小さな狼煙
“マ”の気配を感じた篤史ではあったが、
篤史が教わった“マ”への対処は
『逃げる』のみ…
戦うな。
見つけたら逃げろ。
逃げて、生きて、知らせろ。
父に叩き込まれた言葉を、篤史は必死に思い出していた。
篤史は教わった通り森の違和感に意識を集中させ、“マ”の気配が薄い方角を探す
…かすかに家の方向へと向う方角が薄い気がした篤史は
「逃げる」
宗次と美羽に言うと家の方へと駆け出した
あまりにも真剣な篤史の様子から美羽も篤史の後を追って駆け出したが
「あっ!」
木の根に躓き転んでしまう
しかし、
美羽の近くにいた宗次が、転んでしまった美羽を、ひょいと持ち上げ荷物を運ぶかの様に抱え走る
「ちょ…宗次」
美羽が宗次の持ち方に文句を言おうと口を開きかけると
篤史が急に止まり手を横に伸ばし
「まて」
と、宗次に制止の合図をした
苦々しい表情で篤史がつぶやく…
「囲まれた」
篤史の声は、かすかに震えていた。
宗次には何も見えない。
宗次に抱えられてる美羽には状況すらわからない。
けれど篤史だけは、四方からにじり寄る“マ”の気配を感じていた。
実際には囲まれてはいなかったのだが、篤史は四方から漂う“マ”の気配で『囲まれた』と錯覚してしまっていた。
宗次は美羽を降ろすと
「どうすればいい?」
と、篤史に尋ねるのだが篤史は首を横に振る
「逃げ…られない」
2人のやり取りを見ていた美羽も事の重大さを感じ無意識に宗次の服を強く掴んでいた…
やがて“マ”が篤史達の前にその姿を現しはじめる
気のせいか、森の空気が重くなった気がした
美羽には薄い靄のような物が行く手を塞ぐように見えた
篤史は“何か”が周りを囲んでいる様に感じた
宗次は何も感じ無かった…
“マ”はその一部を篤史に向けて伸ばす
「やだっ来ないで!」
靄がこちらに向かって来てるのが見えた美羽が思わず声を発した
篤史は直感で『危険』と感じ美羽達から離れる様に動く
この動きが宗次には『逃げ出した』様に見えた
「篤史!」
つい宗次は篤史の名を呼び“どこに行くんだ”と、言う前に
「篤史、左!」
靄が見える美羽が篤史を狙う靄が篤史の左側から迫るのを伝える
「見えるのか?」
思わず宗次が美羽に尋ねた
「…うん、靄みたいなのが篤史を襲ってる」
美羽は篤史から目を離さずに宗次に伝えた
その言葉を聞き宗次は一瞬でも篤史を疑った自分を恥じた。
『くそっ…』
そして無力な自分に苛立つ
“マ”は篤史を襲いつつも、気づかれない様に宗次と美羽にも魔の手を伸ばす
バチンッ!
急に宗次の服を掴む美羽の背後で何かが弾けた
“マ”が美羽に取り憑こうとしたが、美羽が常に身に着けてる護符が“マ”を弾いたのだ。
君彦が愛娘を守る為に作った護符は強力な結界で美羽を守る。
美羽はその様子を見ると
「篤史こっち!」
と、篤史を美羽の結界の内へと招く
篤史も美羽の護符が“マ”から美羽達を守っているのがわかると美羽達の方向へと向うのだが、“マ”がそれを許さない
「篤史早く!早く!」
靄が篤史を集中的に狙う様が見える美羽は泣きそうになりながらも篤史に声をかけ続けた
唯一状況が見えない宗次は、そんな2人の様子をただ見てるしか無かった…
「くっそおっ!」
2人の力になれない悔しさから宗次は美羽を抱きかかえると、篤史に向かって走り出す
篤史が来れないなら、こっちが行けばいい
単純な事なのだが、逃げるのに必死だった篤史にも、篤史を助けるのに必死な美羽にも気づかない盲点だった。
宗次は美羽を抱えたまま、篤史に向かって体当たり気味に突っ込むと、篤史も巻き込んで倒れ込む。
ちょうど美羽と篤史に宗次が覆いかぶさる様に…
「宗次…重い」
潰されてる美羽が必死に宗次を押しのけようと足掻き
「助かった」
篤史は頼もしい友に感謝した。
宗次の機転を利かせた行動で九死に一生を得た篤史は冷静さを取り戻すと打開策を考える
獲物を逃がした“マ”ではあるが、まだ獲物はそこに居る…
“マ”は美羽を守る結界を完全に包囲し、僅かに結界から出ていた宗次の足を狙う
「ぐぁ…」
宗次が変な悲鳴を上げた…
みるみるうちに宗次の顔が青ざめて行く
嫌な気配が宗次の足に集まるのを感じた篤史が叫ぶ
「丸まれ!」
恐怖に青ざめる宗次に篤史が叫ぶ
訳がわからないけど、とりあえず丸まる宗次を結界が守る。
「潰されるかと思った…」
宗次が丸まる時に動ける様になった美羽が宗次の背中に座り呼吸を整える
子供ながら身長が170cmを超える宗次が、130cmにも満たない美羽に覆いかぶさっていたのだ、美羽が宗次に潰されると感じたのは仕方ない事だった。
「でも、どうしよう…」
結界により身の安全が確保されたが、いまだ“マ”は篤史達を狙い結界へと攻撃を仕掛けていたのだ。
すると、何かを思い出した篤史が懐から細い竹の筒や糸くず、黒い物等を取り出し、付近の枯葉や小枝を集める
そして上着を脱ぎその上に乗せた
「どうしたの?」
美羽が不思議に思い尋ねるが篤史は作業を続け、竹の筒を手にすると
竹の筒の端を持ち、反対側を勢いよく地面に叩きつける
パンッ!
軽い音がすると篤史は竹の筒を引っ張り中身を取り出した
不思議な事に竹の中身は先の端が火種になっていて篤史は火種を毛玉や枯葉に移し火を起こす…
パチパチ…
完全に火がつき燃えだすと篤史は黒い物を火に投入した
辺りに糞の匂いが漂う
「くさっ!何焼いた篤史」
あまりの匂いに宗次が鼻をつまむ
「糞」
篤史はひと言だけ言う
「“マ”が嫌いな匂いなの?」
美羽も臭くて鼻を押さえながらも篤史の行動の意味を知ろうとする
「違う」
けれど篤史は否定した
「やけくそか?」
宗次が頭に浮かんだ言葉を言うが…場に変な空気だけが漂う
すると篤史は指を口に当てて『静かに』と、言うと意識を集中し始めた…
ーー森の中を家に向かって走るエミは家の方向に“狼煙”が上がるのを見逃さなかった
エミは開けた場所に出ると鏑矢を用意する
ヒョーーーーーーーーッ
矢作が居る方角から鏑矢が放たれた
エミは矢作も狼煙を確認した事を理解すると自分も鏑矢を狼煙の方向へと放つ
ピーーーーーーーーーッ
矢作の家へと向う君彦の耳に2種類の鏑矢の音が聞こえた
音の方角を見ると森の中に狼煙が上がっている
君彦は足を止め、式神を数枚取り出し祝詞を唱える
式神が一斉に狼煙の場所へと向かって飛んで行くと、君彦は別の式神を取り出し祝詞を唱える。
今度の式神は君彦の頭上高く舞い上がり空中で光を放ち君彦の頭上で旋回し始めた
君彦は式神が光を放つのを確認すると狼煙の場所に向かい走り出した。
君彦にやや遅れて走る宗則の耳にも鏑矢の音が聞こえ空を見ると
前方の空に狼煙と、空を旋回する式神を見つける
『君彦はあそこか』
宗則は狼煙の場所と君彦の位置を確認すると最短距離を探して走り出した
ーー意識を集中する篤史の耳が鏑矢の音を捕らえる
一本は父矢作の音…少し遠い、来るまでに時間がかかりそう
一本は母エミの音…近い、家の近くまで来ている
篤史は口元に笑みを浮かべ
「助けが来る」
そうつぶやく…
矢作やエミが来ても“マ”を祓う事は出来無いけれど、篤史にとっては最強の援軍なのだ
そして『助けが来る』
その言葉を聞いた美羽も宗次も折れかけた心に希望の火がともる。




