の表情を…何も出来ず悔しさを隠さない息子の顔を
エミが姿を現し、篤史を褒め
美羽が君彦に抱きつき泣き出す中
宗次は宗則の前に立つと真っ直ぐに宗則の目を見て言った
「父ちゃん、俺もモノノフになりたい」
…と、
モノノフの苦しみを知る宗則は苦悩しながらも宗次に尋ねた
「なぜだ?」
すると宗次は悔し涙を浮かべながら
「俺、みんなを守りたい…
でも、今のままじゃ誰も守れないんだ
父ちゃんがいなかったら、俺は母ちゃんも守れない
それが悔しいんだ」
そう言って宗則の目を真っ直ぐ見つめていた
「決して楽な道では無いぞ
それでも良いのか?」
宗次の決意を無にしたくない宗則は、宗次にモノノフとしての教えを施す事を決め、宗次の覚悟を確認する。
「うん!」
力強い返事を返す宗次には迷いすら無いように見えた。
こうして、宗次は本格的にモノノフとしての修行を行うようになり、篤史の家に来る頻度は減って行く
護符が無ければ、父が護符を持たせ無ければ、こうして立っている事すらでき無かった。
見えていた
危険だと分かっていた
けれど何も出来ずにいた悔しさから美羽もまた決意した。
「お父様、私決めました…
私も、お父様と同じく陰陽師の道を歩みたく思います。
どうか私が本山にて修行する事をお許しください。」
普段は自分から何かを申し出る事の無い美羽が珍しく君彦に願い出た
君彦は少しだけ驚いた表情を見せたが、宗次と宗則のやり取りを聴いてた君彦は何かを理解すると
「わかりました。
フサが寂しがりますが…仕方ありませんね。」
と、愛娘の旅立ちを許可する
こうして美羽もまた強い陰陽師になるべく歩みだした
美羽と宗次がそれぞれの道を決め、歩む事を決めていた時、篤史はと言うと…
「…よくやった」
あまり篤史を褒めない矢作が珍しく篤史を褒めると
矢作は篤史の頭を優しく撫でる
「…全然ダメだった」
篤史は己の未熟さを痛感しながらも、普段の父からの教えが如何に重要な事だったかを再認識する。
そんな篤史をエミは優しく抱き寄せ
「もっと学びなさい。
まだまだ篤史には教えたい事が沢山あるのだから…」
と、抱きしめた。
篤史達が“マ”と遭遇した日の数日後、周囲を説得した君彦は本山へ使者を送り支度を整えた。
美羽が本山へ旅立って行った。
篤史も森の中に居る頻度が増え
宗次も宗則の元でモノノフとしての修行を行う
強く成る為に
もう二度と何も出来無い自分でいないために




