不破関の守り手
重保へのお説教を邪魔された藤原道成が妖刀を引き抜き“マ”に向かい言い放つ
「我は不破関の守り手にして国府の守護を任されるモノノフ、藤原道成
…参る」
初老のモノノフはそう言うとゆっくりと歩み始め“マ”と戦っている宗次に向かい
「助力いたす」
と、ひと言だけ言うと“マ”に向けてズンズンと進んで行く
歩きながらも道成は宗次の戦いを観察していた
『ずいぶん荒削りだのぉ…』
宗次が初陣だとは知らない道成がそう思うのも仕方無かった
宗次は妖刀を使った戦い方をやっとし始めた所なのだ
故に、どうしても時折モノノフでは無く武士としての足運びや構えを無意識にしていて、それが粗さに繋がっていた
かたや道成はと言うと…
カンッ!
カカンッ!
“マ”が飛ばした石や木片を無視して“マ”の本体に歩いていたのだ
そして飛んで来た石などは道成に当たる手前で何かに当たり方向を変えたり落ちたりしていた
「あれは、盾ですか?」
美羽は“マ”に向かい歩く道成の前に“ケガレ”が壁のように渦巻いているのを見て重保に尋ねた
「えぇ、あれは妖刀“翡翠”の特性の一つで
“ケガレ”を鋼のように硬くし盾のように相手の攻撃を防ぐのです
『鉱石系』の名前を持つ妖刀は皆ああいった特性があるそうです
有名なのは妖刀“巌”の特性でしょうか…
“巌”は“ケガレ”で作った鎧でモノノフを守ると言われていますので」
道成の戦いを何度も見てきた重保が己の知る限りを美羽へ教える
「更に『鉱石系』の妖刀は使用者が長生きする事でも有名です
本来なら使用者の体内に溜まる“ケガレ”をもその守りに使うらしいのです
故に“ケガレ”による使用者の身体への影響が最も少ない系統とも言われている
…そう藤原殿が申しておりました。」
途中まで話していた重保が、最後に全て道成から教えられた事だと暴露して締めると
「それ、本当なんですか?」
さすがに話を盛りすぎでは?と思った美羽が確認するも
「藤原殿はかれこれ20年以上も不破関の守り手を務めておられます。
数年前に国府の守護を務めておられたモノノフ殿がお亡くなりになってからは、国府の守護も兼任されており、未だに元気なのが良い証拠です」
一般的にモノノフとは短命な事で知られる
理由のほとんどが“マ”に敗れて命を落とすか妖刀の“ケガレ”に身を蝕まれて命を落とすかである
そんな中で初老を迎える事が出来たのだから、決して嘘では無いのだろうと美羽も納得するのであった。
その初老のモノノフである道成はと言うと
盾のようにしている“ケガレ”に“マ”が放つ“ケガレ”を吸収させながら本体に歩いていた
“ケガレ”を吸うほど盾は堅固になり、ますます道成への攻撃を防ぐ
そして、刃が届く位置まで詰めると
「…しまいじゃ」
道成は妖刀“翡翠”の一閃で“マ”を打ち払ってしまうのであった…
「お見事」
重保がぽつりと言う
「すげぇ」
「嘘?」
美羽も篤史すら一瞬の出来事に驚き
「えっ?」
一番驚いたのは宗次であった
自分が苦戦していた相手をたった一振りで仕留めたのだから
一瞬、宗次は驚いたものの改めて上級妖刀を持つ者の凄さを身に染みて感じ
「お見事です、助かりました。」
と、道成に向かい頭を下げながら言うのであった。
道成も宗次の方を向くと
「お主…筋は良いのだが、ちと粗さが目立つのぉ
この程度なら問題は無いが、強めのヤツ相手だと危ういぞ」
と、明らかに若いモノノフの宗次へ助言をした後に重保の近くまで行くと
重保に説教の続きを始めるのであった…
やがて狼煙を上げ終えた篤史や地元狩人夫婦が姿を見せ
未だに重保に説教する道成を見ながら近くに集まる
そんな彼らに美羽は
「藤原殿はお優しい方ですね」
そう微笑むと
地元狩人は口を揃えて
「立派な御方です」
と、言うのであった。
「そうじゃ!」
説教中の道成が急に宗次の方を向くと宗次に向かって
「お主、名は?」
と、突然言い出す
宗次が姿勢を正して
「我は赤城山南麓の守り手“山上宗則”が子、宗次と申します。
以後、お見知りおきの程を」
そう名乗りを上げた
「なんと!“白波”の宗則んとこの倅か?
どうりで見事な太刀筋だわ
して妖刀の名は?」
道成は宗則の知り合いなのか宗則の名を聞くと顔に笑みを浮かべながら宗次に次の質問を投げかける
宗次は父、宗則の知人に失礼が無いように気をつけながら
「はい、我が預かりし妖刀の名は“漣”と申します。」
そう答える、すると道成は
「漣の戦い方としては、まだ粗さが抜けておらんな…」
と、つぶやき少し思案し始めた
そこへ宗次が
「先日朝廷よりこの“漣”を預かりし直後にて、此度の戦いが初陣にございます。」
と、本来なら体裁を気にして言わないような事を素直に告げた
「なるほど、妖刀を預かりし直後か…ならば先の戦いも合点がいく
よし、宗次よ我がちと妖刀の戦い方を指南してしんぜよう」
と、宗次としては嬉しい申し出をしてくれたのであった。
こうして、宗次達は道成や重保に連れられ不破関へと入り、道成の屋敷に泊めて貰えることとなった
道成の屋敷は伊達に藤原の姓を名乗っていないと思うくらい立派な屋敷で、屋敷内に複数の使用人や住み込みの門下生と思われる武士が滞在していた
屋敷に戻った道成は重保も招き簡単な宴を開き今日の勝利を祝う
「改めて本日のご助力痛み入ります」
重保が道成に感謝を伝えると
「よいよい、それより宗次の連れは何者かの?」
と、言うと明らかに普通の町娘では無い美羽と、あからさまに狩人の篤史へと視線を向ける
重保も美羽の事は少ししか知らず、美羽本人から詳細を聞きたいと思っていた所で道成と共に篤史と美羽の言葉を待った。
「俺は篤史、見ての通り狩人だ普段は赤城山南麓を住処にしている、今回は仕事で来ている」
と、いかにも篤史らしく簡潔に言うと目線を美羽へと送る
「赤城山南麓にある水守神社の巫女、美羽と申します。赤城山へ戻る旅の途中です」
この様に挨拶したのだが…
「いやいや、娘よ隠す必要は無いぞ
お主、陰陽師の技を使っていたでは無いか?」
間髪入れずに道成に指摘され
「えぇ、私も気になってました。
加茂家にいた時は下働きとして不遇の扱いを受けていたのは知ってます、
その後、下働きとして安倍家へ引き取られたと聞きました
その貴方がなぜ陰陽師の技を使えるのですか?」
重保にも痛い所を掘り下げられる美羽であったが
明らかに表情が曇った美羽を見た道成が
「言いたく無ければ言わずともよいぞ娘」
と、助け舟を出し重保に目で“良いな”と釘を差したのだが、
「いえ、ちょうど宗次達にも話さなければならないと思っていたので、ちょうど良い機会です」
と、美羽は加茂家へ預けられた後からの事を話し出した
美羽は最初に陰陽師の修行として加茂家へ赴くが、手違いか何かで巫女見習いとして巫女の修行をしていた事
“星読み”以外は全く出来ず儀式的な事のみ覚えた後は下働きとして働いていた事
そして、下働きをしながらも加茂家の使う祝詞や護符などを独学で学んでいた事を打ち明ける
やがて安倍家へ引き取られ、その後も下働きをしながら隠れて式神を使う練習をしていたのを安倍家の人に見つかり、そこから本格的な陰陽師の修行を始めた事
更には陰陽師の試験を
「女の陰陽師は前例が無い」
と言う理由だけで技すら見ずに落ちた事を赤裸々に語る
「ひでぇ…」
なぜ重保が美羽を見て『下働き』と言ったのかを納得すると同時に『性別』のみで試験に落ちた事に怒りを感じ
思わず怒りで拳を握りしめる宗次に“落ち着け”とても言うかのように肩に手を乗せ、じっと美羽の様子を伺う篤史
重保も苦い表情で
「なんと愚かな…しかし頭の硬い方々ならばあり得る話です」
と、こぼし
女の陰陽師は前例が無いが故に加茂家は美羽を巫女見習いとして育てようとしたのでは無いかと思い至る。
「そうじゃのぉ、重保ほど融通が利く奴は加茂家どころか陰陽師には少ないからのぉ
強いて言えば実力主義の安倍家くらいであろうな」
道成も今の陰陽師の体制批判をする事で美羽を慰めようと試みた
話しながら、いつの間にか涙がこぼれ落ちていた美羽も涙を拭きながら
「お気遣いありがとうございます。
ですので、実力では無く性別で陰陽師になれないので有れば、一度赤城山へ戻り父の元で励もうと思い今に至ります」
そう無理をした笑顔で言うのであった…
その後、不器用過ぎる男達が落ち込む美羽をなんとか励まそうと悪戦苦闘したのは言うまでもない。
翌日になると道成は約束通り宗次にモノノフとしての妖刀を使った戦い方を指南してくれた
宗次達の事情を理解した道成の計らいで宗次達は三日間ほど道成の屋敷に滞在し、
その間に
篤史は近隣の狩人との連絡を取り合い旅の支度を進め
美羽は重保から手ほどきを受け過ごし
宗次は道成から戦い方を指南してもらえたのであった。




