篤史のいない夜【前編】
「ちょっと出て来る」
美羽が足を痛めた翌日の夜
不意に篤史は簡単な荷物と弓を手に外へと向かう
「…助かる」
篤史が何をしに行くのかを知る宗次は篤史と地元狩人に感謝しながら篤史を送り出すのだが…
「えっ?ちょっと待って篤史、
こんな時間に外に出たら危ないわ
いくら篤史でも夜の森は危険よ」
と、何も知らない美羽が篤史を引き止める。
「いいんだ美羽、行かせてやれ
篤史は地元の狩人達の所に行くんだよ
…だよな?」
格好つけて美羽に説明していた宗次も言い終わる頃に少しだけ不安になり、篤史に確認したのだった。
篤史は僅かに微笑むと頷く
そして、小屋を出た所で森の様子をうかがっていた篤史は宗次を呼ぶと
「宗次…
“狼”の群れが近くに居る
もし、奴らが来ても小屋から出るなよ。
後、戻りは朝に成ると思うから寝ててくれて良い」
と、宗次に“のみ”伝えると森の中へと消えて行った
「任せろ!」
ニカッと笑うと宗次は既に消えた篤史に向かい拳を上げてみせた…
この様子を篤史が見ていたらきっと
「小屋から出るなよ?」
と、念を押していたであろう
宗次は美羽に惚れている
だからこそ危機的状態では美羽を守る為に無茶をするだろうと
狼達も愚かでは無い
この地の守り人が使う小屋に危害を加えれば狩り尽くされる危険があるくらい理解してるのだ
だが、小屋の外は別なのだ
言葉が足りない事に気づかず篤史が森の中へと進み…やがて夜が更けていく
宗次と二人きりで小屋に居るためか、又は足の痛みなのか美羽は熟睡出来ず何度も目を覚ましていた
アォォォォォォオン!
そんな美羽の耳に狼の鳴き声が聞こえた。
ゆっくりと体を起こし
四つん這いで入り口の反対方向に付けられた換気用の小窓に向かう美羽
やがて美羽は壁にもたれるように立ち上がると、美羽が通れる程度の小窓に付けられた格子の間から外の様子を伺おうと軽く深呼吸をし、ゆっくりと格子の隙間に顔を近づけ外の様子を伺う
……
……
……
外は月が隠れ真っ暗で何も見えなかった。
『まいったな…』
せめて星が見えれば星読みを行い少しは精神的に楽に慣れたはずだった
少し落胆した美羽が再び寝床に戻ろうと振り返ると囲炉裏の火が消えかけているのに気づく
一度消してしまうと再び火を付けるのは苦労するのに加え、美羽は足の痛みを和らげる為に気持ちが落ち着く“香木”を燃やしていたのだ…
「はぁ…」
仕方ないとでも言うように美羽は再び四つん這いで囲炉裏の薪を足しに行く
はずだった…
『薪…これしか無いの?』
少し太めの薪が1本と細い種火用の薪が少ししか無かったのである
美羽は知らなかった
コレは宗次が薪を小屋の中に持って来るのを面倒がり、小屋の外に積んである場所から少ししか持って来なかっただけだと
アォォォォォォオン!
再び狼の鳴き声が聞こえる…さほど遠くはない場所からの鳴き声である
狼が近くに居るなら尚更火を絶やしてはいけないと思った美羽は薪を足すべく宗次を起こそうと思った
宗次を起こそうと顔を覗き込むと幸せそうに眠る宗次を起こすのに躊躇う
足を痛めた美羽では薪は運べない
けれど宗次を起こすのは可哀想…
しばらく思案した美羽は、ある方法を思いついた
薪は換気用の小窓のある壁に壁づたいに積み重ねてあるのだ
つまり、小窓から薪を入れれば良い…と
それで仮に宗次を起こしてしまったとしても、それはきちんと薪を用意していなかった宗次が悪いのだと
方法が決まった後の行動は早かった
美羽は入り口の所までは四つん這いで進み、入り口の所で壁を手すり代わりにすると片足で跳ねるように裏手の薪が置いてある場所まで進む
ごドンッ!
何かの落ちる音が聞こえ、薄っすらと意識が覚醒する宗次
ごドンッ!
再び何かの落ちる音が響く
宗次は咄嗟に手元に置いてある妖刀を手に取ると勢い良く起き、周囲を警戒した
薄暗い小屋の中に再び何かの落ちる音が響く
ごドンッ!
音がする方向を見ると小窓から薪が生えて来て…
ごドンッ!
落ちる
宗次は素早く小窓へと近寄り状況を確認した
小窓から薪が生えてるように見えたのは、何者かが外から薪を差し込んでいたのだ
「美羽!?」
薪を差し込んでいたのが美羽だとわかると宗次は慌てて美羽に話かける
「美羽…何をしている?」
そんな宗次に向かい美羽は少し意地悪に返す
「え〜?…よいしょ
…誰かさんが…よいしょ
…薪をちゃんと用意してくれなかったからね」
大き目の薪を小屋の中に入れ終えた美羽は手頃な太さの薪を選んで数本まとめると、その数本をそのまま小屋の中に落とした
ガランッ…ゴン…ガラガラ…
アォォォォォォオン!
美羽が落とした薪の音と同時にかなり近くで狼の鳴き声がした…
「美羽!すぐに小屋の中に戻れ!」
宗次は篤史から言われてた事を思い出し叫ぶ
しかし、篤史から何も聞かされていない美羽は
「ちょっと待って、この数本を入れたら」
と、手頃な太さの薪を腕に集めていた
そして宗次の視界に暗闇の中に光る獣の目が入る
宗次は決して篤史の言葉を忘れた訳でも、篤史の言葉を軽く捉えていた訳でも無かった
『美羽が危ない』
そう直感した時には体が反射的に動いていたのだ
宗次は勢い良く小屋の外へ出ると小屋の裏手まで走る
ちょうど美羽が手頃な太さの薪を数本まとめて抱えていた時、ものすごい勢いで妖刀を手にした宗次が現れ
「美羽!すぐに小屋の中に戻るぞ」
余りの剣幕に美羽は一瞬怯んだ
そんな美羽をよそに宗次は手にした妖刀を積み重ねてある薪の上に置くと背中を向けしゃがむ
「乗れ…小屋まで背負って行く」
宗次の勢いにのまれた美羽は素直に宗次の言うとおりに片手に薪を抱えて宗次に背負われたのだが…
宗次が美羽を背負い、姿勢を整えて前方に目を向けた時であった
小屋の角の先に、ゆっくりと狼が現れたのだ…
反射的に背後に目を向けた宗次達の背後にも何匹かの狼が、ゆっくりと姿を見せる
『…囲まれた』
左手は小屋の壁
前と後に狼…右手の茂みの中にも獣の目が光って見えた
宗次は一瞬悩む
すぐさま走り出し、多少の怪我をしてでも小屋の中に戻るべきか
それとも薪の上に置いた妖刀を手に取るべきか
ドクンッ…ドクンッ…
やけに鼓動が大きく感じる
宗次は、ゆっくりと背中を小屋の壁に向け、
薪の上に置いた妖刀を手探りで探し手に取る
「宗次…おろして」
唐突に美羽が宗次の背中から降りようとした
「駄目だ」
片手に妖刀を持っているため宗次は残る片手で薪を持つ美羽を支えていた
その手に力を込める
「おろして…」
足手まといになりたく無い美羽は、せめて宗次だけでもと宗次に下ろすように言うのだが
宗次が美羽1人残して行けるわけがないのだ
「私を背負ったままじゃ戦えないでしょ!」
つい強めの言い方をしてしまう美羽
「…」
一理ある…妙に納得する宗次
小屋の中に逃げる事を最優先にしていたので“戦う”と言う選択肢を失念していたのだ
「じっとしてろよ」
そう言うと宗次は美羽を小屋の壁に押し付けるようにして
ゆっくりと美羽を下ろす
壁に押し付けられそう…と美羽が後に目を向けた時、
妙に薄暗さが増した気がして小屋の中を見る
宗次に背負われてるおかげで小窓から小屋の中が良く見える
そして囲炉裏の火が弱くなっているのに気がつく
火が消えれば暗闇に覆われ戦うどころでは無くなる
「宗次!火が!」
美羽の声に宗次も小窓から小屋の中を見て状況を理解した
気の所為かもしれないが、狼達は小屋を取り囲みはしてるだけで距離を詰めて来ない
前の狼も背後の狼達も“いるだけ”なのだ
宗次達は知らない
狼達が小屋に近づかない理由を
狼達が宗次達が少しでも小屋から離れる瞬間を狙っている事を




