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篤史のいない夜【後編】

 狼達は知っていた

 この小屋の主は怖い存在だと

 狼達は経験した

 この小屋に悪戯した狼が吊るされ、焼かれ、食べられた事を

 狼達は理解した

 この小屋には見えない境界線がある事を


 だが、彼らは飢えていた

 

 獲物が小屋から離れた所を襲い、森の中へ引きずり込めば良い

 彼らはそう考えていた


         ◆


 小屋の中の火が消えれば狼達が一斉に襲って来るかもしれない

 見えない恐怖が美羽を襲う


 美羽は壁に背を預けながら必死に打開策を考え、宗次はゆっくりと妖刀“漣(さざなみ)”を抜き放ち構える


 美羽の脳裏にある策が浮かぶ


 「ねぇ宗次、あの格子切れる?」

 と、美羽は小屋の換気用の小窓に付いてる格子を指して宗次に尋ねた


 宗次はチラリと小窓に視線を送り、この小窓なら美羽が中に入れる事に気づき、

 美羽が何をしたいかを理解すると


 「美羽、頭を下げてろ」

 そう言い、ゆっくりと呼吸を整えた


 「せいっ!」

 振り向きざまに繰り出された一刀のもと窓の上部が破壊され小屋の壁にも切れ目が入る


 「やり過ぎ!」

 さすがに美羽も慌てて声をだしてしまう


 「やあっ!」

 宗次は返す刀で窓の格子のみを切り落とすと、すぐさま壁に背を向け周囲を警戒する


 コロン…

 と、美羽の前に格子が落ちて来たので何気なくソレを外に放り投げる

 特に意味は無かった

 単に自分が小窓に入るのに邪魔だと思っただけなのだ


 が、その行動に狼達が予想外の反応を見せた


 少し下がったのだ


 特に放り投げた格子の近くにいた狼は露骨に格子から距離をあけた


 『下がった?…なぜ?』

 美羽の何気ない行動に見せた狼達の反応に違和感を感じつつも美羽は手にしてた薪を小屋の中に投げ入れ小窓へとよじ登り、自分が入れた薪に足を取られ無いように気をつけて降りる


 『下がった?…木が怖いのか?』

 美羽が投げた格子から露骨に距離をあけたのを見た宗次は足元に転がる残りの格子の一つを手に取ると…左手の狼の手前に転がす


 すると狼は今度も露骨に距離をあける


 心理的に狼の弱点を見つけた宗次の心に余裕が生まれ

 宗次は残りの格子を足元に残し狼達の出方をうかがった。


         ◆

 狼達は驚愕していた

 獲物達が小屋を破壊しているのだ

 小屋の主を呼ぶためか?

 それとも小屋の主の怖さを知らないのか?


 そして獲物達は破壊した小屋の一部を我々の方に投げてきた

 我々を犯人に仕立て上げる気か?


 ふざけるな!


 ただでさえ空腹で気が立っていた狼達は獲物達を絶対に許さない、絶対に食ってやると心に思った



          ◆


 なんとか小屋の中に入った美羽は手頃な太さの薪を囲炉裏へとくべると種火用の薪も使い火を大きくしていく

 

 その頃、宗次は狼達が異様に殺気立つのに気づいた

 距離はあけたが代わりに殺気立つのだ


 『嫌いな物を投げられ怒ったのか?』

 狼達からの露骨な殺気に晒されながらも宗次は冷静に周囲を観察し続ける


 やがて、


 ウゥウゥゥ…


 と言うような低い唸り声を上げながら狼達は少しだけ距離を詰めて来た…


 いよいよ来るか?


 宗次が周囲の狼達との距離を測りながら、近づく狼に向かい足元にある格子の破片を蹴飛ばし威嚇する

 その度に狼は距離をあけるが、いっそう殺気立つのだ


 そんな時である


 「宗次、大丈夫?」

 小窓から美羽が顔を出して宗次に話かけてきたのだ

 

 「いやぁ~…

 なんかえらく殺気立ってて…」

 警戒しながらだが心に余裕がある宗次がそんなことを言うと


 「火を怖がるはずだから、コレ」

 美羽はそう言い小窓から火のついた薪を差し出した


 「コレで威嚇しながら小屋に戻れない?」


 すると間髪入れず


 「さすが美羽!」


 宗次は美羽の提案に感銘を受け声に出していた


 殺気立つ狼達に気をつけながら火のついた薪を受け取り、入り口側の狼に火を向ける


 と、どうだろか


 狼は激昂するがの如く牙を剥き出しにし唸るのだ

 『火を恐れない?』


 宗次は試しに後方の狼達に火を向ける


 その瞬間


 入り口側の狼が距離を詰めて来たのだ


 狼が距離を詰めて来たのに気がつき慌てて宗次は入り口側の狼に火を向ける


 が、今度は後方の狼達が距離を詰めて来たのだ


 「後ろ!」 

 今にも襲いかかりそうな勢いに美羽が手にしてた火のついた薪を後方の狼達に向けて投げる


 火を投げられた狼達は一斉に下がりはしたものの、今にも襲いかかりそうな勢いは変わらず、より一層殺気立っていた


 なんとかしないと宗次が危ない


 美羽は何故ここまで狼達が殺気立つのかはわからないが、

 「宗次、とりあえず積んである薪を…」


 そこまで言うだけで宗次は理解した


 宗次は壁に積んである薪を手に取ると美羽が投げた火のついた薪を上に置き、簡易的な焚き火を作る


 その間に入り口側の狼が走り出したが美羽がまたも火のついた薪を狼に向けて投げる事で迎撃した

 そして保険で茂みの方にも火のついた薪を投げる


 こうして簡易的な焚き火を使い狼達との距離を取る事に成功したものの…


 体が大きく、小窓から小屋に入る事が出来ない宗次は依然として狼達の群れに囲まれたままであった。


 コレは朝まで持久戦か?

 宗次が持久戦を覚悟したその時である


 狼の一匹が茂みから飛び出して焚き火を体で消そうとしだしたのである


 「えっ?」

 「なっ?」

 美羽と宗次が驚くのもつかの間、次々と狼達が飛び出して焚き火を体で消そうとし始めたのである

 簡易的な焚き火は太めの薪の上に火のついた薪を乗せただけのもので、まだ火が小さいので多少火傷するが消すことは出来るのだ

 

 宗次が茂み側の焚き火に近づき狼達を追い払おうとすると入り口側と背後の狼達が一斉に宗次に向かって走り出した


 「前、頼む」

 宗次はそう言い後方から迫る狼達に手にした薪を狼達の手前に向け投げ

 美羽は入り口側の狼の進路を防ぐように火のついた薪を投げた


 美羽が投げた薪は狼の手前に落ちたが

 宗次が投げた薪は狼達を飛び越え狼達の後へと落下してしまう


 ここで不思議な事が起きた


 狼達は宗次に襲いかからず

 火のついた薪を消そうとし始めたのだ


 恐ろしく怒りながら…


 『なんだこいつら…』

 不気味な何かを感じつつ宗次は小屋の壁を背に付ける感じで小窓から様子をうかがっていた美羽に話かける


 「どう思う…なんか変な感じしないか」


 美羽も狼達に得体のしれない恐怖を感じ


 「でも“マ”では無いわ」

 そう言いながら何故必死に火を消そうとするのか考える


         ◆

 狼達は怒り心頭であった

 彼らは“火”を恐れる

 しかし、火は近づか無ければ恐くないのだ


 だが、狼達は知っていた

 “火”は小屋の主を呼ぶと


 “火”は遠くからでも見える

 万が一小屋に火が燃え移りでもしたら小屋の主は怒り狂うだろう  


 狼達にとっての最悪はそれらが我々の仕業だと思われる事であった


 若い狼が小屋の主への恐怖で己の体を使い火を消した

 他の狼達もそれを見習って火を消そうとしている 

 獲物から火を取り上げねば我々の身に危害が及ぶ

 もはや獲物では無い

 我々の敵だ…


         ◆


 やがて数匹の狼により焚き火の火は消され宗次の持つ火のみが残る…


 周囲には怒り狂う狼達


 けれど、狼達はある程度の距離までしか近づいて来なかった

 それが唯一の救いではあった。


 何度か宗次は手にしてた薪を使い入り口側へと進むのだが、

 その度に反対方向からの襲撃を受け美羽が火のついた薪を投げて迎撃していた…



 どれくらい時が経ったのだろう

 いよいよ手元の薪がなくなりかけた美羽が宗次に声をかける


 「宗次、手頃な太さの薪が無くなるから、こっちにちょうだい」


 宗次は周囲を警戒しながら妖刀を薪の上に置き、手頃な太さの薪を小窓へと放り投げた


 が、全部枠から外し地面へと落下していた…


 小窓の陰に隠れてた美羽が全て落下する薪を見てため息をつくと


 「…ちょうだい」

 そう言い美羽が小窓から手を伸ばして来る


 宗次も

 『あ、最初から手渡しすれば良かったのか』

 と、少しバツが悪そうに薪を手渡した


 やがて宗次が持つ薪の火も手元まで燃えて来ると美羽が新しく火のついた薪を宗次に手渡す


 延々とコレを繰り返していたのだ…


         ◆


 地元の狩人と共に小屋に向かって走る篤史の視線の先に“火の光”が見えた

 篤史は共に走る狩人と目線を合わせると小屋を見下ろせる場所へと急ぐ


 「狼の声だね」

 共に走る狩人が篤史に向かって話かける


 「小屋の中にいるように言ってある」

 篤史はぶっきらぼうに答えるのだが内心焦っていた…

 予想出来る最悪の事態を想定して篤史は走りながら弓を手に取る


 それを見た狩人も事態を予想して弓を手にして走ると1本の鏑矢を抜く



 そして…


         ◆


 薄っすらと東の空が明るくなり出す

 狼達はいまだに宗次を狙い小屋を囲んでいた


 小屋の周囲には何本もの薪が転がり宗次が持つ薪も何本目かわからないくらいであった


 『しつけえな…』

 かなり消耗した宗次が一瞬だけ集中を切らし火のついた薪を落としてしまう

 狼達はその隙を見逃さなかった


 一斉に3方向から駆け出し宗次を狙う



 ピュュューーーーーーー!


 どこからか1本の鏑矢が飛んで来て小屋の近くに突き刺さる


 キャインッ!

 その鏑矢が突き刺さった途端に狼達が一斉に逃げ出し森の中へ消えて行った…



 「助かった…のか?」

 状況を把握出来ず立ち尽くす宗次に美羽が声をかける


 「今のうちに小屋に戻って」


 「あ、」

 美羽の声ですべき事を思い出した宗次が慌てて小屋の中へと走り飛び込むように小屋の中へ入ったのだった。



 しばらくして


 「なんで小屋からでた?」

 地元狩人と共に小屋に戻って来た篤史の第一声がそれだった


 「あ、いや…」

 言葉に詰まる宗次とは対照的に


 「私、聞いてなかったけど?どういう事?」

 美羽は少し不機嫌になっていた


 「あ…」

 それを聞いた篤史が“宗次にだけ”言っていた事を思い出す


 「すまん、俺が悪かった」

 すぐさま己のミスに気づき頭を下げる篤史に


 「すまん、俺が美羽に言って無かったのが悪かった」

 と、宗次も頭を下げ謝罪する


 「…あ、私も宗次に相談しないで勝手したから…ごめんなさい」

 二人に頭を下げられた美羽も溜飲を下げると自分の過ちを認め二人に謝罪した


 「宗次…だっけ?

 キミ、ずいぶん派手に窓枠壊してくれたね」


 3人の会話を聞きながら小屋の状況を見ていた地元狩人が血管を浮かせながら話し出す

 

 結局、篤史達3人はこの日地元狩人にとても怒られ、小屋を修復するまでこき使われたのであった。



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