妖刀の師
道成の前に“ケガレ”の盾が渦巻いている
「…攻撃してみよ」
道成は宗次に向かって静かに構える
道成と相対する宗次は自らの持つ妖刀を握りしめると道成に斬りかかる
のだが…
キンッ!
キンッ!キンッ!
中央から外へ渦巻いている盾に弾かれ全く太刀打ちできないのであった。
宗次は道成の屋敷に滞在しながら妖刀を使った戦い方を道成から教授されており、ようやく“ケガレ”を感じ、視認し“ケガレ”を纏った状態で戦える所まで来た
宗次が持つ妖刀“漣”の“ケガレ”はまるで薄い布の様に広く柔らかい感じなのに対して道成の持つ妖刀“翡翠”の“ケガレ”は渦巻き、まるで盾の様にその場にとどまっていた
「何をしておる!
ちゃんと“ケガレ”を使え!
その“漣”はいわば“翡翠”の天敵のようなものなのだぞ!」
宗次の持つ“漣”を見た時から道成は同じ事を言い続けてる
“漣”は“翡翠”の天敵…と
中級妖刀が上級妖刀の天敵?
宗次は未だにその意味がわからず道成に斬りかかる
『天敵…と言われてもなぁ』
“翡翠”の大きな特徴は二つ
一つは今の様に外側に渦巻き様々な物を弾く
もう一つは内側に渦巻き周囲の“ケガレ”を吸収し盾を堅固な物にしていくのだ
何度も斬りかかるうちに宗次は一つだけ気がついた
“漣”自身が刀身をケガレの盾に当てるのを嫌がっている感じなのだ
『刃こぼれを嫌がっているのか?』
宗次は最初はその程度に感じていた、それくらいケガレの盾は硬いのだ
宗次がその事を考えてた時
「お茶を入れました」
家人が縁側にお茶とお茶請けを置きそっと立ち去る
「おっ?ちょうど喉が渇いておった所よ
おいっ!
重保達も呼べ!茶にするぞ」
と、立ち去る家人に申し付けると道成は妖刀を鞘に収め布で体を拭く
宗次も同じ様に体を拭きながらも“漣”が嫌がる感じの理由を考えていた
道成と宗次が体を拭きおわり、縁側に向かって歩き出すのと同時に重保達が姿を現した
4人は縁側に座り、ゆっくりと茶を飲む
「どうやら、そっちは収穫あったようじゃな」
重保の表情から察したのか道成が重保に話かける
「えぇ、さすが安倍家と言うべき事を沢山学ばせていただきました」
重保は美羽を見ながらニコリと微笑み
美羽も
「私も、改めて加茂家の凄さを痛感いたしました」
と、微笑み返す
「なぁ、加茂家と安倍家ってどっちが強いんだ?」
なんとなく疑問に感じた宗次が美羽に尋ねると、美羽と重保は互いにクスリと笑うと
「“強さ”の方向性が違うので、一長一短ですよ」
と美羽の代わりに重保が答えた。
「よくわからないな…」
強さの方向性とか言われても宗次にはいまいち理解出来ずにいた
「武士とモノノフも違うのだぞ」
宗次の会話を聞いていた道成がそんな事を言い出し
「わかるか宗次?
モノノフと武士は違うのじゃよ
それを理解すれば
重保の言ってる意味もわかるはずじゃ」
武士とモノノフは違う…何が違う?
宗次は必死に互いの違いを探す
武士は剣技のみならず弓にも長けている
モノノフとの違いは弓を使うか否かくらいの違いしか思い浮かばない宗次に対して重保が少し助言する
「安倍家は“マ”を『祓う』『滅する』術に長けており、
加茂家は“マ”を『封じる』『抑制する』術に長けてます
方向性とはそう言う事なのですよ」
続けて
「モノノフと武士の違いは…恐らくですが
武士は『誉れ』『矜持』を尊重し
モノノフは武士らしさより結果を尊重しているように感じます」
重保がこの様な持論を口にすると
「いや、それは違う
我が父、宗則は武士らしい戦い方をしていた」
つい宗次はその言葉を即座に否定してしまっていたのだが…
ぽつりと道成が庭を見ながら独り言のように話し始める
「あれは“白波”の特性が武士らしいからじゃ
“白波”は武士らしく前に出る戦い方には強い…
しかし、だ
“白波”は引く戦いにめっぽう弱い、故に引けぬのだ、お主にはそれが武士らしく見えたのであろう
その点、“漣”は引く戦い方にも強い…
押して良し引いて良しの刀じゃ
武士らしい戦い方では“漣”の良さを半分も引き出せておらぬ
わしを見てみよ、ケガレで作った盾の後ろに隠れて正々堂々と戦わんでは無いか
武士の気質が強い者からは卑怯者だの臆病だの好き放題言われておるわ」
そう言われて初めて宗次は気がつく
武士は誉れを尊重するが故に逃げ隠れせず正々堂々と敵と相対する…
確かにケガレの盾に守られている道成殿の戦い方は武士の誉れを損なう戦い方なのだ
「しかし、それは相手が“マ”であり武士では無いので仕方な…」
そこまで言って宗次はハッとした、先ほど重保が言っていた
『武士らしさよりも結果』
と言うのと同様の事を口に出したのだ
要は武士らしさを捨ててでも“マ”を斬る…それがモノノフなのであると
「さて…稽古の続きを始めるかのお」
頃合いと判断した道成が茶を飲み干しゆっくりと立ち上がる
「では我々も続きをいたしましょう」
重保達もそれに合わせ立ち上がり戻って行った
再びケガレの盾を作り宗次の前に立ちはだかる道成と相対する宗次は先ほどの会話を理解しようと試みていた
武士らしく無い戦い方…
“漣”が嫌がる感じ…
頭がごちゃごちゃして来た宗次は“漣”に問う
『お前はどうしたい?』
…と
すると“漣”はこれが答えだとでも言うように“ケガレ”を広く薄く展開して行く
“漣”の放つ“ケガレ”は“翡翠”の“ケガレ”の盾を迂回して道成の背後まで広がりその場に薄い“ケガレ”の膜を作り出した
そして宗次に伝える
大気の流れや“ケガレ”の揺らぎ、果ては道成の一挙一動ですら“ケガレ”の膜を通じて宗次に伝わるのだ
『なんだ…これは』
宗次は己に伝わる情報が急激に増加したことに驚くと同時に、なんとなくだが
『推奨される動き』
を感じ取ったのだ
“漣”が示す動きは二つあり、どちらも道成の“背後”“側面”からの攻撃である
『さすがに背後からは卑怯では無いか』
そう宗次が思い攻撃を躊躇うと
宗次の躊躇いを察して道成が助言する
「宗次よ“マ”には前も後も無いのじゃぞ?
こちらを向いてる方が前とは限らんのだよ」
ハッとした
相手が道成だから躊躇ったのだ…相手が“マ”ならばと考えたなら背後や側面と言う物が有るかすら疑わしいのだった
「…参ります」
意を決して宗次は道成の背後から“ケガレ”による攻撃を仕掛ける
道成はその攻撃に対して“ケガレ”の盾を背後に回して防ぐ
その瞬間…
道成の前から“ケガレ”の盾が消えていたのだ
前が空いて一気に道成との距離を詰め間合いに入る
その間も“ケガレ”による攻撃を後や側面から行って“ケガレ”の盾を背後や側面の守りに使わせたのである
そして、後少しで互いの間合いになる時に道成の前面に“漣”から“ケガレ”による攻撃が行われた
当然ながら道成はそれを妖刀で防ぐ、宗次はその瞬間の隙を見て斬りかかり
見事に道成に一太刀を与える事に成功したのだ
宗次が一番驚いた
あんなに苦戦していた盾を外す方法がこんな簡単だったとは思わなかったのだから
しかしこんな卑怯な戦い方で一太刀入れても…いや、相手が“マ”であるなら恐らく有効な攻撃なのだ
「言うたであろう“漣”は天敵なのだと」
道成は卑怯な攻撃で一太刀入れられたのに何故か嬉しそうにしていた
「良いか宗次“漣”は確かに色々と少し足りないかもしれん、
だが、この様な戦い方を得意とするのが“漣”なのじゃ
さて、もう一度やるかの」
そう言うと再び稽古が再開される
さすがに二度目以降は道成も本気で守りだしたので簡単にはいかず、かろうじて五回に一度一太刀入れるのがやっとであった…
それでも格上相手に一太刀入れられる様になったのは互いが持つ妖刀の相性故である事は宗次も理解していた。
「道成殿、一つ尋ねても?」
稽古を終えて互いに体を拭きながら宗次は道成に聞いた
「何故そこまで“白波”や“漣”に詳しいのですか?」
その問に道成は過去を思い出すかのように
「宗則とは都から不破関までの道中を共にしていたのだ
ちょうど宗則が初めて妖刀を預かり赤城山へ向かう途中でな
ワシは単に呼び出しを受けて都に赴いた後であったのだがの
宗則も最初はお主のように上手く“白波”を使えずにいたのでな、ワシが手ほどきしたのよ
」
と、得意げに話すのだ
『なんと!道成殿は父と我に妖刀の指南をしてくださった御方…つまりは師匠では無いか?』
奇しくも親子2代にわたり同じモノノフに妖刀の使い方を指南されていたと言う事実が発覚したのである
「道成殿、あらためて感謝申し上げます」
宗次は深々と頭を垂れ感謝の意を伝えた
「なあに、たまたまじゃよ
たまたま我が兄の持っていた妖刀“漣”の次の所有者が、たまたまお主であっただけじゃ」
こうして稀有な巡り合わせで道成と宗次が繋がっていた事を知る宗次であった。
そして道成殿の善意の意味も全て腑に落ち不破関での三日目を終えようとしていた。




