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何か変だ

 美羽の怪我で足止めを食らった3人が“鳰の湖(におのうみ)”と呼ばれる湖の近くにある勢多駅(せたのうまや)へとたどり着いたのは、宗次が狩人の小屋を壊してから更に7日ほど過ぎた頃であった。


 平地ならば美羽も1人で問題なく旅を続けていたが、先の件もあり篤史は当初の予定通り最も危険な峠の一つである神坂峠を迂回する事を決めた。



 更に、勢多駅までに必要以上に時間を費やしてしまったが故に少しでも先へ進めたい篤史は思案した。

 狩人達が使う“古道”と呼ばれる駅(うまや)間をほぼ一直線に進む道は美羽にはまだ厳しい…

 ならば、街道を使わず駅の間に有る村を繋ぐ道を使うのはどうだろうか

 

 色々と思案して篤史は古道と街道の間を通る村々を通る道で比較的平地の道を選択しながら進む事を選んだのだった。

 

 勢多駅を出た3人は、不破関を目指し大きな湖を遠くに見ながら歩く

 不破関へ向かう道と鈴鹿関へと向かう道が分かれている場所を過ぎた頃

 篤史は街道を外れて近くの村へ続く道を選ぶ…

 篤史自身も初めて通る道なのだが、もう少し山に近い所を古道が通り清水駅(しみずのうまや)近くの集落に続く事は知っていたのだ。


 「ちょっと待て」

 少し遠くに村らしき場所が見えた時であった

 急に篤史が皆を止めた


 「何か変だ」

 篤史は遠くに見える村らしき場所へと意識を向けながら宗次達に異変を知らせる

 「“マ”か?」

 宗次が何故か小声で篤史に尋ねる


 「…かもしれない」

 篤史は村らしき場所を警戒しながら答える


 『かもしれない?』

 曖昧な返事に疑問を持ちつつも宗次はゆっくりと妖刀“漣(さざなみ)”を抜き

 

 『かもしれない?』

 美羽にはまだ何も感じられず、仮に“マ”だった時に備えて式神を用意した



 3人をまとわりつくような緊張が覆う中、それでもゆっくりと進む


 いよいよ村らしき場所の入り口まで来ると、さすがに美羽にも変な違和感のようなものを感じだす


 「小さい…けど、いるわ」

 美羽が宗次に注意を促すようにつぶやき


 「任せろ」

 宗次がそれに答える


 「あのぉ~!薪割りとかしますので、軒下を貸してもらえませんかぁ~?」

 少し大き目の家の近くにたどり着くなり篤史は大声で中に向かって話しかける


 …


 …


 しかし、何の返答も反応も無い

 篤史は後の2人を見て中の様子を見て来る事を手で示す

 美羽は軽く頷き

 宗次は首をかしげ美羽に小声で尋ねる

 「な、なんて?篤史はなんて言ってる?」


 えぇ~と言い出しそうな表情で美羽が

 「篤史が中の様子見て来るって…」

 と、中に入る篤史の背中を見ながら話す



 篤史は家の中に入ると素早く周囲を見渡し異変が無いのを確認すると更に奥へと向かう


 篤史が家の中に入ってからしばらくすると入り口の戸が開き家の中から篤史が姿を見せる

 「誰も居ない…明らかに変だ」


 篤史は宗次達にそう告げると、軒下に飛び付き素早く家の屋根へ登ると家の屋根から周囲をうかがった

 すると…

 集落の中心近くにある井戸から明らかな“マ”の気配を感じ取り

 屋根から降りると宗次達に


 「この先の井戸に居る」

 と、井戸の方向を指差して“マ”の存在を共有した。


 「じゃ、俺が切る」

 宗次は妖刀を構えると井戸に向かい歩きだし、美羽が宗次の服を掴む


 「待ちなさいよぉ

 どんなヤツかわからないまま行くのは無謀だわ」

 美羽の言葉に一瞬だけ宗次は反論しかけるのだが、

 柔らかくも反論を許さない美羽の目に気圧されて沈黙を余儀なくされる


 その間に篤史は空き家の屋根から茅葺きの一部を取り、手頃な戸を壊すと薪代わりにして少し離して3箇所に焚き火を作る

 そして、火の中に何かの糞をいれると火から黒い煙が立ち上がる

 これは狩人達の間での連絡方法の一つで

  “マ”を発見した援軍不要

 と言う意味を表す。


 場所的には勢多駅のモノノフの管轄なのだろうが、篤史はあえて宗次達と初めての“マ”討伐を選んだのだ

 仮に討伐し損ねても、勢多駅のモノノフなら倒せるレベルだと感じたのだ。

 仮に勢多駅のモノノフで手に負えない相手だとしても、鈴鹿関や不破関のモノノフは別格に強いはずなのだから…


 そんな篤史の思惑を知らない美羽は懐からいくつかの紙片を取り出して祝詞を唱えていた


 美羽は考えていた

 『私は陰陽師としてどの程度の仕事が出来るのだろうか?』

 と、

 父や兄と肩を並べられるくらいの力量はあるのだろうか?…

 そう思う美羽は初手から全開で挑むつもりで着々と準備を進めていく

 祝詞を唱え終えた美羽は数枚の紙片を篤史に向かって差し出して

 

 「篤史…お願いできる?」

 そう言った

 美羽が何を篤史に頼んでいるのかなんて彼らの親達の戦いを覚えている3人には説明不要であった。

 コクリ

 と、頷くと篤史は紙片を取ると集落の中に姿を消す



 宗次は驚いていた

 そして、自分を恥じていた。


 妖刀を手にしモノノフと成った事に浮足立っていた事に気づいたのだ。

 相手の強さも特徴すらわからないのに単独で挑む所だったのだ

 だが、宗次の仲間達は違った

 篤史は冷静に周囲の味方へ連絡をしていた

 美羽は万が一の可能性を潰す為に手を抜かず準備しているように見えた。


 『なのに俺は…』

 1人だけ勇み足で事を台無しにする所だったのだ。

 一度妖刀を鞘に収めると宗次は深く深呼吸をし、己を“ケガレ”から守る護符に手を置き心を鎮める

 意識を集中させた宗次は、ふと異変に気づく

 妖刀から何かを感じたのだ

 妖刀が何かを伝えようとしている…そんな気がして宗次は妖刀“漣(さざなみ)”に手を添える


 『安心しろ、俺がついてる』

 まるで妖刀がそう言ってる気がした

 そして無意識に

 

 「頼むぜ相棒」

 そう口にする宗次に美羽が


 「任せて」

 と、答え微笑んだ。


 宗次は少し照れ笑いを浮かべながら、ゆっくりと妖刀を抜き、井戸の方へと歩きだした


 「そこで止まって」

 宗次が井戸を視界に入れ、井戸までの距離を測り始めた時、後から美羽の声がした


 宗次は立ち止まると妖刀を構え井戸までの距離を測り、意識を集中させる

 宗次の背中側から美羽が祝詞を唱える声が聞こえ…


 一斉に宗次の後方から数枚の紙片が井戸に向かって飛んだ

 紙片が井戸に着くと

 バチバチッ!


 と言う音と共に何かが起きたのだが、宗次にはわからない

 だが、再び祝詞を唱え終えた美羽が宗次の背中に何かの護符を貼ると…


 井戸の上に靄のようなものが見えた

 『あれが“マ”…』

 初めて“マ”をみた宗次ではあったが“マ”と対峙するのは初めてでは無い

 

 今の宗次はモノノフで、何もできなかったあの時とは違うのだ

 不意に口元に笑みがこぼれる

 『ようやく篤史達と同じ土俵に立てた』


 不謹慎だが宗次の心は躍っていたのだ

 子どもの頃に感じた篤史達との“差”と己の無力感が消えた喜びを感じていたのだ


 だが…


 バチバチッ!

 バチンッ!

 パンッ!

 次々と美羽の放つ式神が“マ”を攻撃し、逃げようとする“マ”を篤史が貼った護符が弾き


 みるみる内に“マ”が薄く消えかけて行くのだ…


 『…え?』

 妖刀を構えたまま宗次は立っていた



 そして…


 気づけば“マ”は美羽の放った式神の攻撃によって消滅していたのだった。

 井戸に巣食っていたのは物理耐性が強く術式耐性が低いタイプの“マ”で、まだ小さく弱い“マ”は初手から全力を出した美羽が放った術式で容易く討伐されたのだ。


 「ちょっと待て…」

 宗次は思わず声に出す


 「何か変じゃないか?」


 “マ”が消滅し狼煙の用意を始めた篤史と、やりきった感を醸し出す美羽に向かって宗次は言う


 「俺…何もして無かったんだが?」


 いまだに妖刀を構え井戸の前に立っていた宗次に向かって美羽が


 「ごめんね…やり過ぎちゃったみたい」

 と、満面の笑顔で謝罪するのであった。

 

 こうして、妖刀を使うまでも無い小さな“マ”の討伐に成功した彼らはこの集落で一晩を明かし次の目的地へと歩んで行った。


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